闇属性エンバーマーは死霊三姉妹を蘇生したい!
エンバーマーとは、ご遺体を綺麗に保つ仕事である。そして、“闇属性エンバーマー”とは、その技術を元にした魔法を“魔物の遺体”に施せるジョブである。
冒険者になり、闇属性エンバーマーとして覚醒してはや五年。
ビビりな俺は、魔物の怨霊に恨まれたりしないかな~~~枕元にドラゴンとか立たれないかな~~~~~と、聖教会で清めまくってもらった塩を大量に背負って、ダンジョンに潜り続けた。
そんな俺の普段の仕事ぶりを紹介しよう。
CASE1:レアな小型ドラゴンの死体を見つけた。魔法で綺麗に修繕して剝製にし、金持ちのおっちゃんに売っ払った。
CASE2:めっちゃ美味しいジャックオーランタンの群れを見つけた。頑張って倒し、その場で塩漬けにしてギルドの人たちに振舞った。ジャックオーランタンに塩は合わなかった。
CASE3:十メートルくらいの巨大魚モンスターを釣った。焼いてさばいて塩振って食った後、ホルマリン漬けにした骨と魚拓を博物館に寄贈した。美味しかった。
……などなど。もはや後半二つは一ミリもエンバーマー関係ないが、そんなこんなで楽しく美味しく仕事をしつつ、今日も俺は一人気楽にダンジョンに潜っている。
そして、今。
「おいおい、マジかよ……。こんな、俺一人でも潜れるような低級ダンジョンで、三人も冒険者が亡くなってる……なんて」
折り重なった上から順に、
・黒髪お団子チャイナ服(ご遺体)、
・ボサボサ銀髪魔女っ子ローブ(ご遺体)、
・金髪ロール甲冑ドレス(もちろんご遺体)。
俺は人生で初めて、三人の美少女冒険者……だったと思われる“人間のご遺体”に対面していた。
「こんなの――――え、どうしよどうしよどうしよどうしよ!! 俺、ダンジョンで人間のご遺体見んのとか初めてなんだけど!! どうしたらいいの!?!? 誰かヘルプ~~~~~!!」
……訂正しよう。ビビりエンバーマーの俺は、初めて対面したダンジョンでの人のご遺体 (ちょっとグロめ)に、大変取り乱していた。
「だってだって俺ビビりだし!! 冒険者歴5年なのに、低級ダンジョンしか行ったことないビビりだし!! それにここのダンジョンの名前“そよ風の草原”だぞ?? 人がお亡くなりになってるとか、思わないじゃ~~~~~んっ!!」
繰り返すが、俺はご遺体しかいない草原で、誰に対してかもわからない言い訳を涙目で絶叫するほど取り乱していた。
あ、今、バサバサバサッて言った。鳥さんはいるっぽいです。カアカア鳴き声が聞こえるし、カラスかな?? 黒い羽根が落ちてきてるし。
「ってか、こういう時ってどうしたらいいんだっけ!? 俺がギルドまで運ぶ感じ?? 三人も?? いや、さすがに無理だろ~~~~~!! 一人は血だって滴り落ちてるしさ~~~~~って、あれ……? このご遺体たち、なんか変……?」
そこで、顔面を覆った指の隙間からチラチラとビビりがちにご遺体を確認していた俺は、ある不可解な事実に気がついてこてりと首を傾げた。
「――このご遺体、よく見ると全員、身体の劣化状態が違くないか……?」
若干……というかだいぶビビりつつ、腕を下ろしてしゃがみ込み、ご遺体を観察する。
「ええと、チャイナ服の子は死蝋化。魔女っ子ローブの子は腐敗気味で、でも虫は湧いてないし、顔の判別はできるくらい。で、最後の甲冑ドレスの子が、モンスターに食われたみたいに、腕・腹・脚の部分だけ内臓ごとごっそり抜けて骨まで見えてて、なのに三人とも同じパーティの証である“パーティ紋”を服とか装備に刻んでいる……うっ」
ご遺体に近づきすぎたゆえに、ツンと鼻の奥が痛んで、俺は咄嗟に口を押さえた。
「……けど、やっぱりおかしいよな。こんな、どう見ても同じパーティの女の子三人が、バラバラの年に逝去したとしか思えない亡くなり方をしてるなんて」
死蝋化に、腐敗に、赤い血滴る食われたてのご遺体。そして、同じパーティの紋章。同じ日に、同じ状況で亡くなったはずなのに、この差。
違和感を覚えないことが不可能なレベルで、不可解だ。
「そもそも、甲冑ドレスの子は大型モンスターかなにかに嚙みつかれての失血死だとしても、残りの二人は死因すらわかんねーし……。うーん、気になる。けど、このままここで考え続けても仕方ないか。よし、そこに所持品と思われるリュックあるし、一旦身元のわかるもの探そう!! 一応言い訳させてもらいますが、俺は金品とかを強奪する気は一切ありませんので!! 祟らないでね!! 失礼します!!」
とりあえず俺は、居るかもわからないお三方の幽霊に手を合わせて懺悔し、近くに落ちていた馬鹿でかいリュックサックに手を突っ込んだ。
のだが。
「あれ、おかしいな。財布のお金は一切手を付けられてないっぽいのに、三人の冒険者免許が見当たらない……。なら、俺より先に物取りが来た線はないとして、なんで免許証がないんだ?? もしやこの子達、不法冒険者??」
俺は女性もののお財布三つを片手に、きょとんと首を傾げた。今誰かに見られたら勘違いでドナドナされるであろう絵面だが、もちろんお金に手を付ける気は毛頭ないのでご安心ください。
ちなみに不法冒険者とは読んで字のごとく、ギルドに認められていなくて免許もないのに、勝手にダンジョンに入っている連中のことだ。当然それはれっきとした犯罪である。
「うーん、でも冒険者免許以外の身分証も見つからないし。もはや国籍すらない、不法入国者レベルとか?? ……いや、憶測で故人のことを悪く言っちゃダメだな」
俺は手に持ったお財布をいそいそとリュックに戻して、折り重なった女の子たちをちらりと見やり、背に担いでいた“仕事道具”を地面に下した。
彼女たちが不法冒険者なのかどうかは俺には判断がつかないし、そうでなくともご遺体をギルドまで運ぶ義理も体力も俺にはない。
けれど。
「……よし。普段は魔物相手とはいえ、俺の仕事はエンバーマー! 遺体を修繕する技術があるのに、こんな道半ばで亡くなってしまった女の子たちを放置したら、ご先祖さまの守護霊とかが枕元に立つかもしれない! なら、今晩寝るときにちびらないためにも、今できることを最大限やっておくべきだよな! うん!!」
俺は自分を納得させるためにめちゃくちゃ格好悪いことを一人でまくし立てて、滝の涙を零しながらご遺体に向かって手を合わせた。
だって、しょうがないじゃん。ビビりなんだもん。
「魔力が尽きた時のために、ちゃんとした仕事道具も持ち歩いててよかった。それじゃあ――仕事モードに心を切り替えますし、できるだけ素肌は見ないように努力するので、祟らないでください!! 失礼します!!」
最後まで格好のつかないことを言って、即席の盛り塩を用意した俺は、きゅっと手袋をはめて作業に取り掛かった。
◆
そして、数時間後。
「ぜぇ……はぁ……、ふう。とりあえず、こんなもんで大丈夫かな。つっかれた~~~!」
大仕事を終えて、仰向きに寝かせ直した三人のご遺体を見下ろした俺は、疲れ切ってどさっと地面に寝転んだ。空になった薬品の瓶がころころと転がった。
意外と知られていないが、エンバーマーはめちゃくちゃ神経も体力も擦り減らすタイプの肉体重労働なのである。
その証拠にほら。汗が滝過ぎて、めっちゃ臭い。
「人相手に施術したことないから、これで合ってるのかイマイチわかんねーけど、防腐処理はしたし、服もできるだけ縫ったし、なんとか見た目は整えられた……! いやまあ裁縫ドへたくそ過ぎて、どう見てもアレな感じのツギハギになっちゃったけど」
俺のせいでちょーっと、ホラーチックになってしまった魔女っ子ローブから目を逸らす。
「あとは魔道具でギルドに連絡して、ご遺体を引き取りに来てもらえば……って、ん?」
あれ? 今、チャイナドレスの子の足がぴくって動かなかったか? ……あ、眼精疲労か。きっと、そうに違いない。目を休めなければ。
「うん、俺頑張ったよな……。塩分不足だし、盛り塩食べよ……」
俺は半ば朦朧とした意識のまま目を閉じて手袋を外し、手探りで付近の盛り塩をぱくりんちょした。美味い。疲労困憊の体に塩分が染み渡る……。
こうして疲れた体を労わってくれるし、美味いし、お化けへの牽制にもなるなんて、塩って万能すぎないか?? やはりお塩……!! お塩は全てを解決する……!!
「お塩 isゴッド~~~……」
そうやって目を瞑ってごろごろしていた俺は終ぞ気がつかなかった。
「……」
いつの間にか盛り塩が黒く変色していたことと、俺の冒険者免許が光を放っていたことと――ゆらりとこちらを見下ろしていた、人の影に。
『スキル――“死者蘇生”を獲得しました』
「? なんだ今の。死者蘇生……? 幻聴か。疲れてるなー、俺も」
「……オマエが…………キョンか」
「え? また幻聴?? って……、あ」
「だから、オマエがワタシたちを殺した犯人かって、訊いてるんキョンよ!!」
「――ぐへっ!?」
幻聴かと思って半身を起こした俺は、事態を認識する間もなく鳩尾にめり込んだ掌底によって吹っ飛ばされた。
「げほげほっ、い、って……」
背中を丸めて蹲り、咳をする。痛みのレベル的に肋骨への損傷はなさそうだが、それにしたって呼吸がしづらい。
誰だ? カラスの群れも飛び去ったし、俺以外の生き物の気配は全くなかったはず。なら、いったい――。
「ったく、俺が、なにしたってんだよ……」
「ワタシたちを殺したんキョンよね? だって、そこに血に染まった手袋が落ちている」
「!?」
「生前のことはよく思い出せないキョンが、痛かった、悔しかったって感情はまだ胸にくすぶっているキョン」
暴行犯の姿を拝んでやろうと、判然としない視界で顔をあげた俺は、目を見開いて固まった。
「だから――沈黙は肯定と見なし、オマエをぶっ殺すキョン」
だって視線の先では、先ほど修繕したはずのチャイナドレスの美少女が、赤い瞳に憎しみを込めて足を振り上げていたのだから。
「っは、」
「死ね」
黒髪のお団子から垂れた細い三つ編みが揺れる。赤いチャイナドレスがたなびいて、長い足が振り下ろされる。ダンジョン探索者となって五年、初めて明確になった死の恐怖を前に、俺はぎゅっと目を瞑った。
「ちょっと待つのだだだだだあ!!」
「なっ!?」
「そちらの方は犯人じゃないdeathわ!!」
だが、予想していた衝撃は訪れなかった。
「……?」
おそるおそる、目を開く。
「なにするキョン!! 放せっ!!」
「その子はボクらの死体を綺麗にしてくれただけなのだだだだだあ!」
「そうdeathわ! 地面に散らばった薬品と瓶がなによりの証拠deathわ!」
「え、なにこれ。俺専用特攻の悪夢??」
そこには、ゾンビ化しているとしか思えない魔女っ子ローブの子と、骨とか全然見えてるのになぜか動いている甲冑ドレスの子と、二人にもみくちゃにされている死蝋化チャイナドレスの子がいた。
何言っているかわからないと思うが、俺もわからない。とりあえず助けてほしい。
「死蝋化してるのがキョンシーで、背の低いローブの子がゾンビ。で、骨が見えてるのがスケルトン……いや、アンデッドか?」
キョンシー・ゾンビ・アンデッド。
いくら美少女とはいえ、ホラー創作物の中でしか見たことのないお化けの亜種が、実際に俺の目の前で動いている。
そんな状況にビビりな俺が耐えられるわけもなく……。
「かはっ!」
「あ、気絶したキョン」
「なぜなのだだだだだあ!?」
「deathわ!?」
蓄積された疲労と精神の摩耗により、俺は意識を手放した。いつの間にか戻ってきていたカラスの群れが、俺たちを見下ろしてカアカアと鳴いていた。
これが、黒髪お団子キョンシーチャイナっ子――キョン子(仮)と、
ボサボサ銀髪魔女っ子ゾンビ――ゾン美(仮)と、
金髪縦ロールアンデッドお嬢様――アン奈(仮)こと“死霊三姉妹”と、
ひょんなことから“死者蘇生”を成し遂げてしまった、闇属性エンバーマーの俺の、史上最恐な出会いだった。
そしてこれは、パーティを組んだ俺たちが犯人を見つけ出して、死霊三姉妹を生き返らせるまでの物語の、まだほんの冒頭部分である。
◆
「ふーん。それで、アタシが殺した三人が復活させられちゃったんだ?」
「ええ、カラスが言うにはそのようです。まさか、死者蘇生のスキルを発現するものが現れるとは……。人間風情がここまで死の概念に近づけるだなんて、想定外でした」
「あーあ、せっかく生命力にあふれた、生きのいい魂を手に入れたと思ったのにな~。……けど、まーいっか。代わりに面白いものが見つかったんだし♪」
かしずいて恭しく頭を垂れるメガネの女を前に、玉座に腰かけた少女は愉しそうに口角を吊り上げて、肘掛けにとまったカラスの顎を指先でくすぐった。
カアカアと、カラスが鳴く。
「そんなレアな人間の魂ならさ、きっとすごい価値があるに決まってるよね♡ 殺して、連れてきちゃってよ」
「仰せのままに。冥府の女王――ペルセフォネ様」
「うふふふふっ♡」
メガネの女が面をあげる。玉座に腰かけた少女――ペルセフォネは桃色のハーフツインを揺らして頬杖をつき、妖しく艶やかに笑った。
「待っててね♡ 闇属性エンバーマーくん♪」
バサバサバサッ、と、カラスが飛び去った。
◆
「へーっくしゅんっ! って、どこだここ。あ、ギルドのベッドか。なら、今までのは全部夢――」
「あ、エンバーマー起きたキョン」
「よかったのだだだだだあ!」
「お元気そうで何よりdeathわ!」
「――んなわけねーよな~~~~~!!!!!(涙)」
「うるせーキョン」
To be continued……?
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【死霊三姉妹イラスト(自作)】
メインキャラプロフ↓↓↓
闇属性エンバーマー
・名前もなにも決まっていない
・極度のビビりで、お塩信仰過激派
・身長170前後
キョン子
・死蝋化死体→キョンシー
・黒髪お団子、猫っぽい赤目、赤チャイナドレス
・生前の記憶はほとんどないが、語尾はアルだった気がする
・身長は156くらい
ゾン美
・腐乱死体→ゾンビ
・ボサボサ銀髪、逆かまぼこ紫目、濃い赤紫のぶかぶかローブと魔女帽、ギザ歯
・生前の記憶はないが、だの数は多くない普通のなのだっ娘だった気がする
・身長は147くらい
アン奈
・白骨化死体(一部のみ)→アンデット
・金髪縦ロールポニテ、ゴージャスな青目、青い布に銀の装甲の甲冑ドレス
・生前の記憶はないが、語尾のですわはdeathわ表記ではなかった気がする
・身長は162くらい
メガネの女
・プラチナブロンドのひっつめ髪、細縁メガネ、切れ長水色目、グレーのパンツスーツ
・ペルセフォネの秘書 (シゴデキ)
・身長はピンヒール抜きで175
ペルセフォネ
・ピンクの髪ハーフツイン、きゅるきゅるホットピンク目、露出の高いへそ出しの服(黒)
・冥府の女王、見た目はロリ
・身長は135
カラス
・かわいい
お塩
・万能。美味い