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07 鈍色のジャスティス

■8月1日

 山田曰く大学生活一年目の夏休みというものは、バイトに明け暮れ、飲みとサークルで浪費するものらしい。何を馬鹿なと相手にもしていなかったけれど、茜をはじめとする他の友人たちがバタバタと遊びまわっているのを見る限り、僕の方が少数派だったようだ。

 じゃあ僕が退屈と暇を持て余していたかというとそうでもなくて、絵里のおかげでそれなりに刺激のある一か月が待っていた。


「おー祐樹ぃ、まだ絵里ちゃん来ねえの? こっちは朝から待ってんだぜ」

 アホな声を上げてるのは、アホの山田だ。あいつと話していると脳内のBGMがジョニー・B・グッドに固定されるので、精神の健康によろしくない。

「十時過ぎはもう朝じゃないだろ。だいたいお前さ、本気で絵里に挨拶していくつもり?」

「当たり前だろ。一応親友だからな。絵里ちゃんが危ない女かどうか、見極めてやる義務がある」


 これほどすがすがしい嘘もそうないだろう。どうせ僕が彼女と一緒にいちゃつくのがムカつくだけだ。

「なあ祐樹、あれから茜はここに来てないんだろ?」

「来るわけないだろ。まあ、それが正解だと思うけどさ」

「もったいねえなあ。茜もさっさとお前とくっついときゃよかったのに」

「そしたら今頃、流血沙汰だったかもよ」

「やめとけよ、冗談にならねえ」

 自分から言い出したくせに、山田はめんどくさそうに会話を打ち切る。

 とはいえ、今も普通に茜と友達としてやっていけているのは、山田のフォローのおかげでもある。その点については素直に感謝している。やはりアホは社会の潤滑油だ。


 僕らは絵里が来るのを待っていた。今日は絵里が福岡に引っ越してくる日だった。

 あれから二か月、絵里は驚くべき熱意で母親を説得すると、一人暮らしをする許可を取り付けた。場所は僕の住んでいるアパートの隣。

 学生の身分で同棲かと、山田たちからは派手にからかわれたが、何も知らないってのは気楽なもんだ。


 頭の中でずっと考えていた。ひとつひとつ事実を並べ、そのまま指ではじいてドミノ倒しだ。答えなんて出るわけがないし、誰にも相談できやしない。デイヴ・ムステインかジェイソン・ニューステッドかってくらいに困り果て、悩んでいた。

 はたして親を説得したのは、どっちなのだろう。マリか、それとも絵里なのか。引っ越してくる()()はどっちなのか。両方なのか。


 ピンポーン

 あの時と同じように軽快にベルがなる。やってきたのは、絵里と絵里のお母さんと。

 道の向こうに引っ越し屋さんのトラックが停まっているのが見えた。半年前の引っ越しでは頼もしかったパンダだが、今日はやけに憎たらしい顔をしていた。


「久しぶりねえ、祐ちゃん。絵里のことよろしくねえ」

 絵里のお母さんは、僕のことを祐ちゃんと呼ぶ。昔からのことだから慣れっこだけど、山田の前で呼ばれるのは少し恥ずかしい。

「こんにちは。そちらが話してた山田くん? よろしくね」

「あ、どうも。あの、山田純一です」

 絵里ははにかみながら山田にお辞儀をする。いつもの絵里だとわかって、僕は少しだけ安心した。

 柄にもなく緊張した様子の山田は、絵里とぎこちない会話をしていた。


 お母さんが少しだけ僕の方を見て、優しく笑った。



 ――先月、絵里がこっちに来ることが決まった後、絵里のお母さんから電話をもらった。そのことは絵里にも話していない。

「ごめんね、急に電話して。うん、そう。絵里のこと。祐ちゃんの負担になるのはわかってるけど、他に頼れる人もいなくて。ごめんね。もし何かあったら、すぐ電話してくれていいから」

「いえ、大丈夫です。……あの、絵里は何か言ってましたか? こないだの福岡に来た時のこと」

「え? そうねー。あの子、あの時のことはあんまり話してくれないのよ。ハンバーグを作ってもらって、一緒に食べたことは聞いてるわ。ありがとうね」

「あ、いえ」

「あのね、祐ちゃんに話しておきたいことがあって。あの子、珍しく私の目をまっすぐ見て、福岡に行きたいって言ったのよ。自分を変えたいんだと思うの。なんとか助けてあげて」

「はい、わかってます」

「ずっと引きこもってたから、本当に心配でね。でも、自分から何か言い出したことってめったにないから。でも、世間知らずでしょ。私が近くで絵里を見てやればいいんだけど、それは嫌がるから……」

「わかります。たぶん」

 高校を卒業してから、数か月しか経っていない。まだまだ子供だという自覚はある。自分でも思うのだから、周りの大人から見ればなおさらだろう。

 そんな僕に、大人が涙声で頼むのだ。電話だというのに、僕は自然と背筋を伸ばし姿勢を正して話を聞いていた。

 マリともう一度話したいという覚悟が決まったのは、この時だ。マリのことがあったとしても、僕が向き合うのは絵里だ。助けたいのは、絵里だ。


 引っ越しは淡々と進んだ。男手として何か手伝うことがあるだろうと思っていたけど、手際のいい業者さんたちはさっさと終わらせてしまった。

 荷物だって思ったよりも少なかった。女性は荷物が多いものだと思ってたけど、絵里ならそんなものなのかもしれない。

 業者さんたちに挨拶をしたあと、絵里のお母さんは言った。

「ごめんなさいね、今から電気屋さんとかを回って、急いで家電をそろえないと。このあたりでいい電気屋さんあるかしら?」

「あ、はい。あの道を右折して五分も走ればすぐ見えてくると思います」

「ありがとう。じゃ後でまた連絡するから、一緒にご飯でも食べましょうか。山田さんも一緒にどう?」

「あ、はい。ぜひ」

 ぜひ、じゃねえよ。「ぜひ」の一言でこんなため息が出たのは、小学校の頃にゾナハ病にかかったとき以来だ。

「じゃ祐樹、またあとでね」


 僕と山田の二人は、アホみたいな顔つきで二人を見送っていた。

 手伝いに来たはずが、本当に顔を見に来ただけで終わってしまった。何やってんだろう。

「どうする? 俺ら」

「どうもしないよ。山田さあ、夜はバイト入れてるんじゃなかったのかよ?」

「バッカお前、入れてるわけねえだろ。今日はお前の不純異性交遊を邪魔するのに忙しいんだぜ」

「はあ。残念だけど、今夜一晩は絵里のお母さんもこっちに泊まるってさ。何も起きようがないよ」

「マジかよ」

「当たり前だろ、遠いんだから」

「くっはー、そうなのかー」

 山田はしばらく携帯を見て考え込んだあと、言った。

「じゃあさ、水曜の夜ならいいか? 絵里ちゃんの歓迎会。三人でやろうぜ。場所とか用意は全部俺がやっとくから」

「え? あ、うん。いいけど?」

 珍しく真剣な山田の顔。何だこいつ、こんなキャラだったか?


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