13 指輪
■12月24日
僕らは人工衛星のように、つかず離れずの位置を保ったままだった。
絵里は相変わらず僕のアパートに本を借りに来る。ベルが鳴って出てみると、たまにマリがいることもあった。絵里は最近、自動車学校に通い始めたらしい。絵里の変化を見るたびに、僕は牢獄に閉じ込められて置いてけぼりを食らった気分になる。コンクリート色の、大学という名の牢獄に。
山田とも何とか付き合いが続いている。僕の心がかろうじて平静なのは、山田と茜の優しさのおかげなのは間違いない。特に茜には感謝してもしきれないけれど、未だに心は絵里から離れられないままだ。茜への気持ちは、好意と罪悪感とが絶妙にバランスを取り続けている。
初めて経験する恋人とのクリスマス。僕の隣にいるのは茜だった。
先週末、恥を忍んで茜をデートに誘った。指輪を贈ろうと決意したはいいけれど、サイズも買い方もさっぱりだったのだ。二人で選んだ指輪を、僕はあらためて茜に渡す。学生の身だから安物だけど、値段よりも覚悟の証として、どうしても『指輪』という意味があるものを渡したかったから。
「ありがとう。無理しなくてもよかったのに」
「いつもごめん」
「プレゼント渡しながら謝らないでよ」
無意識に口から出てしまうのだから、きっとそれが僕の本心なのだろう。
茜は指輪を眺めながら苦笑していたが、やがて真面目な顔になり、その後はにやにやと頬が緩んでいく。その変化を見ることができただけでも、渡したかいがあったと思う。
「あのさ、一つ言っておきたいことがあるんだけど」
「いいことなら聞くよ」
「私さ、あの日、初めてだったのよ。これからも祐樹だけよ」
「ああ、たぶんそうじゃないかと思ってた」
「なんだ、ばれてたんだ。あのときはね、慰めようと思って私なりに気を使ってたつもりなのよ。それにこんなチャンスもうないと思ったし。祐樹のことは本気だったからね」
「本気かあ。僕も本気のつもりだったんだけどね」
「祐樹は恋愛に本気なんじゃなくて、絵里さんに本気なだけよ。だから私とは、少し違うと思う」
「絵里も女性だよ。異性として意識していたつもりだったんだけど、それは恋愛じゃないの?」
「違うわよ。だってもし絵里さんが誰とも付き合ってなかったら、そこまで焦ってなかったでしょ」
「それは、……そうかもしれない」
納得できたようなできないような。僕が迷っていると、茜は変なことを言い出す。
「私さあ、実は山田のこと好きだったんだよ。愛してたんだ」
ずいぶん軽い口調だけど、茜の意図がさっぱりわからない。
四月、入学直後から山田が茜に声をかけていたのは知っている。どこまで本気かわからないけれど、茜はまるっきり相手にしていなかった。隣で何度も見ているからよく知っている。
「ええと、どっきりか何か? テレスクリーンでもあるの?」
「信じてくれないの?」
「信じないも何も、まるっきり嘘じゃん」
「でも気持ちって見えないし、わからないよ?」
「見えなくてもわかるよ」
うんうん、と嬉しそうにうなずく茜。
「ね、さっきの私の言葉は信じたのに、今はまるっきり相手にしなかったじゃない。だから言葉なんてたいして重さを持ってないのよ。それに気持ちだって、見えないし証明もできないし。だからやっぱり、大事なのは行動だと思うよ。祐樹がまだ絵里さんのことを思ってるのは知ってるけど、ずっと私の傍にいてくれるのは変わんないし、浮気するわけでもないし。あとこの先、養ってももらうからね。それだけのことをしてくれるなら、祐樹の内心がどうだったとしても、あんまり変わんないんじゃないかな?」
なるほど、茜の言うことはもっともなのかもしれない。けれどマリはこう言っていた。
「祐樹が思ってくれるからこそ存在できる」と。
二人の言うことは真逆に感じられるけれど、本質は一緒なのかもしれない。マリにとっては、きっと他人を思うということ自体が行動なのだ。だとすると、絵里を思って右往左往する僕の行動も、愛なんだろうか。
たまに考えることがある。マリという人物は、本当にいるのだろうかと。絵里が僕をからかっているだけではないだろうかと。それとも、もしかしていないのは、絵里の方なのだろうか。
真実がどこにあるのかなんてさっぱりわからないけれど、確かなのは、まだ当分の間はマリが存在できるということだ。
終わりです。ここまで読んでくれてどうもありがとうございました。
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