表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

13 指輪

■12月24日

 僕らは人工衛星のように、つかず離れずの位置を保ったままだった。

 絵里は相変わらず僕のアパートに本を借りに来る。ベルが鳴って出てみると、たまにマリがいることもあった。絵里は最近、自動車学校に通い始めたらしい。絵里の変化を見るたびに、僕は牢獄に閉じ込められて置いてけぼりを食らった気分になる。コンクリート色の、大学という名の牢獄に。

 山田とも何とか付き合いが続いている。僕の心がかろうじて平静なのは、山田と茜の優しさのおかげなのは間違いない。特に茜には感謝してもしきれないけれど、未だに心は絵里から離れられないままだ。茜への気持ちは、好意と罪悪感とが絶妙にバランスを取り続けている。


 初めて経験する恋人とのクリスマス。僕の隣にいるのは茜だった。

 先週末、恥を忍んで茜をデートに誘った。指輪を贈ろうと決意したはいいけれど、サイズも買い方もさっぱりだったのだ。二人で選んだ指輪を、僕はあらためて茜に渡す。学生の身だから安物だけど、値段よりも覚悟の証として、どうしても『指輪』という意味があるものを渡したかったから。


「ありがとう。無理しなくてもよかったのに」

「いつもごめん」

「プレゼント渡しながら謝らないでよ」

 無意識に口から出てしまうのだから、きっとそれが僕の本心なのだろう。

 茜は指輪を眺めながら苦笑していたが、やがて真面目な顔になり、その後はにやにやと頬が緩んでいく。その変化を見ることができただけでも、渡したかいがあったと思う。


「あのさ、一つ言っておきたいことがあるんだけど」

「いいことなら聞くよ」

「私さ、あの日、初めてだったのよ。これからも祐樹だけよ」

「ああ、たぶんそうじゃないかと思ってた」

「なんだ、ばれてたんだ。あのときはね、慰めようと思って私なりに気を使ってたつもりなのよ。それにこんなチャンスもうないと思ったし。祐樹のことは本気だったからね」

「本気かあ。僕も本気のつもりだったんだけどね」

「祐樹は恋愛に本気なんじゃなくて、絵里さんに本気なだけよ。だから私とは、少し違うと思う」

「絵里も女性だよ。異性として意識していたつもりだったんだけど、それは恋愛じゃないの?」

「違うわよ。だってもし絵里さんが誰とも付き合ってなかったら、そこまで焦ってなかったでしょ」

「それは、……そうかもしれない」

 納得できたようなできないような。僕が迷っていると、茜は変なことを言い出す。


「私さあ、実は山田のこと好きだったんだよ。愛してたんだ」

 ずいぶん軽い口調だけど、茜の意図がさっぱりわからない。

 四月、入学直後から山田が茜に声をかけていたのは知っている。どこまで本気かわからないけれど、茜はまるっきり相手にしていなかった。隣で何度も見ているからよく知っている。

「ええと、どっきりか何か? テレスクリーンでもあるの?」

「信じてくれないの?」

「信じないも何も、まるっきり嘘じゃん」

「でも気持ちって見えないし、わからないよ?」

「見えなくてもわかるよ」


 うんうん、と嬉しそうにうなずく茜。

「ね、さっきの私の言葉は信じたのに、今はまるっきり相手にしなかったじゃない。だから言葉なんてたいして重さを持ってないのよ。それに気持ちだって、見えないし証明もできないし。だからやっぱり、大事なのは行動だと思うよ。祐樹がまだ絵里さんのことを思ってるのは知ってるけど、ずっと私の傍にいてくれるのは変わんないし、浮気するわけでもないし。あとこの先、養ってももらうからね。それだけのことをしてくれるなら、祐樹の内心がどうだったとしても、あんまり変わんないんじゃないかな?」


 なるほど、茜の言うことはもっともなのかもしれない。けれどマリはこう言っていた。

「祐樹が思ってくれるからこそ存在できる」と。

 二人の言うことは真逆に感じられるけれど、本質は一緒なのかもしれない。マリにとっては、きっと他人を思うということ自体が行動なのだ。だとすると、絵里を思って右往左往する僕の行動も、愛なんだろうか。


 たまに考えることがある。マリという人物は、本当にいるのだろうかと。絵里が僕をからかっているだけではないだろうかと。それとも、もしかしていないのは、絵里の方なのだろうか。

 真実がどこにあるのかなんてさっぱりわからないけれど、確かなのは、まだ当分の間はマリが存在できるということだ。



終わりです。ここまで読んでくれてどうもありがとうございました。

もしよかったら、感想とかポイントとか、何かしら足跡を残してもらえると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ