表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デジャヴ・ランデヴ  作者: キリン衛門
高嶺の花の転校生
5/6

第五話 星空の下で

 ――――やらかした。

 最悪だ。動向が気になって悩んでいた時にばったり会うなんて、絶対ストーカーだと思われた。

 これは明日顔向けできないし、2人きりにされたときになんて言えばいいか分からない。無事帰ったかどうか気になって? 片桐から話を聞いて? いいや、どの選択肢を選んでも唯のストーカーには変わらないだろう。

 いや、今はそれよりも周りへの風評被害だ。彼女が一言、ストーカーされていると口にしたとき、俺の立場が悪くなるのは目に見えている。


 一回、誤解を解くために話すべきか? いや、コミュ力お化けに対してもあの反応。聞く耳を持たず、だろう。なんなら悪化する未来しか見えない。


「―――せんぱーい。来てから、ずぅーっとため息ついてますけど、分かってます? 罰ゲームですよ、コレ。手伝ってくれないと罰にならないんですけどー」


 ボールを頭の上で振り回しながら、喚く彼女に蒼汰はため息をつく。

 重い腰を上げて、ベンチから立ち上がると今度は肩回りと足回りのストレッチを行い、袖をまくった。


「メンタルケアは含まれてねえから、いいの――リベンジマッチか?」


「もっちろんっ! 次はボッコボコにして泣かしてやりますからっ!」


 日がすっかり落ちて、辺りは星の光で視界を照らす夜。

 場所は、2人のちょうど中間に位置する屋外バスケットコート。自転車で25分と、登校時間より短いのが悔やまれる。


 部屋着の薄さで、ネットもないゴールリングの下でボールを奪い合う男女。

 ボールには砂が付き、体育館ほど跳ねない地面で踏ん張りも効きにくい。バスケをするには条件が悪そうだがそれは向こうも同じこと、ソレを理由に負けるわけにはいかなかった。


「ほんと、こんな時間に呼び出すなよな。しかも、自転車で行けるのが断りにくくて若干うっとおしい」


「それでも来てくれる先輩、やっぱ優しいですね!」


 ゴールの弾く音が響く。

 ネットがない分、想像以上にゴールは弾み、一度コースを外すと大きく跳ねる。スリーを狙った葉月の軌道は大きく弧を描いてフレームを叩き、遥か彼方へと飛んで行った。


 その時、ふと体育館での疑問が蘇る。


「――そういえば、俺の名前どこで聞いたんだっけ」


「え――負けたのに聞くんですか? 勝った意味無いんですけどぉ」


「いいだろ、罰ゲームは受けてんだから」


 砂だらけのボールを叩きながら、小走りで戻ってくると暫くボールを見つめて何も言わず蒼汰へとパスをする。

 蒼汰からゴールまでの距離はざっとスリーポイントと同じぐらい。

 彼女がボールを眺めている間、蒼汰はゴールへの距離を目で確認してボールを受け取った。


「そこからゴールを決めてくれたらいわ―――」


 葉月の口から、何かを言い切る前に蒼汰は既にボールを放っていた。

 驚きのあまり、言葉の最後が尾を踏まれた犬のような短い悲鳴を上げていたが、構わずボールは弧を描いて、ゴールを目指す。


 直後、鈍い音が響くと、ボールは綺麗に弧を描いて明後日の方へ飛んで行った。


「ぶっ、え、えっ? ちょっとそれは決める流れじゃありませんか?」


 思わず、噴き出して笑いが堪えられない葉月はゲラ笑いを起こしながら腹を抱える。

 蒼汰は一点を見つめて、何も言わずに立ち尽くしていると、突然動き出して地面に置いていた、鞄に駆け寄り背負い始める。


「ああっ! 嘘です、冗談ですって、教えますので帰らないでください!」


「……」


「なんか、主導権握られてる気がしますけど……まあいいです。教えると言ったって普通に女子バスケ部にこっそりファンがいるの、先輩知らないわけじゃないですもんね?」


 訝しむように目を細めて首を傾げる蒼汰に、葉月は愛想笑いを向ける。

 だが、彼の表情が変わらないことを悟ると段々とその表情を崩し、目を丸くしていた。


「…え? 本当に。少しも?」


「ほんとに知らない。なに、こっそりファンって」


「練習試合とか、大会の時に観戦ブースで応援している女子生徒とかいたじゃないですか。露骨に滝野瀬先輩の名前呼んでる人とかいましたけど……え? 本当に知らないんですか?」


 わざとらしい女性の声援を真似する葉月を冷ややかな目で見届けていると、項垂れるように長いため息をして、蒼汰へと近づくと肩に手を置いて眉をひそめる。


「……先輩、女の子敵に回すタイプですね……私の友達にめっちゃ推してる子が居たのでそれがキッカケだったんですけど、意外と鈍感なんですねぇ」


「別に、鈍感じゃねえから。試合に集中してると気が付かねえんだよ」


 蒼汰は、肩に置かれた手を下から押しのけるように退かし、何気なくボールを奪うとシュートを放る。

 そのボールは何にも当たることはなく手前で落ち、地面で跳ねる音だけが響いていた。


「…動揺してます?」


「してにゃい」


「――あ、彼女って」


「いない。作れるけど作る気はない」


 蒼汰は、それ以上は何も言わず空を見上げて長く白い息をつく。

 葉月も一緒に空を見上げて、2人を照らす星空を眺めながら横目に見える蒼汰に視線を移す。


「――先輩?」


「―――ちなみに、そのめっちゃ推してる子ってどんな子?」


「気になってるじゃないですかっ!!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「――もし、興味ない奴がお節介かけてきたら、周はどう思う?」


 一通りの試合を終え、息の白さが気になり始める時間帯。

 帰ろう、とどちらが言うこともなくキリがよかったので二人は帰りの身支度をしていた。今から、風呂に浸かってある程度のことを終えた頃には、日を跨ぐか跨がないかの時間になりそうだ。


「急にですね。うーん、私なら有難いなぁと思いながら甘えます」


「嫌って、思わないのか?」


「まあ、お節介の物に寄りますけど、助けようと思ってくれる好意を無下にするのは違うかなって…まさか、これからアプローチ掛けようとしてます?」


 身をよじらせて恥ずかしそうな演技をする彼女にそんなわけない、と否定を入れて蒼汰は今日の出来事を振り返っていた。

 自分自身、何故気に掛けようとしていたのか理解ができなかった。あんな態度を取られたら普通関わりを避けることは明白で、関わる前に避けるのが俺の自論のはずだった。

 ――はずだったのだが。


「意外ですね、悩みごとですか?」


「意外って…まだ俺ら会って間もないだろ」


「残念ながら、私は先輩のことずぅーっと前から知ってたので」


 葉月は、身を震わせながらジャケットに袖を通し、鞄とボールを小脇に抱えると蒼汰の隣まで小走りで近づく。

 足音が近づく中、自転車の準備をしている蒼汰の背中に手のひらを当てる葉月の姿がそこにはあった。


「どうですか? 今から、お節介されそうになってますけど、お気持ちは」


「―――なんも思わんな」


「それなら、きっとお相手もそう思ってると思いますよ。深く考えなくていいんじゃないですか?」


 葉月は手をゆっくり離し、満面の笑みで正面に回り込んでくる。

 上目使いで下から覗き込んでくる彼女の瞳に、蒼汰は不意に視線を逸らした。


「興味ある人だと、意味ないかもしれませんけど」


 その声に目線を彼女に戻すと、目が合った途端やさしく微笑み返す。

 蒼汰は何処か熱くなるのを感じていると、葉月は何も言わず振り返って走り出し、停めてあった自転車に足を掛ける。

 それから、スタンドを下ろして帰り際に一言だけ。


「あ、私彼氏いますのであまりご期待はされませんように——っ!!」


 夜だというのに、住宅街の子供たちが目を覚ましてしまうような声量で高らかに叫ぶと大きく手を振ってペダルを漕ぎだす。

 困惑した顔で彼女の後姿を見ていると、蒼汰は遅れてハッとして負けじと「そんなんじゃねえから!」と大きく叫んで、恥ずかしそうに頭の後ろを搔いた。


 彼女はそのまま点になるまで走り続け、見えなくなったことを確認した蒼汰は一息ついて自転車に足を掛ける。

 それから、ペダルに足を乗せて突然制止したかと思うと、おもむろにスマホを取り出し”そんなんじゃねえから”と葉月にメールを送り、帰路へと着いた。



 結局、全然眠れなかった。

 一度考え込むと、不安で睡眠不足になってしまういつもの悪癖だ。いつも良かれと思ったことが空ぶったり、はた迷惑をかけたりすると不安が募ってしまう。

 ただ、目が覚めてしまえば、前日の雑念も薄れるもんで無理して早く床につくことはある。


 というか、目が覚めてスッキリした今だからこそ思うが、何故か嫌悪感を抱かれていたのだから、これ以上下がることはないのではなかろうか。そう考えると、今の思考時間が馬鹿馬鹿しく思えてくる。


 自暴自棄になりながらも、席についていた蒼汰は時計を眺めていた。

 今の時刻は、朝のHRの時間。各々が席に着き、伊藤の出席確認の声が聞こえ始める時間帯だ。


 この時間は、登校して間もない時間故、点呼も曖昧で大体隣のヤツと話してばかりで話を聞いていない人がほとんどで伊藤も2回ぐらいの注意はするがそれ以上は何もしない。

 そんな喧騒の中でも、意識している情報は無意識の中で拾うもんで、ある言葉に意識が持っていかれる。


「――あれ、纐纈さん。居ないのですか? お休みかしら、後で親御さんに連絡してみないと」


 昨晩の不安が蘇る。ぶわっと冷汗が溢れ、昨日の葉月の言葉も掠れてくる。

 どうやら、俺の反省会は一晩では足らなかったみたいだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ