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デジャヴ・ランデヴ  作者: キリン衛門
高嶺の花の転校生
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第四話 日直の人

 辺りにチャイムが鳴り響く。裾から覗かせた手をこちらに突き出して落ちる纐纈の姿。

 落ちた夕焼けが地面を染め上げ、夕日が彼女の肌を茜色に映す。

 口から零れそうになる声はこちらに届かず、浮かべた涙が重力に逆らって空に落ちる。


 狭まる視界の中で浮遊する様をスローモーションのように映し出されて、髪が風を扇いで宙を舞い、後頭部がゆっくりと地面へと向かっていき――そこで映像は閉ざされた。


 ……人が死ぬ夢は初めて見た。

 俺は、人の不幸を見ることができるこの力を”既視感(デジャヴ)”と呼んでる。防げない未来をなぞるように行動する行為が、繰り返しのように思えてそう名付けたんだ。

 だが、この力を誰かに話したことはない。友人や教師、家族にすら伝えたことはない。


 初めは変な夢だと一蹴していたが、妙な既視感(デジャヴ)が絡んだ痰のようにへばりつき、何度も繰り返していると、いつの日か偶然が必然であることを確信した。

 誰かが怪我をする、おねしょをする、告白に失敗する、など知っても知らなくても、といった情報が多かった。


 だが、どの未来も途中で妨害を入れたり、否定しても必ず同じ結果に辿り着くか、それ以上の未来になる。

 要するに、運命は決して変えられない、という奴だ。


 …彼女と接点を作ったのはいつだろうか。

 このデジャヴの条件として、知り合いの夢しか見ないことが前提条件。

 初めて見たその日から、今日に至るまで赤の他人の未来は見えたことはない。


 ―――まあいい。やることはいつもと変わらない。

 面倒ごとは関わる前に避ける、だ。その自論は今までも変わらなかったしこれからも同じだ。高嶺の花は眺めておくだけに限る。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「今日の日直、折角だから纐纈さんと一緒に周って教えてもらえる?」


 ―――面倒ごとは自分から関わりに行かずとも、向こうからくるのか。

 伊藤の嬉しそうな表情に彼女は眉一つ動かない。喜怒哀楽を知らないのかといわんばかりの無表情。流石の伊藤も反応に困っていた。


「本当は、私が一緒に校内案内できたら一番よかったのだけど、ちょっとやることが多くて。お願いできる? 滝野瀬君」


 実質、NOとは断れないこの質問に嫌悪感を抱きながらも、渋々承諾。その回答に、満面の笑みを浮かべて、教室を後にする伊藤に押し付けられた感覚を味合わずには入られなかった。

 帰る身支度をしながらも一向に帰る気配のない人だかりを眺めて、深いため息をすると纐纈の方へと向き直り声をかけた。


 日直の仕事内容は、教室内のゴミを焼却炉へ、黒板の清掃、あとは植物の水やりを行えば終了。

 1か月に1回のペースで回ってくるこの当番は部活組からすると迷惑極まりないのだが、大会前や合宿前は配慮されて次の順番の人に回されるのがこの仕組みの良いところ。

 今までは、その恩恵を享受していたのだが、まさか提供する立場に回るとは思わなかった。


「…とりあえず、黒板の清掃頼めますか? あそこらへんに雑巾があると思うのでそれで黒板消しと溝を拭いてもらえれば。あ、あそこらへんというのは」


「分かってます、結構です」


 蒼汰にとっての衝撃が走る。

 そこはかとなく、ヤバい香りはしていたがこれほどとは思っていなかった。


 蒼汰は、表情には出さないように冷静を取り繕いながら目を閉じ、静かに自分の作業へと移る。

 纐纈は、黙ったまま黒板消しと溝の掃除に移っていた。


 その光景に蒼汰は何も言わず、背を向けると深く深呼吸をして一連の動作を見逃すことにする。人は過ちを犯すもの。それは、自分も他人も皆そう。

 例え、やりたくもない業務を与えられて、相方が酷い対応をしていても優しく流すのが大人というもの。


 貼り付けた笑顔のまま、こらえていると後ろから鋭い声がかかる。


「終わりましたけど」


 振り返ると、汚れた雑巾を握りしめて偉そうな態度で待つ彼女の姿。

 この光景、佐原は失神するだろうし、小林は興奮するのが目に見える。それほど、その視線は冷たく、こちらに向ける感情が軽蔑の2文字を表している。


 その態度に何も言わぬまま蒼汰も掃除を終わらせ、ゴミを纏めると焼却炉へと向かうことにした。


 自分たちの階層は3階。階上には、下級生たちがいて階下には食堂と、移動教室先。それより下は、職員の部屋といった構成になる。

 焼却炉は、真逆の校舎裏となるのだが1クラスの1日のゴミの量と言えばそれ相応の物になる。

 それでも多少重い方を選んで背負い、焼却炉へと向かった。


 廊下には、同じように日直で清掃する生徒、もしくは運動部が踊り場の階段でストレッチと筋トレを行う人で溢れていた。


 その喧騒に打って変わって、何も喋らない彼女に蒼汰はかつてないほど気まずさを感じていた。

 何も話さない、無言というものがどれだけ苦痛か。だが、コイツと喋るのは癪に障るのは間違いない。一生関わらなくていい人種というものはいる。

 それが、彼女だっただけだ。


「ちょっと貸してください」


 急に、彼女に袋を掴まれて引っ張られるとしっかり閉めたビニール袋をわざわざ開けて、中のゴミを漁りだす。

 何をしているのかと尋ねる間もなく、彼女の手には一本のペットボトルが取り出された。

 ソレを、彼女の手元にあるペットボトル詰まった袋に入れ直すとすべての口を締め直して渡してくる。


「あ、ありがとうございます」


「いえ、こういうの気にしないタイプなんだろうなと思っただけです」


 口を開くたびにカチンと来ることを常々言ってくるもんだから、表情が強張るが幾度とない深呼吸をして冷静を取り戻す。


 荷物を背負い直し、佇んでいる彼女に蒼汰は首を傾げると不快そうな表情で、


「先に進んでくれないと焼却炉の場所分からないんですけど」


「……そうですね」

 

 彼女の一足先を歩くように前に出ると、丁度一歩後ろについてくる纐纈。

 今、戦地みたいな場所にいたら流れ弾のフリして誤射してやりたいと、これほど切に願ったことはない。


 背後で歩く彼女の足音を聞きながら、歩幅を崩さないように歩みを進める。階段を降り、廊下で通り過ぎていく男子生徒が、背後の彼女を見ては2度見以上して去っていく。

 言わんとすることは分かるが、心の底から辞めておけと忠告をしてやりたい。間違ってもコイツは狙うなと。


「やあ纐纈さん。今、日直の仕事中?」


 突如、思慮を深く巡らせていると、正面から声がかかる。

 そこにいたのは、クラス1の看板陽キャ片桐弥真斗(かたぎりやまと)の登場だ。身長180㎝のサッカー部エース、カースト上位の分かりやすいクラス1の人気者。

 勉強ができないのが玉に瑕だが裏を返すとそれ以外はそこはかとなくこなせてしまう。自他ともに認めるイケメンだ。


「はい、そうです」


「よければ手伝ってもいい? 今、手が空いてるんだ」


「いえ、結構です」


 淡々と形式的な文で返す纐纈に対して変わらぬ態度で話しかけていく片桐。あのコミュ力はカースト上位である十分な証左になる。

 そして、ナンパのようなしつこさはなく、ただ善意で動いていることだけが伺える。

 ただ、その片桐に対しても変わらない対応をしてみせる纐纈には少し脱帽した。


 必要ないことを伝えられると片桐は軽く笑みを浮かべ、こちらを見やると、


「あっ、滝野瀬君も大丈夫? 丁度、筋トレがてら荷物運びしたいと思ってて」


 気遣いがピカイチ。

 女子だけに声を掛けるわけじゃない所と、たいして話したことないのに名前を憶えてくれているのは陰キャには評価が高い。

 右手を振り上げて力こぶを見せつけようとする全ての仕草がイケメンだ。

 このイケメンには、毎朝血尿でる呪いにでもかかって欲しい。


「いや、大丈夫。どのみち、仕事終わってなくて時間かかりますから」


「全然、タメ語でいいよー。それじゃあ、また大変だったら言ってね。あ、そうだ僕片桐って言うんだ、同じクラスだし何処かで関わるかもしれないから、よろしくね纐纈さん」


 別れの挨拶を告げて笑顔で手を振ると、曲がり角へと消えていく。

 少しぐらい、綻びを見せるかと思っていたが相変わらず無表情で見送る彼女。


 それから、焼却炉で他クラスの並ぶ列が見えてきたとき、肩を落とした。

 ここが一番帰宅を左右する時間なのだが、帰りのHRはクラスごとによって変わる。それゆえに、前の方ですぐ終わることもあれば、最後尾で30分並ぶ時もザラにあるのだが今日はその外れの日のようだ。


「……纐纈さん、今日は先帰ってもいいですよ」


「? いえ、伊藤先生から日直のやり方聞くように言われてますので」


「大丈夫です、名前とクラス名書いたら終わりなので。初登校日なので今日はゆっくりしてください」


 真っ赤な嘘だ。

 30分もこんなやつと一緒に居ろだなんてなんて地獄? 壁見つめて30分耐えた方が遥かにマシだ。

 だが、それをストレートに伝えるほど教養がないわけじゃない。ここは大人しくご帰宅頂いて明日を元気に生きてもらおう。


「―――わかりました」


 彼女は、頭を下げることも感謝の言葉も告げずに体を翻して帰っていく。

 蒼汰も深くは詮索を入れず、列に並んでいた。


 初対面の印象をメラビアンの法則で言い表すことがある。

 人の第一印象は出会って3秒で決まると言われており、視覚情報が55%、聴覚情報が38%、話の内容が7%といわれており、これからの一生がその【3秒】で決まるとされている。


 蒼汰は、この時の感情として最悪の二文字以外を頭に浮かべていなかっただろう。


 長蛇の列を消化し、署名を終えてから荷物を取るため教室へと向かう。

 渡り廊下の人は消え、校内が部活の掛け声だけが響く中、窓から差し込む茜色の光が廊下を染める。誰もいない階段を上がり、教室の扉を開くと奥にポツンと座る片桐の姿があった。


 軽く声をかけられたが、根が人見知りなので蒼汰は愛想なく返すと帰りの身支度をしているときに、ふとおかしなことに気づく。


「あれ、纐纈さん帰ってない…すか?」


「纐纈さん? 清掃の職員の人にお願いされて屋上まで机運ぶの手伝ってたけど…用事あった?」


 その言葉を耳にした蒼汰は一度体がこわばり、何事もなかったかのようにいつも通り身支度をして扉に手を掛ける。


「―――いや、何でもない、です。さよなら片桐」


 蒼汰は、時計にちらりと視線を移した後、片桐に挨拶をする。

 彼も、笑顔で此方に手を振ると、別れの挨拶を返してきた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「――んっ」


 両手で抱えた机を落とさないように気を付けながら、屋上の扉を肩で押す。

 建付けが悪いのだろう。扉の下部分は開いているのだが上部が引っ掛かったまま、上手く開かない。

 一度置いてしまってもよかったのだが、持ち直しを面倒に感じた纐纈は戦いを継続した。


「生徒さんごめんねー。手伝ってくれてありがとうー」


「ぅわ、あ、ありがとうございます」


 向こう側から扉を開けてくれた職員に思わずよろめきながらも体制を立て直した纐纈。

 割と軽い力で扉が開いていたところをみるに、机を置いて開けたら簡単に開けられたように思う。


 指示された端の方に机を固めておくと大きくため息を吐き、聞きざるを得ない雰囲気の中で事情を尋ねると若い教師に仕事を押し付けられたと語っていた。

 その方は齢60を迎えている方で本校での勤務は長いのだが、一人の教師に力仕事を押し付けられることが多いそうで、年老いた体に鞭打って仕事をされているのだそうだ。


「――でね、めんどくさいからって言って弱そうな立場の人間狙うなんて酷いもんだと……あ、そうそう。屋上は普段立ち入り禁止だから、今回は特別だからね。本当にありがとう」


 話が長くなりそうだからと、自ら打ち切り両手を合わせて腰を低くすると感謝を露わにする。

 とんでもない、と纐纈も断りを入れて自分がやりたかった旨を伝えると最後の机を運び終えて、屋上の出入り口へと向かう。

 だが、古くなって建付けが悪くなっているせいか、何度やっても上手くドアが閉まらない。

 何度か回して、空回りする音と引っかかる音が聞こえる。


「私がやりましょうか?」


 纐纈は、鍵を受け取り、軽くひねるとカチッと音を鳴らして扉が閉まったことを何回か扉を引くことで確認して貰う。

 それを見て、職員は心から感謝の言葉を伝え、2人は階段を降りていった。




 階段下まで来ると、職員はさらに階下へ。

 纐纈は鞄を取りに教室のある階で別れを告げる。会釈をして廊下へと歩みを進めると視界の端に人が横切った。

 曲がり角に待ち伏せするかのように、壁に寄りかかっていた人物。今日の日直の人だ。


「な、なにしてるんですか」


「あっ! え、あ、いや別に……」


 声を掛けると分かりやすい動揺を見せる。

 その反応に纐纈は思わず身を引いていた。鳥肌が袖から顔を見せ、下唇を軽く噛む。


「…あの、ちょっとそういうこと辞めてもらえますか。迷惑なんですけど」


「あ、いやそういう訳じゃ――すみません」


 そう言って、軽く頭を下げた彼の隣を初めから居なかったかのように通り過ぎて、教室に向かう。

 横目で眺められている視線を背中に感じながら、纐纈はソレを咎めることなく、曲がり角へと進んでいく。


 曲がり際、視線を横目に置いて、日直の方へと向けてみるが、彼の姿はなく階段の奥へと消えていく影だけが落ちている。

 纐纈の目は、その後を知ろうとせずただ視線を前に向けて帰路へと着いた。

 

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