第三話 転校生
―――突然だが、超能力を信じるだろうか。
俗に言うテレパシーやサイコキネシス、透視なんかもそうだが昔から噂されていて今の今まで正確な情が出ない超能力。
某国は国が揺らぐ大金で研究を行っていたり、学会でタイムトラベルが可能かを論じたり色々話題が尽きないが正直この事実を真に受けている人は少ないだろう。
そこで、例えばだが今隣に歩いてる人がテレパシーを使える。
――と言われたら、その言葉を心の底から信じるだろうか。
自信をもって答えよう、NOだ。
あるかもしれない、と可能性で話すことはできるが確信をもって答えれる人間はいないはずだ。なぜなら、当の本人が周りにその事実を伝えようとしないから。
理由は様々だが、一番分かりやすいのは人に教えるメリットがないからだ。
そんなことはない、伝えている人間もいるはずだ、そう答える人もいるだろうがそれは持っていない側が言うのであって持っている側が言っているわけではない。
もし、持っていたとしてもそれはきっと私達には手の届かない深淵に隠されていることだろう。
そうなると、自己防衛の手段として他人に言わなくなると思うだが、力を持っているものは皆共通してこの手段を講じていると考えている。
つまり、推測にはなるが力を持つものは存在するが、存在を許されないというのが真実だと私は考えている。
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気が付けば、教室だった。
たまにあることだ、いつもの登下校の道のりを進むと時間を短く感じる現象。まあ、ジャネーの法則というやつだ。
だが、これの困ったところが朝起きた以降の記憶が一つもない点だ。
まるで、元から教室で寝て一晩明かしたんじゃないかってぐらい不思議な体験になる。
「っあれぇ!? 早すぎない滝野瀬、お前学校寝て過ごした?」
「…ああ、俺も全く同じこと思ってた。怖い事この上ない」
軽く背中を叩かれた背後にはいつもの佐原と小林の姿。この様子を見るに岡田は遅刻で確定ということか。
ちなみに小林は仏のような面立ちで聖母に合掌をしていた。
アイツは死ぬまであのままでいて欲しい。
「まあ、いいや。それより聞いたか?! ビッグニュ――ス!」
「なんだ……彼女ができた?」
「ん~残念ッ! ………いや、なんで喜びながら残念って言ってんだチクショウ」
拳を高く振り上げ一人ツッコミして、何をしているのか。
だが、佐原への彼女いない歴=年齢の気遣いが足らなかった俺も悪い。ごめんな、佐原。
「――だが、これはチャンスと言わざるを得ない。恋愛とは転換期、つまり新しい出会いが一番のチャンスだと俺は考える。今までは二の足を踏んでたが今日の俺は違うぜ、朝からランニングして、朝シャンキメて、スクワット20回してきた。眼鏡だけが取り柄の俺とは卒業―――」
「なげぇよ、とりあえずなんなんだよそのニュースってやつ」
杞憂だったと、馬鹿馬鹿しくなった蒼汰は軽くあしらって回答を急かせる。
それに対して勿体ぶってモジモジ悩んでる佐原にイラっとして足蹴にしていると担任の扉を開ける音が聞こえてしまった。
結局、なんだったのか聞き出せぬまま慌てて各々が席に座り朝のホームルームが始まる。
軽い挨拶、点呼、今日一日の行事連絡。
何一つ変わらない朝だが、笑顔を崩せず嬉しそうにした伊藤は嬉々としてわざとらしい咳払いをする。
普段とは違う様子から、皆が何かしらの予兆を感じ取ると長々と伊藤の前振りが始まる。
伊藤という人物はなにより前座を大事にする人間だった。
それは、見ることのない映画館の予告映像を1から見るように、ワールドカップの各国の入場をポップコーン片手に席で待つように、長い長い前座がいつ終わるかもわからなかった中、突如【転校生】というワードだけが脳を掠めて仰々しく教室の扉が開かれた。
その一端が視界に移った時、蒼汰に冷や汗が零れ落ちる。
整ったEライン、頭からつま先にかけてブレない軸、細身ながらも女性らしさを感じさせる凹凸、絹のように靡く髪が彼女の後を追って着いてくる。
髪はセミロング、聖母に比べて細身かつ、胸囲も劣るが言葉にできないオーラがあった。
そのローファーが奏でる音は同じものを履いているとは思えない。まるで別世界の人間だ。
その造形美に男子は思わず息をのみ、女子は黄色い声と内輪話が始まる。
彼女は、その視線に気にも留めない様子で教壇の隣に立つと、凛とした表情で全体を見る。
その印象は水面に浮かぶ睡蓮花の様に、冷たくも美しく、憐憫に佇んでいた。
「さて、皆さん。今日から一緒に生活していくクラスメートが来てます。葵さんは愛知から引っ越してきて、この辺は初めてだそうです。それで、弟君も来年入学予定なのですが、何と言っても2人のお母様があの――…あら、私が全部喋ってしまいそうね」
伊藤は、口元に手を当てて恥ずかしそうにすると一歩身を引いて壇上から降りる。それから、手の動作で挨拶をするように促すと、そそくさと席へと座った。
分かりやすくテンションが舞い上がっているのだろうが、等の本人はそうではなさそうだ。
「――はい。親の都合で引っ越してきました、纐纈葵と言います。人と話すことを最小限に抑えたいので、どんな反応でも気を悪くしないでください。よろしくお願いします」
―――中々に、強烈そうなクラスメートが来た。
皆がそう考えただろう。
現実問題、隣の席の男子たちはその一言で若干引いている。ちなみに佐原も顔色はよろしくない。元々、クールな女性より朗らかで包容力のある女性がタイプな佐原には厳しい現実であろう。
その中で若干一名、その冷淡さに興奮気味の小林が1人。アイツは無敵か?
また、伊藤も若干頬が引きつっているが職務を忘れないその姿は尊敬に値する。
結局、彼女は特にそれ以上の挨拶することなく壁際の席を案内されていた。
その後、誰もそれ以上は騒ぎ声を上げることはなく教室はいつもの日常へと返り咲く。
彼女はその教室の雰囲気に安堵したのか、後悔したのか、分からない表情をしていたが窓から見える小鳥を見上げる彼女は誰が言うにも美しい造形をしていた。
一限が終わりを告げて、定番の皆が転校生に密集するというイベントが起きるかと思うのが定石だったが、あの切り裂くような自己紹介を聞いた後だと流石に尻込みをする人が多いだろうと、
「纐纈さんって、愛知のどこから来たの?」
「纐纈さん、キレー! モデルさんとかやってる? やってないなら絶対やった方がいいよ?」
「ねね、先生のあの最後濁したアレはなに―?」
――思っていたが、ウチのクラスのコミュ力の高さを侮っていた。
1軍男女が一斉に取り囲む当たり、カースト上位とは非常に恐ろしいものである。
小林もお近づきになろうと後ろでもじもじしてるしてるが、陽キャに腰が引けているがお近づきになりたい興奮を抑えてずっと反復横跳びしている。
ちなみに、佐原は何度もチラ見したまま行動を起こせないでいる。
「愛知から越してきて、あんま詳しくないなら今度スイーツでも食べに行かね? 甘いもん好き?」
「……」
「俺、バスケ部なんだけどさ。今度の土日ウチの体育館で試合すんだよ。興味ない? バスケ」
「……」
「ねえ『纐纈』って結構珍しいよね、あっちじゃ普通なの?」
質問攻めとナンパのオンパレード。
歌舞伎町だったら警察に連行されるだろうと思うほど絵面が強力だが、学校は治外法権。実質、肩書を自由に使える無敵の期間だ。
その中で、女子高校生で流行のファッション誌の1つを持ち上げる子が出てくる。
今まで無反応を突き通していた纐纈が初めてその冊子を見るに、一軍女子が感嘆の声を上げるあたり、人気の雑誌なのだろうか。
皆が、その冊子を開いて盛り上がる中、初めて、纐纈の肩が震えていたのを俺は見逃さなかった。
「えっ、これってあのN/N?」
「そ、そう! 私最近の一番推しなんだよね! この纐纈彩芽さん、すっごいそっくりじゃない? 名前と顔見たときピンときて、親戚なんじゃないかって!」
「えっ!? おいおい、誰かさっきモデルじゃないかって言ってたのマジ?」
「モデルの家族? そりゃ、絶対可愛――」
各々の声が大きくなる中、突然席を叩いて立ち上がる纐纈。
机の金属の反響が教室に響き、先程あれほど騒音が響いていた教室内が、糸が切れたように静寂になっていく間は誰も口を開けない。
それから、何を口開くかと思えば目線にかかるように髪が垂れるまま、視線を落として、
「――大事な話じゃないなら、声を掛けないで欲しい」
キレのある一言を吐き捨て、空気を凍らせる。
そのまま誰かの発言が為されぬまま、視線を上げずに駆け足でその場を後に教室を出た。
教室内が静寂に包まれている状況の中、蒼汰は孤独な背中を見やり何事もなかったの様に視線を前へ向き直る。
――人は誰しも秘密を持っている。
それは、老若男女誰しも持っていて、思春期の学生には当たり前なもんで息を吸するように嘘を吐く。
その吐いた言葉は自分を守るためにも、人を傷つけるためにも使う。
誰かを傷付けた秘密。
人を騙した秘密。
自分を偽った秘密。
秘密の正当性は自分自身にしかわからず、秘密の隠匿性を知るのは他人にしか分からない。
だが、その隠匿性を人に尋ねることができないから人は秘密を重ねる。
それは、俺自身も例外ではない。
俺は―――人の未来が見える。
友人、家族、仲良くなった知人、見える人は様々だが眠りについたときに、何の脈絡もなく”ソレ”が視える。
決まって皆言えることは、いつ起きるかは全く不明であること、大体が良くない夢であること――その未来を変えようとすると、より最悪な未来になること。
今まで見てきた未来は、どれも取るに足らないものが多かった。解決するまでもなかったし、知ってたからと言ってわざわざ回避することはなかった。
なぜなら、その出来事で人生の何かが大きく変わることはなかったからだ。
だが、それは同時に夢以上の事態は回避することはできないことも証明する。
―――彼女はいつか、屋上から飛び降りて死ぬ。