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デジャヴ・ランデヴ  作者: キリン衛門
高嶺の花の転校生
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第二話 1on1

「5点先取、デュースなし、3ポイント無し、ファウルによるフリースローもなし。あっ、流石にあまりに酷いファウルは言いますよ!」


 彼女は、胸の前で腕をクロスさせると片肩ずつ伸ばしてストレッチを始める。

 屈伸と伸脚を挟んで、手首足首を軽く振るうと、もも上げを始める。


 それに対し、蒼汰は制服の上、雀の涙しかない滑り止めが付いた中履きで、軽く地面を蹴り、喉を唸らせると軽く肩を回してボールを拾い上げ、軽くフリースローを狙う。


 その軌道は綺麗に弧を描いて、音もなくリングを通り抜けた。


「準備運動しなくていいんですか? 怪我しちゃいますよ」


「いいよ。そんなに長くやるつもりないから」


「むっ…相当余裕ぶってます?」


「ん? あ、いや普通に――」


 蒼汰は訂正しようと戻ってきたバスケットボールを掴んで、ボールを指先で回していると頬を膨らませて準備運動を辞めた彼女が、ボールを寄こすようにハンドサイン送る。


 1on1では、基本相手にボールを渡すことが開始の合図となるため、先行を与えられた蒼汰はアンダースローで優しくボールを浮かせ、それを一歩踏み込んで拾った彼女は鋭いパスを指す。

 思わずたじろいで重心が後ろにもたれることでワンテンポ遅れ、その隙を一気に詰めて彼女が走り出す。言わば不意打ちのディフェンス。


 距離が積まれば攻めるコースも減り、後退するか横に開いて攻めるしかないが、どちらも後手に回り、分が悪い。――が、その考えが通じるほど蒼汰は甘くはなかった。


「――っ!」


 彼女が、一歩踏み出すのと同時に股下にボールを通して一瞬で抜き去ると彼女の間抜けな声を置き去りにして華麗なレイアップで一点を鎮める。


「あっ、よーいドンって言ってないですよ?! ずる―い!」


「お互い様だよ。ほら、次はそっちの番」


 蒼汰は、ドリブルをしながらスタートラインについている彼女の元に近づくと、パスを出す直前にボールを両の手でつかんで彼女に言い放つ。


「ちなみにさっき言いかけたことだけど、そっちは一点先取でいいよ」


 彼女はその言葉に眉をピクッとさせ、中腰の体制を崩して胸を張る。


「ちょっと、そういうの辞めてくれます? 負ける気ないんで」


 今までとは違う表情で凄む彼女に蒼汰は表情一つ変えず喋る。

 彼女にとって、手心を加える事実に不満だったように蒼汰は年下に煽られるのが何よりも嫌悪していたからだった。


「煽られたら、それ以上で煽り返す。そう決めてるんで、ねっ!」


 口の端を歪めて笑うと、下から投げて片手の距離間を開けてセットする。

 身長差から生まれるリーチ、体格差によるゴール下の威圧、性別による膂力の差。


 全てにおいて、性別によるスタートラインの差が大きすぎる故、彼女がやろうとすることも必然的に分かってしまう。

 ゴール下は防がれるのでレイアップも狙いにくい、かといって3ポイントは狙っても点数に関係ないため、あとやれることとすれば――と、緩急をつけて一歩詰めて、ドリブルの跳ね返り直後を狙いに行く。


 直後、彼女の手元に戻るはずだったボールは後方へと飛んでいき、攻めの体制で前へつんのめった彼女がつまづきかける。


「残念」


 ボールを取りに行く前に軽く笑うと、彼女は不服そうな顔をしていた。

 それからは似たような繰り返しをすることとなった。フェイントを入れたレッグスルーで抜いたり、ジャンプシュートで頭の上から決めたり、同時にディフェンスは進行方向に手を置いてのボールカットでシュートの機会すら与えない展開。

 彼女の体格からして、狙いのステップバックからのシュートは何となく読めていた。

 先に分かってしまえば守りは簡単。苦虫を嚙み潰したような表情をする彼女を尻目にシュートを決めていき、気が付けば4対0の状態。

 

 最後の攻めで終了となる。


「なあ、俺の名前どこで聞いた?」


「はぁ…はぁ…はぁ、ぅえ? うーんやだ、教え―――」


 と、肩で息をしていた彼女がそこまで言葉を言いかけると、紡いで禄でもないことを思いついた表情で頬を歪ませ、上体を起こして腰に手を当てる。


「ふふーん私も、煽り返したい。はぁ…ふぅ、もし、このゲーム勝てたら何でも言うこと聞いてあげます。ただし、負けたら先輩にも聞いてもらいますから」


 ここにきて何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しいと一蹴しようとして、言葉を返そうとしたとき、石像の様に固まる。


 なんでも―――そう。こいつは今『なんでも』と言ったのか?


「…その、なんでもって本当になんでもか?」


 再度確認を取る蒼汰に「なんでも、だよ」と艶めかしく言い直す彼女。

 その単語を聞いた瞬間、蒼汰にとって色んな意味でこのゲームの重要性が変わっていた。


 高校2年生。思春期真っただ中で女の子になんでも1つ命令できるなら何をしたいかで上がる議題は、無人島に持っていくなら何を持っていくか並みに定番の話題。


 心拍数の調子が上がってきた蒼汰は落ち着きを見せるようなドリブルを始めるが、視線がどうもおぼつかない。よく見れば、何と彼女の容姿端麗なことか。

 スタイルは聖母に劣らず、釣り目の猫のような見た目でありながら、胸囲はこの際仕方がないとして発言や行動が度々男心をくすぐる。


 そして、その視線に呆気を取られているとあっさりとボールカット。

 守備へと移るが、動悸は収まらず冷静にかける。この汗が今どちらの物かもわかりはしない。


 その時、再度ステップバックを取ろうとする体重移動を察知して、手を伸ばすがそこに弾んでくるはずだったボールが消え、右手が空を切る。

 フェイトを混ぜた強気な攻め。だが、同時に空を切った手は流れるように彼女の胸元のユニフォームに指がかかり、奥まで見通せる淫靡なトンネルが蒼汰の視界を惑わせた。


 固まる思考の中で聞こえたのは喜びの黄色い声とボールが弾む音。

 説明されずとも今の事態がよくわかった。


「キャーッ! やったやった! 1本取れた! 嬉しい~っ!」


 背後を振り返ると嬉しそうに両の足で跳ねて飛ぶ彼女の姿。

 諦めて肩を落とすと、じんわりと滲んだ額の汗を袖で拭って体を起こした。


「――さて、帰ろっかな」


 流れるような自然の動作で、平然と荷物を拾い歩き始めるとそうは逃がすまいと力強く襟を掴んで引き戻される。


「ええっ?! ちょっと先輩っ、それでも滝野瀬先輩ですか!? 後輩との約束破るなんてサイテーなんですけど!」


「いやいやいや、別にやるって言ってないし。完全敗北ってわけじゃないし。今日は遅いからいったん帰ろうかなと」


「うわ、なっさけなー。これが憧れてた先輩とかマジショックなんですけど……」


 ”憧れてた先輩”というワードに耳が反応してしまった蒼汰は、片足が宙に浮いたまま止まり、浮足立った気持ちでコンパスの様に片足を軸に回転させると満面の笑みを浮かべる。


「―――今、なんて?」


「え? 後輩の約束破るなんてサイテーって」


「お決まりみたいに一つ前を選ぶなよ、その次の話に決まってんだろ?」


 彼女は、その言葉に悪びれもなく口を尖らせて覚えてないフリをするがその行動は先ほどの発言を肯定する意味となった。

 その様子に仕方ないと肩を落として、


「分かったよ、俺は何すりゃいい?」


 と伝えると、先ほどとは真逆の明るい表情を見せる。

 元々感情の起伏が激しい彼女であったが、今日一番の笑顔を見せたのはこの時な気がする。その笑顔から放たれる要望は学生らしく横暴で無邪気なものであると考えた。


 正直、真っ先に思い浮かぶのは恥をかく罰ゲーム。

 今どきはSNSに何か上げるかもしくは嘘告白なんかもあるだろう。どちらにせよ、常識の範囲などの制限を設けるべきだったと後悔するのは後の祭り。

 この天真爛漫な彼女も唯の女子高生故、何を言われるかと思い――


「今日から放課後、私の自主練に付き合ってください」


 拍子抜け、という言葉が一番似合うだろう。

 肩の力が抜け、呆けた顔で彼女の満面の笑みを見た時それが冗談でないことを知り笑みが零れる。


「…そんなのでいいの?」


「そんなのって……あ、せんぱぁいそういうの好きなんですかぁ~?」


 頬を釣り上げてニタニタと笑う、上機嫌な後輩にうるさいと一蹴し、彼女を追い払うと荷物を持ちあげて帰ろうとする。

 その時、ふとあることに気付いて。


「そういえば、俺名前知らないんだけど」


「えぇー? 負けたくせに名前だけは聞いて帰るんですか?」


「いいから教えろよ。帰るぞ俺」


 あまりに冷たくあしらうと慌てた様子で、バスケボールを地面に置くと仰々しく自己紹介を始める。

 まるで、新入生が一人一人壇上に上がるように丁寧に。


周葉月あまねはづきって言います。これからもよろしくです、滝野瀬先輩」


 あまり、よろしくされたくないがこれ以上ごねるのも流石に気が引けたので、自分も軽く名前を告げて流れるようなテンポで連絡先を交換する。

 今どきの若者は手順が早いなと感嘆しつつ、アイコンが青春の一ページであろうクラスの集合写真である辺りコイツの陽キャ具合が手に取るようにわかる。


 友達という2文字で苦労したことはなさそうだ。


 それからは、自分のやることを済ませて帰ろうとしたが、対決をしてる間に顧問が返ってしまったらしく結局渡し損ねる。

 緊急という訳ではないが、やるべきことをあまりズルズル伸ばすのは好きではない。

 明日にでも渡しに行こうと決めると、階下から複数の聞きなれた声が聞こえてそそくさと帰宅する。


 丁度、帰宅部は皆部活動中で、他の運動部はあと数時間したら身支度をし始める丁度境目の時間。

 一番登下校に学生を見かけない時間帯だろう。現に今、この通学路を歩くのは散歩をするおばさんか、歩きスマホをするサラリーマンぐらいしか見かけない。


 そんな、半端な時間はある意味心地よく自分だけの時間みたいな錯覚を受ける。

 あと数分で駅に差し掛かるだろうという時に駅前のファストフード店で何やら騒ぐ人だかりが見える。騒ぐ、というか噂話程度なのだが何となくの気持ちで顔を覗かせた蒼汰は店内の方に目をやる。


 そこには、アイスクリーム5個にシェイク3つMサイズ。見ているだけで腹を下しそうだが、その右に仕事を終えた残骸が幾つか。既に食べ終えている様子のテーブルを見つけた。

 しかも、それだけでは飽き足らず、今度は手元からキャラメルソースが出てきたと思えば全てを使い切る勢いでソレらをふんだんにかけまくる。


 その白と茶色のコントラストを仕立て上げると、ソレを満足そうに食すのだがここで一体どこの大食漢かと思えば、蓋を開けてみたらそこには明らかに不釣り合いな細身でスタイルの良い女性の姿。

 私服で分からないが年齢的に同い年ぐらいだと思う。肩より少し下まで伸びた艶やかなロング髪が特徴の女性だ。


 周りが噂にしたくなる気持ちもわからなくはない。

 その風貌に似つかわしくない量と食すスピード。どこぞのフードファイターかと一生懸命調べている子もいる。

 

 帰り際に、面白いものを見たなと感嘆した蒼汰は体を翻し、駅へと向かう。

 さほど、興味が薄い彼は彼女の顔までは確認しようとしなかったが、その雰囲気は記憶に確かな足跡を残していた。

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