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デジャヴ・ランデヴ  作者: キリン衛門
高嶺の花の転校生
1/6

第一話 人は誰しも秘密を持っている。

 ――人は誰しも秘密を持っている。

 それは、老若男女誰しも持っていて、思春期の学生には当たり前なもんで息を吸するように嘘を吐く。

 その吐いた言葉は自分を守るためにも、人を傷つけるためにも使う。


 誰かを傷付けた秘密。

 人を騙した秘密。

 自分を偽った秘密。


 秘密の正当性は自分自身にしかわからず、秘密の隠匿性を知るのは他人にしか分からない。

 だが、その秘め事を人に尋ねることができないから人は秘密(うそ)を重ねる。





 朝、6時15分から5分刻みで目覚ましをかけ、結果的に6時45分に起きるのが日課である。

 身だしなみを整えて寝癖を潰し、目玉焼きを乗せた食パン一切れを食して、足早に玄関を飛びだす。そのあとは、電車に揺られて30分ほど過ごして最寄駅から徒歩13分。

 気怠い学校生活の始まりだ。


 校舎を見るたびに度々思うが、様々な人間があらゆる手段を使って通う学校というものは何と不思議で異様なことか。

 親がよく学生時代の美談を嬉々として話すが、当事者の自分からすると全くもってこの日々が充実しているものだとは思えない。


 わざわざ早起きして一日かけて勉学に励んで、それが社会に出ればほとんどが使われないという。

 聞けば聞くほど、何のためなのか分からない時間だ。

 しかし、母の教えの元、行かない理由がないのであれば行った方がいいという母の自論があったが為に無断欠勤0の超真面目君の学生生活を送っていた。

 

 そんなことを思いふけりながら校舎を眺めていると体が軽く前へつんのめる。


「おっ! 滝野瀬(たきのせ)、滝野瀬! おい、見てみろコイツ!」


 背中を軽く押されたようで、よろけた姿勢のまま声の方へ視線を流すと3人組の男が満面の笑みを浮かべて迎える。

 いつも見慣れた、というかよくつるむ同じクラスの男子メンツだ。


「おお、おはよ。遅刻魔の岡田(おかだ)がこの時間に登校なんて珍しいじゃん。今朝なんかあった?」


「ん―、いや――? 別に、いつも通りだけど」


 そういって視線を明後日の方に向けて岡田は平然とした表情で答える。

 高身長の岡田、眼鏡の佐原(さはら)、変態の小林(こばやし)の中で岡田は朝にとことん弱くチャイムの合間に来た試しがない。逆に佐原は朝に滅茶苦茶強い。

 だが卓球の朝練だけは絶対来るのでよくわからん奴だ。


 今日の朝練がないことは昨日聞いていたので、相当驚くものだと思って嬉々としてきたのだろう。が、残念ながら俺は今日遅刻しないで来れる秘密を知っていた。


「あれぇ?! てっきり、滝野瀬も驚くかと思ってたのに…そんなか。駅前で普段見ない岡田が見えたときは俺が遅刻したかと思って焦ったんだけど」


「朝強い佐原がそうはならんだろ」


「そう! それで佐原氏、ICカード出すの忘れて全力でゲートに足がビダ――ンッて閉められて、皆の視線集めたときは腹ネジきれるかと!」


 小林がそういって汗を拭いながら腹を抱えて笑い、佐原が恥ずかしそうに頭を叩いた。

 だが如何せん、身長が低く細身の佐原はかなり高い位置を叩く羽目になっていた。

 2人はいつもと変わらぬ表情のまま淡々と会話を弾ませるが、岡田は反応を示さず視線を泳がせている。


 ――それもそのはず。

 岡田は今朝、股間の冷たさに気付いて飛び起きるようにシャワー室へ向かい、慣れない手つきで湿った下着を洗剤と水でつけたけど分量が分かんなくてそのまま洗濯物の下に詰め込んだこと。

 そして、そのまま家族に不自然に思われないよう2度寝せずに登校してきたことを、俺は知っている。


「そう考えると、バヤシの出席率めっちゃいいよな、俺と一緒で朝強いのか?」


「別に、苦手ゾ。深夜アニメ巡回が日課ゆえ」


 バヤシこと小林はそう言って決め顔で肩をすくめると、後ろにいた岡田がこれでもかと話に乗っかり、


「おいおい、おねしょとかしてるから片付けで朝早いんじゃないのォー?!」


 と、意気揚々と叫ぶ。

 お前、この流れでよくそれぶち込めるな。と、尊敬と軽蔑の視線を送り、その肝っ玉だけは認めることにした。

 その時、聞きなれたチャイムの音が聞こえて朝のHRの10分前を告げると、4人共顔を見合わせる間もなく、周りにいた何十名かも小走りで正面玄関を目指す。



 慣れない岡田だけは置き去りにして。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 教室内は相変わらずの風景。

 クラスの中央には、俗に言う1軍グループ。男女入り混じって、中央辺りの座席を独占している。

 後は端に集まった幾つかのグループと、どこにも属さず読書か携帯を弄る者。一生懸命女子に声かける男子もいれば、既に寝ている者もいる。


 クラス替えから半年近く経って、固まりつつある情景だ。


「う~ん、この時間ってなんかきもちぃーなあ」


「およよ! 聖母(せいぼ)さん降臨されてるではないか。これは、良きものが拝めた」


「あっ、祈祷が先だろ」


 佐原が岡田を肘で小突くと、慌てて全員で胸の前に両手を合わせる。

 まるで、神に祈りを捧げるように俺らの毎朝恒例の祈祷を捧げた。


 捧げた先の彼女の名前は佐藤莉愛(さとうまりあ)。別名、聖母(せいぼ)さん(俺らが勝手にそう呼んでる)。

 よく言うクラスのマドンナ的存在で、しなやかなセミロングの黒髪、ほぼ足で構成された細身の美脚、手から溢れんばかりの胸部、美しい曲線を描いたボディーラインに、1秒も目を合わせられない大きな瞳。

 今、モデルのオファーが100件ぐらい来ていると言われても疑いようのないほど、文句のない人物である。


「ふぅ―――眼福眼福。もう今日終わりでいい――なんならあの巨乳に埋もれて一発ヤレたら今世に悔いはない……ヴェス」


「「分かる」」


「おい、聞こえるぞ。つか小林またきもい語尾でてんぞ」


 蒼汰は早々に祈祷を辞め、3人を軽くいなすとそろそろ時計の針が始業のチャイムを指しそうなことに気付く。

 そのことに気付いていた何名かも同様に席の上の荷物を下ろし、せっせと準備を始めていた。


「ああ、ほらお前等席つけ、伊藤ティーチャーの小言うるせーんだから」


「わーってるよー。―――あ、この席まだあるんか」


 岡田が座席に戻る前に蒼汰の隣の席にある、空白の椅子に手を掛ける。

 この席はクラス替えしてから一度も持ち主を見たことがない北條(ほうじょう)という子の席。なんならクラス替え前の人達ですら見たことないとのこと。

 撤去してしまえばいいものだが、何故だがずっと置いたまま。


 もはや、一週回って俺らにしか見えていない席ではないかとよくネタにしている。


「はーい、今動いてるひと止まってー。携帯見えたら没収だから」


 突然教室の扉を開けるなり、そう云い放ったのはクラス担任の伊藤。小皺が見えるベテランおばさん先生だ。

 移動が間に合わなかった岡田は即座に、その席に座るが勿論隠し通せるわけもなく一発でバレてしまい…と思ったが普段遅刻ばかりするせいで、出席確認で名前が呼ばれないまま、良くわからず今日も遅刻扱いになっていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ――気が付けば、一日が終わっていた。

 比喩的なものではなく、1限目が始まって、寝て、ボケーっとご飯食べて、寝て、午後の授業だけ気合入れて受けて、あとは軽く雑談していたら帰りの身支度をしていた。


 1日ってこんなに早かったか? と思うこともあれば、また家帰って目が覚めたら朝の繰り返しになるのかと考えるとそれはそれで憂鬱になる。


 ――さて、と今日は後済ませなきゃいけない用事は1つぐらいか。


「おっ、滝野瀬。もう帰るよな。久しぶりに一緒に帰らん? いつも、岡田とバヤシの部活組だったから一緒に帰れなかったけどこれから同じ穴のムジナ同士、仲良くしような」


 そういって、机に鞄を置いて肩に手を乗せてくる佐原。

 コイツは運動音痴で部活に入らず、家で昆虫のブリーダーをやるのが趣味なもんでいつも真っ先に帰宅している。

 岡田は卓球、バヤシは吹奏楽部なので各々が部活塔へ向かう前にこちらに手を振り別れを告げると、突然姿勢を正して聖母へ祈祷を捧げ、教室を後にしていた。


 そんなくだらない姿に笑みを零し、1つやらなきゃいけないことがあると佐原に伝え、時間がかかりそうなら先に帰ると言っていたので、先に帰ることになった。

 手を振って見送ると佐原も祈祷して帰る姿を目撃する。鼻で笑いながら蒼汰も荷物をもって腰を上げ、祈祷を捧げて第2体育館にある職員室へと向かった。




 正直、ココに足を運ぶのは少し気が重かった。

 今日はたまたま大会近いこともあり、練習は外で体慣らしの走り込み。なので、ふと第2体育館に戻ってくることはないだろう。何より用事もユニホームを返すだけだから、変に気負う必要はないはず。


 だが、分かっていても妙に冷汗が出てくるのは人間の性だろうか。


 渡り廊下を歩き、校内に響き渡る野球部の金属音と吹奏楽部のコーラスが耳を掠めて第2体育館の入口へと足を運ぶと、段々と外の音とは別のボールを打ち付ける音が聞こえ始める。


 無意識に体が硬直し、物陰に身を隠す。

 別にやましいことはないのだから隠れる必要はないのだが、反射的に動いてしまった。


 ゆっくり、顔を出して覗き込むとそこには女子バスケ部の姿。

 男女ともに大会が近いと監督の方針で接触による怪我の防止と疲労回復のために、スタメンは数日対人練習をさせないこともあるのだが、シュート練をしているということは監督に許可をもらっての練習か、あるいは――


 蒼汰は一呼吸おいて、物陰から身を乗り出し、音のなる方には目もくれず教員室はそそくさと足を進める。

 が、突如襲う右頬に走る衝撃。


 特殊なゴムの匂いが一瞬香り、視界がブレる衝撃が脳に届いたときにそれが短い悲鳴に代わった。


「わ、ごめんなさーいっ! そんなギャグみたいにピンポイントに――当たること…あります?」


「いや、こっちが聞きたいわ! なんで疑問形なんだよそっちが。わざとか?!」


 驚きと衝撃のあまり、尻もちをついてしまった蒼汰は何故か、何故当たってしまったのか。と言いたげな視線で覗き込んでくる女子生徒に思わず突っ込みを入れる。

 跳ねたボールが彼女の手に吸い込まれて戻るとそのボールに視線を落として、蒼汰に視線を向け、ボール、顔、ボールと何度か見やる。


「もしかして滝野瀬…先輩ですか?」


 まさかの知り合い――いや、完全初対面だ。

 見た目は、聖母同様の高身長だが、胸囲は運動部で消耗するせいか見劣りしてしまうものがある。

 だが、ルックスは負けず劣らずで、はつらつとした切れのある瞳と視界を遮らないショートカット。八重歯が特徴的な女の子だった。


「やっぱり、やっぱり滝野瀬先輩だ! ここで何してるんですか? 男バスは外練の日ですよ?」


「…外練なのは知ってるけど、大会前はシュート練控えろって言われてないのか?」


 そういって、立ち上がって膝を叩くいて、しわを伸ばすと吹っ飛んだ鞄を拾って背負い直す。


「あぁいいんですよー。葉月、ベンチから外されちゃって今お払い箱なんで。超ショックーって。でも仕方ないかなぁって、気紛らわす為に打ってたんですよ」


「へえ、そうなんだ。それは可愛そうに」


 ……なんか、心底どうでもいい。どうせ、お払い箱になった経緯とか、なんで一人で? とか色々聞いて欲しいのだろうが、とりあえずこっちは早く帰ってゴロゴロしたい。


 そんな気持ちが先行していた蒼汰はぶっきべらぼうに返すと、颯爽と話を打ち切って「では、これで」と後ろを振り返って教員室を向かおうとするが、待って! と、襟を掴んで首が絞まる。


「今度はなんだ?!」


「え、いやっ滝野瀬先輩とこうして時間取れるの今しかないって思って、折角なんで、暇だったら1on1付き合ってくれないかなって?」


「だったら暇じゃないんで」


 そういって、バッサリと切り捨てて180度体を翻したらまた首根っこ掴まれる。


「なんで、そこ掴むん?! さっきからぐえっってなるだろ!」


「なんで、なんでっ! 冷たすぎません?! ()()()()ってなんでよ、少しぐらい付き合ってくれたらいいーじゃん!」


 地団駄を踏みながら両手をバタバタと振り回す。


 急にため口になってなんなんだコイツ…俺はさっさとこの場を離れたいというのに。


「あっ、分かっちゃったー。女子の私に負けるの怖いんだ? しかも一個下の後輩にもし負けたら恥ずかしいどころじゃすまないもんね! それだったら別に行っていいですよ、男として幻滅しましたけど!」


 口元に手を置いて、恨めしそうにニヤつく彼女の顔が視界に入る。


 先に、述べておくが滝野瀬蒼汰は幾つかの自論を持っている。その中の一つが『面倒ごとは関わる前に避ける』だ。

 この世の中の大半のトラブルの原因は接点の多さだ。繋がりが多い人間は、例えば自分自身のミスとは別に、他人のミスを背負う可能性も大きくなる。

 それは母数が増えれば増えるほど膨れ上がる爆弾みたいなものだ。

 だから、必要最低限、要らないリスクは捨てていく方が賢い。それが蒼汰の自論の1つである。


 ――だが、感情というものはそこまで合理的に動かない。


「――はぁ? 言ったな?」



 滝野瀬蒼汰は、煽り耐性が著しく低いのである。

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