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杖だって、借金ぐらい返せます。(1)

――バタン。頼りない力でドアを閉めた。

今は深夜。街のほとんどが眠る中、俺は退社している。


……社畜。そう、会社の家畜と書いて社畜。

高校や大学の頃は憧れの社会人生活を想像し、夢見ていた。……しかしそんなのは世間を知らない学生の空想に過ぎなかった。

上司には些細なミスで怒られる。サービス残業なんて当たり前。おまけに最低賃金を遥かに下回る給与。

ちょっと前までは体が壊れるような疲労と耐え難い苦痛があったが、最近は苦痛すら感じなくなってきた。

家に帰ってくるのも僅か三時間の睡眠と栄養を取れているかすらわからない食事のためだ。


さて、そろそろ布団に入ろう――ガタン! ……痛った。なんか足に力が入らなくて転んでしまった。立ち上がらなくちゃ……やっぱ足に力が――あれ。

なんか 急に意識が ぼんやりしてきた――



 †



んん゙……。どこだろうここは。確かさっきまで部屋にいたよな? でもここは俺の部屋じゃな――


「へ? 」


思わず素っ頓狂な声を出してしまった。しかし、それも無理がない。俺の部屋じゃないこの場所に人がいたのだ。

身長は女子高校生くらいだろうか。顔はものすごく整っていて、控えめに言っても美人だ。

美少女がこの部屋にいることもそうだが。、俺が驚いているのは彼女が身にまとっているものだ。つばが広く先端部は尖っている三角帽子、少し丈が長めのミニスカの上からローブのようなものをはおっている――いわゆる()()()()と言うものだろうか。

……。なぜ俺は魔女コスした美少女と同じ部屋にいるのだろう?

ちょっと彼女に聞いてみよう――として愕然とした。体が動かないのだ。


「……ゑ??」


落ち着け俺。一旦冷静になろう。魔女コス美少女と知らないところで二人きり。そして俺は動けない。この状況で俺が考えたのは二つ。


 ①これは現実。コスプレ美少女に拘束されている。

 ②これは夢。夢だし動けないのも当たり前。


……。どう考えても②だ。①は現実味がなさすぎる。もし夢ならば動かないことに関しても納得がいく。


「わぁ! 喋ったかと思ったら、私の杖に物憑依(オブゼション)の十字がついてる〜!!」


うわぁ。この人めっちゃ声もかわいいじゃん。――じゃなくてそのおぶぜ……とやらは何だ?今どきのファッションか何かか?


「うるさいなー。どうしたのそんなにさわいで。」

「私の杖に十字付いてるの! じゅ・う・じ!」

「十字で伝わるよ。でもさぁ……あの杖か……。正直トラウマしかないんだけど……」


廊下から別のやつが出てきた。こいつは……誰だ? 知ってる人ではないが……。まあこれでもし知り合いだったら怖いけど。そしてこいつも格好すごいな。

身長はかなり高め。180cm超え位と行ったところか。

衣服は袖丈が短めで、グローブ、だっけ? まあ手袋みたいなものを身につけ、肩から鞘を下げている。……この場所は異世界コスプレ限定ゾーンかなにかなの? これはどっからどう見ても勇者じゃん。


「うわ。ほんとに十字ついてるじゃん! これ以上負担を増やさないでくれよ……」

いやその杖こいつらに何したんだよ。さっきからひどい言われようじゃないか。

あと夢に色々言うのはあれだけど、なんで動けない(拘束されている)と思われる人を無視して会話ができるんだ……?

「杖の件はそうだけど、今回は私のせいじゃないし〜。グチグチ言ってても仕方ないし、一旦今回の憑依者と話しといて〜」

魔女コスさんが言った。

「いや、丸投げかよ。所有者なんだからクリスがやっとけよ」

「ぶー。わかったよ〜。」

クリス。それが魔女コスさんの名前らしい。クリスは言われた通り、話しかけた。


「お〜い! 憑依者さ〜ん! 聞こえるー?」


俺に向かって。

……。


「ぬ?」


俺は本日三回目の間抜け声を発した。

――え? さっきの話の憑依者ってやつ? 俺が? てか俺杖なの?


「ははーん。どうやら物憑依初回の人と見た。」

「そんな楽しいことみたいに言うなよ……。」

「それはあんたが二回目のときの持ち主が悪かっただけでしょーが!」

はい。全く会話についていけていません。

「てかその人一回目なんだろ? 早く憑依者に話しかけろよ」

「あっ! そうだった! 」

なんかよくわからないけど、ありがとう勇者コスの人。


「えっと、初めまして、だよね。君今物憑依してるからね〜」

「ん? その『おぶぜしょん』ってなんですか?」

「あれ? 君物憑依のこと知らないの?」

知りません。知るわけもありません。もしかして最近の義務教育ってそんなの教えているのか?

「うーん、おかしいな……。魔学院で習わなかったのかな……」

魔学院ってなんすか? 厨二病専用の学校かな? そんなもの、この日本にあったんだ……。少なくとも俺は小中高大と日本にある教育施設しか利用していないが。

「すいません……。その魔学院って施設、初めて聞きました」

「ま、魔学院も知らないの!?勉強してこなかったの!?」

あ゙? ただの未成年(偏見)が大の大人に喧嘩売ってるのかおい?

……流石に俺もJK(?)の煽り(??)を本気で買うわけはないでしょ。この大きな器なら――


――っていや待てよ?今までの彼女が、さも知っていて当たり前のように喋ってきたこと。それが本当だとするならば……


「ここって杖になったりするのって当たり前の世界ですか?」

「まあ、物憑依は多くの人が経験するよね」

よし。答え①は除外だ。ここは現実世界じゃない。

さて、夢であるかどうかの検証だが……

「ちょっと僕のこと持ってもらっていいですか?」

「ん? いいけど」

ヒョイッ――軽々と俺を持ち上げた。肌の感触や熱もしっかり感じる。


…………最初の自問の答えは②でもなければ①でもなく(そりゃそうだ)、

結局は③の「ここは異世界であり、俺は動けない杖である」だった。

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