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9話 混乱の街へ

 崩れた城壁のところから外へ出た私たちは街へと向かう坂道を駆け降りていた。

 私と父さん、マシューさんも付いて来ている。

 ヒュウっと羽音がして、グリフォンが私たちの頭上に現れた。

「王様たちには伝えてきた!」

 マリクおじさんの声が降ってくる。

「市街地に入る前に少し待て!先にオレが上空から街の様子を見てくる!」

「ああ!頼んだ!」

「ジェリィとサーラもすぐに来るはずだ。城の中はビルキン隊長1人でなんとかしてくれると!魔法使いや兵士もできる限りこちらへ回してくれるそうだ!」


 そう言い置くと、おじさんはグンと高度を上げて夜空に溶けていった。

 流石に少し安心した顔をして、父さんは駆け降りる速度を緩める。

 坂を下った先には大きな石橋があって、これが街からお城へ通じる唯一の道。橋を渡って少し歩けば、城下の街だ。


 今更ながらに、ぶるっと震えがきた。

 どのくらい数が増えているか分からないあの気味の悪いネズミたちをどうやったら、捕まえられるのだろう?いや、あのすばしこさでは、捕まえるのは無理かも。片っ端からやっつける?気が遠くなりそう……


「さっき、対峙した感じでは物理攻撃でも魔法でも普通にダメージが与えられる。問題は数と、ネズミにあるまじき統率の効いた集団攻撃だ」

 父さんがマシューさんに説明している。

「体に刺青のような模様があるからすぐ分かる。体も普通のネズミよりだいぶ大きいから見つけやすい―くらいが利点か。あの大きさのヤツに集団で噛みつかれたりしたら、子供など命に関わる。とにかく早く対処しないと」


 橋を渡り終える頃に、背後から馬の足音が聞こえてきた。しかも、かなりの数。

 振り返ると、先頭の馬に乗って颯爽とかけてくるのはジェリィおばさんだった。

 おばさんの背中からサーラが手を振ってくる。こんな時だけど、サーラの顔を見て、私はちょっとホッとした。

「王様が馬を貸してくださったのよ!メッセージバードも飛ばして、情報を集めてるけど、飲食店街で結構被害が出てるみたい」


 馬から飛び降りたおばさんの顔は険しい。

 同じく馬から降りたサーラと私は手を取り合っていた。


「家から出ないよう、戒厳令が出されて、これからふれ回るそうよ。屋内に避難できない人は中央広場に集まるようにする手筈だけど、パニックが起こらないか心配だわ」

 おばさんと一緒に来た騎馬の人たちは次々と街の方へ駆けていく。

 すぐに追いたいところだけど、まずはマリクおじさんを待つことにした。


「ドラゴンマスター」

 マシューさんが父さんに話しかける。

「今被害が出ているのは飲食店街が中心なのだろう?まず、そこから人を非難させて、一帯をドラゴンブレスで焼き尽くす、というのはどうだろう」

 全員がギョッとした。

 私、一瞬冗談かと思ったけど、マシューさんの顔は本気だ。

「乱暴な作戦なのは分かっている。しかし、ネズミの拡散を防ぐためにも迅速な対処が必要だろう?無論、王様には許可を―」

「いや、」

 父さんはすぐに遮った。

「ドラゴンのブレスは確かにあの程度の動物なら、一息で焼き尽くす。だが、下手をすれば王都全体を灰にしてしまう。そのぐらいの威力があるんだ。やるとしても、最低最悪、最後の手段だ」


 さすがにマシューさんもグッと黙り込んだけど、まだ手段の一つとして諦めてはいなさそう。

 いや、こんな時に王都が炎上しちゃったりしたら、それこそ混乱に乗じてドーゲルデンが攻めてきちゃうよ……


 私はハッとした。

 そうか。ドーゲルデンが軍を動かした理由。王都で混乱が起きたタイミングで攻め入るつまりに違いない。だから、ドーゲルデン人の飼育員たちはさっさと引き上げて―動物たちを煽動するためにテイマーの

 ギブセンだけが残った。


 これは、みんなに伝えた方がいいのでは……と、私の考えをサーラに言ってみると、

「王様たちも、飼育員たちが引き上げた時から、なにかあるんじゃないかと警戒していたそうよ。ギブセンの身辺調査もしていたみたいだけど、尻尾は掴ませなかったみたいね」

 あっさり言われてしまった。

 私が考えつくことなんて、とっくに考慮されてるのね……


 急に父さんが私の方に向き直った。

「マリクが来たら、グリフォンを呼び寄せて、我々は空から街に向かおう。ノノ、あのネズミたちを可能な限り一箇所に集められるか?」

「え?私?」

 予想外の提案に声が裏返ってしまう。

「今の状態ならできるだろう?」

 そう言いつつ、父さんの目には期待と不安が入り混じって見えた。

「えと……魔力を解放したから、他の動物もテイム出来るってこと?でも、あのネズミは父さんたちだって……」


 それに、他の動物のテイムってロクにしたことない私が……加減もまだ分からないし……

「だから、早めにトレーニングをと……」

 ため息をついたのはおばさん。

「トレーニングどころか、きちんと話もしてないじゃない。ノノだって混乱するだけよ」

 呆れ顔のおばさんから視線を逸らし、ボリボリと父さんは頭をかいた。

「まず実地からになってしまうのは……確かに不安だが、今はやるしかない。ノノ、お前なら出来るはずだ!」

「父さん、なに開き直っているのよ。そんなこと言ったって―」


「ああ!そういうことか!」

 マシューさんが急に声を上げた。

「聞いたことがある。イクシオンのテイム術。そうだろう?この子がテイムすれば、アイツらは生き絶える!さっきのスライムくらい一気にテイムできるなら、効率よく始末できるわけか!」

「あ……」

 顔をこわばらせた父さんの脇腹をおばさんが小突く。

「この人は誰?」

「あ、ほら、親父の商隊の見習いの……」


 父さん、ずいぶん焦ってるな。おばさん相手にそんなシドロモドロしなくたって……

「マシューという。ビルキンの隊で商売の勉強をさせてもらっている」

 自己紹介の不遜な態度におばさんは分かりやすく不信感を滲ませた。

「ああ。そう言えば隊長から聞いたわ。テイマーとしてじゃなく、商人としての見習いを入れたって。珍しいことだと思ってたの」

 ジロジロと遠慮なくマシューさんに値踏みする視線を送った後、おばさんは小さくため息をつく。どうもお気に召さないみたい。そりゃ、そうよね。

「ビルキン隊長が特別に商隊に引き入れたんだから、それなりの人だと思っていたわ」


 おばさんの「それなり」がどういう意味かは分からなかったけど、おばさんの目には、マシューさんが「それなりの人」には見えなかったのね。

 マシューさんの方はおばさんの呟きが聞こえなかったのか、もう父さんの方へ向き直っている。私は急いで父さんとマシューさんの間に割り込んだ。


「父さん!マシューさんの言ったこと、本当なの?!」

 マシューさんがポカンと私と父さんを見比べる。

「……いや、確かにオレがもっと早く話しておくべきだった」

 父さんはしょんぼりと、うなだれた。

 こうやって反省の素振りを見せるのは、父さんはよくあること。とりあえず、そうやって許してもらおうという、ポーズなのだけど、今日は本当に思うところがあるらしい。


「きっとショックを受けると思って……言い出しにくかったんだ。3歳の時に、テイムした子猫が死んでしまったこと、覚えてないか?大泣きされて、俺も辛かった。あの後、ペンダントを外さないようになってからはテイムはできなくても、動物と楽しく過ごせるようになって、別に、テイムの力を使わなくても楽しくお前が生きてくれればいいじゃないかと、考えてしまっていたんだ。リオノーラもお前にはできれば力を使わずに生活してほしいと言って、ペンダントを託してくれたしな。リオノーラはイクシオンの末裔であることを重荷に感じていたんだ。ノノには同じような思いをしてほしくなかった。いや、そう言いつつ、オレは責任から目を背けていただけかもしれんが……」

 ちょっと待って、母さんがイクシオンの末裔?それも初耳なんだけど!


 大混乱で言葉も出ずにいると、

「痛い!痛い!痛い!」

 サーラの悲鳴が上がる。いつ間にかサーラの手をギュウギュウ握りしめていた。

「はあ〜っ」

 ため息をついて、解いた手をぶらぶらさせたサーラは伺うように私を見た。

「つまり、リオノーラおばさんはイクシオンのテイム術を使えて、ノノもその力を引き継いだのね?ノノがテイムすると、その動物はテイムを解かれた途端、死んじゃう。だから、おじさんはリオノーラおばさんのペンダントでノノの魔力を封じて、テイムできないようにしてた」

 噛み砕くようにサーラが説明してくれる。サーラは教え上手だ。本や説明書も読むより、サーラに要約してもらった方が分かりやすいし、すんなりと内容が頭に入ってくる。

 ただ、ふと疑問が浮かんだ。


「あ……でも、スライムは?あの子たちは私がいくらテイムしてもなんてことないし、そもそもペンダントしてても、スライムは問題なくテイム出来てたけど?」

「それはスライムだからだ」

 父さんは堂々と言い放ったけど、答えになっちゃいない。

「スライムは特異な生き物だから、ってこと?」

 またサーラが言葉を足してくれる。


「スライムは特異な生き物」というフレーズはよく聞く。

 目も鼻も耳もなく、切ってもゼリー状の中身だけ。内臓なんてどこにもない。でも、危険を感じれば逃げるし、栄養分の高い植物には好んで群がる。一網打尽に退治した場所でも、いつの間にか繁殖している。そもそもどうやって数を増やしているのかも分からない。謎多き変な生き物。

 でも、日常的に接していると、「スライムはそういうもの」という感覚になって、別に深く考えたことはなかったのよね。


「イクシオンのテイム術は、その動物の精神も肉体も支配する。そのためか術を解かれた後は、皆錯乱状態になり間もなく生き絶えてしまう。だがスライムには支配される精神がない。条件反射と本能で生きている生物だ。テイムされるのは肉体だけ。いや、あのゼリーを肉体というのもオレ的には微妙だが……」

 ぽん、と肩に手が置かれた。ジェリィおばさんだった。

「セリオンのテイム術は、その生き物を理解して絆を作ることが重要でしょ。信頼関係を築き、体を()()()()()()()。心を持たないスライムとは絆を作れないから、私たちにスライムをテイムするのは無理なのよ」

「え、ええっ?!スライムって子供の練習台かと……」

 言いながら、他の人がスライムをテイムしているのを見たことがないことに気付いた。

 スライムをテイムしたところで別に役にも立たないから、わざわざそんなことしないだけだと思ってたけど……


「それは魔法や剣の練習にはね、それなりにすばしこいし」

「ええええ?!」

 横を見ると、サーラの呆れた眼差しがあった。今頃気付いたの?と言わんばかり。

「なんで言ってくれないの!」

「それはほら、ノノしかスライムをテイムできない理由を説明すると、お前のテイム術がイクシオン式だと説明しなきゃならなくて……」

 父さんがモゾモゾと言うのに突っかかろうとした私をおばさんがなだめる。


「まあまあ落ち着いて。スライムは心を持たないからこそ、イクシオンのテイム術でも死んだりしないのよ。ノノとは相性がピッタリの生き物だと思ったわ。ただねぇ、」

 チラッとおばさんが父さんを見た。

「もう少し早くいろんなことを教えておくべきだったわね。私ももっと強く言うべきだった。ジェイドがもう少し大人になってから、というものだから、あまりに口出しはしなかったけど……他の動物をテイムできない理由をノノだって知りたかったでしょう?」

「そりゃ、そうよ!」

「いや、だからテイムすることで、動物を殺してしまうことに……ノノがショックを受けるんじゃないかと……」


 湧き上がってきたのは、怒りというより悔しさだった。15歳になるというのにスライムしかテイムできず、だからこそ一人前のセリオンとして認められる日が来るのだろうかと将来のことを悩んだりもしていたのに。

 しかも、みんな私がイクシオンの能力を引き継いでいることを知っていたみたいじゃない!

「どうやったらテイムできるようになるかな?」って相談した時に、おじさんもおばさんも真剣に取り合ってくれなかったの、そういうことだったのね……


「私は教えて欲しかった!そんな大事なこと!」

 私の抗議の声はザアッと巻き起こった風に途切れた。

 マリクおじさんのグリフォンがものすごい勢いで降下してきたのだ。地上に着く前に飛び降りたおじさんが駆け寄ってくる。

「かなりまずいぞ!」

 言う前から表情で予想はついていた。


「いたるところからアイツら出てくる!建物の中だとかえって逃げ場がないってんで、みんな広場に殺到している!」

 巨大ネズミが町中をウロウロして襲ってくるなんて……恐ろしい光景。

 早くなんとかしないと。


「ノノ!話は後だ!とにかくできる限りのネズミを―」

 ブワーッと再び巻き起こった風に、私は目を細めた。さっきのグリフォンよりはるかに激しい風。

 続いたズゥンという地響きで、私はだいたいのことを察した。


「随分面白い見せ物が始まっているな」

 ガラガラした重低音ボイス。

 私たちの目の前に着地したのはエレウスだった。

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