7話 岩の巨人
一斉に窓へ駆け寄った。
建物が崩されたのかと思ったけど、そうじゃなかった。みんなが指さしているのは、お城を囲む城壁。
ここからは少し離れた場所だけど、確かに崩れているのが分かる。上から下まで、まるで何かが突っ込んで来たよう。
まさか、あそこまで動物たちが脱走して行って突っ込んだ?
あの辺りって、そういえば昼間、ラグネリア様からこのお城の歴史を聞いた時に教えられた古い城壁じゃないかしら?そばに演習場があって……
その時、私は自分の目を疑った。
崩れた城壁が動いている。重力に逆らって積み重なり、くっつき……まるで誰かがブロックを積み上げてるみたい。
「え?えぇ?!」
唖然とする間に、それは人の形へと変わった。城壁の高さとほぼ同じ身長の岩巨人の誕生。
悲鳴とどよめきが混ざり合った。
「なんだ、あれは!」
「王様!危険です!中へ!」
「おい!大変だ!岩の魔物だ!」
クマたちを追ってきた人たちに向かって叫ぶ人もいたけど、多分下の人は植え込みが邪魔になって見えていないはず。
巨人はゴツい人型になって、仁王立ちしている。そのフォルムは―
「あれ……まさか……」
思わず笑みが溢れるのを、私は抑えられなかった。あれは、ゴーレムだ。
人垣を縫ってテラスへ飛び出す。
暗い中、必死に目を凝らした。ゴーレムの肩に人が乗っている。シルエットしか見えないけど、間違いないと確信した。
「おじいちゃーん!!ガンちゃーん!!」
呆気に取られて、かなり引き気味の周囲の視線もなんなその。私は両腕をブンブン振り回した。
ゴーレムがこっちを見る。肩の人影も手を上げて応えてくれた。
そしてゴーレムはこちらへ向かって一歩踏み出し、そこからいきなり大ジャンプ!
ズウーン!!
着地した途端。植え込みの木々をなぎ倒してまたジャンプ!
テラスの下にいたクマたちが、その音の方向へ振り返る。突然、目の前に現れた石の巨人はクマたちにどう見えたのだろう?
クマたちが攻撃体制に入る隙もなく、ゴーレムの手はその巨体を鷲掴みにして地面に押さえつけていた。もう片手で2頭目。3頭目は巨人の口から吐き出された岩石の山に飲み込まれ、身動き取れなくなった。
着地してから五秒もかかっていない。
ゴーレムの肩から腕を伝っておじいちゃんが軽やかに地面に駆け降りる。ハハハ……60過ぎの人の動きじゃない。
白髪混じりの髪を一つに束ね、手には長い杖。真っ赤なロングコートはファイアリザードの皮製。おじいちゃんのトレードマークだ。
頬の傷跡のせいか、怖い人に見られがちだけど、実際はなかなかお茶目だし、孫の私にはとにかく優しい。
「ビルキン隊長、どうしてここに?!」
ベランダから叫んだおばさんをおじいちゃんが見上げた。
「ああ、ジェリィ!そこにいたか!」
太い声はよく通る。
「吐き戻しの薬を持っているか?おそらく呪印を飲み込んでいる!」
「ジュイン?」
私が振り返った時には、おばさんはもう万能箱を持って走り出していた。
「あ、あの、祖父のビルキンです。えと、父方の祖父で……」
ゴーレムに押さえつけられたクマの元におばさんが辿り着く間に、王様におじいちゃんを紹介しておこう。怪しい人じゃないことを分かってもらわなくては。でも、全部言う前に王様はニッコリと微笑まれた。
「ああ。存じているよ。ゴーレムマスターのビルキン殿だね」
「えっ?!」
そう言えば、父さんも王様と面識があるみたいだし、おじいちゃんも知っているということ?
「やあ、ノノもそこにいたのかい!ああ、サーラも!」
テラスにいる私たちにも、おじいちゃんは気付いた。
「お前たちはそのままそこで待っておいで。まだまだコイツらは暴れたさそうだ」
ゴーレムの手の中で、クマは巨体をくねらせ、よだれを吐き散らしながら叫んでいる。
「隊長!」
ゴーレムの元におばさんが到着した。
もがいているクマをキッと睨んでから、おじいちゃんに向き直る。
「薬を作るのは時間がかかるし、材料も足りないわ。術で吐き出させようと思うんだけど」
「危険じゃないのか?お前さんでもコイツらの扱いには慣れてないだろう?」
おばさんは首を振った。
「小さな動物よりも加減はしやすいんですす。問題は吐かせた後ですね。それだけで暴走が止まるかどうか―」
王様が手すりから乗り出した。
「ビルキン!万が一の場合は動物たちの命を奪うことになっても致し方ない。ここにいる者たちの安全が最優先だ。やってみてくれるか!」
おじいちゃんとおばさんは王様に一礼すると、すぐに身構えた。
私とサーラは王様の隣から身を乗り出して2人の動きを凝視する。
クマたちはルルーのように魔力が爆上がりしたりはしていない。でも、大型でこれだけ大暴れしている動物を相手にするのは、テイマーでも滅多にあることじゃない。
どんなふうに、どんな魔法や術を使うのか。私たちの仕事は見て覚えることが多い。
「一頭ずつだ。ガンボン、放せ」
おじいちゃんの命令に、ゴーレムが右手を緩める。クマは巨体に似合わない素早さで身を捩り、巨大な手から這い出てきた。
ドフン!!
おばさんの手から出た魔法陣がそのお腹を直撃する。
クマはそんな角度まで、と驚くほど反りかえり、次の瞬間、
「ゲファゥゥゥ!!」
激しく嘔吐した。
ジャラジャラジャラジャラ……
「「嘘ぉ!!」」
私とサーラで思わずハモってしまう。
ルルーの時と同じようなコインが―10枚、いや20枚以上吐き出されたのだ。
「これはまた、ずいぶん腹が重かったろうな」
おじいちゃんは呆れたように呟き、おばさんは
「はい!次っ!」
気合を入れて次のクマに向き合っていた。
私たちの心配をよそに、コインを吐き出したクマたちはすぐにおとなしくなった。状況が落ち着いたのを見計らって、サーラと2人、おじいちゃんたちの所へ向かう。
クマたちはゴーレムのガンちゃんの見張の元、うずくまってぐったりしていた。逆立っていた毛がしょんぼりと体に張り付き、なんだか二回りくらい小さくなったように見える。
おじいちゃんはクマの傍らで何かじっと見ていたけど、私に気付くとニッコリ笑って立ち上がった。
「ノノ、サーラ、2年ぶりかな?2人ともすっかり大人っぽくなったなぁ」
おじいちゃん、コートの裾捌きも決まっている。笑うと頬の傷跡もむしろチャーミングだ。
父さんと顔立ちはそれなりに似ているのに、おじいちゃんはダンディな紳士、父さんはどこにでもいるオッサンにしか見えないのはなんでだろう。
ただし、サーラは昔からおじいちゃんがちょっと苦手。(やっぱり見た目が怖いらしい)今も私の後ろに半分隠れて、強張った笑みを頑張って浮かべている。
挨拶もそこそこに、私はおじいちゃんに聞きたいことがたくさんあった。
「ねえ、どうしておじいちゃんがここにいるの?しかも、ガンちゃんまで一緒に。それにガンちゃんの大きさ!あの石壁がくっついたみたいに見えたんだけど、どういうこと?それに、王様と知り合いって、私聞いたことないんだけど―」
口を開いたら、質問が止まらなくなった。
「ノノ、一回落ち着きなさい」
おじいちゃんにそう言われ、サーラに頭をポンポンされ、ハッと我に帰る。
「久しいな、ビルキン。変わらないようで何よりだ」
いつの間にか、王様が後ろにいた。
サッとおじいちゃんは膝を折る。その動きもとてもカッコよくて、思わずニヤけてしまった。
「城壁を壊したご無礼はご容赦を。緊急の事態と判断しましたので」
「ああ、まさしく。城の兵だけでこのクマたちを抑えられたかどうか。恩にきるよ」
王様の周りでは重臣らしい人たちが恐々とクマを遠巻きにしている。
「そのことですが―これはクマではありませんな」
おじいちゃんはスッと立ち上がると、手にしていた杖でクマの足の毛をかき分けた。
「ご覧ください」
ちょっと無作法とは思いつつ、王様の隣からクマの足を覗き込んだ。
黒々した毛に覆われた指、爪……って、クマの手の形じゃない!グローブみたいな大きな手。だけどその形は人間と同じだった。
「骨格からして、クマとは異なると思いましたが。この手足の形、皮膚の色からしてオークの亜種ではないかと推察します」
「オーク?!」
私の声はひっくり返ってしまったけど、王様も驚きを隠そうとしない。
そりゃそうだわ。昔々から人間と対立して揉め事を起こしてきたオーク。
魔力は強くないけど、体が大きく凶暴な巨人。人間に近い姿はしているけど、言葉は通じないし、人間のことは食料としてしか見ていない。セリオンでもテイムは難しいと言われている生き物。父さんたちでもテイムが難しかったのも、オークなら納得。でも―
「クマだって嘘をついて、ドーゲルデンはオークを送ってきたってこと?」
言ってしまったから慌てて王様を見た。王様も含め、エルガンドの人たちみんなが騙されたと言っているようなものだ。
王様の横顔は……怒ってる。メチャ怒ってる。
「ここ数年、北部の国では嫌な噂が流れておりました」
おじいちゃんが低い声で話し出した。
「ドーゲルデンで様々な動物を集め、何か実験をしているというのです。その土地土地の動物を見守りその生態系の維持に尽力することを使命としている我々セリオンとしては、見過ごせない話でした」
おじいちゃんの話し方、静かなのに全力で聞かなきゃいけない波動を発している。
尋ねたいことは色々あったけど、ここはまずおじいちゃんの話に耳を傾けるのを優先しなきゃいけないと思った。
「魔導研究所のことはご存じと思いますが」
王様は大きく頷く。
「むろんだ。魔道具の開発を行う施設と言われているが、魔導兵器を開発しているのではと各国が目を光らせている場所だ。徹底した管理がなされていて、実情はドーゲルデンの上層部にしか明かされていない。実は、先王の時代に追及したことがあったのだがな。その時は兵器の開発は否定された。現国王になってからは贈り物は色々と届くものの、会談の場などは設けられず、どうなっているかと危惧していたのだ」
元々、北部には魔力の弱い人が多くて、その代わりというわけではないんだろうけど、魔鉱石―魔力を帯びた石―が取れる鉱山が多い。加工はかなり難しいというけど、この魔鉱石を使って魔法と同等の効果を得られる道具を作り出すのが、北部の人の得意とするところであり、南部の国との重要な取引品になってる。
まあ、魔法が使えればわざわざ利用しない道具も多いんだけど。
でも魔力を消費しないで明かりを灯せる「魔石灯」や、種火を出せる「火器」は大陸中で用いられていて、今や生活必需品と言ってもいい。
他にも、かなり高価だけど、振るだけで水が出てくる「水筒」とか、防御魔法を付加したテントなんかも、私たちのような旅人には欠かせない。
だけど、こういう技術は生活便利グッズだけじゃないく、当然、武器や防具にも応用されるわけで……それが魔導兵器開発の噂を生んでいるわけ。
「研究所のあるゲルゼン市は街自体に外国人の立ち入りが禁止されております。そのため、なかなか情報を得ることは難しかったのです。ただ、この研究所から運び出された動物たちが外交に使われ、特にエルガンド王国へは頻繁に贈り物として遣わされていることが分かりました」
「うむぅ……」
王様の眉間にシワがよる。あのオオカミや、クマオークたちを見れば、どんな研究に使われた動物たちなのか、いい想像はできない。
「先ごろ、やっと研究所の内部を知る人間に接触することができました。研究所の所長はダリアという女性。まだ30歳ほどだと言いますが、魔導具開発の才能はもちろん、かなり力のある魔法使いだそうです。
その女性が所長になってから、兵器として動物を利用する研究が始まったとか」
「えっ?!」
思わず声が出てしまったけど、それはみんな同じだった。
「動物を兵器にするだと……?いにしえの魔導士イクシオンにでも倣う気か?」
王様が口にした「魔導士イクシオン」は大陸中、どこでも知られている名前だけど、セリオンなら余計に馴染みがある。
その昔、魔物だらけの森をその魔物たちを従えながら進み、さらにそのまま隣国に攻め込んだというイクシオン。動物を従わせる「テイム」の術を最初に確立した人と言われているけど、テイムされた動物、魔物は術から解放されるとみんな死んでしまった。そしてその力を恐れられ、最後は国を追放されてしまったという。
「そうして兵器として作り出した動物を我が国に送り込んできたと?なんたることだ!」
王様の顔は真っ赤だった。
「先ほどご覧になったでしょう。あの古代魔法文字の書かれたメダル。魔鉄鋼で作られたメダルで動物たちを操るのです。もちろん、操る魔法使いにもかなりの力量が求められます。飼育員を強引に送り込んできたのは、術者も共に潜入させるためでしょうな。そして、この情報を掴んだちょうどその時に、ドーゲルデンの軍がエルガンドの国境に向けて集まっていると知りました。すでにエルガンド王国には何匹もの動物が送られています。これは王都でも何か起こるに違いないと、急ぎ参ったわけです」
「ふむ。そういうことであったか。しかし、ドーゲルデンの飼育員はギブセン以外、侵攻と同時に引き上げている。ギブセン1人で全ての動物を操っていると?」
おじいちゃんの顔が更に厳しくなった。
「ギブセンですと?なら……ありえます。情報によれば、その男はダリアの実弟。姉の片腕として実際に魔道具の管理、流通を担っている人物です」
息を飲む気配に後ろを振り向くと、ラグネリア様が怒り心頭の面持ちで、仁王立ちになっていた。
「あの男……完全にわたくしを利用する気だったのですね……」
ああ、親子そろってお怒りマックスモードになられている。まあ、当然だけど。
「なんとしてもギブセンを探し連れて参れ。まだ城からは出ていないはずであろう」
王様の低い、だけどお怒りに満ちた言葉に、側近の人たちが慌ただしく指示を出し始める。
それを横目に、おばさんがおじいちゃんに尋ねた。
「突然、隊長が現れたのはそういう訳だったんですね。でも、なぜゴーレムが城壁から出現したんです?」
それは私も気になっていたこと。
ゴーレムは土地を守る精霊。しかも魔鉱石の豊富なドーゲルデン北部の山中にしかおらず、その土地から離れることはできないはず。
ゴリゴリ……と、ガンちゃんが動く音がした。
「ガンボン、おしろのかべ、むかしのまりょく、のこってる」
ゴーレムは人の言葉が分かる。ただ、喋るのは苦手みたいで、とてもゆっくり。
ガンちゃんは私に手を差し出して、クルリと手のひらを返してみせた。
あー、確かに城壁っぽい模様というか、痕跡がある。
「ああ、紹介が遅れましたな。わしの友人、ゴーレムのガンボンです。名前をつけたのは、ここにいるノノで」
おじいちゃんは王様にそう言って、私にはちょっと得意げな笑みを見せた。
確かに、ゴーレムに名前をつけ、「ガンちゃん」という呼び名を考えたのも私だ。
小さい頃、おじいちゃんに会いに行った私は、自分と同じくらいの大きさのゴーレムを紹介された。
幼かった私はなんの抵抗もなく、自分と同じ年頃の友達と遊ぶように、ゴーレムと遊んでいたのだ。
「なまえ、ゴーレムはない」
というゴーレムに(由来は忘れたけど)ガンボンと名前をつけ、山の中を走り回っていた。
大きくなってから聞くと、ガンちゃんは相当戸惑いながら私の相手をしていたらしい。
それにしてもガンちゃん、今まであった中で最大の大きさになってる。
ゴーレムは魔鉱石があれば、自在に大きさを変えられる。お人形サイズから大人の身長を越える大きさまで、様々に大きさを変えてみせてくれたことはあったけど、こんな巨人サイズは初めて。
「ガンボンは分身体なのです。ご存知の通り、本来は山の番人なのですが、いろんな国をみてみたいと言い出しましてな。普段はわしの肩に乗るくらいの大きさで一緒に旅をしているのですが、ここに来たら、城の中で何か起きていると言い出して。城壁の一部が自分になれるからと、あんな騒ぎに……確か、あの辺りの城壁はかなり初期に作られた物でしたな。北部一帯まで王国の覇権が届き、良質な石がわざわざ北部の山から運搬された時代に」
ああ、そう言えばあそこだけ白っぽい城壁だったな……そしてふと気になった。
「あの、でも、元に戻せる……の?」
そっとガンちゃんに聞いたつもりだけど、おじいちゃんにも聞こえていた。
「ああ。大丈夫。あとで戻す。とりあえず、このクマ風オークたちがしっかり落ち着くまではガンボンにこの姿でいてもらおう。王様、よろしいでしょうか。城壁を崩したところには、1人、見張り役も置いてきたので問題はないかと思うのですが」
おじいちゃん、割とあっけらかんと言ってるけど、冷静に考えて、お城の壁崩して侵入してくるって、相当マズイでしょう?
でも、王様は相当おじいちゃんを信頼してくれてるみたい。
「もちろんだ。ゴーレムがここにいてくれるのはありがたい。よろしく頼む」
最後の言葉はガンちゃんに向けられている。
「わかった。ガンボン、大きいままでいる」
ガンちゃんはゴゴッと頷いてそう言った。
「やっぱりオヤジだったか!」
急に声がした方を見ると、父さんがやってくるところだった。
「遠目にもゴーレムだって分かったからな。でも、なんでここに―いや、それよりも、」
父さんは厳しい顔で王様の方に向き直る。
「オオカミの半分は捕獲し、ケージに閉じ込めました。飼育員の方々と、魔導士の方で三重に防護結界を張っているので、逃げ出す恐れはないかと思います。ただ残りの5頭はバラバラの方向に逃げています。どうかみなさん、お城の中へお戻りください」
王様の周りの人たちが騒がしくなる。
「なんと!」「王様、早く中へ」「お急ぎを!」
でも、王様は動かなかった。
「あのオオカミたちが城から街へ向かったりしてはことだ。オオカミ共々、ギブセンも探し出し、この混乱を鎮めさせねばならん。我々も捜索に向かうぞ!」
「え、えぇっ?!」
さすがの父さんも動揺してる。
王様自ら危険な動物の捜索とは、私でもやめておいた方がいいと思う。
側近の人たちはアワアワしながら、庭へ向かおうとする王様を引き留めだけど、
「では、わたくしたちも!」
ラグネリア様までそんなことを言いだした。これは引き止めないと―
というか、当然侍女の2人が引き止めると思ったのでそちらを見ると、なぜかミーシャさんは青い顔をしてあらぬ方向を向いている。
その視線の先に辿り着く前に、サッシャさんが叫んだ。
「ス、スライムがっ!!いつの間にっ!!」
「キャアァァ!!」
つられたようにラグネリア様とミーシャさんの悲鳴が被る。
見れば、植え込みの中に何匹ものスライムいた。一応、彼らも隠れているつもりなのだろうけど、騒ぎのせいで周りを明るく照らされ、見つけられてしまったのだ。
いや、それにしてもかなりの数いるな〜
王様の隣では、女官長も顔面蒼白になっていた。この城の女性陣はとにかくスライムが苦手らしい。
よし、ここは一つ私がいいところを見せておこう。
植え込みに近付いた私は、スライムに向かって腕を伸ばした。植え込みの出来るだけ広範囲に魔力を広げる。
「出ておいで」
呼び寄せると言うよりは、引き寄せる感じ。反応はすぐに現れた。
私の魔力引っ張られ、ズサササーッと現れたスライム、スライム、スライム……
横一列に整列したその数、30匹以上!
「うそぉ……」
思わず呟いた。まさかこれほどの群れでいるとは。
「うわぁ、圧巻」
そばに来たサーラはあまりのことに笑い出しそうになっている。その隣で王様も、
「おお!」
かなり驚いた様子。あ、マズイ。ラグネリア様が失神しそうになってる……
「どうした?」
「なんだ、なんだ」
父さんやおじいちゃんも見にやってきた。
スライムは集団でいたとしても、5、6匹。群れで行動する生き物ではないから、意図して集めなければこんな集団にはならない。しかも、こんな人の近くまで自分から来るなんて。
「こちらにもいます!」
少し離れたところから声があがった。
「城の外堀の方から入ってきているようです!」
いったい、臆病なスライムがなぜ……人間のいるところへ入ってくるの……?
だけど、考える間もなく、
「うわぁあぁぁあアアア!!」
「下がれ!下がれ!」
「王様をお守りしろ!」
また近くで騒ぎが起きた。今度はいったい―と、そちらに目をやると
「えっ?!」
真っ赤な点が暗い地面に散らばっている。
動いている。
それがたくさんの目であることはすぐに分かった。その輪郭も見えた。小柄な猫くらいの大きさ動物。それにしても、数が多い。
丸い耳と大きな前歯が確認できたので、だいたいの想像はついたけど……
「ネズミか?すごい数だな」
父さんも同じ答えみたい。姿から考えて一番近いのはネズミだ。ただ、それにしては大きい。そして、なんというか……こちらへ明らかな敵意を向けてきている。
ジュジュジュ、ともヂヂヂ、とも聞こえる鳴き声は不気味だった。そして、スライムがお城に入り込んできた理由はこれで分かる気がした。
多分、このネズミたちから逃げてきたんだ。
「王様たちを中へ!こいつらは何かおかしい!危険です!」
また王様が自ら先頭に立って剣を抜こうとしているのを、父さんが前に立って止めた。
「そ、そうです!城の中でこんな大きなネズミなど、見たことがありません!」
周りも口々に言うものだから、さすがに王様も後ろへ下がられた。
反対ににネズミたちはジリっと前に出てくる。
暗がりから灯りの中にすっかりその姿が現れると、どよめきが起きた。
―なにこれ。気持ち悪い。
これまでいろんな動物や魔物を見てきた。どんな動物でも、怖いと思ったことはあっても、気持ち悪いなんて思ったことはない。
このネズミたちは―頭見た目からして気色悪かった。頭には普通に黒っぽい毛が生えていたけど、体にはところどころしか毛がない。そのせいで、ネズミとは思えない隆々とした筋肉がよく見える。赤黒いしっぽを鞭のようにしならせる様子は、太ったミミズが空中に飛びあがろうとしてるみたいだった。
そして、真っ赤な目は用心深くこちらの様子を見ている。直感的にかなり頭がよさそうだと思った。
ネズミたちはジリジリと前進してくる。統率のとれた動きが不気味。そしてよく見れば―
「毛じゃない……」
私は思わず呟いた。
体のピンク色の皮膚のところどころに見えた黒いものは体毛ではなかった。皮膚そのものが黒い。まるで刺青……
「え、これって……」
サーラは私と同じことを思ったに違いない。そして、
「ああ、そうだ」
父さんたちはもう気付いていた。
「クマオークが飲み込んでいた呪印と同じ模様だ」