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6話 暴動

 久しぶりに母さんの夢を見た。

 いつも母さんが出てくる夢は同じ。

 ベットに座り、私の首にペンダントをかけてくれる。

 3歳の時に亡くなった母さんの顔を、私はあまり覚えていない。だから、夢の中でもその顔はぼんやりして―時々ジェリィおばさんや父さん、時にはマリクおじさんの顔とも混ざってしまうのだけど―でも、母さんだと私には分かる。

 ベッドに腰を下ろした母さんは笑っていた。いつもと同じく私の首に手を伸ばして……

 違う。母さんは、私の首からペンダントを外そうとしている。いつもとは、逆だ。


 ハッとして目を開けた。すぐに首元に触れ、ペンダントを確認する。

 触りなれた鎖に触れた。赤い小さな石もいつもお通りの感触を伝えてくる。

 形見だから、と父さんから肌身離さずつけているように言われたペンダントは、ほとんど私の一部になっていて、普段は意識することも少ない。


 なんとなく、落ち着かない気持ちで隣を見た。

 サーラは枕元に本を積んで、ぐっすりと眠っている。

 本当は1人1部屋を割り当てられたのだけど、広さと豪華さに落ち着かずサーラに一緒の部屋にして欲しいと頼み込んだのだ。ちなみにサーラも同じことを考えていたらしい。

 2人で寝ても十分な広さのあるベッドだけど、体験したことのないフカフカ加減と、ざわついた気持ちのせいで私の眠りは浅かった。


 思わず身を起こしたのは、軽い足音が聞こえたから。小走りに近づいてきた足音は部屋の前で止まり、ノックもそこそこにドアが開いた。

「ノノ!サーラ!お願い、起きて!」

 飛び込んできたのはラグネリア様。私はすでに起きて上着を羽織っていた。

 旅の生活の中で、夜中に緊急事態が発生するのは珍しくない。サーラもすぐに目を覚ます。

「ねぇ、助けてちょうだい!ギブセンを呼びにやったのだけど、部屋にいないの」

 ラグネリア様の腕の中には体を痙攣させるルルーがいた。


「おばさんを呼んで!」

 私は反射的に叫んでいた。

 人間にしろ、動物にしろ、具合が悪い時に真っ先に報告するのはジェリィおばさんだ。

 病気でも怪我でも、おばさんは対処法をよく知ってる。


 隣の部屋からすぐに駆けつけてくれたおばさんの手には、私たちが「万能箱」と呼んでいる薬箱。

 おばさんは外出の時は必ずこの箱を持っている。


「おかしい、変よ」

 ルルーに手を当てていたサーラが何回も呟いている。

「こんな魔力の波動、さっきまで感じなかったわ」

「どれ、変わって。王女様、失礼しますね」

 おばさんは落ち着いてそう言うと、ルルーをラグネリア様から受け取った。

 途端に、

「フギャーッッ!!」

 ルルーが毛を逆立てる。その目がカッと見開かれ、光を放ったように見えた。


 この世界の生き物は―動物も人も―みんな魔力を持っている。ただ、動物、しかも人間の近くで生活するペットや家畜はごく弱い魔力しか持たないものばかり。普段なら魔力の波動なんてよ〜く集中しないと感じることはできない。

 私のように魔力の感知も苦手な人には、波動の違いなんて分りゃしない。それなのに―ルルーから確かに、感じたことのない波動を感じる。

 猫って……こんな強い魔力を持てるんだっけ……?


「ごめんなさいね」

 おばさんがそう言って、手をかざすと、ルルーはビクリと固まった。

「なんとかテイムできたけど、不安定だわ」

 呟きながらも、おばさんは手早くルルーの体をチェックする。

 テイムされると大抵の動物は穏やかな目つきになるけど、ルルーの目はキョロキョロと落ち着かない。

「何か……魔力を帯びたものを飲み込んでるね。吐かせられるかどうか……」

「そんな……昼間からお水しか飲んでいないわ!」

 ラグネリア様が涙ぐみながらそう言い、ハッとしたように目を見開いた。

「もしかして……ずっとそれで、ゴハンが食べられなかったの?でも、ギブセンは……」

「フシャーッ!!」

 ルルーが唸り声を上げる。

 目は相変わらず視点が定まらない忙しなく動き、口から泡が吹き出した。

 まずい状態なことは、私にも分かる。


「危険なの?!死んでしまったりしないでしょう?!」

 泣きながら震えるラグネリア様を、ミーシャさんとサッシャさんが両脇から支えた。

「ギブセンというのは?」

 おばさんの問いに、私が変わって答えた。

「ルルー専属のドーゲルデン人の飼育員さんよ。その人1人だけがエルガンドに残ったんですって」

 おばさんの顔がすっと険しくなる。

「ドーゲルデン人?ということは、この猫もドーゲルデンから来たということ?」


 たちまち不穏な空気が走った。

「まさか、ルルーも他の動物みたいに―」

 言いかけて、私は慌てて口を閉じた。ラグネリア様たちの前で余計なことは言わない方がいい。でも、ラグネリア様はすぐに察してしまった。

「何か、動物たちのことで分かったことがあるのね?お父様たちと、さっきまでお話しされていたでしょう?わたくしは入れてもらえなかったけど」

 その口調に悔しそうな様子が滲んでる。

「ねぇ、ルルーはどうなるの?この子、何か悪い魔法でもかけられているの?」


 おばさんは一瞬、言葉を飲んだけど、腕の中のルルーをしっかりと抱きしめると、真っ直ぐラグネリア様を見た。覚悟を決めた顔だ。

「はっきりしたことは申し上げられません。ただ、他の動物たち同様、何者かに意図的に手を加えられているのは間違いありません。おそらく、いい影響をもたらさないものです」

 おばさんは用心深く言葉を選んでいたけど、ラグネリア様にはちゃんと言いたいことは伝わっていた。

「ギブセンね。この子の面倒を見るフリをして、何かしていたのね?」

 サッとラグネリア様の頬に赤みが刺した。

「なんて人!」

 顔にはそれほど出さないけれど、ラグネリア様、相当怒っている。王女様としての自重なんだろうけど、信頼していた飼育員に裏切られたのは、かなりのショックだろう。

「私は気に入りませんでしたわ!なんだか笑顔がわざとらしくて!」

 ミーシャさんがかわりに地団駄を踏んでいる。

「本当に!姫様の信頼をいいことに、何をしていたのやら!」

 サッシャさんがラグネリア様の肩を抱きしめた。

「そうね、あなたたちの話をもっとよく聞くべきだったわ!」

 その様子だと、侍女の2人は以前からギブセンさんをよく思っていなかったみたい。


「フシャッ!フゥーっ!」

 ルルーの呼吸が苦しそうになってきた。

「ギブセンを!彼を探して治療させなきゃ!」

「恐れながら、」

 侍女にギブセンさんの捜索を命じようとしたラグネリア様をおばさんは止めた。

「猶予はなさそうです。私に出来ることをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 おばさん、王様の依頼を受けるのには反対してたけど。そうだよね、目の前で命の危機に瀕している動物を助けないなんて選択肢はない。

「もちろん!方法があるなら助けて。お願いよ」

 ラグネリア様の言葉に、おばさんは大きく頷いた。



「サーラ、ルルーを拘束魔法で抑えて」

「わ、私?!」

「早く!私は薬を調合するわ。ノノは助手を」

 ルルーをサーラへ預けると、おばさんはすぐに万能箱を開ける。

 サーラはルルーを床は横たえると、すぐさま起きあがろうとするその体を魔法で抑えた。たちまちサーラの額から汗が吹き出す。ルルーへかざした両手がプルプルふるえている。

 拘束魔法はその加減が難しい。強すぎればルルーの体を傷つけてしまう。

 私も手伝えればいいのだけど、私の拘束魔法では、せいぜい小さな虫くらいしか保定できない。でも、それが一般的な魔力の強さなのだ。


「お母さん、は、早くっ……て、抵抗がっ」

「その調子!もう少し頑張って!ノノ、右上の茶色い瓶を開けて。それから紅ヒイラギの実を」

 おばさんはすでに他の材料を小さな天秤で測っていた。私は言われた通りに次々材料を渡す。

 本当なら、助手もサーラがやった方が早い。ある程度の薬の調合は頭に入っているはずだから、指示がなくても材料を出して渡せる。

 私の頭に薬の調合リストなんて、何一つ入っていない。いつも、

「そんなの、覚えられるわけないじゃーん!」

 なんて開き直っちゃってるけど、こういう場面に実際遭遇すると、基本的な調合くらい覚えとけばよかったと後悔した。

 旅から旅の生活では、風邪薬、整腸剤、傷薬など、だいたいのものを自分たちで調合する。(人間のも、動物用のもね)

 つまり、セリオンにとっては基礎知識。


 テイマーに必要なレベルの魔法も使えない。薬の知識もない。

 さすがに、ちょっと自己嫌悪を感じたけど、

「ノノ、混ぜて!」

 おばさんに乳鉢を渡されてハッとする。

 そうだ、とにかく今はルルーを助けなきゃ。

「ミネアの湧水のストックがあってよかったわ」

 おばさんはスポイトで小瓶から湧水を取り出すと、乳鉢の中へ一滴ずつ落としていく。中身をこぼさないように、私は慎重に混ぜた。

 黒っぽい粉薬が乳白色の液体に変わっていく。

「出来たわ!」


 ルルーの目つきは段々とぼんやりしてきていた。小さな体は頼りなく震えている。なんとかこじ開けた口から、おばさんは素早く薬を流し込んだ。

 少々強引だけど、時間との勝負だ。


 ラグネリア様は小さく悲鳴をあげて駆け寄ろうとしたけど、侍女に止められた。

「おまかせしましょう」

 そう言って、抱きかかえるようにラグネリア様に寄り添っている。

 状況を冷静に判断してくれるのはありがたい。何度か似たような場面に遭遇したことはあるけれど、飼い主が治療中に口出ししたり、泣き叫んだりすると、動物も不安を感じてしまう。適度な距離を取って、見守ってくれるのが最善だ。

 まあ、テイマーのことをよく知らない人にしてみれば、怪しい治療を施す信用ならない奴に見えるのだろうけど。

 その点、ラグネリア様も侍女の2人も、今日会ったばかりの私たちに全幅の信頼をおいてくれている。ありがたい。


 なんとか薬を飲んだルルーのお腹に、おばさんはそっと手を置いた。

 ルルーの呼吸は荒い。と、その目が一気に見開かれた。

「フシャァァーッ!!」

 激しい雄叫びと共に、ルルーが飛び上がる。全く予想のつかない行動に、私たちもおばさんもルルーの爪をかわすのが精一杯だった。


 ……いったい、どうなんってんの?!

 姿勢を低くして、

「ガルルルル」

 と、猫とはおもえない唸り声を上げるルルー。逆立った毛のせいで、体は倍以上に膨らんで見える。今にも飛びかかってきそうな体勢だ。

 近寄ろうとするラグネリア様を、ミーシャさんとサッシャさんが必死に止める。

 その時、頭の奥に響いてくるような音に、私は思わず耳を抑えた。

「なんの……音?」

 全員、ルルーに視線を向けつつも同じく耳を抑えている。それくらい不快な音。

 ベルみたいな甲高い音だけど、体の中から突き上げてくるような気味の悪い響き方をしている。でも……どこかで……


 私が一瞬、窓の方に目を向けた時だった。

「ルルー!」

 ラグネリア様が悲鳴を上げる。

 ルルーは床に倒れ込み、

「カハッ、ゲフッ、」

 激しく咳き込んでいた。そして、

「グゲェェェッ」

 思い切り嘔吐する。

 吐き戻した中に、黒ずんだメダルのような物があるのが目に止まった。

 ルルーの魔力は……元に戻っている。

 すぐにおばさんが駆け寄った。

「大丈夫。さっきの薬で吐いただけ。このまま安静にさせて様子を見ましょう」


「ねぇ!これ見て!」

 私は叫んだ。

「これ!ルルーが吐いたやつ!ハミングバードと同じ古代文字が!」

 ルルーが吐き出した金属のメダルのようなものに、あの古代文字が刻まれていたのだ。

「これは―」

 おばさんはそれだけ言って、ぎゅっと唇を結ぶ。

 これも、きっとドーゲルデンの仕業だ。そのくらいは私に分かった。


 メダルを拾おうとしたけど、おばさんに止められた。

「ノノ!やめなさい。近づかないで。サーラ!父さんたちを―」

 おばさんはそこまで言って、ハッと窓を見る。

 コッコッという軽い音。何かが窓をつついている。私は駆け寄って窓を開けた。


 ほんのわずかな隙間が開いた瞬間、小さな赤い塊が、私の胸元に突撃してくる。

「ぇわっ?!あっ!」

 すぐに真っ赤なハミングバードだと理解できたけど、部屋着の胸元から強引に服の中に入ってこようとするのには参った。

「いてっ!たっ!ちょっ……」

 くちばしや足の爪で引っ掻かれると、さすがに痛い。

 バタバタしたけど、なんとか襟元から顔だけ出す形で落ち着いてくれた。


「いったい、これは……」

「その子、脱走した子じゃなくて?」

 ラグネリア様が言う。

「足を見てみたら?」

 確認すると、確かに足環はついていない。そして、私は気づいた。

「あの……ハミングバードは他にも?」

 ラグネリア様は頷いた。

「ええ。贈られたのは4羽よ」

 ミーシャさんが不満そうに口を挟んできた。

「オスとメスのペアで2組がくるはずだったんですよ。それが何かの手違いで4羽ともオスの鳥が贈られてきたんです。後からメスの鳥を贈ると言っていたのに、なしのつぶてなんです」


 窓を開けたら、不快なベルの音がさっきよりもはっきり聞こえる。そうだ、この()

 突然、いろんな物事が繋がった。

「鳴くのはハミングバードのオスだけだからです」

 咄嗟に口をついて出た言葉は、自分でもびっくりするほどハッキリしていた。


「え?」「ええっ?」

 みんなの口から、いろんな声が漏れる。

 私は必死になって頭の中の知識を総動員した。直感的に感じたことだけど、理屈は通ってる―はず。

 ハミングバード、その囀りは求愛のためだけじゃない。そしてあの足環、他者からの魔力の干渉―

 あらん限りの言葉を集めて、言いたいことを整理する。


「あの、さっきから聞こえるベルみたいな音、ハミングバードの鳴き声よ。普通の鳴き方じゃないから分からなかったけれど……あの鳥の仲間には、声に魔力を乗せて獲物を誘き寄せたり、幻覚を見せるものがいるわ。前に一回聞いたことが……その鳴き方に似てます!そしてあのメダル、さっきルルーが吐き出したやつ―あれ、きっとあの声に反応してるんです!だから、あんなもの飲み込んでたルルーはおかしくなって……」

「ちょ、ちょっと待って、ノノ、」

 おばさんが私を遮り、メダルに手をかざした。そのまま数秒―

「……確かにね」

 おばさんは頷いた。

「あの鳴き声の強弱に合わせて、波動を感じるわ。ルルーの小さな体なら、かなりの影響があったはず。こんなもの飲み込んでたら具合も悪くなるわ」

「なんて酷い!」

「許せませんわ!姫様、早くギブセンを捕えるべきです」

 ミーシャさんとサッシャさんが口々に進言する。言われるまでもなく、ラグネリア様も相当お怒りになってる。

「もちろんよ!すぐにギブセンを探しなさい。城のどこかにはいるはずよ!早くお父様にもお知らせしなくては!」


 外ではベルの音の他にも様々な物音が増えてきていた。

「そうだ、鳥!ギブセンさんがハミングバードを操っているに違いないです!あ……でも、どうやって……?」

 言ってから、他にもいろんな疑問が浮かんできた。

 私たちのテイムの場合、自分の魔力が及ぶ範囲、父さんたちでも、だいたい半径10メートルくらいの範囲にいる動物でなきゃテイムはできない。だから鳥のテイムって難易度が高いのだ。飛んで逃げられたらもうテイムは効かない。


 聞こえてくる声からするに、3羽のハミングバードはあちこち別々に飛び回っているようだし、かなり上空の方から声が聞こえる。

 そして、なんで直接ルルーを操るんじゃなく、ハミングバードを?そもそもルルーを操って何を―

 悶々と考えるうちにハッとした。いや、気付くのが遅かったかもしれない。

 あの動物たち―

 私より先におばさんが叫んだ。

「お父さんたちを起こして!オオカミやクマが暴れ出したら大変よ!!」


 サーラが飛び出していくと、おばさんはラグネリア様に向き直った。

「これは推測ですが、間違いないと思います。あのハミングバードの声はいわば拡散装置です。広範囲に、多くの動物たちに干渉するための」

 そう。私が考えたことと一緒だった。

「ハミングバードの声は2キロ以上離れていても届くんです!確か!」

 私は初めてハミングバードの声を聞いた時を思い出しながら身を乗り出して言った。

 鈴を振るような美しい音色を、ハミングバードの声だと父さんが教えてくれた。でも、キョロキョロしてもその姿は見えない。

「そりゃあ、どこにいるのか探すのは一苦労だ。えらい遠くからでも聞こえるからな」


 今聞こえるのは鈴というより警報用のベルみたいな音だけど、遠くまで届くのは間違いない。

「大変だわ!」

 事態を飲み込んだラグネリア様は青ざめている。その時、突然窓の外から、

「ピギィーッ!!」

 と、とんでもない音が聞こえた。でもそれは一瞬だけ。その後はしん、と静寂が落ちる。

 声というより衝撃波に近いそれは、私たちにはすぐ分かるものだった。


「グルドだわ!」

 窓にに駆け寄って、全開にする。

 月明かりの中、悠然と飛ぶ大きな鳥影が見えた。

「グリフォンの威嚇鳴です。小さな鳥や獲物を行動不能にできるんです。ハミングバードの声が止まったでしょう?」

 おばさんがラグネリア様たちに説明する。


 グルドの背中にはもちろん、マリクおじさんの姿がある。その他にも2羽のグリフォンがその側を飛んでいた。時間的に考えて、サーラが呼びに行く前に、おじさんはグルドたちを呼び寄せていたらしい。

 異常事態が起きていることを、私たちよりも先に気がついていたのかも。


 見下ろすと地面には魔石灯の光がいくつも動いている。

 私たちに気がついたおじさんは窓のそばまで飛んでくると、

「一歩遅かった!」

 と叫んだ。ホバリングするグルドの羽ばたきは、相当な風を起こす。

 服の中のハミングバードが脇の下まで入り込み、私はくすぐったさに悶えた。


「クマやオオカミたちが一斉に檻を破ったんだ!あの足環のことがあったから、警戒していたお陰でケガ人出てないが!」

 非常事態の報告だけど、暴れ回るハミングバードのせいで、私は体をくねらせ、変な動きになっていた。

「あのっ、ハミングバード、がっ、いちわっ、」

 状況を察したおばさんが私の首元から手を突っ込み、ハミングバードを取り出してくれる。

 鳥はブルブル震えながら、おばさんの手の中へ身を隠そうとした。

「怯えてる。あの足環で何か起こることが分かっていたのかもしれないわね」

 おばさんが両手で覆ってやると、鳥は身を縮めておとなしくなった。


「鳥の鳴き声がおさまって、おとなしくなるといいんだが。とにかく動物たちが落ち着くまで、なんとかするしかない!」

 そこでおじさんはラグネリア様に気付いたみたい。

「王女様も一緒か。ならお前たち、そのまま王女様についていなさい!どうなるか分からん状況だからな!」

 おじさんがそう言うと、グルドは身を翻し、魔石灯が集まる方へ降下していった。


「わたくし、お父様のところへ参ります。ギブセンのことを直接お話ししなくては」

 ラグネリア様が毅然と立ち上がった。侍女の2人も続いて立ちあがろうとしたけど、

「あなたたちはルルーをお願い」

 そう言ってラグネリア様が制する。

「あ、あの」

 ルルーのことなら私たちに任せてもらってもいい、そう言おうとした時、

「王女様!ラグネリア様!どちらですか?!!」

 かなり慌てた様子の声が廊下から聞こえてきた。

「まあ、女官長だわ」

「ここです!こちらにいらっしゃいます!」

 ミーシャさんとサッシャさんが急いで廊下に飛び出す。

 駆け込んできたのは年配の女性。

 ああ、やっぱりこの人が女官長か、と思った。


 今日も何度か王妃様の側に控えているのを見ている。痩せて背が高く、キリッとした少し男性っぽい顔立ち。厳格そうな様子が表情にも立ち姿にも現れていて、印象的な人だった。

 ただ、今は髪もほつれ、かなり取り乱した様子。ラグネリア様を確認すると、表情を崩して大きく息を吐いた。

「お部屋にいらっしゃらず、心配いたしました」

 そう言って胸に手を置いて一呼吸すると、すぐに女官長らしい表情に戻る。仕事の出来る女性らしい。


「ルルーの具合が急に悪くなったの。テイマーのみなさんに助けていただいたわ」

 ラグネリア様も背筋を伸ばし、王女様らしい厳かな様子で答えられる。少し、緊張されているみたい。きっと女官長さん、見た目通り手厳しい方なんだろう。


「そうでしたか。今、シャイニーコートで動物たちが暴れ出し、危険な状態です。会議室の方へ避難されるよう、王様のご命令です。お急ぎください」

 ハミングバードのさえずりはやみ、もう遠隔操作はできないはず。でも、外から聞こえてくる声は、動物たちの暴走が止まってないことを示している。


「きっとあのメダルはスイッチみたいなものね。一度、暴走が始まったら鳴き声がやんでも止まらない。でも、」

 今はミーシャさんの腕の中でぐったりとしているルルーを見てからおばさんは言った。

「他の動物たちも同じような呪具を飲み込まされている可能性が高いわ。それを吐き出させれば」

 すぐには「なるほど!」とも「よし!行きましょう」とも言えなかった。

 ルルーでさえ、押さえつけるのがやっとだったのに、ずっと体も大きく凶暴な動物たちから、あのメダルみたいなものを吐かせる?しかも、まともにテイムもできないのに、どうやって?


「衛兵や飼育員が総出で対応にあたっています。なんとかシャイニーコートに閉じ込めておこうとしているようですが、他の動物も暴れ始めて、テイマーの方たちに応援をお願いしたそうです」

 女官長は説明しながらも、私たちを部屋から追い立てる。

「さあ、皆さまも急いで」

 そこへサーラが息を切らせて戻ってきた。

「ちょ、ちょうどお父さんたち、外へ出て行くところでっ、ルルーのことや、メダルのこと、話して、きたわっ」

 外へ駆け出していく父さんたちについて行きながら事情を説明し、また走って戻ってきたらしい。

 

「お話は後で。まずこちらへいらしてください」

 息つく暇もなく、女官長に誘導される。

 サーラはゼィゼィして、目をパチパチさせながら付いてきた。


 サーラの息が整う間、ハミングバードのこと、シャイニーコートで騒動が起きていることを説明する。

「ええ、グルドを呼び寄せるところまでは一緒にいたわ。時間がないからって、お城の結界をグリフォンたちに破らせて呼び寄せたの。王様に叱られるんじゃないかって、お父さん心配してたわ」

「また、無茶をして」

 おばさんが頭を抱えだけど、ラグネリア様は笑った。

「お父様はそんなこと責めませんわ。むしろ助けていただいたんですもの」

 まあ、非常事態だし王様だって事情はわかってくれるよね。ラグネリア様もこう言ってくれてることだし。


 だいぶ長いこと廊下を進み、会議室にたどり着いた時はみんな息を切らせていた。

 女官長がとにかく急かすので、ここまでほとんど駆け足だ。

 中にはすでに王様と、重鎮らしい人たちが数名。

 魔法使いが1人、テーブルに置いた大きなお盆のようなものを操作している。

 遠鏡だ。こんな大きなサイズは初めてみた。


 離れた場所にある魔石が映しているものを映し出す鏡。

 手鏡サイズのものだって私たちには手が出ないほど高価。それに加えて魔石を所持している人も鏡を操作する人も繊細な魔力コントロールが必要らしい。さらに、2人の魔力の相性も重要とかで、全く普及はしていない。

 そういえば、これもドーゲルデンで開発された魔道具だったな……


 遠慮して部屋の隅にいる私たちをラグネリア様が手招いてくれた。

「遠鏡というの。聞いたことあるかしら?」

 覗き込んだ鏡に映っていたのは、暗がりの中、魔石灯を手にした人たちが走り回っている様子だった。

 実際に遠鏡に映像が映っているのを見るのは初めてだったけど―すごい。まるで目の前を人が歩いているみたい。音は聞こえないけど、表情や細かい動き、色もちゃんと分かる。そしてそれはかなり混乱した状況を伝えていた。

「すごい。窓から外をみてるみたい」

 私が言うと、サーラも頷いた。

「なんか、どこにいるのか分からなくなりそう」


 本当にそう。じっと見ていると、自分が魔石灯を持って夜の庭を歩いている気分になる。

 突然、闇の中に6つの赤い光点が並んだ。明かりが向けられると、現れたのは3頭の仁王立ちのクマだった。

 映像が大きく乱れる。走って逃げ出したらしい。

「あっ、」

 私とサーラは2人して体を傾けていた。つい鏡の映像に合わせて体が動いてしまう。


 次の瞬間、大きく映し出されたのはクマのドアップだった。

「キャッ」

 ラグネリア様がビクッと肩を震わせ、ミーシャさんにささえられている。私とサーラはガッチリと手を握り合っていた。2人とも、手に汗が滲んでいる。

 画像はまた乱れた。もう、何が映っているのか分からず……遠鏡は真っ暗に。

 これは……助けに行かないとまずいのでは。


「すぐに状況の確認を!」

 王様の言葉に、何人かが飛び出していく。

「他の動物たちは?オオカミはどうなっている?」

「は!」

 魔法使いが遠鏡の縁をなぞったり、ギュッと掴んだりすると、他の場所の映像が出てきた。魔石は何個かあるらしい。

 現れたのは、父さんとマリクおじさん。2人とも大きく腕を広げ、拘束術を展開していた。


 オオカミたちが足を固定されたように立ち尽くしている。

 でも……あまり状況はよくなさそう。

 テイムされ、完全に従った動物は、穏やかな表情でこちらの言うことを聞いてくれる。

 ところが、このオオカミたちときたら、爛々と目を輝かせ、こちらを攻撃する気満々だ。完全に、命を狙いに来る表情だ。

 ―相手が興奮して、こっちの言葉に耳を貸さないと分かったら、とっとと逃げることだ―

 昔、父さんに言われたことを思い出す。でも、その父さんが、この事態から逃げようとする様子がない。というか、これじゃあ逃げれるはずもない。


 周りには飼育員さんや駆けつけた兵士たちもいる。自分たちは逃げ出せても、誰かが犠牲になるのは間違いない。

 お城へ勤める人たちは、例え飼育員でも魔力の高い人が選ばれると聞いてるけど、実際のところはどのくらいのレベルの魔法が使えるのかは分からない。さっきのルルーのような魔力急上昇が起きていたとすると、テイマーでなければ対処は難しい。


「この状況では殺処分もやむを得ん。魔法攻撃を許可する!」

 王様の声に私はハッとした。そんな、殺処分だなんて―

「待ってください!お父様!」

 わたしよりも先にラグネリア様が声を上げていた。

「これをご覧ください!」

 ラグネリア様の隣からサッとミーシャさんが王様へ、ルルーの吐き出したメダルを差し出した。

 いつのまにかハンカチに包んでミーシャさん、持ってきてたんだ。


 ラグネリア様はルルーの身に起きたことを手短に説明する。

 王様のこめかみに青筋がだったように見えた。

「なんと酷い、卑怯な所業だ!こんな小さな生き物まで身勝手に利用するとは!」

 重臣の人たちもざわめいている。

「これは王都に混乱を起こし、その間に国境に配備した軍を攻め入らせる企みに違いない。国境へ向かった王子たちに至急、メッセージバードを飛ばせ!それから、あの動物たちが街に暴れ出したりしないよう、一刻も早く鎮めるのだ!」

 王様の声に、部屋の中はより一層、緊迫感と慌ただしさに満たされる。

 私たちはまた部屋の隅の方はへ移動し、静かにしていることにした。


 お城の人が連れて来てくれたバージは、ここへ来てからも目を覚ますことはなく、部屋の隅に用意してもらったクッションの上でぐっすり眠っている。

 昼間興奮しすぎて疲れたんだろうけど、こんな事態にも目を覚まさないとは大物だ。

 でも、おかげでおばさんはルルーの治療に専念できていた。だいぶ状態は落ち着いたみたいだけど、目を閉じたきり起きあがろうとしない。


 王様のもとにはあちこちから報告が入ってくる。オオカミの方は膠着状態が続いている。助けに行きたいけど、私が行ったところで……その時、

 ズウウウゥゥゥン!!

 足元が揺れた。

 ワアワアと騒ぐ声が外で大きくなる。

 テラス窓のそばにいた兵士が外へ飛び出していった。

 すぐに飛び込むような勢いで戻ってきた兵士は一言、

「窓の下にクマが!」

 と叫んだ。


 ズドン!

 さっきよりも重い音が響く。

「この下の外壁を攻撃してます!3頭でやられたら崩れる可能性も!」

 全員が立ち上がっていた。


 ここは3階。いや、いかに力の強いクマと言っても石造りの建物を崩すなんてそんな……と思ったけど、

 ドドオオォォン!

 ラグネリア様がガッチリと私の手を掴む。

「お願いよ!ノノ!あの子たちを止めて!」

 真っ直ぐ目を見て言われて、私は硬直した。

 止める―?私に興奮状態の大グマを止めろと……?

「お、おばさん……」

 ジェリィおばさんを見ると、とても難しい顔をしている。そりゃあ、そう……

「大変難しいと思いますが、やってみましょう」

 少し青ざめた顔のまま、だけどおばさんはキッパリと言った。


 え……あっけに取られた私の肩におばさんは手を置く。

「私たち3人で、できるだけのことをするわよ!」

「はい!」

 サーラは私が初めて見るくらいの真剣な表情で頷いた。

「う……」

 嘘でしょ?!と叫びたいのをどうにかこらえる。

「おばさん、私は―」

 スライムしかテイムできないのよ、と言う前に外から叫び声が聞こえた。

「城壁が崩れたぞ!!」


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