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5話 不穏な動物たち

 まだ何やら話があるという父さんたちを残し、私とラグネリア様たちはサーラのところへ戻ることにした。

 シャイニーコートの出口にさしかかった時、ふと視界の端を何か赤いものが掠めて、私は立ち止まった。

 見上げると真っ赤な鳥が私たちの頭上を旋回している。

 反射的に手を上げた。いや、届くはずはないんだけど……

 ところが赤い鳥はスピードを落とすと、待ってましたというように私の手に舞い降りてきたのだ。

(ええ?手乗り?)

 かなりびっくりしたけど、声を出すのを堪えた。鳥を驚かせちゃいけないものね。

「まあ!」

 だけどラグネリア様が隣で声を上げた。

「自分から近づいてくるなんて!」

 かなり大きな声だったけど、鳥はおとなしく私の指に留まっている。


 ラグネリア様の反応からするに、手乗り慣れている子じゃないみたい。

 手のひらにすっぽり収まってしまうくらい小さな鳥。この鳥も初めて見る……

「あ……れ?」

 私は首を傾げた。

「ハミングバード?」

「まあ、やっぱりよく知っているわね」

 侍女たちも一緒になって、感心したように大きく頷くので、ちょっと照れくさい。結構よく知られてる鳥だと思うんだけど。


 ハミングバードはエルガンドの中部から南部にかけての森の中に住む鳥。求婚の時期のオスの鳴き声の美しさからその名前がついたとか。

 オスは囀りながら、真っ赤な尾羽を振りメスにアピールするのだけど……そう、この鳥はオスの尾羽とトサカの一部だけが鮮やかな赤なのだ。自然界にいる個体は、他の部分はチャコールグレーで、結構地味。でも、だからこそ尾羽を振るダンスが映える。こんな全身真っ赤じゃ、尾羽が目立たなくて、ダンスの求愛効果は半減しそう。


「この子もドーゲルデンから来たのよ。突然変異した鳥同士を掛け合わせて、真っ赤な鳥を生み出したのですって」

 ラグネリア様が手を伸ばされたけど、鳥はそちらへ行こうとはしなかった。私の肩に飛びつくと、じっとうずくまってしまう。

「やっぱりテイマーでなければダメなのね」

 ラグネリア様は残念そうに手を引っ込めた。


 私……何もしていない。なんで、この鳥がこんなに懐いてしまったのか分からない。


 バタバタと2人の飼育係が駆け寄ってきた。

「ああ、よかった。捕まえていただいて」

 2人ともそこそこ年配で、かなり息を切らしている。

「ドーゲルデン人がいなくなってからというもの、スキがあると逃げ出そうとして」

 なるほど、脱走中の鳥でしたか。それは捕まえられてちょうどよかった。


 ふと見ると、鳥は私の肩の上で自分の足をひどく気にしている。

「ケガでもしたの?見せて」

 鳥は私が手を差し出すと、左右にピコピコとクビを傾げてからヒョイと飛び乗ってきた。

 賢い。人の言葉、結構わかっていそう。

 私の手の上で、鳥は自分の足環を何度もついばんだ。

 足環―細い足にはめられた金属製のそれは、なかなか凝ったデザインで、何か紋様らしきものが掘られている。

 別に足に食い込んでいたりする様子はないけど……この体格の鳥には重たいのかしら?


「足環が気になるみたいですね。外してはいけないのでしょうか?」

 ラグネリア様と飼育員さんを交互に見ながら聞いてみると、

「いえ、取っていけないわけでは……ドーゲルデンから贈られて来た時からついていたもので……今までは気にしてなかったですし……取り方もよく分かりませんし……」

 飼育員さんは困惑顔。ラグネリア様も心配そうに見ている。

 ふうん、個体識別のための足環というとこかな。とっていいなら外した方がこの子の希望に沿そうよね……


「ごめんね、ちょっと見せて」

 鳥に声をかけながら、足に触ってみる。

 あれ……これって……

 もう一度よく目を凝らして足環の模様を見て、私は気付いた。これは、古い魔法言語だ。今時、こんな文字使う人なんていないと思ってたけど。

 でも、それなら外すのは簡単だ。


 弱い魔力を流しながら、足環を上から下へ撫でる。

 キン!と澄んだ音がして、足環は半分に割れた。

 鳥は驚いて一瞬飛び上がったけど、すぐに私の手のひらに戻り、頭を擦り付けて来た。

 リリリ……鈴のなるような小さな囀りを繰り返しながら、何度も頭を押しつけてくる。

 かわいい!めちゃくちゃかわいい!ものすごく喜んでくれているのが分かる。

 いいことをしてしまった……

 思わずニヤけてしまう。で、

「本当に素晴らしいわ!」

「テイマーの力を見るのは初めてです!すごいですね!」

 ラグネリア様と飼育員さんが口々に私を褒め出した。


 また……誤解を生んでしまった。

 足環を外しただけで、別にテイマーらしいことはしてない。

「あ、あの、お返ししますね」

 飼育員さんが持っていたケージへ鳥を近づけると、鳥は自分からケージへ入っていった。


 ホントに足環が嫌で脱走したの?そんなに嫌なの?これ……

 止まり木におとなしくとまっている真っ赤な鳥は、今はとてもご満悦な顔をしている。

 手に残った割れた足環を、私はそっとポケット入れた。返せって言われないし、ちょっと気になるから、後で父さんに見せてみよう。


 ラグネリア様と飼育員さんたちが手を叩いている。いや。ホントに、拍手されるようなことはしてない。

「あのっ、これはこの子が勝手に懐いてくれて……」

 説明しようとしたけど、なんか聞いてもらえなさそうな空気が……

 その時、ラグネリア様が悲鳴をあげて侍女に抱きついた。


「イヤッ!スライムよ!なんでこんなところまでいるの?!」

 見れば道路脇の溝に、青い風船のようなものが挟まっている。

「あ、本当だ」

 私は嬉しくなって、ジタバタ動く青い塊のそばにしゃがみ込んだ。


「ま、まあ!この頃、城内でもよく見かけますね……」

「ほ、本当に、気味が悪い……」

 明らかに怖気付いているところを見ると、侍女2人もスライムは苦手みたい。

 なんでそんなに嫌うのかな〜?

 とにかく臆病で、人間に出くわすと秒で逃げ出してしまうし、害はない生き物なんだけど。

 ま、このままにしておくのもかわいそうだし、私もスライムならお手のもの。テイマーらしい仕事ができる。

 溝に手をかざし、魔力でスライムを捕捉する。青いゼリー状の塊はピタリと動きを止めた。

 全く、スライムって、こんな柔らかい体のくせして、自分で変形するということをほとんどしない。

 魔力で負荷をかけて、細長くしてやると簡単に溝から出せた。


「ごく普通のスライムですね」

 手のひらにスライムを乗せた私から、ラグネリア様たちが一歩引き下がったのが分かった。

 お城の中にいるスライムだからって、特に変わったところはないんだな。ちょっと残念。

「ねえ、手は大丈夫なの?スライムに触るとひどくかぶれるのでしょう?」

 少し離れたまま、ラグネリア様が心配そうに聞いて来た。

「大丈夫です。吐き出した粘液に触ると確かにかぶれますけど。外側を触る分にはヒンヤリして気持ちいいですよ」

 手を差し出して見せると、また一歩下がられてしまう。

 さて、どこに放そうか。このまま手を離したら、ラグネリア様たちがまた悲鳴をあげそうだし……

「あの、こちらに、」

 幸いなことに、飼育員さんが予備の鳥籠を差し出してくれた。

「堀に戻しておきます。最近、お城の堀から城内まで入ってくるスライムが多いんです」

 魔力を絶ってやると、スライムはすぐに籠の中でジタバタと飛び跳ね始めた。逃げようと必死になってる。

 ラグネリア様たちの気味悪そうな視線に見送られ、スライムは連れられて行った。

 私としては、お城にいる間の相棒として連れて歩きたかったのだけど……ラグネリア様がこんなにスライムが嫌いでは肩に乗せて歩くわけにもいかない。


「でもすごいわね、スライムまで思い通りに扱うなんて」

 スライムが見えなくなると、ホッとした様子でラグネリア様はそう言った。

「え、あはは、そんな、スライムですし……」

 返答に困ってしまう。スライムをテイムできるからって、すごいところは何もない。


「ラグネリア様、」

 その時、私の背後から声がかかった。

 振り向くと、痩せた背の高い男性が立っている。あまり顔色が良くないせいか、なんだか疲れて見えるけど、表情は柔和だ。

「あら、ギブセン」

 ラグネリア様がニッコリ微笑んで、ギブセンさんは私たちに丁寧なお辞儀をした。

「いま、お部屋に伺おうと思っていたのです。今日の分の薬は飲ませましたので」

 そういう右手には銀色のケージ。中には長毛の真っ白な猫。なんてふわふわ……

 猫はおとなしくケージの中で座っていたけど、ラグネリア様を見ると甘えた声で鳴いた。


「ルルー、ごはんもちゃんと食べた?」

 ラグネリア様が愛おしそうにケージを覗き込む。

「はい。まだ食は細いですが、ちゃんとべてます。すっかりラグネリア様に懐いてますね」

 このギブセンさんも飼育員みたい。だけど、言葉に訛りがある。黒い髪もエルガンドではあまり見かけない。


 ラグネリア様の顔がちょっと曇った。

「でも、わたくしの用意したごはんは食べてくれないわ」

「環境に慣れるまで、猫は時間がかかります。大丈夫です。このまま様子見れば食べるようになります」

「だといいけれど。―ここから抱っこしていくわ」

「わかりました」

 ケージから出されたルルーは、ラグネリア様の腕の中で安心し切った顔をしている。

 本当に、とても懐いている。話の内容からするに、最近お城へ来た猫なのかしら……?


 ふと、ギブセンさんが私をじっと見ていることに気がついた。

「あの……さっきドラゴンで来たお客様ですか?」

「あ、はい。そうです」

 それ以上、どう説明しようかと言葉に詰まったけど、

「なるほど。あなたもドラゴンを操りますか?」

 笑顔で聞かれて、私は激しく首を振った。

「そんな、ドラゴンなんて―」

「ああ、そうですか。あなたのように可愛らしい人が、まさかとは思いましたが」

 ニッコリと笑うギブセンさんはなかなか魅力的だ。歳は20代?30いってるかな……


 ギブセンさんはただ1人残ったドーゲルデン人の飼育員だと、シャイニーコートを出てからラグネリア様が教えてくれた。

「この子に付いてきた専属の飼育員よ。あ、この子はルルー。わたくしが猫が好きなこと聞いていたんでしょうね。先月のわたくしの誕生日にドーゲルデンから贈られてきたの」

 ラグネリア様は腕の中ですっかりリラックスしているルルーに頬擦りした。

 低くゴロゴロとルルーがなどを鳴らしている。


「ドーゲルデンからの贈り物でこの子と、さっきの赤い鳥はわたくしも気に入っているわ。ギブセンはルルーがあまりご飯を食べないのを気にして、たった1人でエルガンドに残ってくれたの。他のドーゲルデン人と違って責任感の強い人だわ」

 そっか、ドーゲルデン人なんだ。私のドーゲルデン人のイメージとはちょっと違うけど。

 私の中ではドーゲルデン人といえば髭が濃くて、骨格ももっとガッシリしている。

 ギブセンさんは細身でスタイルが良く、顔もそれほど濃い感じじゃない。まあ、都市部と郊外でも人の体格や顔立ち―特に王族、貴族となると違っているしね。

 そう言えば、私、ドーゲルデンの首都って行ったことがない。北部を回る時は田舎の街ばかりだったからな……




 図書室へ戻ると、サーラは分厚い物語の本に夢中になっていた。

 一晩お城に泊まる間、部屋で読んでいいと言われたサーラは嬉々として他にも数冊の本を借り出した。

 両手に持って部屋へ案内される間も、本の話しかしないかったが、そのうちやっとラグネリア様が抱いている猫に気がついたみたい。

 サーラも動物好きだから、たちまち目を細めた。

「あの、私も抱っこできますか?」

 サーラ、王女様に直接お願いなんて、大胆な。

「どうかしら?わたくし以外にはあまり触られるのも好きじゃないんだけど」

 ラグネリア様は首を傾げ、侍女の2人はウンウンと頷いている。

 猫って好き嫌いをハッキリ出すからな〜


 ところがルルーはサーラの方に顔を向けフンフンと鼻を鳴らすと、身を乗り出した。

 自分から「どうぞ。抱っこさせてあげるわよ」と、言ってるみたい。

 サーラの抱えていた本が、いきなり私の腕に飛び込んできた。分厚い本の重みに前にのめりになりそうになる。

「ちょっと……!」

 文句を言いそうになったけど、サーラはすでにラグネリア様に両手を差し出していた。


「まあ、」

 ラグネリア様が驚きながらもサーラの方へルルーを渡す。

 サーラは猫のあつかいも慣れたもの。ルルーはたちまち居心地良さげに腕に収まっていた。

「かわいいっ!まだ子猫ですよね?」

「ええ。7ヶ月くらい。先月うちに来た時で半年だというから。―すごいのね、テイマーって。動物の言葉がわかるみたい。羨ましいわ」

「わ、私も、いいですかっ?!」

 きゃっきゃっしている2人に思わず私も割り込んだ。

 頭を撫でると、ルルーは気持ち良さげに目を閉じる。

 よかった。私も嫌われてない。


 侍女2人は顔を見合わせている。普段はこんなに人懐っこい子じゃないらしい。でも、テイマーだからとか関係あるかなぁ?

 ゆっくりとルルーの背中を撫でていたサーラの顔に微妙な表情が見えて、

「どうしたの?」

 私は尋ねた。

「この子、お腹の具合が悪いですか?」

 さっきのギブセンさんとのやりとりを知らないはずのサーラが聞く。

 私はラグネリア様と顔を見合わせてしまったけど、すぐにサーラは動物たちの体調管理が得意なことを思い出した。というか、ジェリィおばさんが薬の調合(人間のも含めてね)を得意としていて、病気やそれに対する対処法なんか、よく話してるんだよね。

 私は難しい話は聞き流してしまうんだけど、サーラはよく薬草の本も読んでいる。


 事情を聞くと、サーラは心配そうに頷いて、ラグネリア様へルルーを返した。

「胃の動きがよくなさそうだったので。でも、専属のお世話係がいるなら安心です」

 サーラはそう言ったけど、なんか釈然としない表情が私には分かった。

 なんせ10年以上の付き合いだものね。何か気になることがあるのか、後で聞いてみよう。





 父さんたちと話す時間がとれたのは夕食の後だった。

 ふさわしい服装でもないしと遠慮する私たちに、

「我々も普段着だから」

 と、王様は押し切られたのだ。

 大きな円卓を囲み、和やかな食事会ではあったけれど……

 料理はもちろん、美味しそうなものが次々と出された。ただ、緊張してせっかくなのに味をよく覚えていない。

 ラグネリア様も王様ご夫妻もしょっちゅう話しかけてくるので、正直気が休まらなかった。

 多分、他の大人たちも同じ。ただ1人、バージだけが大はしゃぎで、出される物全てに口をつけ、全てに「美味しい!」を連発していた。あの無邪気さは羨ましい。

 食事の間は政治の話はしないのが暗黙の了解になってるみたいで、誰もドーゲルデンの話には触れなかった。


 夕食後、言われた通りに父さんの部屋へ行くと、すでにマリクおじさんもいた。

 父さん、広すぎる部屋に落ち着かないんだろうな。

 荷物は広げられないまま床に置かれ、デスクもベッドも触った形跡がない。

 あちこち触って、何か壊したりしたら大変だから、椅子に座って調度品を眺めるのが関の山。と、私がそうだったから、父さんもきっとそうだろうと想像した。

「あれ、お父さんとジェイドおじさん、同じ部屋なの?」

 サーラがあっけらかんと、そんなことを言って、

「おっさん2人で同じベッドに寝ろってか?!」

 と、吹き出したマリクおじさんだけど、すぐに浮かない顔に戻る。

 ドーゲルデンとの戦争の話なのか、動物たちの話なのか、ちょっと良くない話がこれから始まるのはすぐに分かった。


「バージは寝たわ」

 ジェリィおばさんが入ってくると、「じゃあ、みんな座ろうか」ってなったんだけど。

 こんな広い部屋なのに、そしてテーブルもソファもあるのに……こじんまりと円を描いて床に座り込んでしまう私たち。

 まるで森の中でキャンプしながら、明日の予定を話し合う時と同じ態勢。

 習慣的にこういう態勢を取るのが落ち着くのは、仕方ない。


「さてと、だ」

 父さんが私の方を見る。

「ノノはドーゲルデンから来た動物たちを見たな?どう思った?」

 え?最初にその感想を聞かれるの?というか、父さんたちも見たよね?

 これはなんか―テストされてる?

「どうって聞かれても……」

 私は落ち着かなくうろつき回るオオカミたちを思い出した。それからやたらに足環を気にしていたハミングバード。あ、そうだ、足環がポケットに入ってる。


「なんか変だな、とは思ったな。目の前にあんな上等のお肉があるのにウロウロするだけで。でも、お腹がすいてイライラしてるみたいだし」

 動物を見ていないサーラは不思議そうに首を傾げていたけど、父さんたちは大きく頷いている。

「あと、これなんだけど」

 私はポケットから半分に割れた足環を取り出して父さんの前に置いた。

「真っ赤なハミングバードは見た?」


 この足環を付けていた鳥について説明する。父さんたちもハミングバードがいることは聞いたけど実物は見なかったはそうだ。

「あんな全身真っ赤じゃ野生では目立ちすぎだわ。それでいてダンスをしても尾羽の動きは目立たないし」

 父さんとマリクおじさんは足環を手に取って眺め、それから顔を見合わせる。おばさんも一緒に覗き込んで眉を顰めた。

「ノノ、これに刻まれてるのが何か、もちろん分かっているな?」

「古代魔法文字でしょ?今ではどこかの遺跡とかでしか見られないような、古くさい文字」

 サーラも興味深そうに足環へ手を伸ばす。

「へえ、本の中でしか見たことなかったけど。これ、()()()()()()?」

 ん?効果って、なんの?私が聞く前に父さんが続ける。

「ああ、もう使いこなす人間なんてほとんどいない古い言葉だ。だが、使える人間にとっては力のある言葉だ」

 いつになく父さんは真剣な顔をしていた。

「きちんとした知識を持った人間が扱えば、強い魔法を発動させる。って、ノノ、その様子じゃこの言葉の意味まではわかってないな?」

 話に着いて行けてないの、バレてる。


 でもさ、古代魔法文字、っていうことだけは分かっても解読まではできないよ。だって、今は使われてない文字なんだし。

 魔力に反応すると思って試したら外れたんだけど、もしかしてただのラッキーだったのかしら……


 マリクおじさんが父さんの隣で苦笑している。

「魔力経路の解放の術式だ。つまり、他者の魔力干渉を受けることになる。我々のテイム術と似てるかもな」

 ……理解が追いつかない。え、と……

「ノノ、おじさんが昔、古代魔法文字とその活用術、ていう本を貸してやったはすだけどなぁ?」

「え……そう、だっけ?覚えてない……」

 私が本を貸して欲しいなんて言うはずないから、おじさんが無理矢理貸してよこしたんだろうな。そんな本、借りたとしても読むはずがない。


「私もそんな本知らないんだけど」

 サーラが脇から口を挟んできた。本の話題となると、サーラは黙っていない。

「あなたは、興味を持つとすぐ本の内容を実践しようとするから。危険だからもっと大人になってから読ませるように言ったのよ」

 ジェリィおばさんがピシャリと言った。

「なにそれ、」

 口を尖らせて文句を言おうとしたサーラを

「つまり、これは知識のある人間が作った魔道具だ」

 父さんの大きな声が遮った。


「そして、ハミングバードにそんな魔道具を装着したのはドーゲルデンの人間で間違いないし、その鳥がドーゲルデン国王からの贈り物だというなら、王の命令で装着された可能性が高いということだ」


 私はポカンと父さんの顔を見つめた。サーラも目を見開いて、自分の両親を見つめている。

「結論から言えば、ドーゲルデンから贈られた動物たちは皆、自然界のものじゃない。人工的に作り出されたものだ」

 サーラがサッと手を上げた。

「それって、家畜とかの品種改良と同じこと?声のいいハミングバード同士を掛け合わせたりするのも、昔からやられてたんでしょ?」

 大人たちが示し合わせたように首を振る。

「そういうレベルの話じゃないんだ」

 おじさんがため息をついた。


「珍しい色同士の鳥を掛け合わせたとか、珍しい毛色のオオカミを選んで繁殖させたとか、そういうことじゃない。あの動物たちには、魔法や呪術を使って作り出された形跡がある」

「形跡……?」

「魔力の波動がおかしい。だから、我々でもうまくテイムできないんだ」


 オオカミを寝床は追いやった後も、気遣わしげな表情をしていたおじさんを思い出す。

「一時的な処置だよ、というのはそういうことか。


「それ、王様たちにも言ったの?」

 ドーゲルデンがそんな曰く付きの動物を贈ってきたなんて知ったら、ますます国同士拗れそう。

 父さんは私に首を振った。

「いや。はっきりは伝えていない。まあ、王様も賢明な方だからな。薄々分かっているとは思う。問題はそんな動物を贈りつけてきた理由だ。まして、こんな魔道具まで付いてやがる」

 足環を見ていたサーラが顔を上げた。

「でも、ノノが弱い魔力を流しただけで外れたんでしょ?そんなすぐに外れる物で、何かできるの?そもそも、この足環で魔力経路を開くとどうなるの?ハミングバードって、そんなに魔力の強い鳥じゃないでしょう?」

 あ、なんかサーラのスイッチが入ったみたい。知らない魔法とかのことになると、結構夢中で調べ出したりする。


「うーん、魔道具って、だいたい作動させるのに弱〜く魔力を流すでしょ。魔法文字が書いてあるから、試しにやってみたら外れたんだよね。でも、言われてみれば、何か目的があって付けた足環なら、簡単に外せないようにしたおくはずだよね。あ!でもエルガンドの飼育員の人は外し方分からないって言ってたわ。この魔法文字なら、エルガンドの人には分からないと思ったんじゃない?」

 私としては結構的を射たの推理のつもりだったけど、サーラは首を傾げていた。

「この足環で何をしようとしていたのかは、よく調べないと分からんな。この足環に他にも魔法の術式が込められているかもしれないし、鳥の方にも何かあるかもしれない」

 おじさんがサーラの手から足環を取り、おばさんへ渡す。

 こういう調べ物はおばさんが得意なのだ。

 でも、

「結局、何もわからないってこと?」

 思わず言ってしまった。


「分からない方がいいのかもしれん」

 父さんはいつになく神妙な面持ちで言う。

「え?」

「ドーゲルデンから来た動物たちがいうことを聞かなくなって、困った王様はテイマーの我々を呼んだ。だが本来、セリオンは国同士の争いに首を突っ込んじゃならんのだ。ドラゴンで王都まで来て欲しいという依頼に従ったのは許容範囲として、」

 隣で苦笑するマリクおじさんに、軽く咳払いをして父さんは続けた。

「王様の依頼としてあの動物たちのことを引き受けるのは難しい。だが、国境がこのまま通れないのは困る。商売はあがったりだし、そもそも戦争ってのは動物の生態系にも大きな影響を及ぼす」

 サッと私たちを見渡した父さんが、何か企んだ目をしているのを私は見過ごさなかった。


「だが、個人の依頼なら引き受けるに問題ない。飼育員の誰かが個人的にセリオンに助力を求めたなら、応じるべきだろう?」

「そりゃ、そうだ」

 すぐに頷いたマリクおじさんに対し、ジェリィおばさんはため息をついて首を振った。

「そんな簡単なことじゃないでしょ。あの動物たちは王家の所有なわけだし、お城の中で飼われているのよ。飼育員個人で管理してるわけじゃないんだから。彼らにそんな権限もないでしょう?」

「そこは、王様の胸先三寸でどうにかなるだろ。あの王様なら、そのくらいの離れ業対応はしてくれるはずだ」

 しれっと言う父さん。ずいぶん楽観的だ。ま、元々父さんはこういう人だけど。

 でも、私もおばさんの言っていることの方が現実的だと思う。

 後からドーゲルデンにクレームを入れられたら、セリオン全体の問題になりそうだし。


 でも……

 肉の周りをウロウロするばかりのオオカミを思い出した。あのままの状態が続けば、どんどん弱っていくだろう。

 動物たちをあのままの状態にしておくのは、あんまりだ。せめてごはんだけでも食べてくれないと―


「あとは王様がどう判断されるかだ」

 父さんとマリクおじさんは、もう引き受けるつまりみたい。

 おばさんは頬を膨らませて、立ち上がった。

「知りませんよ!後で面倒なことになっても!」

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