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4話 王様の依頼

 大人たちが「お茶会」をしながら話し合いをする間、

「ラグネリア、若い方たちに城の案内を」

 との王様の言葉で、私とサーラ、バージは部屋を出されてしまった。

 私としては、王様が父さんたちに何を依頼するのか聞きたかったんだけど。

 でも、サーラはお城を見学できると喜んでいるし、バージはというと近くの兵士に駆け寄って行こうとして、サーラに首根っこを掴まれていた。


「あなたにはきっと退屈よね」

 ラグネリア様は、ニッコリ笑うとその兵士を呼び寄せた。

「訓練場や武器庫を見せてあげて」

「そんな、ご迷惑では?」

 私たちが遠慮するのに構うことなくバージは目を輝かせてしまう。

 若い兵士だけど、子供好きなのか、すぐにバージに笑顔を見せてくれたのが有り難かった。

「承知いたしました」

 バージの手を取ると、まるで以前からの知り合いのように、仲良く話しながら外へ出ていく。バージも人懐っこい子だしね。お任せして大丈夫かな……


 ラグネリア様は、おっとりとした見た目とは裏腹に、とてもハキハキとお話しなさる方だった。さらに時折りのぞく早口が、そのギャップを際立たせる。

 表情もとても豊かで、いい意味で王族のイメージを覆してくれる方だ。


「さ、行きましょうか。どこか見たいところはあって?」

「私は図書室が見たいです!」

 サーラが速攻で答える。ああ、やっぱりね。本の虫のサーラらしい。


「まあ、本がお好き?わたくしもよ」

 ラグネリア様が目を輝かせる。

「エルガンドには古い伝説など、多いですよね。そんなお話がまとめられた本はないでしょうか?」

 サーラ、好きな本のことになるとグイグイいくな……


「地方ごとの民話をまとめた本があるわ。それから古いものだけど、このお城がモデルとなったと思われるお話を収集した本もあるわよ」

 サーラはたちまち前のめりになる。

「セリーナ姫物語のことでしょうか?クルルクランディン小話のお城も私、エルガンド城のことかと思っていたんですけど」

「まあ!その通りよ。ただ、全てというわけではなく、いくつかのお話が混ざって……」

 盛り上がるラグネリア様とサーラから、私は完全に置いていかれた。


「さすが、セリオンの方々は知識が豊富ですね」

 お付きの侍女に囁かれて、私はギクリとしてしまう。ええと、この小柄で髪が短い方がミーシャさん、背が高くて、黒髪をきっちり纏めているのがサッシャさん―と、紹介されたっけ。

「ラグネリア様はこのお城の歴史の研究がお好きなんです」

 ミーシャさんが言うと、

「私たちではもう、お相手できないほどで。お話が合う方がいらして本当にようございました」

 サッシャさんがホッとしたように続ける。


 いやいや、サーラが、であって、私にはなんの知識もないんだけど。

 本は開いただけで眠気が襲ってくるし、そもそも商売に必要な最低限の読み書きができればいいじゃない、と思ってる派なので。

 でも、そう言える雰囲気でもなく、笑って誤魔化すしかない。


「そう!この国の歴史にも興味がおありなのね!」

 明るいラグネリア様の声が廊下に響く。

「あなたの言う通り、エルガンド王国が出来てから、首都はずっとここ。そして城も建国以来、ずっとこの場所にあるわ。でもね、国として成り立つ前、少数部族で争っていた時代から砦としてここは重要な場所だったんですって」

 サーラは大きく頷いた。

「七国争乱時代ですね」


 ラグネリア様が廊下の突き当たりのガラス扉へ向かうと、ミーシャさんとサッシャさんが先回りしてを扉を開けてくれた。

 小さなテラスからは、いくつかの建物の屋根が見える。


「ほら、あそこ。円形に石垣が建っている所。あれが最初の砦の跡。ほんの一部だけど、当時の石垣がそのまま残っているのよ」

 ラグネリア様に続いてテラスへ出たサーラは手すりへかけよっていた。


 黒っぽい石垣が半円形に残っている、あそこのことかな……円の中で数人の男の人が剣を振っているのが見える。

 石垣は確かに古いものらしく、崩れ落ちた箇所もあり、高さはマチマチ。

「今は兵士の鍛錬場に使っているわ。新しい鍛錬場を作る話もあったのだけど、あの石垣の方が弓や剣で傷をつけても気にならなくてよいのですって」

 ラグネリア様は鍛錬中の兵士たちに誇らしげな笑みを向けながら説明してくれた。

 熱心に聞いていたサーラが、

「あ!」

 と、声をあげる。

「バージだわ!」


 サーラの指差す方を見ると、スキップするような足取りで先ほどの兵士と歩く小さな姿が見えた。

「迷惑かけてなきゃいいけど」

 心配そうに呟くサーラに、

「男の子は騎士に憧れるものですわ」

「あんな可愛らしいお客様、兵士たちも大歓迎ですわ」

 ミーシャさん、サッシャさんが笑いながら言ってくれたけど、

「あら、弟さんは石垣に興味があるわけではなかったのね」

 ラグネリア様は、ちょっと残念そうに言ったので、私は思わず笑ってしまった。

 石垣に興味を持つ子供はそうそういるまい……


「鍛錬場の向こうに城壁が見えるでしょう?あそこ、あの一部だけ白っぽく見える場所、あそこが現在の城壁の中では一番古いのよ」

 まだ、壁の話が続くらしい。なるほど、言われた部分は他の壁と比べて明らかに白く、そして高く積まれている。

「この城の城壁は、修復されたり、新しく作られたり、その時代によって使っている石も積み方も違うの。技術の推移も分かるし、文献と照らし合わせると当時の勢力争いと関わっていたりして、興味深いのよ」

 へぇ、そういうものなんだ……正直、私にはなんの興味もないけど。


「あの一番古い部分の石は、巨人が運んできたと言い伝えられているのよ」

「まあ!大陸北部には巨人伝説が色々ありますけど、エルガンドにもそんな言い伝えがあるのですね」

 サーラの受け答えはラグネリア様を喜ばせている。

「そうなの!実はあの部分の石は北部のリーンデン山脈から切り出された物なの。そうすると、北部のゴーレムの逸話と混ざって、巨人が運んできたというお話になったのもわかる気がしなくて?」

「なるほど!そんな風に繋がるんですね!」


 サーラは関心しきりと頷いているけど、私の中では何も繋がっていない。

 ゴーレムは知ってる。リーンデン山脈は魔力を帯びた魔石や魔鉱石を算出することで有名だ。そして、その山を守っている精霊がゴーレム。

 土地の守護精霊だから、はるか遠いエルガンドまで石を運んできたりはできませんよ、と口を挟むべきかどうか……


 ためらっている間に、

「ここよ」

 ラグネリア様が一際重厚な扉の前で立ち止まった。

 またも、侍女の2人がサッと前に出て重そうな扉を開く。

「エルガンドの王族専用図書室でございます」


 そこには、私の想像をはるかに上回る本の山があった。

 床から天井まで本で埋め尽くされた書棚。それが部屋の奥までずっと続いている。入り口付近のテーブルも、整理の途中なのか、平積みされた本と書類で埋め尽くされ、そのそばのワゴンには分厚いファイルがびっしり乗っている。


「すごい。一生かかっても読み尽くせないくらいの本よ……」

 サーラはうっとりと書棚を見上げていた。

 独特の古い本の匂いが私は少し苦手。だけど、

「憧れの空間だわ。こんなに本に囲まれて一日過ごせたら!」

 胸の前でギュッと手を握り締め、頬をバラ色に輝かせているサーラと、ラグネリア様の前ではもちろん言えない。


「わたくしはあなた方と違って国から出たことは一度もないわ。王都から出るのも、一年に2、3度。でも、本はいろいろな景色を見せてくれるわ。ずいぶん、あちらこちらに行ったつもりになっていてよ」

 ラグネリア様が書棚の間を案内してくれながら、時折り珍しい本を見せてくれる。

 指差すその先の背表紙に、見たことのない文字があったり、一瞬本棚の一部かと思うような装飾の施された本があったり。

 中身はともかく、変わった装丁などは私も見ていて面白いと思う。ただ、またエルガンドの歴史談義が始まってしまうと、ちょっと取り残された気分で周りを眺めるしかなかった。


 いつの間にか巨大な書棚の間に取り残され、入り口はどっちだったかと焦っていると、

「ノノさん、」

 ラグネリア様が書棚の影から現れてホッとした。

「サーラさんは読みたい本があるからしばらくここにいたいと言うのだけれど、あなたはどこか見てみたい場所はあって?」

「え、私ですか」

 どうしよう……サーラがいなくて、私だけでラグネリア様の話し相手になれるだろうか……

 こういう場合のサーラのしばらくは、どのくらいかかるか予想がつかない。でも、ここで「自分も本が好きです」というフリをしてジッとしているのは苦痛だし……

「あの……では、ご面倒でなければ、お城で飼っている動物がいるというお庭を見てみたいです」

 私は思い切ってそう言ってみた。


 昨日父さんから、動物と触れ合えるお庭があると聞いて、興味があったのよね。なんでも街の人たちも解放されていて、自由に入れるのだとか。

 ―せいぜいウサギや羊、馬くらいだろうがな。動物園とか、牧場とかいうほどのものではないぞ―

 そう聞いてはいたけれど、動物たちと触れ合うのが私は一番好きだ。もしかしたら、珍しい動物もいるかもしれないし。

 ラグネリア様はちょっと顔を曇らせた。

「ああ、東のシャイニーコートのことね。今は閉鎖しているのだけれど、もちろん、案内はできるわ」

「閉鎖、ですか?」

 そう聞きながら見れば、隣の侍女たちも、困ったような表情を浮かべている。なんか、まずいこと言ってしまったか……?


「あの、ご都合が悪ければ無理には……」

「いえいえ、」

 ラグネリア様は小さく首を振り、私を促して歩き始めた。

「シャイニーコートは元々、子供たちが小動物と触れ合って楽しめるようにと、解放したの。犬や、猫やウサギなんかね。ところが、3年ほど前にドーゲルデンの今の国王様が即位されてから、友好の証と称していろんな動物が送られてくるようになったの。最初はとても珍しい種類の鳥だったわ。クチバシがとても硬くて、銀色に光っているの。それから七色のヘビとか、手のひらに乗るくらい小さな牛とか……」


 聞けば聞くほど興味深い。

 動物をテイムできる力を持つ私たちは、動物や魔物たちが人の住む場所に近づきすぎないよう、監視し、時に他の土地に誘導したり保護したりする「魔物払い」を一族の「天職」と考えている。

 害獣討伐や、家畜の輸送という形で誰かに依頼されることもあるけれど、私たちが独自に判断して行動することも多い。

 生活の糧はほとんど行商で得ているのだけど、私たちの感覚としては、行商は動物たちの動向を見ながら旅する中に付随した副業だ。

 つまり、動物、魔物について私だってかなり精通しているはずなのだけど、ラグネリア様が口にしたような動物は、見たことも聞いたこともなかった。


「でも、ほとんどがすぐに亡くなってしまって……せっかくの贈り物なのに申し訳ないから、動物はもう贈らないでほしいって、お父様はドーゲルデンに伝えたわ。そうしたら、次の時は専属の飼育員がついてきたの」

 ラグネリア様はため息をついた。

「あの王様はちょっと図々しいわ」

「姫さま、」

 ミーシャさんがたしなめるように言ったけど、ラグネリア様はちょっと首をすくめただけで、話を続ける。

「だってね、動物たちの専用の食べ物をドーゲルデンから輸入しろだの、施設を整えて城内で育てろだの、飼育員の給料はそちらで払えだの……そりゃあ、お給料くらいお支払いするわ。でも、こちらからお願いしたわけでもないのに強引に話を進めてきて。しかも、お父様の誕生日に贈ってきたのは普通より2倍も体が大きいクマ、お母様の誕生日には青い毛並みのオオカミ10頭よ!専用の施設なんて、そうすぐにできるもんですか」

「姫さま、ノノ様にそのようなお話をされても……」

 今度はサッシャさんが申し訳なさそうに私の方を見ながら言ったけど、

「だって、勝手すぎるわ」

 穏やかなお顔立ちが紅潮してきて、ラグネリア様がこの問題に相当に腹を立てていることがわかった。

「急にクマやオオカミが住める場所を確保しなきゃならないから、シャイニーコートにいた動物たちを他へ移さなければならなかったのよ。すぐに改装して使えそうなのは、そこの建物だけだったから。犬や猫と遊びに来ていた子供たちは、郊外まで足を伸ばさなくてはならなくなったわ。代わりに、ドーゲルデンから来た動物たちを街の人にも公開していたのだけど―」


 外へ出て東の庭へ向かいながら、ラグネリア様は更にシャイニーコートにまつわる最近の騒動を話してくれた。


 ドーゲルデン王国が演習と称して、北の国境付近に兵を集め、そのせいで国境が封鎖されてしまった1週間前。実は、同じタイミングでドーゲルデン人の飼育員たちが引き上げてしまったのだという。

 元々、飼育員たちはエルガンドへ来たかったわけではなく、命令で仕方なく来ていたわけで、帰国命令が来ると、その日のうちに引き上げてしまった。

 困ったのは、エルガンドの飼育員の人たち。

 ドーゲルデンから、それぞれの動物専属で付いてきた飼育員たちは、動物たちの世話は全て自分たちで済ませ、エルガンド人には関わらせようとしなかった。

 何度聞いても教えてくれようとせず、そもそも交流を図る気もなさそうだったという。そのくせ帰国が決まると、引き継ぎもなくエルガンドを去ってしまったのである。

 残された動物たちは、飼育員たちがいなくたなると落ち着かないのか、食事を取らなくなったり暴れたり。とても街の人々に見てもらう状態ではなく、今はシャイニーコートは閉鎖されているというワケ。

 エルガンドの飼育員たちはこの1週間でかなり疲弊してしまい、動物たちをドーゲルデンへ送り返して欲しいとの要望も出ているとのこと。


 それはラグネリア様が怒るのも無理はない。

 でも、やたら大きなクマとか、青いオオカミとかは気になる。

「そんな感じなのだけれど、見てみる?」

 心配そうに確認してくるラグネリア様に、私はすぐに頷いた。

「もちろんです。そんな珍しい動物、ぜひ」

「ふふっ」

 ラグネリア様が私の顔を見て笑う。

「ノノさんは動物がお好きなのね。図書室にいた時より生き生きした顔をされてるわ」

 しまった。そんなあからさまにつまらなさそうな顔をしてた?

「えと、旅で、私は外を走り回る生活に慣れていて、その、」

 うわぁ、舌がもつれる。

「旅がお好きなのね」

 ラグネリア様は私と並んで歩きながら、そう言って微笑んでくれる。優しい……


 後ろを少し離れてついてくる侍女の方をチラリと見てから、ラグネリア様は声を落とされた。

「さっきはああ言ったけど、わたくしも、行きたいところはたくさんあるわ。トンヘルムの石塔群とか、ワルワット寺院とか、マウスヘウス遺跡も見たいわ」

 その視線が夢見るように、城壁の方へ視線を向く。

「でもね、わたくしが外出するとなると、結構面倒くさいの。お付きの者たちの準備もしなければならないし、必要ないと言っても護衛もつけられるしね」

 それは、私にだったらストレスで叫び出しそう。

「だから、ここにいる間は旅のお話をたくさん聞かせていただきたいわ」

「そんな……私の話で良ければよろこんで」

 私に気を使ってそんなことを言ってくれたのかもしれないけど、その優しい笑顔と気さくなお人柄に、もう私はラグネリア様のファンになっていた。こんな王族の方なら忠誠を尽くして付いていきますとも。




 うやうやしくお辞儀する衛兵の前を通り、シャイニーコートの門をくぐると、通路には木のチップが敷き詰められていた。様々な種類の木がバランスよく植えられ、散歩をするにはもってこいの気持ちのいい木立が続いている。

 一目見て、よく手入れされた庭なのがわかる。

 ラグネリア様について木々の間に見え隠れするクリーム色の建物へ近づいていくと、せわしなく吠える声が聞こえてきた。

 オオカミの声だ。何匹もの苛立った声に、時折り唸り声も混ざる。

(この吠え方……お腹が空いてるのかな……)


 さっきラグネリア様が言われていた青いオオカミだろうか。

 私はドキドキしながら建物へ入った。

 中にいたのは5人の男性たち。皆、泥で汚れた作業着を着ている。

 ラグネリア様を見ると、全員がパッと立ち上がった。

「これは、ラグネリア様、どうぞこちらへ」

 一番年長の男性が慌てて椅子を勧めてきたけど、それにはゆるゆると手を振り、ラグネリア様は私を紹介してくれた。


「見学―ですか、」

 私に中を見せて欲しいと言われると、5人の男性全員が困り顔で顔を見合わせた。

「しかし、あまり今は状態の良くない動物ばかりで……がっかりされると思いますが」

「構いません。珍しい動物を一目見たいだけですので」

 そう言いながら、私の目はもう、窓の外を捉えている。

 この建物を反対側に出ると、オオカミの飼育スペースになっていた。

 右手の方には木の植えられ、小さな森のようになっている。おそらくオオカミのねぐらになる場所。左手は人工的に作られた岩場。

 もちろん檻で囲われているけれど、かなり広いスペースが取られているし、オオカミたちに配慮して作られたことが分かる。

 で、当の青いオオカミたちはというと、岩場と森の間の開けたスペースでウロウロと歩き回っていた。

 確かに見たことのないブルーグレーの毛並み。青いとは言っても、鮮やかな青ではなく、くすんだ青。顔周りが特に青みが強く、足先にかけてグレーに近くなる。そのグラデーションはなかなか綺麗。固体によって、色の濃さにも差があるみたい。


 窓に近づくまでもなく、明らかに落ち着かない様子は分かった。10頭揃ってグルグルと歩き回りながら、時折りこちらを見て唸る。

 ハカハカと忙しない息遣いがここまで聞こえてくる。私が見る限りこれは「お腹が空いた!」「食い物よこせ!」の動きだ。

 ところが、彼らが歩き回っている中央には、見事な肉の塊がデン!と置かれていた。……どういうこと?


 外へ出て檻に近づいてもいいと言われたので、喜んでそうさせてもらった。

 鉄製の檻の周りには防護結界も張ってある。あっさり檻に近づく許可がもらえたのはそういうことか。

 安全対策は万全だ。

 それにしても―近づくと、毛並みの悪さがすぐに分かった。

 明らかに汚れて毛玉ができている子もいる。それに、見てわかるほどに痩せている。

 見慣れない顔に気が付いたのか、一頭が私に向かって唸り声を上げると、他の子たちまで一斉に吠え始めた。

 耳の形や顔つきからして、ベルウルフの亜種かしら?でもそれなら生息域はもっと南のはず。ドーゲルデンにいる種類じゃない。

 そのほかにも……なんだろう?この違和感……


 集中してオオカミを眺めていたので、ラグネリア様に名前を呼ばれてハッとした。

「ドーゲルデン人がいなくなってから、ほとんどエサを食べないそうなのよ」

 そばにいた飼育員の人たちがため息混じりに頷く。

「気が立ってて、近づくことも出来ません。糞の片付けもまともにできない状態で。昨日も1人、危うく襲われかけて……」

「あちらの獣舎にいるロックベアも同じです」

「しょっちゅう体当たりするもので、檻が歪んでます。このままだと破壊される可能性もあります」

 飼育員さん達は、ラグネリア様ではなく、私に向かって訴えてくる。―え?まるで私に……

 ハッとした。

 この人たち、テイマーが来ると聞いていたんだ。もしかしたら、ドラゴンマスターの娘であることも知っているのかもしれない。この必死の眼差しには期待が込められている。

 ―テイマーならきっとこのオオカミたちを落ち着かせ、エサも食べさせてくれると。


 心臓がバクバクした。

 マズイ。そんな期待かけられては困る。私がテイムできるのはスライムだけで―


「なんだ、ノノ!お前もここに来てたのか!」

 その声を聞いてホッとしたのは本音だ。

 岩場のある方、檻の向こうから回ってきたのは父さんたち。

 王様と王妃様も一緒で、そのお付きの人たちも入れると、団体旅行の御一行様のような物々しい感じになっていた。


「父さんに動物たちと触れ合える場所があるって聞いてたから。お願いしたら、ラグネリア様が連れてきてくださったの。今、いろいろお話を聞いていたところ」

「ああ、」

 父さんもマリクおじさんも、ジェリィおばさんも浮かない顔。この動物たちの現状を見れば、セリオンの民としては心が痛む。


「ノノ、今日はお城に泊めていただくことになった」

 父さんにサラッと言われて、私は目を剥いた。

「えっ?街に宿を取るって……」

 この後は久しぶりに王都を観光する予定だったはずだけど……


 見知らぬ人間が増えたせいか、オオカミたちの声が大きくなってくる。

 父さんの後ろにいたマリクおじさんが檻に近づいて行った。1番体の大きなオオカミが、おじさんの前に出てくる。毛を逆立てて頭を低くし、戦闘体制だ。


「落ち着け。なんにもしやしないよ」

 オオカミは姿勢こそ変わらないものの、唸り声が小さくなった。

「ようし。そうだ」

 檻にサッと突き入れたおじさんの手に魔法陣が浮かぶ。

 オオカミは一瞬、飛びあがろうとしたけど、そのまま腰が砕けるように伏せてしまった。


 他のオオカミたちも吠えるのをやめ、じっとおじさんを見ている。

「よしよし。さあ、向こうに行くんだ」

 リーダーのオオカミがトボトボと小さな森の方へ歩き出すと、残りの9頭も後に続いた。

 おじさん、さすが。短時間でリーダーを見極めててテイムするなんて。群れを作る動物はリーダーをテイムするのが一番効率的だものね。


 飼育員さん達からどよめきが起きている。

「信じられん……」「これがセリオンか……」「テイムの術とは……」

 父さんに負けず劣らずお調子者のマリクおじさんだから、さぞかしドヤ顔をキメるかと思ったんだけど、

「長くは持たないな。ひと寝したら、また元に戻りますよ」

 うかない表情のまま、そう言った。

「なかなかに深刻だな」

 父さんもオオカミたちを見送りながら呟いて、ため息をつく。

「もしかして、王様に呼ばれたのって……」

「そう、この動物達をなんとかできないか、というわけだ。」

 ……なんか、この父さんたちの様子を見る限り、おおごとになりそうな予感がするな……




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