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2話 王様からの呼び出し

 グリフォンの背中はフワフワであったかい。ただ、この心地よさに油断してはいけない。

 人どころか家さえも豆粒以下にしか見えない、はるか空の上。居眠りなんてして転げ落ちたら、絶対助からない。


 私が這いつくばるようにしてグリフォンにしがみついているのに対し、父さんは片膝をついただけでずっと前を見ている。

 ちょっとくらいの風にはびくともしない、安定したグリフォンの背中だけど、どこにも掴まらずにいるのは私は怖かった。


「あの村はグリフォンを見ても騒ぐ人、いないのね」

「ああ、ゼゼじいが出かける時にちょくちょく呼んでるからな。慣れてるんだろ。牧場みたいな広いとこに降りる分には、みんな遠巻きに見てるよ」


 大人でも3、4人は平気で乗せれる巨大な鳥は、普通の人が見れば恐ろしいらしい。

「強い魔力を持ち、人に害を及ぼす動物」が一般的に「魔物」と呼ばれるわけだけど、滅多に人里に近寄らないグリフォンも、「魔物」と捉える人が多い。

 体が大きいだけに、魔力は確かに強いけど、賢い生き物で無闇に人を攻撃することはない。だから「人に害を及ぼす」とはいえないと思うんだけど……


 場所によっては、その姿を見ただけで自警団が集まってきてしまう。

 これだけの高度を保って飛ぶのは、人間に簡単に視認されないようにするため。つまり、余計なトラブルを避けるため。

 大きいだけで嫌厭されるなんて、私には解せないことだけど、父さんに言わせれば、

「体がデカい、声がデカい、態度がデカい、ってのはおっかながられるのさ」

 ということだった。




 ゼゼじいちゃんの牧場から、私たちが滞在している居留地まで、グリフォンのスピードならほんの20分ほど。

 馬車なら半日近くかかるのがこれだから、空の旅はたまらない。


 旋回しながら高度を下げていくと、森の中に開けた居留地が見えてくる。

 居留地といっても大した広さはない。寝泊まりする建物が一つ。動物たち用の小屋が一つ(ただし人間用の建物よりこっちの方が大きい)居留地の管理人の家が外れに一つ。それだけ。

だから変わったことがあればすぐに分かる。


「馬車があるな」

 すぐに父さんが呟いた。

 馬車はそりゃあるでしょうよ、と思ってから、確かに数が合わないことに私も気づいた。

 私たちの商隊の馬車は4台。

 1台は見習いの人たちが使って、買い出しに出ているはず。

 でも、居留地の入り口には4台の馬車があった。

 1台、屋根が黒っぽいのがお客様の馬車だろう。


 でも、地図にも乗ってない居留地にお客様なんて珍しい。周囲を見ると、少し離れた場所に数頭の馬がいるのも見えた。

 普通の旅人やセリオン以外の商隊、というわけではなさそう。


 さらに高度が下がっていくと、居留地の母屋の前でピョンピョン跳ねている人影が目に入った。

「あれ、バージだよね?」

 私より10歳年下のバージは、いつも跳ね回っている男の子だけど、明らかにこちらへ向かって何かアピールしている。

 と、母屋から飛び出してきたもう一つの人影も、バージの隣で大きく手を振り始めた。


「サーラ?何かあったのかな?」

 バージの姉のサーラは私と同い年。

 私たちの商隊に子供は3人だけ、というかこの二家族に見習いテイマーの3人が加わっただけの、セリオンで最も小さい商隊が父さん率いるジェイド隊。

 サーラともバージとも仲良しだけど、サーラは私と違ってインドア派。

 インドア派のセリオンなんて珍しいけど、とにかくヒマがあれば本にかじりついてるのが好きな子だ。

 バージと対照的に物静かなタイプで、あんなに興奮した様子を見せることは珍しい。

 いったい、誰が来たんだろう?


 居留地外れの開けた場所にグリフォンが着陸すると、すぐに息を先切らせて2人が駆けてきた。

「おじさん!早く来て!王様の使者様がいらっしゃったのよ!」

 地面に降りた途端、サーラにそう言われて私は固まる。隣を見ると、父さんも目を見開いていた。


「……王様?王様がなぜセリオンに使者を?」

 父さんは質問というより独り言のように呟いた。サーラも詳しい事情は分からないようで、首を振る。

「内密で来られたと言っていたわ」


 内密。うん、そうだよね。

 基本、セリオンはどの国にも属さず、どの国の政治にも関与しないことをルールにしてる。

 戦争になった時、魔物を操る力は脅威になるから。と教わったけど、正直テイマーの能力が国を左右するくらいの力になるなんて、私はピンとこない。

 ただ、旅をしてまわる間、どこの権力とも繋がりを持たないように大人たちが気をつけていることは感じてきた。

 難しい顔のまま、母屋へ向かう父さんの後を私たちも追った。


 母屋のリビングでは、サーラたちの両親、マリクおじさんとジェリィおばさんが2人の男の人と向かい合っていた。

 王様の使者というけど、身なりは質素。

 でも、私たちを見て立ち上がる身のこなし、恭しく膝を折る仕草はまさしく貴族のもの。人目につかないよう、あえて平民の服装で来たんだろう。


 マリクおじさんが読んでいた手紙を父さんに渡す。

 サッとだけ目を通すとすぐに畳んでしまったから、何が書いてあるのかは見えなかった。多分、私に見せたくなかったんだ。


「ご覧になった通り、現世唯一のドラゴンマスター、ジェイド様に、是非王都までいらして頂きたいと、王様は切望されております」

「王様ご自身でここまで来られることを望んでおられましたが、ご存知の通り、北の国境の情勢が芳しくない状態です。今、王都を離れることはできません。その事情をお汲み取りください」


 交互に訴えるように話す2人は、全然偉ぶった感じはなくて、とても丁寧だった。ただ、父さんが首を縦に振るまで帰らなさそうな、頑なな様子は見える。

 私が感じるくらいだから、父さんも当然そう思っているだろう。


 父さんの口の端がヒクヒクしてニヤケそう。

「現世唯一のドラゴンマスター」なんて言われて、悪い気はしないみたい。

 つまり現在ドラゴンをテイムできる唯一の人間、という意味で言っているんだろうけど……それはちょっと誤解がある。


 マリクおじさんとジェリィおばさんは眉間に皺を寄せて顔を見合わせていた。

「応じるのか?一国の王様と直接関わるのはセリオンとしてはどうかと思うが」

 無精髭の生えた顎をさすりながらマリクおじさんが言う。

 一応、うちの商隊は父さんがリーダー、マリクおじさんがサブリーダーということになっているけど、ジェリィおばさんも含めて子供の頃からの友人同士。何か決める時はみんなで相談して決めている。


「友人として相談に乗って欲しいと書いてあるしな。それに、動物の管理について、となればまず話を聞いてみるのがいいだろう」

 父さんはあっさりと言った。

「え、友人って、父さん、王様と知り合いなの?」

 マリクおじさんとジェリィおばさんが、そろって「え?!」という顔になる。


「ノノ、聞いたことないのか?」

「い、言わんでいい!」

 父さん、なぜかちょっと焦り顔。

「ははーん、」

 マリクおじさんは何か心得たとばかりに、ニヤリと笑った。対して、ジェリィおばさんは呆れてるみたい。

 でも、誰も私に説明はしてくれなかった。

「ねぇ!」

「では、明日の朝すぐに」

 私の言葉は無視して、父さんは使者の2人にそう告げた。





 そして翌日。私と父さんは高い空の上にいた。

「見えてきたぞ。王都だ!」

 父さんの声に、私は父さんの背中から身を乗り出して前方を見つめる。

 ハーネスにしっかり掴まっていないと、強風で簡単に空中に吹き飛ばされてしまう。ちょっと身を乗り出すのも、実はかなり怖い。

 馬車で2日の距離を半日で翔破出来るのは、直線で進めるのはもちろん、ドラゴンの飛行スピードがあってこそ。銀色の硬いウロコに覆われた背中は、決して乗り心地のいいものではないけれど。


 グリフォンやオオワシに乗って空を飛ぶのは、私たちセリオンの民には普通のこと。でもオオワシでさえ、王都のような都会では見たこともない人が多いという。

 ドラゴンなんて、現れた日にはどうなることか……


 余計なパニックを引き起こすのを避けるため、普段ならドラゴンに乗って集落に近づくようなことはしないのに、

「ぜひ、ドラゴンの姿を王都の人々の目に」

 というのも、王様の要望だそうだ。

 そんな無茶な要求も引き受けた父さんは、相変わらず王様といつから知り合いなのかも話してくれない。


 父さんの肩越しに、白く輝く外壁が見えた。

 近隣諸国から「エルガンドの宝石箱」と称される王都。

 街をぐるりと囲む外壁には様々な時代の匠による装飾が施され、それだけでも見る価値があると言われている。

 街並みの美しさも言わずもがな。ただこれは、空から見た方がより実感できる。私たちならではの特権だ。


「エレウス、ちょいスピード落としてくれ」

 前方に目を凝らしていた父さんが声をかけると、ドラゴンの鼻から「フンッ!!」と煙が出た。

「マリクおじさんたちのグリフォンね」

 私も父さんが見ているものに気がついた。


 前方に見える2つの黒い点が、ぐんぐん近づいてくる。グリフォンだって相当の速さで飛ぶのだけど、ドラゴンのスピードには敵わない。

 黒い点はあっという間に鳥の姿をとり、エレウスは横に並んでいた。

 翼を広がると、大人の身長3人分にもなる大グリフォン。でも、ドラゴンの大きさに比べれば、まるで小鳥だ。


 グリフォンは並んだエレウスとは目を合わせず、飛行高度を少し下げた。

 当然、おじさんたちがテイムした状態のグリフォンだけど、ドラゴンを前にすると、その機嫌を損ねない行動を本能的に取るのだ。


 ドラゴンは魔物の中でもとにかく別格。魔力、攻撃力、防御力、どれも抜きん出て高く、飛行スピードも他の魔物とは比べものにならない。そして、やたらプライドが高い。

 他の魔物のスピードに合わせてゆっくり飛ぶなんて、彼らには考えもつかないことらしく、だから私たちはおじさんたちより1時間以上遅く出発していたのだった。

 父さんじゃなきゃ、渋々ながらもエレウスがスピードを落とすなんてありえない。


 1000年とも、それ以上とも言われる寿命を持つドラゴンは、知識や知恵も豊富。人の言葉も話す。ただ、一様に気難しい、というか気分屋だ、と父さんは言う。

「人間のことはある程度は認めているし、あれでもそれなりの敬意を払ってくれている。ただ、貧弱な生き物だとは思ってるな。いざとなったら人間を従えさせるなんて、ドラゴンには容易いんだ」

 父さんが頼んだから私も乗せてもらえてるけど、私1人だけでエレウスが背中に乗せてくれることはない。


「お城の結界はもう解いてあるようだ!さっきメッセージバードがきて、中庭に直接降りていいと!」

 マリクおじさんがグリフォンの背中から叫んできた。

「マジか?!」

 父さんが叫び返し、私も目を見開いた。

 お城にドラゴンを入れる……?ずいぶん大胆な王様だ。

 エレウス一頭でも、暴れ出したらお城が壊滅状態になるというのに。

 もちろん、父さんが一緒だから、そんなことはありえないけど。てっきり、街の外に降りて、そこから歩くのだと思っていた。 


「グフグフッ」

 と、なにか沸騰するような音がして、振動が伝わってくる。エレウスが笑ったのだ。

「面白い。人間がいる城に入るのは初めてだ」

 ドラゴンのガサついた重低音ボイスは、慣れないと聞き取りにくい。そして、

「グハァァ」

 という笑い声はほとんど雄叫びだ。

 ドラゴン初見の人はもうここで腰を抜かす。


「では、ひとつドラゴンのなんたるかを見せつけてやろうではないか!」

 その言葉と共にエレウスの尻尾が波打った。反動で弾き上げられた私の体を父さんが掴む。

 一応、父さんとベルトでつながってはいるけれど、2人とも空中に投げ出されたら、どうしようもない。


「ったく!」

 父さんは舌打ちしたけど、ちょっと笑っているのがわかった。

「ノノ、しっかり捕まってろよ!」

 どこに?!と聞く暇もなく、私はとりあえず父さんの足に縋りついた。

 ほとんど垂直に上昇していくエレウスの背中で、父さんは立っている。

 左手でハーネスに捕まり、右手は何かの時のために空けておく。


「慣れだ」とはいうけど、こんな騎乗の仕方、私にできる日がくるとは思えない。ほんっと、いつもはお調子者で,いい加減なところばかり目につく父さんだけど、こういうところはすごいと思う。


 急上昇のスピードが緩み、エレウスの体勢を変わったタイミングで、父さんは私の手をエレウスの立て髪に捕まらせた。

 とりあえず、訳がわからないまましっかりゴワゴワしたタワシのような毛束を握る。エレウスが痛いのかどうかなんて、気を遣ってられない。

 父さんはエレウスの次の動きが読めているようだった。姿勢を低く、硬いドラゴンの背中に密着するように捕まる。私も急いで同じ姿勢をとった。


「!!!はぐぐぐぅぅ!!」

 次の瞬間、閉じきれなかった口の中に暴風が吹き込んできて、私は変な声を出していた。

 エレウスが真っ逆さまに急降下を始めたのだ。

(ぎやあぁぁぁぁ!!)

 叫び声は風に押し戻される。

(ドラゴンなんて!ドラゴンなんて!ドラゴンなんて!)

 心の中で毒づいたけど、この状況で私は全く無力だ。

 首にかけていたペンダントが胸元から飛び出してはためく。小さな赤い石が日の光に輝いた。

(母さんお願い!無事に地上に辿り着かせてよ!)

 母さんの形見のペンダントに願をかける私のことなどつゆ知らず、エレウスは一直線にお城へと突っ込んでいく。


 王都を覆うドーム型の結界の天井が一部開いているのが細めた視界に入ってきた。

 父さんと私を背中に張り付かせたドラゴンは、真っ直ぐに結界の穴へ突っ込んでいった……




 気がつくと、地面がはっきり見えていた。

 そこは、もうすでにお城の中庭。

 グレーの濃淡のついた石畳が、モザイク模様を描いている。まるで、上空から見ることを想定して作られたような、美しい模様。

 そし、建物の近くには、数人の人影が見えた。遠目にも分かる、煌びやかな装いの人々。王様と、あと……きっと偉い貴族の人たちだろう。


 エレウスはさっきまでの乱高下が嘘のようにゆったりと、中庭の中央へと降りていった。

 かなりゆっくり着地した、と思ったのだけど、その足が地面につくなりビシッ!ギシギシッという音が響く。

 音の理由は、エレウスの背中から滑り落ちるように石畳に降り立つとすぐに分かった。

 綺麗な模様を描いていた石畳が何枚も割れている。


「あ、」

 父さんが小さく言ってから目を逸らし、何食わぬ顔で待ち受ける人たちの方へ歩き出す。

 知らないフリをしておけ、ってことね……いや、あんな音までしてたのに気がつかないワケないと思うけど。

 私も興味深々で周りを見回すフリをしながら、父さんの後に続いた。


 実際、お城の中庭なんて見るのは初めてだったから、ワクワクするのは当たり前。

 ただの広々した石畳の広場に見えるけど、ところどころに配置された植栽やモニュメントが、殺風景になりがちな無機質な空間に彩りを添えている。お城自体が高台に立っているから、植栽の向こうからは市街地も一望できそうだ。


 私たちを出迎えたのは、正装に身を包み顔をこわばらせた男性数人とドレスの女性が2人。そして、その人たちを取り囲む、お付きの人々。

 王様はすぐに分かった。金糸で刺繍の施された鮮やかなブルーのマント、その頭の王冠。

 でも、それがなくてもきっとこの人が王様だとすぐに分かったと思う。緊張の面持ちを隠せない人々の中、1人穏やかな笑顔を浮かべている。


 ただ、王様は私が想像していた姿とはだいぶ違った。

 恰幅のいい、かなり年配の男性を勝手に思い描いてたのだけど、目の前の王様は父さんと同じくらいの歳に見える。多分、身長も同じくらい。

 細身だけど、その毅然とした立ち姿は他の人とは圧倒的に違うオーラを醸し出していて、自然とこちらの腰が低くなる。なるほど、これが王様―


 父さんがサッと片膝をついたのにマリクおじさんとジェリィおばさんも続き、私とサーラも急いで真似をした。「正式なお辞儀」というのを昨日さんざん練習させられている。飛び跳ねていたバージもワタワタと膝をついた。


「セリオンの隊長ジェイド、お招きに応じ参上しました。こちらは副隊長のマリクとその妻のジェリィ。後ろの黒髪の方が私の娘、ノノ。その隣はマリクの娘サーラと」

「バージでぇす!」

 興奮したバージが飛び上がってしまう。

 おばさんが首根っこを押さえてまた座らせたけど、王様は相貌を崩し、明るい笑い声をあげた。


「はっはっはっ。元気でよいな。本当によく来てくれた!ああ!そんなに畏まらず。今世唯一のドラゴンマスターとそのお仲間を迎えられて、光栄だ」

 笑うと、なんとも少年のような無邪気な顔になられる。

 おばさんがなにか声を出しかけて、必死に飲み込んだのが分かった。

 私の手を掴むサーラの力が強くなる。

「い、痛いって」

 小さく言ったけど、よく聞こえてないみたい。


 王様の隣のスラリとした女性が言わずもがな王妃様だろう。

 金色の髪、ブルーグレーの瞳、シミひとつない白い肌。文句のつけようのない美女のお顔は、私たちではなくその後ろに向けられている。

 こちらもまた、はしゃいだ子供のような笑顔で、

「素晴らしいわ。わたくし、ドラゴンをこんなに近くで目にする日が来るとは思わなくて。興奮いたしますわ」

 なんとも意外な感想を口にされた。


 周りの人たちはエレウスの姿に緊張を隠そうともせず、直立不動なんだけど……顔面蒼白だし。でも、ドラゴンを間近で見た人の反応としては、これが一般的よね……


 王様ご夫妻と並んで、同じくうっとりとエレウスを見ている人がもう1人。

 パステルグリーンのドレスを着た若い女性。王妃様によく似た顔立ちをしている。

 私やサーラより2、3歳上の王女様がいると父さんが言っていた方だろう。

 王妃様よりふんわりとした雰囲気で、御伽話に出てくる妖精みたい。


「こちらの我儘を聞き入れてくれてありがたい。ぜひドラゴンの姿を王都の人々にも見て欲しかったのだ。しかし、なんと優雅な生き物だろう!」

 王様の言葉には心からの感嘆の響きがあるけど……王都の人にドラゴンを見せたかった?

 多分、手紙にそのことも書かれていたのだろうけど、父さんは私にはそんな話もしてくれなかった。


 王様たちの熱視線を受けるエレウスは、その言葉を聞いているのかどうか、目を細め、ねめつけるように中庭を見回している。

 父さんによれば、エレウスはドラゴン全体から見れば小柄な方だと言う。

 それでも3階の窓を楽々覗き込めるほどの体格。そんな巨大な生き物を、うっとりと眺める王様たちは、さすがというか、なんというか……


 首を下げたエレウスがグルグルと喉を鳴らした。

 ギロンと、王様を見た金色の目。大きな鼻の穴から、小さな炎と煙が吹き出す。

 護衛が慌てて動こうとしたのを王様が制した。

 うん、エレウスは王様に何かしようなんてしてない。むしろ上機嫌だ。


「人間の王か。なかなかいい目をしている」

 地響きのようなどら声に、護衛はまた緊張を走らせる。エレウスは気にも止めず、翼を大きく広げた。

 銀色の翼は日の光を覆い、私たちの上に大きな影を作くる。

「面白いものを見た。お前たちには楽しそうな場所ではないか」

 父さんを見下ろしたエレウスも、いつになく楽しそう。

「もう行くのか?」

 ゆったりと翼を動かすエレウスに父さんが聞くと、また重低音のが響いた。

「久しぶりに人間の街も眺めたしな。こんな狭苦しい場所に長居はできん」


 エレウスの翼の動きに風が巻き起こる。

「結界を開けろ。こじ開けるのも容易いが、後で修復が面倒だぞ」

 エレウスのどら声を、王様はすぐに理解してくれた。

 王様が右手を上げるとすぐに建物から魔法使いらしき人たちが出てくる。四方へ散らばり、両腕を宙に構えると、一斉に詠唱が始まった。頭上の光が歪む。結界が緩んだシルシ。


「フン!」

 エレウスは父さんと私を一瞥してから空へ舞い上がった。

 ゴウッと突風に目を細める間にエレウスの姿ははるか上空へ小さくなっていく。


 私は改めて中庭を見回した。

 多分、パーティを開いたり、イベントを行ったりするための場所なんだろう。そのためのこの広々とした空間さえドラゴンには窮屈らしい。全く、ドラゴンっていろいろ規格外の生き物だ。


 再び魔法使いたちの詠唱が始まり、結界は閉じていった。

 詠唱が終わると、魔法使いたちははすぐに引き上げていく。でも、その足取りは出てきた時よりずっと遅い。というか、疲れ切った様子が全員から伝わってきた。

 かかった時間は大したことないんだけど、これだけ大きく強力な結界。操作するのはずいぶん魔力を消耗するみたい。


「この場を囲って保護せよ」

 ふと見ると、王様がエレウスが破壊した石畳を指差してそう命じていた。

 私と父さんは顔を見合わせた。どうしよう、修理代請求されたりしたら……


「我が城にドラゴンが最初に舞い降りた足跡として保存するのだ!」

「はいい?」

 王様の言葉に、私と父さんは同時に声を出していた。

 周りの衛兵や側近らしい人たちは、王様の言葉に当然のごとく頷いている。


 ドラゴンも規格外だけど、人間の王様も規格外の考え方をするものだ……


「改めて紹介しよう。妻のメレジーナと、娘のラグネリアだ」

 王様の言葉に、王妃様と王女様は優美に微笑まれた。

 私はふと、自分の足元の汚れた靴が目に入って恥ずかしくなった。

 もう少し身なりを整えて参上するべきだったんじゃないだろうか……きっと猛スピードの空の旅で、髪だってグチャグチャだ。

 それはまあ、私たち全員に言えることだけど。(ジェリィおばさんも急いで髪を撫で付けてるし)


「ジェイド様の武勇伝は伺っていますわ」

 王妃様の柔らかな声に、父さんは

「え?」

 と、小さく声を上げ、私をチラ見した。

 なんか、私に知られたくないエピソードがあるらしい。

 私が首を傾げていると、王様はまた楽しげな笑い声をあげた。


「ははは、お父上はご健勝かな?今は大陸北部を廻られていると聞いているが?」

「はい。おかげさまで。いまだ定住する気もなく、飛び回っています」

 父さん、いつになく神妙な表情。王様、おじいちゃんのことも知っているんだ。

「仰せのままに王都―しかも城内までドラゴンを入れてしましましたが、街にパニックは起きないでしょうか?それだけが気がかりですが……」

 父さんの言葉に、マリクおじさんたちも

不安気に顔を伏せる。


 王様は真顔でゆっくりと首を振った。

「エルガンドでは昔からドラゴンを神聖視している。むしろドラゴンが姿を現したことは吉兆と捉えられるはずだ。知っておろうが、北の国境の不穏な雲行きに、人々は不安になっている。長く争いのない時が続き、それゆえに今回の事態には、皆戸惑っているのだ。不安を煽るよう、先導している輩もいる。だが、城にドラゴンが舞い降りたのを町中の人間が見た。皆、心強く思うことだろう」

 そうして、頭を下げられたので私は驚いた。

「セリオンの良識に反することであったろうに、願いを聞き入れてくれたこと、感謝する」

 私とサーラが戸惑い顔を見交わす間に、父さんはさらに深く頭を下げていた。


「とんでもない。命を救われた御恩をこの程度でお返しできるのなら」

 ええ?命?そんな重要な関わりがあるの?でも、その話はそれ以上続かず、王様は父さんを立ち上がらせた。

「まずはあちらへ。見てもらいたいものがあるのだ」





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