16話 エピローグ
ドーゲルデンの城で別れの挨拶が交わされている頃、はるか離れた地を行く荷馬車があった。
荒涼とした荒野を行く旅人は他に見当たらない。
御者台には男女2人が座っている。男の方はだいぶイラついた様子で手綱を操っていた。
「あー!オレが馬をテイムしちまえば、あっという間にこの街道なんか抜けるんだぜ?」
目深にフードを被り、無精髭姿のギブセンである。
隣の女性は、わざとらしく大欠伸をした。
「何回も言ってるでしょ。人目につく動きは厳禁よ。動物の死体が累々と続いてたら私たちの足跡が分かっちまうじゃない。それに、貴重な薬品も多いからね。ゆっくり慎重に運ばなきゃ、ね」
ニッと笑ってフードを取ると、真っ赤な髪が現れた。くすんだ色合いの風景に、そこだけ色が差し込んだような、鮮やかな赤だ。だが、旅人に似つかわしくない派手な化粧とアクセサリーがそれに加わり、少々毒気を感じさせる。
それほど若くはなく、美人かといえば、「まあまあ、綺麗な方」と言われる程度の顔立ちではあったが、意志の強さと底知れぬ思惑を秘めた眼差しが印象的な女性であった。
「まったく、あんたは焦りすぎよ。もう少し、状況を見定めていたら今頃は違った結果になっていたかもしれないのよ?」
姉の言葉に、ギブセンは唇を噛んだ。
ドラゴンマスター率いるセリオンたちがエルガンドに現れ、事を急いだのは確かだ。いささか冷静さに欠けていたことも否めない。
「やあだ。セリオンたちのいる城内で騒ぎを起こすより先に、街をめちゃくちゃにすればよかったじゃない」
城の動物たちを暴れさせ、呪印ネズミを解き放った事を報告した時、ダリアは開口一番そう言って顔を歪めた。
「それにまだ呪印には気づかれてないんでしょう?あんたの力ならギリギリになってからでも逃げ出せるでしょうに」
遠鏡の中のダリアの言葉に、ギブセンはそっぽを向いた。良かれと思って行動を起こした結果、ダメ出しのオンパレードになることは昔からよくある。
ダリアはそんなこと予想していたと言わんばかりに小さくため息をついた。
「すぐに逃げてらっしゃいな。私もすぐにここを出るわ」
実の姉弟とはいえ、ダリアにテイマーの力はない。よくこんなおあつらえ向きの目立たない馬車と馬を調達できたものだ。
しかも追っ手の目を撹乱させるために、あちこちに同じような馬車を向かわせたらしい。
準備がいいと言えばいいのか、自分の仕事が信用されていなかったのか、キブセンは複雑な気分だった。
弟の気持ちを知ってか知らずか、ダリアは隣で話し続けている。
「でも、私も会ってみたかったわ、そのスライム使いの子。まだイクシオンの後継って探せばいるのねぇ。スライムの巨人なんて!」
ケラケラという無邪気な笑いに、ギブセンは顔をしかめた。
「何匹くらいまとめていたの?多分魔力の消費量もかなりのものよね。もしかして、あんたより魔力量も上回ってたりして」
答えない弟を気にする様子はなく、ダリアは上着のポケットを探り、褐色の小瓶を取り出す。
八分目ほどに入った液体が、ダリアの指の間で揺れていた。
流行りの化粧を施した顔とは裏腹に、短く爪を切りそろえた指先には何の彩りもなく、手の甲にはところどころ薬品まけの跡がある。
「スライムって、なかなか興味深いわ。これ、エルガンドの片田舎で作られた虫除けなんだけど、スライムを使って精製してるっていうのよ」
「は?!そんな怪しげな―」
「ちゃんと実験したわ。効能は確かよ」
ビシッと言い切られると、ギブセンは信じるしかなかった。そういうことには妥協のない姉だ。
「ただスライムを使った精製方法っていうのが、どういったものか曖昧なのよね……すり潰すのか、熱処理でもするのか、他の触媒も必要とか……?」
ブツブツと呟きながら考え込んでいるダリアを、ギブセンは横目で窺った。
着飾ることも、男をはべらすことも大好きな姉だが、一番好きなのは「研究」だ。
魔力そのものは大したことないくせに、いや、だからこそか、姉は魔力を補って余りある魔道具を次々作り出した。しかも、それを金に変える手段もしっかり心得ている。
「まさか、エルガンドに向かうつもりか?」
追手を撹乱させるためと言いつつ、進行方向はグルグルと変わり、今は南へと向いている。
「ええ。出所は分かっているの。今は農場を経営しているおじいちゃんなんだけど、元々はセリオンの出身らしいわ」
「おいおいおい!やっと逃げ出してきた国にまた戻るってのかよ!」
声を荒げたギブセンに動ずることもなく、ダリアは小瓶を仕舞い込んだ。
「平気よ。王都の一件がそんな田舎に伝わるまで、まだ時間がかかるわ。調べてみたら、なかなか面白そうなおじいちゃんよ。興味深いじゃない?」
心配のかけらも見えない笑顔に、ギブセンは「冗談じゃない」という言葉を飲み込んだ。
姉には逆らえない。いつもそうだ。
ギブセンは諦めて馬に鞭を振った。
右手に見下ろす夕日は、今まで見た中で一番綺麗だと思う。
金色の輝きは刻一刻と赤みを増し、対して東の空は青が濃くなっていく。目線の高さでそのグラデーションの変化を楽しめるのは、空の旅ならでは。
私の前、ゼルディンの立髪に沿って一直線に並んだスライムの輝きもまた絶品。
ドーゲルデン産のスライムは夕日を浴びて七色の、時には金色の光を辺りに散らしている。
この輝きを一人で楽しむなんて、なかなか贅沢だわ。今度、サーラにも教えてあげよう。
私とゼルディンが戯れているのを見て、マシュード様が、
「もしよければ連れて行くといい」
と、許可してくれたスライム達。
まあ、許可なしにスライム数匹を連れ出したところで、問題はなかっただろうけど。
板状にして風除けにしたり、背中に当ててクッション代わりにしたり、スライムは旅のお供に結構便利だった。
でも、あの巨人にしたスライムよりもちょっと硬めかな〜?
色も少し違うけど、土地柄で性質も変わる?
「そうだ、このスライム、ゼゼじいちゃんに見せてみよう」
思わず呟いた独り言に、
「ゼゼじいちゃん」
ゼルディンのゴロゴロボイスが返ってきた。
誰のことか聞いているというより、初めて聞くその響きが気になったみたい。ほんと……時々子供っぽい反応を見せるドラゴンだわ。
「ゼゼじいちゃんは農場を経営してるんだけど、元々はセリオン出身でね、」
じいちゃんが農場主としても、研究者としても有能なこと、最近はスライムの粘液と他の薬品を混ぜる研究がちょっとした成果を上げていることなど、話し始めると止まらなくなった。
ゼルディンは言葉が拙いからか、それとも元々口数が少ないのか、時々グルグルと喉を鳴らして相槌を打つだけだったけど、ちゃんと話を聞いてくれてるのは分かる。
「もしかして、この子たちの粘液は少し成分が違うかもしれない。見た目だってちょっと違うし。だから、ゼゼじいちゃんにも見てもらおうと思うの。スライムって今までは全部一括りにされてたけど、他の動物だっていろんな種類がいるし、住んでる場所で性質が違ったりするじゃない?もしかしたらスライムもって、さっき閃いちゃったのよ。そうね、これから場所ごとにスライムをよく観察してみてもいいかもしれない―」
「そうか。ではノノと一緒ならオレももっと色々な場所に行くんだな。やはりノノと契約すると面白そうだ」
突然、ゼルディンが口を挟んできたびっくりした。
「おもし……て、私と契約したい理由ってそんな……?!」
「面白い人間を見にきたら、面白い景色がたくさん見れた。話を聞いて想像していたものより、ずっと面白い」
ゼルディンがぐっと高度を下げる。なぜかゼルディンがどんな風に動くか、直感的に理解できて、私は体勢を整えた。
「あれもそうだ」
ゼルディンが言った先には、夕日に照らされ、オレンジ色に輝くエルガンドの王都。
この間、昼間に見た時も綺麗だと思ったけど、夕焼けの王都もまた格別な美しさ。
「人間が作った街は時々面白いと、母や兄が言っていた。あの街は確かに面白い」
ゼルディンの言う「面白い」には、美しいとか素晴らしいとか、興味深いとか全部の意味が含まれているらしい。
私にはそんなゼルディンが「面白い」と思う。
そうか。ゼルディンと契約すれば、行きたいところにいつでも飛んで行けるのか―
私のテイム術がイクシオン式である限り、まともにテイムできるのはスライムだけのことに変わりはないけど、もしかしたらテイマーとして出来ることがもっと増えるかもしれない。
王都の城壁の外に人だかりができていた。
大きく手を振る中にサーラの姿が見える。ラグネリア様もいる。
思わず、私はゼルディンのの背中から乗り出していた。
「ただいまー!!私、ドラゴンマスターのスライム使いになったよー!!」




