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15話 意外な申し出

 それからの事後処理は早かった。

 ドーゲルデン王とその側近たちは捕らえられ、厳重な裁きを受けることになり、その日のうちにマシュード様は自らの即位を宣言した。

 これまでの3年間に綿密な計画が練られていたらしく、地方や国外に追放されていた貴族や重臣たちが次々と現れた。


 あの私たちが突撃した会議の間が再会の場となったんだけど、途中から雨が降り始めてしまった。窓ガラスがなくなっているものだから、吹き込む雨の対策に私はスライムを使うことを思いついた。

 スライム同士をくっつけて、薄く引き伸ばし、窓枠にホールドさせる。ガラスほどの透過性はないにしろ、雨風は十分凌げるようになった。

 マシュード様のお父様に支えていた人たちが、みんな感極まった様子でマシュード様の元に歩み寄り、真摯な表情で忠誠を誓う様子はなかなかに厳かな感じだったけど、窓枠にはまっているのがスライムだと教えられると、みんな怖々と窓から離れるのはちょっと面白かった。


「この部屋はこの状態のまま残そうと思う」

 後になってマシュード様はそう言って、修理のガラス職人たちを下がらせた。

「この城にドラゴンが現れた証として、後世まで伝えよう。ドラゴンの尾の一撃の威力と共に、ここで起きたことの戒めとして語り継がれるはずだ」

 ……似たようなセリフを聞いたことがある。


 そのエルガンドの王様は、マシュード様の人柄を気に入られたらしく、後ろ盾になることを約束された。

 ただ、もちろん条件付き。

「魔導研究所の公開」と、そこに「他国の研究者も加えること」それから「魔道具や魔導兵器に関わる研究費の半分を農業分野へ振り分けること」


「冷害や病害虫に強い作物の研究に力を向ければ、ドーゲルデンの食糧事情は格段によくなるのではないか」

 とのおじいちゃんの意見が反映されたみたい。それはマシュード様も考えられていたようで、すぐに頷かれた。

「魔道具は農機具にも応用できるはず。農民たちにも開発に加わってもらうことにしよう」

 相変わらず顔は強面だけど、なかなかに聡明な方。剣の腕は立つし、行動力もある。

 周りの人にも恵まれてるみたいだし、いい王様になりそう。


 研究所から移されてきたという動物たちは―なんというか、いたたまれなかった。

 ほとんどが例の「メダル」を仕込まれていて、私たちはとりあえず吐き出させることに注力した。

 吐きだした後の動物たちはグッタリと生気をなくし……そのまま死んでしまう子も少なくなかった。

 あの体に呪印が刻まれているネズミたちもいたけど、これにはエレウスが容赦なかった。

「コイツらの存在は許せん」

 言うが早いか、ネズミたちのケージごとファイアブレスで焼き払う。

 黒く、嫌な匂いの煙が天高く立ち昇った。

 その他、メダルを吐いた後も暴れ出した巨大牛や毒牙を持ったサルは、私がテイムして大人しくさせるしかなかった。


 当然、その子たちはテイムを解除すると息絶えてしまうわけで……父さんが私に力のことを教えるのを渋っていた気持ちがやっと分かる気がした。

 ようやくみんなの役に立てているという実感を感じる反面、命を奪っているという罪悪感はどうしようもない。


「その力のお陰で、我が国は救われた」

「ああ、ドーゲルデンもだ。そしてオレもいるべき場所へ戻ることができた。感謝する」

 王様2人の言葉が救い。

 マシュード様の「感謝」は、主におじいちゃんに向けられたものだったけどね。

「この研究は、いずれ国を滅ぼしかねない、忌むべきものだ。呪術で動物を作り出すことは今後一切禁忌とする」

 そう断言されたことにもホッとした。

 またどこかでこんな悲しい動物たちが生み出されたら、たまったもんじゃない。


 ガンちゃんとマシュード様もしばらく話し合っていた。

 魔道具を作るためには大量の魔鉱石が必要。そのために、北の山脈での魔鉱石の採掘は乱獲と言っていいほどの無秩序なものになっていたそう。

 最近は頻繁に落石や落盤が起き、次々に坑道が塞がれて、思ったように採掘が進まなかったそうだけど、実はそれはガンちゃんの仕業だった。


「我は山の守護者。山、荒らす人間を山へ入れること、許さない。秩序を守る人間だけ、恵みを与える」

 山の守護精霊に重々しくそう言われ、マシュード様は頭を垂れた。

「採掘を禁じられないだけ良かった。魔鉱石はドーゲルデンの生命線だ」

 マシュード様はガンちゃんの許可を得た分ずつだけ鉱石を掘ることを約束し、強制的に集められた鉱夫たちに関しては、すぐに故郷へ戻すよう命じた。


 おじいちゃんが王都にしばらく滞在することになったので、ガンちゃんもそのまま王都にいることになるみたい。

 お城の城壁にはガンちゃんの故郷の魔鉱石が豊富に使われているから、所々崩して、また巨大ガンちゃんを登場させていた。


 そのまま、お城の壊れた場所の修理を手伝い始めた時にはドーゲルデンの人たち、大困惑してたけどね。

 なにしろゴーレムの存在は知っていても、見るのは初めての人がほとんど。

 精霊が石や土嚢を運ぶ姿なんてレアな光景、と面白がっているのはセリオンの人たちだけで、ドーゲルデン人だけでなくエルガンドから来た兵士たちも最初は遠巻きにしていた。

 迂闊に近付いてもいいのか、そもそも精霊にそんな仕事をさせていいのかと、しばらくはザワザワしていたけど、いつの間にかすっかり馴染んでいて、ガンちゃんも楽しそうだった。




 一方、私の周りにはどちらの国の人も近付いてこない。マリクおじさんさえ、用がある時は離れた場所から大声で呼びかけてくる。

 原因はゼルディンだった。

 外に出ると私の周りをノシノシ付いてまわる。建物の中にいても、ふと見ると、窓のすぐそばに大きな顔があってギョッとさせられる。

 相変わらず物静かで、たまに低く喉を鳴らす程度なのだけど、目に見える場所をドラゴンが闊歩しているだけで、普通の人には恐ろしいらしい。


 しかし、これには私も困惑していた。

 エレウスをはじめ、他のドラゴンがどこかへ姿を消すか、お城の中庭でのんびり昼寝をしている中、ゼルディンだけが私に付き纏っている。

「あの娘がドラゴンをテイムして従わせているらしい」

 ドーゲルデンの人たちがコソコソ話しているのを聞いて、さすがに

「あの、ゼルディン、他のドラゴンのところに行かないの?」

 言ってみたけど、

「なぜ?」

 ゼルディンは短く言って首を傾げただけ。

 その仕草はなんだか少し子供っぽい。


 そんなこんなで仕方なく、私はなるべくみんなから離れていることにした。

 父さんたちはともかく、ドーゲルデンやエルガンドの人たちはドラゴンが近くにいるだけで顔を引き攣らせているんだもの。

 まもなくドーゲルデンを去るという時にも、私はお城の庭で1人(と、1匹)で除草作業をしていた。

 お城の管理はほんと、おざなりになっていたようで、人目につかない場所は草がぼうぼうに生い茂っている。

 頼まれたわけではないけど、暇だし幸いスライムもたくさんいたので、得意技を発揮することにしたのだ。


 例によって除草方法はスライム吸引法。

 北部地域のスライムは比較的透明度が高くて、うっかりすると明るい場所でも見逃してしまう。(だから、ガラスの代わりにも向いてたんだけど)

 雑草の養分を吸い込んだスライムは、パンパンに膨らみ、やや緑味がかっていた。


 ビヨーンと弾ませて光にかざすと、なかなかキレイ。

 そばにいたゼルディンは眩しそうに目を細めながら、弾むスライムに手を伸ばした。うまく腕の上に乗せると、そのままジッとスライムを観察している。


「―なんか、面白い?」

 ただのスライムなのに、と思いながら声をかけてみると、

「グルグルグル……」

 激しくお腹がなるような音が、ゼルディンが喉から聞こえた。

 気に入ったのかな……?


 ビヨーン、ポーン、ビヨーン、ポーン!

 続けざまに近くのスライムたちをゼルディンの目線まで弾ませてやる。

 見開かれた金色の目が、忙しないスライムたちの動きを追い、尻尾が楽しげに波打つた。

 ドン!!

 急にゼルディンが飛び上がったものだから、ものすごい地響きに私はよろめいてしまう。と、同時に思わず笑いが漏れてしまった。

 なんだか子犬の相手でもしている気分。


「騒々しいな」

 庭の片隅から重低音が響いてきた。

 陽だまりの中の銀色の山がゆらっと動いて陽光を散らす。昼寝をしていたエレウスが気だるげに首を上げて、こちらを見た。

 大きくあくびをするエレウスに、

「ガフッ」

 ゼルディンが吠える。ますます犬みたい。


 ゼルディンは爪でスライムを弾きあげ、さらに鼻先でエレウスの方へ突き飛ばしてやった。

 近くにポトリと落ちたスライムに、興味のかけらもない視線を向けてから、エレウスは長いため息をつく。

「間近でスライムを見てはしゃいでいる。まったく……」

「え?もしかして、スライム見たことない―」

 ゼルディンを見上げてそう言ってから私は気付いた。

 見たことがなくて当たり前だ。危機を察知する能力には優れたスライム。ドラゴンに近付くなんて、普通ならありえない。

「そっか、ドラゴンがいたらスライムなんてすぐに逃げ出しちゃうもんね」

「そればかりではない」

 エレウスがグッと首を上げた。


「そいつは生まれてから50年、巣に籠りきりだったのだ。外の世界に興味を示さず、他の兄弟の話を聞くだけで満足していた」

「ご、じゅ……っ?!」

 いくら寿命の長いドラゴンとはいえ、50年、家から出ないなんてある?!

 絶句する私に、エレウスは続けた。

「それが何故か、お前がオレの背中から飛び降りて大量のネズミを従えて行進した話をしたら、会いたいと言い出した。スライムで遊んでばかりいた人間が、どうやってネズミの大群を支配する気になったのか、興味が湧いたらしい。今まで必要がないからと、ろくに翼を動かしたこともなかったヤツが、だ」


 ちょっと待って。それって、あまり空を飛んだこともないドラゴンに私とマシュード様は運ばれたってこと?!

 私はいいとして(いや、よくないけど)、マシュード様は王様よ?!


 抗議の声を上げようとした私は、続くエレウスの言葉にその声を飲み込んだ。

「そして今度はお前と契約したいと言い出した。まったく、一度タガが外れると、予想外の方向に突っ走る性格のようだ」

 呆れと諦めの混ざった口調。エレウスのこんな話し方は初めて聞く。

 いや、そんなことよりも―契約って―


 口が開きっぱなしになっているのに気がついて、私は無駄に咳払いしてからエレウスとセルディンを見比べた。

 太陽の光を銀色の鱗に反射させながら伸びをするエレウスと、黒光りする体で直立し、私を見下ろすゼルディン。その目は真っ直ぐで、とても生真面目に見えた。


 ドラゴンとの「契約」は、テイムとは違う。完全に対等な立場でお互いの同意の元に結ばれるもの。

「契約」したドラゴンと人間は、離れていても意思の疎通が出来るようになるし、居場所や健康状態の把握までできる。つまり、お互いのことが筒抜けになるということ。だから、ドラゴンはよっぽどお眼鏡にかなった人間としか契約しない……って父さんが言っていた。

 あらゆる面で規格外の生き物であるドラゴンのお眼鏡に叶うなんて、奇跡みたいな話なんだと。


 そう言う父さんのどこがエレウスのお眼鏡にかなったのか、教えてはくれなかったけど、小さい時は、父さんはドラゴンにも認められるすごいテイマーなんだって、無条件に信じてたんだよね。


「え〜と、ずいぶん突然なお話ですが……私でいいわけ?その……ドラゴンとの契約って、すっごいテイマーじゃないと、してもらえないんじゃないの?」

 ゼルディンを見上げて聞いてみる。

 父さんみたいにドラゴンと意思疎通ができるなんて、嬉しいのは決まってるけど。でも私、今までスライムしかテイムしてこなかったのよ?他の動物もテイムできるって分かったけど、殺しちゃうのよ?


 エレウスが立ち上がり、ズズンズズンと近づいてきた。

「すっごいテイマーとは?ジェイドはそんなにすごいのか?」

 本気なのか冗談か、不機嫌そうに私を見下ろす。じゃあなんで父さんと「契約」したのよ?と、言ってやりたい。

 ゼルディンは私の前にゆっくりと顔を下ろしてきた。

「母はいいと言った。ノノがいいと言えば、契約できる」


「母?!」

 傍から飛んできた素っ頓狂な声に思わず飛び上がる。声の主はなんとマシュード様だった。いつからいたのか、全く気づかなかった……

「父ではなく……?」

 呆然と呟くマシュード様に、

「ああ、コイツはずっと外に出なかったせいで、人語は不得手でな」

 と返すエレウス。

 いささか会話は噛み合ってない。


 というか、マシュード様、今までエレウスを男だと思ってたんだ。

「あ、あの、エレウスは6頭の子持ちの肝っ玉母さんです」

 私は急いでマシュード様に囁いた。

「ドラゴンはみんな、あんな喋り方で。なぜかみんな一人称がオレなんで、分かりにくいかとは思いますが」

「そうなのか!」

 本気で驚いている。まあ……あの野太く低い声の上に、あの口調とくれば、男性と思われても仕方ないか。幸い、ドラゴンは性別がどうとかいう話には無頓着だ。


「では、あの3頭も()()の子供たちか?」

 マシュード様の指さす空を見上げると、3頭のドラゴンがグルグルと旋回していた。

「あ、そうです……お話してませんでしたっけ?ちなみにこのゼルディンも含めて、全員息子です」

 私たちはなんとなく、でドラゴンの性別を判断できているんだけど、あまりドラゴンと接する機会のない人にはきっと分かりにくいんだろうな……


「そうか。実は彼らにまだ出発しないのかとせっつかれてな。早くワインの報酬にありつきたいのだそうだ」

 ドラゴンたち……王様相手に急かしに行くとは。

「もう、こちらは大丈夫だ。希少な能力をずいぶん使わせてしまったな」


 草の萎れた庭を見渡すマシュード様は、本当に申し訳なく思っているようで、かえって恐縮してしまう。

 初対面の時の横柄な感じは今はない。

「いえっ、テイマーとしての仕事はこんなことしか出来なくて」

 ワタワタと両手を振る私に、ふっとほころんだ顔は、なかなか魅力的にさえ見える。


「興味深い話をしていたではないか。ただのスライム使いから、ドラゴンマスターのスライム使いになれる」

「あっ……えっ、でもっ、」


「おい!昼前には出ると言っただろうが!」

「いつまで待たせる気だ!」

 私の言葉をかき消すように、頭上から割れ鐘を鳴らすような声が降ってくる。

 旋回する3頭のドラゴンは、次第に高度を下げ鼻から苛立ちの煙をあげていた。

「気忙しいヤロウどもだ」

 エレウスが低く唸りながら息子たちを見上げる。

「ハハハ、だが確かにそろそろ出発した方がいい。さっきの話、帰りながら考えてはどうだ?」

マシュード様は相変わらず憧れに満ちた眼差しでドラゴンを見上げている。


 ドラゴンたちがイラつき始まったのが分かったのか、父さんがこっちへ走ってきた。

「おおい、用意ができたぞ!」

 マシュード様の前で一礼すると、父さんは上空のドラゴンたちにサッと手を振った。

 お城の北側、手の振られた方向へドラゴンたちは一直線に飛んでいく。エルガンドの兵たちがそこに集合しているはずだ。


「いやあ、屈強な兵士でもドラゴンに運ばれるのはかなりの恐怖だったみたいでな。先発隊のグリフォンに乗れなかったうちの大半が陸路で帰るって言うんだ。王様の護衛に必要な最低限の人数に絞られたから、帰りは身軽だぞ」


 それは兵士たちを乗せたドラゴンがかなり荒っぽい飛び方をしたせいではないかと思うのだけど……

「そうなのか?オレには素晴らしい体験だったが」

 マシュード様にそう言われ、さすがのエレウスも悪い気はしなかったのか、

「フン!望むなら、またドラゴンに巡り合う機会もあろう!」

 真っ直ぐにマシュード様を見てそう言うと、大きく翼を広げてみせた。

 ドラゴン流の挨拶だ。


 そうだ、マシュード様の方がよっぽどドラゴンマスターとしてサマになる。

 でも、ゼルディンはマシュード様のことはまったく意に介さず、私に尻尾を差し出した。

「行こう、ノノ」

 私が背中に登りやすいように、角度も調整してくれている。エレウスが父さんに対してそこまで気を使っている様子は見たことがない。


 ゼルディンは―やっぱりちょっと変なドラゴンだ。

「フン!変わり者同士、よく考えるがいい」

 と、エレウス。


 え、私も変わり者枠なの……?

 肯定するかのように、父さんとマシュード様が笑い交わしていた。

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