14話 制圧
ドガーン!!ガガッ!!ゴゴーン!!
ドラゴンたちの尻尾が、頑丈なはずのお城の入り口を叩き壊してる。
そこを守るはずの兵士たちは四方八方に逃げ出して、お陰で私たちは闘うことなく入城できそうだ。
まあ、4頭のドラゴンが一斉に舞い降りた時点でドーゲルデン城の周辺は大騒ぎ。混乱に乗じて半数以上の兵士が逃げ出したみたいだから、残っている戦力もたかが知れているのよね。
トドメにドラゴンの1匹が火を吐くと、残りのわずかな兵も退散して、辺りが静まりかえるほどだった。
「こっちだ!」
マシュード王子様の案内に従って駆け足で進む。
逃げ出す時間を与えるわけにはいかない。
ドーゲルデンの王城に入るのはもちろん初めてだけど、かなり歴史を感じさせる建物だった。
擦り切れたカーペット、色褪せたカーテン、日焼けによる劣化を隠しきれない絵画……要するに古々しい。
エルガンドの華やかで品のある内装とはだいぶギャップを感じる。
だから、マシュード様が勢いよく扉を開けた先のキラキラした輝きにはしばし目を瞬いた。
ピカピカに磨き上げられた長いテーブルの上には、金銀のまばゆいオブジェ。それだけじゃなく、部屋の壁紙や照明もやたらに金色の光を撒き散らしている。
大きなテーブルとそれを囲んで置かれた椅子の配置からして、会議の間らしい。きっと、王様や貴族たちが出入りする部屋だから、豪華にしつらえているんだろう。
だったらもう少し廊下も綺麗にしておけばいいのに。
机の向こう、部屋の奥は一段高くなっていて、そこにも金の装飾で彩られた大きな椅子があった。
その背もたれにしがみつくような姿勢でこちらを見ているのがドーゲルデンの国王様らしい。
浅黒い丸顔の中の瞳は目一杯見開かれて、こちらを見ている。
机を囲む側近の人たちも同様で、突然の侵入者に口をパクパクさせながら立ち上がることさえ出来ずにいた。
こういう場にいるはずの護衛兵は1人も見当たらない。
無言のままマシュード様が一歩踏み出すと、机の周りの人々は一様に仰け反った。
王子様、肩が震えている。
私からはその背中しか見えなかったけど、きっとものすごい形相なのだろう。
父さんがその隣に進み出ると、
「ご無礼いたします。火急の用向きでエルガンド国王陛下をご案内して参りました」
これっぽっちも無礼とは思っていないだろう口調でのたまう。
「エルガンド国王だとォ?!!」
ドーゲルデンの王様は飛び上がるように立ち上がった。
うわずってひっくり返っていなくても、あまり品のいい声じゃない。
ワナワナ震えながら側近たちを見回す様子は私からみても小物感が滲み出ていた。
「そ、そんなわけあるかっ!!お前ら、勝手に飛び込んできて何を―」
大股でエルガンドの王様が進み出る。
「先王閣下の時代に何度かお目にかかっているはずだが。この顔をお忘れか?」
「ヒェええええ?!」
ほとんど雄叫びのような声を上げ、ドーゲルデンの王様は立ち上がったばかりの椅子にへたり込んだ。
「飼育員として我が国に送り込まれていたギブセンから、今回の進軍の件も合わせて全て聞いている。我らが都を混乱に陥れた隙に攻め入ろうとされていたとか。残念ながら、そちらから送り込まれた動物たちは全て処分し、王都には一切の混乱は生じておらぬ」
「な……な?!わ……知らん!なんも知らん!」
ブルンブルン顔を振る王様。とてもちゃんとした話し合いができる感じじゃない。
この人、王様に向いてなさそう。まあ、マシュード様の話からしても、王様になっちゃいけない人だものね。
テーブルを囲む重臣の人たちも、王様を助けようとするそぶりさえなく、ただ顔を見合わせるばかり。
腰を浮かせて退座する機会を窺っている人さえいる。
「知らないとは言わせませんよ」
とうとう口を開いたマシュード殿下。叔父様は―まだ相手が誰か気付いた様子じゃない。
「なんだ!お前は!」
「たった3年で甥の顔さえお忘れですか」
「は?!私に甥……な……ど……」
声が掠れて、目が見開かれ、やがて口まで開けっぱなしになる。テーブルを囲む人たちが騒めき始めてた。数人がドアに走ろうとしたけど、エルガンド兵に止められ、ガッツリ拘束される。
「ほう、逃げ出すところを見ると、あなた方も王太子殿下の暗殺に一枚噛んでいたわけですかな?」
父さんの言葉に捕まった人たちはワァワァ言ったけど、全員勝手に叫ぶものだから何を言ってるのかわかったもんじゃない。
「嘘だ!マシュードは死んだ!馬車ごと崖から落ちて!何人も見てるんだ!」
ダン!
マシュード様がテーブルに飛び乗った。
そのままドカドカテーブルの上を歩いて王様の元へ向かう。
「ひいいっ……」
テーブルから飛び降りた甥に襟首を掴まれた王様から惨めな悲鳴が上がった。
「さあ、よくご覧ください。私は誰です?偽物でも幽霊でもありませんよ」
「そ、そんな!なぜだ!なぜお前が生きている?!」
あまりの取り乱し様に、むしろお芝居でも見ている気分になってしまう。
「あの日、馬車を襲撃させたのはあなたの仕業だ。私の近くの人間を金で買収し、事故だと証言させた。最後まであなたになびかなかった忠臣は、私と共に突き落とされた」
「し、知らん!知らん!」
「その上、父には長きにわたって毒を盛っていた。弱った体に更に強い毒を盛り殺したのだ!」
マシュード様の血の滲むような叫びに、
「私ではない!私は知らん!ダリアだ!ダリアが勝手に―」
聞き苦しい涙声が重なる。
「そ、そうだ!全部あの女の仕業だ!その証拠に3日前から姿を消している!ことがバレるのを恐れて逃げたのだ!」
「姿を消した……?」
ぐるりと振り返ったマシュード様と父さんが顔を見合わせる。
父さんがギリッと歯軋りをりたのが分かった。
一歩遅かった。エルガンドに混乱を起こすのが失敗したと分かるなり逃げたってことね。
脱走したギブセンがいち早く報告したのかしら?それにしては伝わるのが早い気がするけど……
ふと、お城で見た遠鏡を思い出した。国外に輸出する魔道具よりも性能が高い物を作っていたとしたら……
何が正解か分からないけど、とにかく事件の重要人物を取り逃してしまったことは間違いない。
今頃、おじいちゃんたちも悔しがっているだろう。
「ダリアが唆したのだとしても、全ての指示を出したのはあなただ」
マシュード様の冷ややかな声に、王様はなりふり構わずひれ伏した。
「ち、違う!私はいいように使われたのだ!た、頼む!命だけは!王の座はお前に返す。あ、あとは―」
「浅ましい!」
マシュード様の咆哮に、王様は床に頭を擦り付ける。
「いくつも証言はとってある。あの日、馬車を襲った連中。あなたを次期国王へ据えるため、虚弱な私では王に向かないと噂を広めた貴族たち。父に毒を盛った側近を殺した男。皆、金をもらって愚行に及んだ挙句、あなたにあっさり切り捨てられたと、恨みを募らせている」
「バカな!!」
頭にバネでも付いていたかのような勢いで王様の顔が上がった。
「十分な金をくれてやったにも関わらず、恨むだと?!愚か者たちが!」
この王様……ダメだ。全く人の上に立つ器じゃないし、そもそも人としてダメだ。
マシュード様のため息は、諦めだったのか憤りだったのか。とにかく話し合う余地はないと判断したことは分かった。
ギャシャーン!!!
突然とんでもない音を立てて、窓ガラスが全て割れた。
「ワワワワ!!」
慌てふためく私を父さんが庇ってくれる。
「あいつらめ!」
父さんは舌打ちしながら、窓があった場所へ。
窓の向こうに、一瞬私もドラゴンの尻尾を確認していた。おそらくテイルアタックがキマったのだ。
「エレウス!!やりすぎだ!死人が出るぞ!」
「オレじゃない。お前が一暴れしに行こうなどと言ったせいだ」
エレウスの重低音ボイスの後に
「グハァーッ!」
「グオオオオン!」
と雄叫びが続く。
用心しながらガラスの破片を飛び越え、窓のそばへ行くと、少し離れた城壁に悠々と翼を休めているエレウスと、その周りを飛び回る2頭のドラゴンが見えた。
その一頭が急旋回して私たちの方へ向かってくる。
破れた窓から覗き込む大きな顔に、部屋中から悲鳴が上がった。
「なんだ。ワインの分だけ働いてやろうと思ったのに。もう終わりでいいのか」
ボフン!と吐き出された鼻息が熱い。
バタン!と音がした方を見るとドーゲルデンの王様が大の字に倒れていた。ドラゴンを間近で見た恐怖に失神したらしい。
もう、話し合いも何もあったもんじゃない。
私はというと
「ワインの分だけって何?」
そっちの方が気になって父さんに尋ねた。
「ああ。ドラゴンの力を借りるための報酬だよ」
朗らかに答えてくれたのは、エルガンド国王様。
「一気にドーゲルデンを降伏させるにはこの方法がいいと、ジェイドが提案してくれたのだ。ドラゴンがワインに目がない―しかも、エルガンド産が特に好みだとは、初耳だった」
エルガンドの王様の方はドラゴンの熱い吐息も、この上なく満足げに浴びている。
ドラゴンがお酒好きだとは私も知っている。でも、それに釣られて人を背中に乗せてこれだけの距離を運び、さらに暴れて見せるほどだとは思わなかった。
この部屋のドーゲルデン人が泣き叫ぶか、気を失って大人しくなるかの2択になっているのを見れば、父さんやエルガンドの王様の思惑は満たされたと思われる。
ここから反撃に転じる気力はないだろう。
「ここにいる者を全員捕えよ!」
混乱の中、マシュード様の声が響いた。




