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13話 王太子

 3年前の冬の初め、その悲劇は起きた。

 静養のため、海沿いの保養地に向かっていたドーゲルデンの王太子の馬車が崖から転落したのだ。

 直接崖下に降りる道はなく、救助隊が駆けつけるまで2時間も要したが、たどり着いた人々がまず思ったのは、急いで助けに来たところで結果は変わらなかっただろう、ということだった。


 岩盤に叩きつけられた馬車は大破し、王太子も従者も顔の判別がつかないほど遺体は損傷していた。

 崖沿いとはいえ、道幅は広く天候も申し分なかったが、後続の馬車の御者によれば、急に馬が暴れ出し崖に向かって走り出したのだという。


 知らせを受けたドーゲルデン国王は床についてしまった。

 王妃はしばらく前に亡くなり、年老いてから得た一人息子は王の生き甲斐だった。もともと持病もあり、弱っていた王にはショックが強かったのだろう。王太子が亡くなって一月もせず、王も亡くなってしまった。


 その後を継いでドーゲルデン国王となったのは王の弟。現在のドーゲルデン王である。

 この人物、先の王とはだいぶ年が離れていたが、とにかく良い評判が聞かれなかった。

 浪費家で気分屋。怒りっぽく、物覚えも悪い。

 それでも数々の要職を歴任していたのは、見栄っ張りな性格を満たし、よからぬ気を起こさせないための、先王の深慮だったらしい。必ず補佐に優秀な者が付いたので、仕事の上での大きなトラブルはなかった。


 ところが彼は王位につくと、自分を補佐してきた人々を次から次へと切り捨ててしまった。代わりに王の周辺を固めたのは、魔道具の制作に長けた職人たちと商人たち。彼らは豊富な魔鉱石を使用して魔道具を開発、改良して外国へ売り出した。

 元々、ドーゲルデン産の魔道具は有名で、魔法使いの多い国々でも重宝されていたのだが、新王になってからその売り上げは右肩上がりに増えている。


 それは一見すると、良いことに思われた。

 だが実情は、利益のほとんどが王とその取り巻きたちに吸い取られており、民は全く恩恵が得られていなかった。そればかりか、魔鉱石採掘のために強制的に農民たちが集められ、農地は荒れ果ててしまった。

 更に、ここ数年の寒波と干魃は動植物だけでなく、人間の命まで奪っていた。

 工業化の進んだ都市部はまだいいが、地方の農村の状況は悲惨この上ない。

 だが、王も貴族たちも救いの手を差し出そうとはしなかった。

 彼らは魔道具制作に用いる技術を兵器に転用し、戦争の準備に夢中だったのだ。


 その兵器製作の中心にいる人物が魔導研究所の魔法使いダリアであった。

 王を唆し、研究所のトップに登り詰めたダリアは、湯水のように金を使い、魔道具の開発改良に力を注いでいだ。やがてそれは自分たちに都合の良い動物や魔物を生み出す研究へと向かい、今回のエルガンドの事件に至ったのである。


    ***********


 時々、後ろのマシューさんを振り返りながら私は話を聞いていた。

 マシューさんの話は、私が知っていることもあったけど、ドーゲルデンの内輪の事情とか、初めて聞く内容も多い。

 なるほどねえ。外国からも評判の悪い王様だけど、国内でもよく言われてないのね。

 でも、そんな王様を止める人とかいないのかしら?他にいないから……?


「今のドーゲルデンの実情はこんな状態だ。―もうこれ以上、叔父上の好きにさせてはおけない」

 毅然とそう言い放ったマシューさんに、私はぐるりと向き直った。

「お、叔父……上?!」

 バランスを崩さないよう、慌ててドラゴンの立髪を掴む。今の話の流れだと、叔父上って、ドーゲルデン国王のこと?


「オレの本名はマシュード・ヴィン・ドーゲルデン。本来、王座はオレが継ぐはずだった」

 真っ直ぐ私を見る黒い瞳は、嘘を言っている目じゃない。

「え、だって、王太子様は……」

 馬車の事故で、と続ける前にマシューさんは首を振った。

「従者の2人が体を張って守ってくれたんだ。それでもひどいケガだったがな。あれは、事故じゃない」

「えええ?!」

「オレたちの馬車は襲われたんだ。護衛や周囲の人間もほとんどが叔父の手先になっていた。当時のオレは虚弱体質でな。寝込んでばかりいた。自分の体のことで精一杯で、政治や周りの思惑にも疎かった」


 今の屈強な体で剣をふるうマシューさんから想像もできない。私の微妙な表情をどう受け取ったのか、マシューさんは自虐的な笑みを浮かべた。

「まあ、それは言い訳だな。おかげで叔父上にいいようにことを進められてしまった。あの男は金遣いは荒いが、金の力と使い方は知っている。抱き込みやすそうな貴族や側近たちを取り込み、脆弱で年若い太子では、王に万が一のことがあった時の代わりは務まらないと吹聴していたそうだ。それでも、自分を次期国王に推す勢力が十分に集まらないと知ると、オレたちを襲わせた。そして、その後の父の死も毒殺の疑いがある」


 あまりのことに、変な呼吸音しか出せなかった。

「命は助かったものの、オレは気を失っていた。先行していた従者のうちの1人が、後続の様子がおかしいことに気づいて引き返し、叔父の息のかかった連中より前にオレを見つけてくれた。この男は長く城に仕えていて、オレにとっては兄のような存在だ。このまま城に戻っても無事では済まないと判断し、重傷のオレを知り合いのいる村までなんとか運んでくれた。同乗していた従者はオレと背格好がにていたから、服を取り替えて顔を潰し―おかげでオレは死んだことになった。まともに動けるようになるまで村についてから半年はかかったか……正直、その間のことはよく覚えていない」

 想像すると凄まじい状況だわ。なんて声をかけたらいいか分からない。


「ちょうどオレが回復した頃、カドモス―オレを助けた従者がビルキンを連れてきた。面識があったらしくてな、万が一、生きていることがバレた場合を考えて、ビルキンたちの商隊に紛れ、オレを国外へ脱出させようとしたんだ。大陸中を旅しているビルキンの話は、オレには目の覚めるようなものばかりだった」

 マシューさんはしばらく遠くの地平を見下ろしながら沈黙した。


 私は黙って話の続きを待った。

 その時のマシューさんがどんな気持ちだったか、私には想像もつかないけど、おじいちゃんの冒険譚をワクワクしながら聞いたことを思い出す。

 行ったことも聞いたこともない国の話。

 私はその多くを自分でも経験してきているけど……


「旅をするには体力が欠かせないと、そこからビルキンにしごかれた。剣の心得くらいはあったんだが……だいぶ絞られてな、いつの間にか体も丈夫になった。そしてその間に考えも変わった。ただ逃げ回って生きるなんて、とんでもないと」

 ニヤッと笑うマシューさんに、私は大きく頷いていた。

「そうですよ!かたきの王様をそのままにしておくなんて!」

 言ってから、失礼な言い方じゃなかっただろうかと不安になったけど、マシューさんも深く頷いた。


「どうやらビルキンもそう思っていたらしくてな。オレをしごいたのはそのためだったらしい。それに、民の窮状も目の当たりに見せられた。本来、なんとかしなければならない、救える力を持っているはずの人間が―命が助かるために国を捨てて逃げるなど、考えるだけでも恥ずべきことだ」

 口調は淡々としているけど、その言葉には熱がこもっている。

 そっか……私にはそういう発想はなかったな。王族ともなると、民衆に対する責任ってあるものね……なんだかスケールの大きい話で頭がクラクラしそうだけど。


「都に着いたら二手に別れる。オレたちは王のいる城へ。ビルキンとマリクには魔導研究所へ向かってもらう」

「研究所?ああ、動物の研究をやめさせるため、ですか?」

「いや、それは今後の話だ。まずはダリアを捕まえる」

「ダリアって、所長の魔法使いの―ギブセンのお姉さんだとかいう」

 王様のお陰でボロ儲けしてたんだろうし、研究のことも一番分かっているだう。事件の全容解明には不可欠な人物、ってとこかな。

 と思ったけど、それだけじゃないらしい。


「こう言っちゃなんだが、叔父上にはこれだけの策略を巡らす頭はない。焚き付けて、全てをお膳立てしたのはダリアだ。エルガンド攻略が失敗したとなれば、姿をくらます可能性もある。一刻も早く捕まえなきゃならん」

「そういうこと―じゃあ、ギブセンを逃したのはヤバいんじゃ―」

「全くだ。だからこそ、急いで出発したわけだ」


 お城で捕えられていたギブセンは、私が眠っている間に脱走していた。しかも、逃走時には騎士団の馬をテイムしてひと騒動起こしたらしい。

 ギブセンが逃げた後、馬たちは倒れて死んでしまって―私同様、スライムをテイムできたことからもイクシオンのテイム術の使い手だと証明された。

 王様はもちろん城中の人たちも憤懣やるかたなく、徹底的な追跡が行われたのだけどギブセンは捕まらなかったそう。

「逃げる時のことも考えて、周到に手を打っていたようよ」

 と、サーラが教えてくれた。


 本当にどこまでも癪にさわる人だわ。

 私が目を覚ますのを待って、慌ただしく出発した理由がやっと理解できた。

 ん?でも、それって私を絶対に同行させたかったってこと?

「ねぇ、なんで私を―」

 と、マシューさんに聞きかけから、そういえば王子様なんだと思い出し、

「あっ、じゃなくて、あのっ、どうしてわざわざ私を連れて行かれるのでしょうかっ?」


 マシューさんは口元に薄く笑いを浮かべて、からかうように目を細めた。

「別に話し方など気にしなくていいさ。まだ王様じゃないしな。―実は研究所から王都に大量の動物が移送されたという情報があるんだ」

「!あのクマやオオカミやネズミみたいな動物たち、ということですね?」

「君の力が必要になるかもしれない。体もキツイと思うが、頼む」

 マシューさんは深く頭を下げた。

「あ、あの、そんな……」

 正直、まだどことなく怠さが残っていて、体調が万全でない自覚はある。それでも事態の深刻さは分かるし、私にできる限りの協力はしたいと思う。


「セリオンの民がどこの国にも属さず、政治に関わりを持たないことは承知している。だが、今回のドーゲルデンの所業は大陸中に混乱を起こす。動植物の生態系にも大きな影響が出ることが想像されることから、セリオンの長老会が介入を認めてくれた」

「そういうことなら、もちろん協力します。正直―どれだけのことが出来るか、自分でもよく分からないんですけど」


 魔力のコントロールもちゃんと出来ているのか、不安材料はたくさんあるけど―でも、あんな動物たちをこれ以上増やすわけにはいかない。

 私は心を決めて前に向き直った。

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