11話 夜明け
もっと強く、もっと研ぎ澄ませて、広く、遠くへ―
いつのまにか私はエレウスの立髪から手を離して立ち上がっていた。
ゆっくり下降していたエレウスの動きが止まる。そう、街中を一気に術の範囲に入れるには、ここら辺が限界。
なんでもない時なら、きっと綺麗な夜景だと思ったんだろうな。
明かりが煌々と灯っているのは、みんながネズミを恐れて明るくしているから。通りを揺れて流れていく光は、魔石灯を持って走る人たちだろう。
さっきとは別の方向から火柱が上がった。
急がなきゃ。
でも、私は冷静だった。
エレウスの背中からギリギリまで身を乗り出す。体勢が変わると、集中しずらいな……
いつもなら足のすくむ高さなのに怖くない。もっと、街全体が見渡せたら……
よく考えたわけじゃない。でも、エレウスの背中を蹴って空中に飛び出したのは、間違いなく私の意思だった。
周りの空気の流れは驚くほどゆっくりしている。なぜか風の音も耳には入ってこなかった。
体全体が自由で、思わず笑い出したくなる。
両手を広げると、思い通りに魔力を拡散できるのが分かった。
「お願い!!」
遠く、街の外れまで私のテイムが届きますように―
こんなに集中したことなんてなかったし、こんなに強く願ったこともない。
「お願い!お願い!届いて!!みんな集まれーッ!!」
叫んだ声は多分風にかき消されて誰にも届いていない。そして、一瞬のうちに迫ってきた屋根に頭から突撃する寸前で、私の体はグィと持ち上がった。
ま、私は鳩尾を締められる衝撃と、恐ろしい勢いで切り替わる景色に悶えていて、何が起こったのか理解できていなかったんだけど。
私を鷲掴みにしたエレウスは、高い塔の周りを悠々と旋回していた。
「飛び降りるなら、そう言え。命を張って街を救っても、オレは褒めんぞ。そもそもお前が死んだらネズミはテイムできん」
「うぅっ……うぐぐ……」
込み上げるものを抑えるのに、しばし言葉が出ない。
エレウス、もう少し優しくキャッチしてくれることはできなかったんだろうか。
「だって、エレウスがいたじゃない」
胸をさすりながら、やっとのことで言い返した。
「絶対、助けてくれると思ったんだもの」
ブホン!とエレウスの鼻から黒煙が吹き出す。
「ドラゴンを自分の都合のいいように利用するとは!」
夜空に轟く重低音ボイス。
「さすが、ジェイドの娘だな!」
呆れたような、小馬鹿にしたような、
「グハハハァ!」
という笑い声(多分)と共に、私たちは地上を目指した。
着地したのは、街の東の外れ近く。
何かの作業場か倉庫のような建物が立ち並ぶ場所。
建物同士の間がかなり広いので、エレウスも余裕で降りたてた。
ザワザワザワザワと地面を掻く音が迫ってくる。
「集中を切らすな。全て街の外まで誘導しろ」
「分かってるって!」
エレウスから飛び降りた後も、乱暴な空中キャッチの時も、しっかりテイムは続けているんだからね!
正直、魔力はかなり減っている。消費スピードはスライム巨人の比じゃない。でも、この大群を街の外に出すまで切らすわけにいかない。
頭だけ毛のあるネズミの群れは、あっという間に私たちに追いついた。
真っ赤な目は真っ直ぐに私を見つめ、足並みを揃えて迫ってくる。その様は、かなり不気味なもの。しかも、
「何匹いるのよ、これ。100や200の話じゃないよね?」
「ねずみ算という言葉があろう」
「それは知ってるけど」
通りの向こうまで埋め尽くすネズミのカーペットに、気力が萎えそうになるのを慌てて思い直した。
「ああ!もう!急ぐよ!」
私は早足で町外れへ向かった。
道は真っ直ぐ王都を囲む壁に据えられた門へ向かっている。
時間のせいか避難したのか、周りに人影はない。ただ、常駐しているはずの門番までいないのは予想外だった。
「うそ……誰もいないんじゃこの大群、街の外に出せないじゃない!」
焦る私を壁の上から見下ろしていたエレウスが舞い降りてくる。
無言のまま、木の巨大な扉の前に降り立つと、
ゴオオッ!!
止める間もなかった。
エレウスの口から吐き出された火の玉が門を吹き飛ばす。
「フギャッ!!」
思わず身をかがめた。
数人がかりで開け閉めするような、大きな扉が一瞬で木っ端微塵になっている。一部はブスブスと黒い煙を上げていた。
「ひ、非常事態だし、弁償しろなんて言われないよね?!」
エレウスは何食わぬ顔でまた空へ浮かんでいく。
「とっとと外へ出ろ」
門の外は大きく開けた空き地になっていた。
ザッザッザッ……
規則正しく行進するネズミの群れを、せっかくなのできれいに整列させる。
「何をしている。出来るだけ一ヶ所に集めろ。積み重ねても構わん」
「はあ?」
不機嫌そうな声のエレウスを横目で見上げた。
「何のためにここまで連れてきたのか忘れたのか?全部消し炭にして処分してやる」
「あ、」
そうだった。街の外に出してそれでお終いじゃあない。でも、父さんたちのいう通りなら、私がテイムをやめた時点でネズミたちは死んでしまうはずだ。
「死骸をそのままにしておくわけにはいくまい。しかもコイツらは他にも呪いや病気を仕込まれている可能性もある。焼き尽くすのが手っ取り早いだろうが!」
私の考えていること、というか考えていなかったことはお見通しらしい。
「な、なるほど!でも、消し炭って、街まで延焼させたりしないでね」
「だから一箇所に集めろと言ってるだろうが」
これ以上エレウスをイラつかせないためにも、おとなしく言われた通りにした方がいい。
「よおし!みんな集まって集まって!それ!」
可能な限り狭い範囲に集めて、ネズミピラミッドを作らせて……さすがに疲れてきたな……
「こんな感じでいい?じゃああとはよろしく!」
はるかに見上げるほどの高さのネズミの山。その完成を見届けて、私はテイムを終えた。
「おい、術を外したからといってすぐにコイツらが死ぬわけじゃないぞ?」
「へ?!」
すっかりやり遂げた気分で、気が緩んでいたのは確か。
山が崩れ、ネズミたちの目が爛々と光り始める。狙うは―私。完全にロックオンされた。最後の余力で目の前の人間に襲いかかる気だ。
再びテイムするには時間がない。それに、思いのほか私、疲れてた!体に力が入らない。頭が回らない。
山のてっぺんから数匹が飛び出す。真っ直ぐ、私の方へ―
ゴオオオオォォォ!!
轟音とあまりの熱さに私は地面に顔を伏せた。
「最後まで気を抜くな!未熟者が!」
エレウスの怒鳴り声が降ってくる。
「とことん手間をかけさせおって!!」
エレウスの吐き出した炎にネズミの山は燃え上がっていた。
渦を巻いて燃え上がる炎は、明け方の空まで焦がす勢い。降り注ぐ火の粉の量も半端ない。私は慌てて後ずさってエレウスの背後に廻った。それでもまだ熱い。
街の中でこれやったら、間違いなく大火事が起きてたわ……
オレンジ色の炎の中、たちまち輪郭を失っていくネズミたち。強烈な臭いが焦げ臭さに変わっていく。
うわ、前髪焦げてるけど……文句を言ったらエレウスに怒られそうなので、黙っていよう。
なんとか炎から逃れて飛び出したネズミも、エレウスは容赦なく鉤爪で弾いたり尻尾で叩きのめして炎の中へ戻した。
宣言通り、残ったのは黒い消し炭。
ほんと、こんな炎に焼かれたら人間だってひとたまりもない。
「終わったのね。エレウスありがとう。ドラゴンの力を借りなきゃ、こんな大量のネズミ、どうなっていたか」
フン!と吐き出した鼻息はまだ熱を帯びて、景色をゆらめかせる。
「ねえ、」
ふと聞いてみたくなった。
「私がもし、うまく力を扱えなくて、エレウスまでテイムしちゃったら、とか考えなかった?そしたら、ドラゴンだって死んじゃうってことでしょ?」
「自惚れるな」
エレウスの声に地面が揺れた。
「ドラゴンは何者にも支配されん!人間ごときが操れる存在ではない」
ちょっと本気で怒ってそうだけど、その確信に満ちた言葉に、私はひどく安心した。
「そっか。そうよね」
立ちあがろうとしたけど、体に力が入らない。それに、猛烈な眠気。
東の空はどんどん明るくなってくる。
そうか。眠いはずだわ……一晩中バタバタしていたんだもの……
ゴロンと転がった地面は砂地で……でも、かなりボコボコしているけど……
「ちょっとだけ……寝るね……多分、そのうち父さんたちが……」
「おい!―」
エレウスがなにか言ってたみたいだけど、私はもう目を開けていられなかった。




