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五十六とルーズベルトの夢の中

※ 暗殺の森   一  五十六劇場

幕が上がると大階段最上階の中央にスポットライトが当てられた。浮かび上がったのは純白のウェディングドレスを身にまとい、真っ赤なバラの花束を抱えたスラリと背の高いうら若き女性であった。観客席最前列から観劇していた俺たちは彼女の美しさに思わずため息を漏らしその一言一句に集中した。


「閣下どこにいらっしゃるの」 胸が締め付けられるような切ない声が劇場一杯に響くと大階段を下りた舞台左端にもスッポトライトが当てられた。浮かび上がったのは片膝をつき白いリングケースを両手にそろえ、彼女に差し出すようなポーズをした白い軍服姿がよく似合う若くてハンサムな海軍将校であった。


「もしかしてあれは山本ではにゃあだか。どことのう似ている気がするんだわ」

「言われてみればホンマにそうじゃのう。じゃけんど自分を理想化しすぎじゃなかじゃろか」

「僕はここにいるよダイアナ。今すぐ君のそばに行くから待っていておくれ」 しかし彼女には山本の声が届かないばかりか彼の姿さえも見えていないようであった。 「あなた。閣下どこにいらっしゃるの。はやく私を抱きしめて」 そう言ってダイアナは泣き崩れその場にうずくまってしまった。


「ダイアナ」  彼は劇場一杯に響く雄たけびを上げて階段を一気に駆け上がると彼女の肩に手を当て、そして驚いたように後ずさりをした。 振り向いたのはダイアナとは似ても似つかない中年の日本人女性であった。 「千代なんでお前がここにおるのじゃ。ダイアナをどこにやったのじゃ」 「閣下私はダイアナよ」 「何をぬかすかクソババア。あんなあようく聞け。アメリカでは若くて別嬪。しかも金髪碧眼の本物のダイアナが待っておるんじゃ。お前とは月とスッポン。パリのエッフェル塔と通天閣ほども違うわい」  すっかり六十前のジジ臭い顔に戻った山本が吐くように言った。しかもそれだけではとどまらなかった。


「おうそうじゃ。丁度ええわい。お前のはめてる指輪も返してもらおうかい」 「やめて~あ~れ~」  無理やり指輪を外しドコドコドタンと河合千代子を最上階から舞台まで蹴り落とすと 「今から千代の料亭に行って、これまでくれてやった宝石類を全部取り返してダイアナにプレゼントしてやろう。ウヒャウヒャウヒャ」  そんな独り言セリフの後、主人公山本五十六はクルリと背中をむけて奥へと消えていった。


「いくらお芝居とはいえ、えぐい男じゃのう。許せんぞな拙者は」 「あれ?誰か来たんだわ。足音がするでよ」 「やっぱり来よったか」 「やっぱりとはアサやんどういう意味でゃあ」 「芝居見物はここまでにして山本の脳から出よけ」  機内に入ってきたのは二人の日本海軍将校だった。


二  粛清

ここで説明するだで。俺達がいるのは一九四三年四月十九日の十時頃で山本が乗っていた大型機が米軍機に撃墜されて二十六時間ほどたったブーゲンビル島のジャングルの中だ。山本がこの島に視察に来た本当の目的は米国に亡命することであった。飛行途中に敵機が出現するが抵抗せず米軍機に誘導され敵基地に到着というのがシナリオだった。


山本がルーズベルトの亡命要請に応じたのは彼の正体に日本当局が気付き始めたという嘘の連絡が米側から入ったからである。出発前のラバウルで緑色の軍服を着て搭乗する山本をその場にいた全員が驚いて見ていた。そりゃそうだ。緑の軍服なんてダサいのをわざわざ着る者なんていない。これは米側からの指示で、もしもジャングルでの銃撃戦などが起きても緑の軍服なら撃たれないというわけだ。しかし実は逆であって間違いなく山本を仕留める目印だった。


この大型機は前部、胴体部、後部と三つに分かれて着地していたが、それぞれ、わづかづつしか離れておらずほぼ一直線に並んでいた。山本はその胴体部の座席で眠っていたのだ。二人の将校が何やらひそひそと頷き合っているのは山本の生存を確認したからだろう。


彼らは緑の軍服の肩を揺さぶり夢舞台から目覚めさせると敬礼をして水筒を差し出した。

「閣下これは漢方薬茶であります」  目が覚めて呆然としていた山本だったがよほど喉が渇いていたのだろう。水筒を奪い取ると一気に漢方薬茶らしきものを飲み干し、断末魔の叫び声をあげてもがき苦しみ死んでいった。 「証拠を残さんと殺すんはやっぱり毒が一番なんやな。なるほどこうして用済みになった奴は消されるんやな。もっともルーズベルトも同じ道をたどるけどな。それがあのカルトのやり方や」


俺達が機外に出てみると二人の将校が一人の死体に向かって黙とうを捧げていた。きっとさっきまで生きていたんだろう。ジャングルの下は薄暗いものだが墜落機が樹木をなぎ倒していたおかげでこの辺りは少し明るくなっていて木漏れ日が何人かの死体を照らしていた。


やがて黙とうを終えた二人の将校は胴体部の機内に入って行ったが、しばらくすると機内の座席を運び出してきてそれを胴体部のすぐ横に置いた。 「アサやんあいつら何やっとるだで?」 「う~ん儂も全然わからんわ」 すると機内に残っていた将校二人が山本の遺体を運び出してきてその座席に座らせた。それから山本の愛刀を死人の右手に握らせ上半身をやや後ろにそり返させた。そしてまるで生きているかのような堂々たるポーズをとらせると彼らはジャングルに消えていった。


「う~ん。よ~解らんけどコミンテルンのボスに対するリスペクトやったんかいのう。奴らも日本人やからのう」 この殺し屋たちは米軍からの情報で正確な位置を把握していて近くの川を遡上し捜索隊よりも10時間も早く現場に着いたのだ。


山本を乗せた大型機が墜落すると陸軍から三十名。海軍からは四十名の捜索隊がジャングルに入った。しかし当地は磁気を帯びた地質のため方位磁石が狂い同じ所をぐるぐると回てしまい、結局発見するのに一日半もかかってしまったのだ。


山本を一番早く発見した陸軍軍医が発見時のようすを手紙に書いて実家に送っていたのが残されている。それによると山本を初めて発見したときは生きていると思ったそうだ。また死亡推定時間を約10時間と記し、海軍の発表と違って頭部に銃撃どころか身体にも傷らしい傷はなかったと述べてある。


尚。捜索隊全員には現地で見たことは口外してはならないとの箝口令が下されたが彼らのほとんどはこの後、絶体絶命の戦場に送られる運命が待っていた。その結果陸軍では怪我をして傷病兵になっていた一名を除き全員が死亡している。


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