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マオとスターリン

五  サイコパスの目

「アッパッパーの兵士ども。よく聞け」 マオが 狂ったように声を荒げた。アッパッパーとは頭から被り着脱が便利で涼しいため昭和の大阪のおばちゃん達が好んでよく着ていた貫頭衣の一種だ。 「お前たのちもよく知っているだろう。朕が五千万の命をもてあそんだ人類史上最強の皇帝であることを」 すぐ横に立っている隊長の存在などまるでなきがごとくマオの言いたい放題は続いた。


「そんな朕に比べてあそこの村長が殺せたのはたったの二千万だ。そんなちんけな野郎をこの地獄の皇帝にしても諸君はいいのかな」  [被告人は勝手にしゃっべてはだめだっちゃ。隊長は被疑者を静かにさせるだんべ」  それでも木槌をたたく音も注意をする口調も穏やかな裁判長の言うことなど聞く被告人ではなかったし山本に至ってはただオロオロするばかりだ。


凶暴なマオと優しそうなスターリン。同じ超凶悪殺人鬼同士なのにどうしてこんなにも人相が違うのだろうか。それがどうしてなのかと俺たちの間で話題になり両方の顔を真近で見比べることにした。俺たちは何度も往復を繰り返し、そしてやっとその正体をつかむことが出来た。 「なんか二人とも目が濡れているんじゃなかろうか」 「う~ン。ホンマじゃよく見ると両方ともトロントした目をしているぞ」 「それに両方とも目が死んでいるやんけ」 「なるほど作り笑いと作り怒りなんだで 」 要するに二人とも顔の筋肉を使って笑ったり怒ったりの巧みな演技をしているだけだったのだ。


六  アリの巣

「さあ緑の軍服野郎。早く檻を開けろ。我妻になる女王が朕を待っておるぞ」 自分から檻に入るというのだ。意表を突かれた広場の全員がざわつく中、マオの悪たれ口は続く。 「アッパッパーどもよく聞け。朕は今からアリの巣でお前たちがやってくるのを待つことにした。たとえ蟻の女王といえどもメスはメス。なので朕にかかればイチコロだ。あの短足に騙されているお前たちも直にこの巣にやってきて女王蜂である我妻と朕の腹の中に納まるのだ。だから身体はきれいにしておくのだぞ。イッヒッヒー」 謎めいた笑い声を残してマオは檻の中の岩陰に姿を消した。しかし蟻がどうしたなんて話は俺達には最後までチンプンカンプンだった。 「この檻が何の為にあるもんかは知らんけど、奴には恐怖心つう物はないんやろな」


七  ストックホルム症候群

マオの裁判は取り敢えず終わったが、兵士たちの整列が崩れないところを見るとまだ裁判は続くようだった。次に粛清されるのが誰なのかはわからないが、閻魔大王様への危険が刻一刻と迫っているのは確かなので俺たちは焦っていた。 「ボヤボヤしてられん。なんかええ方法はないかいな」 俺達があれこれとそれぞれの考えを出し合っているとムサシが面白いアイデアを思い付いた。


「拙者らが裁判長の脳を乗っ取るちゅうのはどうじゃろか」 「それや」 「それだでよ」 なるほど考えれば簡単な話だ。それで万事解決だ。 俺達はムサシの発案に歓声を上げると早速実行に移した。が。しかしどうしたものかスターリンの髪の毛に触れると目に見えない奇怪な力によって押し返されてしまった。しかも何度繰り返してもやはり同じことの繰り返しであった。やはりこの男は只者ではなかった。そして侵入作戦を諦めた頃に聞こえてきた奴のテレパシーが俺達を驚かせた。


『おめーらがウロチョロ動いていたことは初めっから解っていただべ。それにオラの頭に入ろうなんてそんなことは絶対無理なんだべさ』 ニコニコと兵士たちに笑顔を振りまきながらスターリンは俺たちに語っているのだ。 『なんでなら。オラには多くの守護霊が取り付いているからだべ。そいつらは長い期間オラ自身による拷問などの超残酷な目にあわされた弱虫らで今でいうストックホルム症候群によく似た症状を持つ臆病者たちなんだべさ』 ストックホルム症候群とは誘拐や監禁などにより加害者と時間や場所を共有する事によって加害者に好意や共感さらには信頼や結束の感情まで抱くようになる現象だ。


『ふ~んあそうかえ。ほんだら東京裁判以上のインチキ裁判でも見学させてもらおうかいのう』 『えっ?東京裁判以上のインチキ裁判?それは無理だんべ。あれよりイカサマな裁判なんていくらなんでも無茶だんべ。まあそれでもよかったらゆっくり見物してけろ』 『やっぱり東京裁判の無限大のプロパガンダにはとても及ばないってことなんかいな』 『そりゃそうだんべさ(笑)』


「あのものすごく鋭い目をした男は何者なんじゃろか」それは俺たちがスターリンのそばから離れた直後だった。それまで裁判長席の台座の陰に隠れて気づかなかったが、この顔中毛だらけの男の名をマルクスといい要注意人物なんだとか。もしかすると良いか悪いかは別としてこの男が閻魔大王様の救出に何らかのキーを握る可能性があるかもしれない。それぐらいの大物なんだだそうだ。


八  真打登場

裁判全体を見渡せる位置に俺たちが戻りしばらくすると頭の禿げあがった少しやせ気味の白スーツ姿の男が兵士に連れられて檻の前にやってきた。 「真打登場や」 アサやんが少し興奮して言う。

この男もマルクスに劣らず鋭い目の持ち主だ。ソビエトを作ったこの男の名をレーニンと言ってスターリンの親分だった。


背筋をピンと伸ばし鋭い目で裁判長をにらみつけるレーニンとニコニコと笑顔を振りまくスターリンとの対決の火ぶたが今や切られようとしていた。所がここである問題児の本領が発揮され予想外のトラブルが発生した。裁判長の小槌が鳴ったのとチョビ髭検事ヒットラーが声を上げたのは同時であった。


「裁判長。偽善者で人種差別主義者である弁護人の解任を要求します」 「お前が言うな」  ルーズベルトの悲鳴のような叫び声が響く。しかしルーズベルトの金切り声をあざ笑うかのようにヒットラーはその根拠をあげつらった。 「1939年5月13日ドイツからユダヤ難民千人を乗せたセントルイス号が米国上陸を拒否され、ドイツに戻されたのは大統領で人種差別主義者のこの男の責任である」 「黙れユダヤ人を殺したのはお前やないか」 ルーズベルトは顔を真っ赤にして反論するがヒットラーはそれ以上に興奮していた。 「あの時の我は自閉スペクトラム症という精神障害を患っていたのだが今はすでに全壊しており今の我に罪はない。そんな無実の我を犯罪者呼ばわりするこの男こそ真の犯罪者であり正義は我にある」


ヒットラーは立ち上がると右手の人差し指でルーズベルトをロックオンし左のこぶしを強く握り、正面を向いたまま憤怒に満ちた表情で元米国大統領弾劾演説を始めた。それはパールハーバーのいかさまのことや愛人一人々のフルネームにまで及んでいった。言い出しっぺは自分のはずなのにルーズベルトの一言の反論が彼を逆上させたのだ。どうやらヒットラーの病気は全快どころかますます悪化しているようだ。


それにしてもヒットラーの勝手な行動を止めようともせず、相変わらずニコニコと笑っているスターリンの態度はどうしてなんだろう。思いっ切り小槌をたたいて黙れと言えば済むはずだ。しかしそうしないのには訳があるとアサやんは言う。そんなことをすればせっかく前世から演じてきた田舎村長風のゆるキャラが崩れてしまうからだそうだ。本当はこの馬鹿黙れと言いたい筈だ。

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