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ゾンビパラサイトの実態

ゾンビパラサイトと呼ばれる虫たちをご存じでしょうか。彼らはただの寄生虫ではなく宿主の脳を操り最後には宿主を死へと追い込む悪魔のような寄生虫たちです。そして何を隠そう前世の儂がそのゾンビパラサイトだったのです。そんな前世の儂が二十世紀の巨悪を知ることになりそしてその後、これらの巨悪達から地獄界を救う闘いに参加もしました。なおこの事実にもとずいた物語は弟コボの前世の記憶と今生の儂との二重構成で進行しておりますのでお気をつけてお読みください。


※ ゾンビパラサイト 一   ヴィーナスダイアナ

暗渠<あんきょ>の激流にもみくちゃにされ、グルグルと全身が回転して息もできずに流されていた。 「アサやん助けて」 と叫ぶ若い男の声がまた聞こえてきた。これまでも何度も耳にしてきた悲鳴だ。だからこれが夢の中だということはリアルだがわかっていた。もう一度「アサやん助けて」という悲しい声が聞こえてくるといつもそこで目が覚めていた。


けれども今日は違っていた。「ダイジョーブデスカ」という声で目を開けると大きな青い瞳が儂を見つめて微笑んでいた。彼女は世界一の美女ダイアナによく似ていたが彼女とちっがて虹色のオーラに包まれた麗しきヴィーナスだった。まだ周囲は暗闇に包まれていたのでどうやらまだ夢の中らしい。彼女はこれまで美術の本などで見た欧州のヴィーナス達とは違っていてアメリカンぽい女神様だった。年齢は二十七、八歳ぐらいだろうか、金髪碧眼、高身長で黒色のパンツスーツをビシッとと着こなしていた。ところでダイアナが誰のことを言っているのかは内緒にしておくがこの女神さまの名も儂はダイアナと呼んでいた。

   

ダイアナはにっこりと微笑みながらずり落ちそうになっていた儂のサングラスを胸ポケットにしまい込んでくれ、ウエスタンハットも真っすぐに被り直してくれた。その上ソファーにだらしなく座っていた儂の身体を正面に向けてきちんと座り直しもしてくれた。儂は夢が覚めないことを願うばかりだった。


 「オハヨウゴザイマス。アナタノソノステキナ、スカジャンヨクミサセテイタダイテモダイジョウブデショウカ」 とダイアナの声は宝塚のトップスターのような声で言った。 「オブコース。イッツオ-ケー。プリーズメイクユアーセルフアットホ―ム」 と儂は勿論喜んで応えた。するとアメリカンヴィーナスは「アリガトウ。デモニホンゴデダイジョウブ」 と言って麗しき青い瞳を輝かせ儂の自慢のスカジャンを興味深々食い入るように見つめ始めた。


ピカピカ光る金色生地の背中には真っ赤な日の丸がどっかと構え、胸の前まで伸びた旭日光線の上を黒い雲に乗った風神雷神が空を駆け巡っている。 儂はダイアナについ好かれたくてこの絵についての雑学などを語りたくなった。


この絵は江戸時代の琳派を代表する尾形光琳の風神雷神図屛風で彼は北斎と並ぶ日本の天才絵師であり彼の代表作の紅白梅図屛風などは人類の宝でもあることや、ウイーン近代画の天才クリムトは琳派の金箔を使った豪華絢爛さを大胆に取り入れ、華麗かつ神秘的な作品創りに成功している事などを恐れ多くも得意げにヴィーナス様に知ったかぶりウンチクしてしまった。


「アメージング」と言ってハグしてくれたダイアナに儂は自分の歳のことも忘れて厚かましくも恋をしてしまっていた。夢が覚めずいつまでもこうして一緒にいたいと願う儂だったが、女神様からは意外な言葉が飛び出した。「チカジカコチラニヒッコシテキマース。ソノトキハヨロシクオネガイシマース」

         

麗しき女神はこう言い残こすとマンション玄関の向こうに去って消えた。ダイアナが去ると闇の世界から現実の世界へと戻り、周囲はすっかり明るくなっていた。全てが夢まぼろしだったのだ。しかしそれでも儂は毎日このソファーに座ってダイアナが引越して来る日を待つことに決めた。


儂がこのソファーに座っていた訳も話そう。結構きつめの二泊三日の旅行から一人で帰ってきた今朝、一時も早く自宅に戻り疲れた身体を癒したかったのだが、どうしたものか鍵穴に鍵が通らず部屋に入ることが出来なかった。会社勤めの嫁に電話をしたのだが何故かスマホは使えなくなっていた。困ったは儂は玄関ホールにある管理人室にやってきたのだが折悪しく管理人は留守で、仕方なく向かいに置いてある大きなソファーに座って彼の帰りを待つことにした。そうしているうちにいつの間にか眠りこけてしまったのだ。しかしそれが却って幸いして素敵なヴィーナスに遭遇出来たという訳だ。


ダイアナが去って暫くすると四十歳ぐらいの女性が儂のスカジャンに興味を示して近づいて来た。「まあ。お宅のそのジャンパーなんて素敵なの」 おそらく美人の範疇に入っていると思うがいつもの儂と違ってタイミングが悪い。なにしろダイアナと比べると月とスッポン。香り高き薔薇の花とドクダミ草だ。そんな訳で儂は完全無視をしてやったのだがそれでもスカジャン人気だけは嬉しかった。


(見たか嫁よ。お前以外の女性はみんな儂のファッションセンスに見とれているんや。それやのに『あんたこれチンドン屋が着る服やん』などとさも呆れたように言いやがって) このスカジャンは日本橋の古着屋で白色のウエスタンハットや、白色のズボン,黒色のブーツと一緒に今回の旅行用に買ってきたものだ。ウエスタンハットは儂のようにガタイが大きくて四角い顔の男にはよく似合うのだ。金色のスカジャンはこの旅行で空中を飛ぶ時に太陽の光を反射して目立つだろうと思ったからだが、それは狙い道理にうまくいき他の人達からはうらやましがられたものだ。


 二  郵便封筒 

それからもしばらくはダイアナから頭が離れず思い出してはため息ばかりついていたのだが、メールボックスに入っていたぶ厚めの封筒をふと思い出しリュックから取り出してみた。それは珍しく嫁あてじゃなく儂に送られてきたものだった。送り主は愛知県の知らない人で封筒の中身はパソコンで書かれてコピーされ、バインダーに収められた小説みたいなものだった。一枚目を開いてみた。


『でえりゃあやっとかめだわ、コボだでよ~。アサやん塩梅ようやっとりゃあ』(アサやんて儂のことか。としたら。送り主は夢の中で叫んでいたあの男だろう。それはそうとやっとかめってどういう意味なんだろう。全部名古屋弁やったら厄介やろな。まあしかし後の文章は標準語で書かれていて読み進めることが出来た。だがそこに描かれていたものは余りにも荒唐無稽かつ奇想天外なものだった。なんでも送り主と儂は前世では兄弟だったらしく、儂はアサやんと呼ばれそいつの名はコボと言うのだそうだ。それにムサシと言う奴もいて儂らは三匹兄弟だったと言う。


そいつと儂はハリガネ虫と言う名の寄生虫でムサシと言うカマキリが儂らの宿主だったそうだ。それとここから先を読み進めていけば前世の記憶がやがて甦ってくるので、途中で放り投げずに最後まで必ず読むようにとも述べてあった。儂のことをアサやんと呼ばなければ恐らく封筒ごと捨てていたのだろうが、あの夢の謎を解くカギがこの小説もどきに描かれているのだろう。


ハリガネ虫はカマキリやコオロギの寄生虫で日本各地に生息しており三十センチを超える奴もいるらしい。名前はそのものずばり針金そっくりな所から来ている。一生のほとんどを宿主に寄生して過ごすが秋深くなると宿主の脳を操り川や池に飛び込ませ、自分達は宿主の尻の穴から水中に脱出して川底などにへばりつき越冬して春になると交尾産卵するらしい。カマキリは溺死または魚に食われてしまうが、このように宿主の脳を操る寄生虫をゾンビパラサイトと呼び他にも色々な種類があるという。


(そうか。それやったら儂のよ~く知ってる奴も人を操って生きとるな。人間だけに限らず虫にもおったんかいな)儂は妙なところに納得し共感した。続いて描かれていたのは送り主の前世での生い立や兄弟たちとの出会いなどであった。


三  三匹兄弟誕生 [三男コボの思い出]

卵だった俺が孵化して泳げるようになりある水生昆虫の腹の中に入ったのは春も半ばに入った頃だ。やがてそいつが陸上生活を始めると俺も大きくなりもっと大きな宿主が欲しくなっていた。願いが叶い、そいつがムサシに食われたのは春も終わりの頃だった。あの日の出来事は今でも鮮明に憶えている。同類らしきデカイ奴が上から俺をじーっと見下ろしていた。それが引っ越し先で見た初めての光景だ。


俺がその時、咄嗟に恐れたのはこのデカイ奴との食い物の争いだった。悲しいことにそいつと取っ組み合いをしてもとてもじゃないが勝てそうには思えなかった。痛い目に会いたくなかったら大人しくしているしかないが、それでは腹ペコのまま生きていくしかないし下手すりゃあ飢えて死んでしまうだろう。兎に角このままという訳にはいくまい。


俺は恐怖で硬直した身体のまま色々な解決策を瞬速で考え、そして秒で答えを導き出した。(そうだ待てよ身体がデカくても気の弱い奴ってのも結構いるはずだ。だからここは一発はったりを嚙ませてやればいいんじゃないのかな。もしそれで奴が怒ったのならその時はその時。大げさに謝れば何とかなるだろう)そんな訳で俺はそのデカイ奴にぶちかますように言ってやった。


「あのよう。とろくせ~たあけのおみゃあよう。ちょうすいとってかんぞ」 ところがこれは俺の予想を遥かに超える大失敗だった。そいつは一瞬キョトンとしていたがすぐに恐ろしい言葉を返してきた。

「オンドレ今なにぬかしてけつかったんや。もっかいぬかしてみんかえ。ええワレ」

(え~しまった。こんなガラの悪い恐<おそ>ぎゃあ奴に、てゃあもにゃあこと言ってまったで。いってゃあぜんてゃあ俺のこれから先はどうなりや~す)ビビり固まって今にも泣きそうな俺にそいつはさらに追い込むように言ってきた。


「おいワレ。もっぺんぬかしてみんかえ。なんでず~っと黙ってけつかんねん。え~オンドレ」

 俺は恐怖と絶望で死んでしまいそうだった。すると。 「アサやんの言葉がぼっこー恐<きょう>てえんじゃなかじゃろか。しゃあけ~もちっと優しゅ~喋ってやらんといけんじゃろ」

(ひえー!今度はカマキリが口を効きよったでにゃあか。とんでもにゃあとこんきちまったもんでゃあ。ここは化け物屋敷でにゃあだか)

「なんやてムサシ。儂の言葉が恐いてか。何ぬかしてけつかんねん。ムサシの田舎弁とちごうてな儂のは本来の標準語である関西弁や。それも丁寧語やんけ。テンゴぬかして笑わしたらあかんがな。ガッハハー」


(あれっなんだしゃん。こいつの笑顔、意外と無邪気でにゃあだか。つこてる言葉と真逆でかんがや。一体どっちがホントのこいつだで?) 俺は成り行きに身を任せるしかなかった。すると。 「ワレも遠慮せんと早よメシ食いさらせ。そやんと儂が全部食うてしまうやないけ」 「お主はなんも心配せんでもええぞな。拙者らはもう一匹兄弟がおったら楽しいじゃろうなと丁度話しとったとこなんじゃ。それと本人はあれでも丁寧に話しとるつもりなんじゃけい遠慮のう食べんしゃい。夜になったら腹が減るぞな」


「あっそうや。ごっついええこと思いついたで。この獲物は共食の儀式として一緒に食べようや。そうして儂らは今日から一緒に兄弟となって生き晒して行こうやんけ。ようワレ」

(何なん?この居心地の良さとアットホームな急転回は) ついさっきまでの恐怖心は噓のように消えていた。しかしそれはそうと今迄の宿主をいきなり食おうなんて言われて戸惑ったのも当然だ。だが不思議と食欲がわいてきたのもまた事実だった。そこで俺は思いきって食ってみた。(うみゃ~。まったりとしてほっぺが落ちるでかんがや) そんなこんなで俺はコボと呼ばれ三匹兄弟の末っ子として生きていくことになったのだ。


四  サムライムサシ

俺達の狩場は大きな川の河川敷で住処は堤防の外側を降りた水防倉庫だった。地味だが頑丈なブロック造りで屋根は青色のトタンで葺かれていた。鉄扉の下がほんのわずかに歪んでいてムサシぐらいの大きさなら通れるが、蛇やネズミなどは無理なので結構安全であった。倉庫の中は棚が両面に添えてありヘルメットゃカッパ、スコップなどが置かれていてその上を通る天井の梁が俺達の寝床だ。


狩りからの帰り道に堤防の上から見た夕焼けに染まる美しい景色もよく憶えている。水防倉庫の前の道を渡ると広めの駐車場を持った郵便局があり、入り口の横には箱のような小さな家に入った優しい顔をしたお地蔵様が鎮座していて見ていてほっこりしたものだ。郵便局の左横からは西に向かう細い一本道が田んぼを割って鎮守の森の見える村へと続いていた。え~ところでカマキリの腹の中にいるはずの俺にどうして外の景色が見えるのかだって?それは俺がゾンビパラサイトだからさ。


あれは初夏の頃だった。俺達は腹ペコで朝を迎えていた。前日前々日と続いた長雨のせいで狩りが出来ずに困っていた。俺達虫にとって雨粒は危険なもので、一粒の直撃でも命を落とすこともあるのだ。そんな訳で雨がやんで上天気になったその日の朝、すきっ腹の俺達が大急ぎで河原にやってくると水量を増した川の流れが花々の群生する近くまで押し寄せていた。


「花の上から地面を見よけ。水を含んだ土が熱うなっとるさかい、その熱さに耐えれんとミミズが顔を出しよるで」 俺とムサシはアサやんの提案に大賛成だった。なにしろミミズほど美味しいものはそうはない。ミミズ狩りは順調にスタートした。


ケツケツケ~という薄気味悪い笑い声が聴こえたのは俺達が花の上で揺れている時だった。

「なんでゃあ?気味悪い声が聞こえるんだがや」 「儂にはな~んも聞こえんけどな。ムサシはどない」 「拙者もなんも聞こえんのじゃが」


俺にしか聞こえないという事はきっと何かの勘違いなのだろうと思っていると、またしてもさっきの笑い声が聞こえてきた。気配を堤防の見える方面に感じた俺はそのあたりをさっぐて見た。すると少し離れたところに不法投棄の小型冷蔵庫が倒れていて、開いたドアの中のゴミに隠れるようにして白っぽく薄汚れたカマキリが一匹、暗い目をして俺達の様子を伺っていた。驚いた事にそいつの身体は半透明だった。


「ムサシ。堤防の見える向きに転がっている冷蔵庫の中だわ。気~つけなかんで、奴はこの世のもんでにゃ~かもしれん」 「おっあそこのぼっこー臭そうな奴じゃな。まあここは拙者に任せてつか~さい」 「なんや知らんけど見とるだけでかゆ~なってくるやんけ。ムサシあんなボロ雑巾野郎なんかボコボコにいてもたれ」


ひとしきり睨み合いが続きやがてゆっくりとムサシが羽根を広げた。いよいよ決着をつけるのだ。しかしその時ムサシがポカンとして言った。 「あれっ?なんじゃ」 「どうしたんやムサシ?」 「ボロ雑巾が消えたぞな。不思議な事もあるもんじゃ」 奴が幻のように消えたのはやはりこの世の者ではないからだろう。あんな幽霊みたいな奴にそう簡単に勝てるとは思えなかった俺は正直ホットとしていた。ところが安心したのは束の間だった。






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