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12話:アリスとテレス

「んしょ、んしょ……」

「あぁーそこそこー! 良いよぉーリティアちゃーん」


あのお弁当屋の事件から三日。今日は久しぶりにクインさんがお休みです。

なので私は今、彼女の背中にまたがってマッサージをしています。


「じょーずだねぇー君ぃー、才能あるよぉー……おっそこぉ!」

「あ、じゃあここを重点的に押しますね」

「おほー!!」


喜んでくれているようで嬉しいです。

実はマッサージなんて初めてやったのですが……もしかしたら、才能があるのかも?


「あー効く効くぅー。 ……ところでリティアちゃーん」

「はい、なんでしょうか?」

「リティアちゃんって、口堅いかなー?」

「……へ?」


思わず押していた手が止まる。 どういう意図の質問なのだろうか。 ……でも


「人の秘密をご本人の許可なく他言する方はあまり好きではないので、当然私もしません」

「んー、そっかそっかー」


本心で答える。クインさんは満足した様子で


「じゃー今日エースが帰ってきたら、二人でここに行ってきてくれない?」


私に地図の描かれたメモを渡してくれた。


「わ、わかりました」


理由はわからないけれど、詳しくは聞かない。

クインさんが理由もなく、こういうことをするはずはないのだから。







「ここは……喫茶店、ですか?」

「ああ……」


夕刻。お仕事から帰宅したエースさんと一緒に、メモに描かれた場所へと到着。

……き、喫茶店なんて入るの初めてです。な、なにか暗黙のルールとかあるのでしょうか……?


「エ、エースさんは来たことあるのですか?」

「まぁ何回か。……あんまり来たくはないけど」

「……?」


先程から少し浮かない様子のエースさん。

も……もしかして……店長さんが怖い人……とか? ど、どうしよう緊張してきちゃった……!

まさかクインさんが口が堅いか訊いたのって『オレの秘密をバラしたら沈めんぞォ!!』みたいなこと言う人が相手だからなのかも……!!


「じゃますんぞー」


ああ、エースさん!! そんな軽い口の利き方したら怒られちゃいますよーーー!!



「はーい、いらっしゃーい。 あらエースちゃん、待ってたわよー。で、隣の子がリティアちゃんね。クインちゃんから聞いてるわー。

 私は店長のアリス。 で、こっちにいるが従業員のテレス。よろしくねー」

「テレス。よろしく」



…………物腰の柔らかい美人なお姉さんと、クールな美少女のお二人でした。






「クインちゃんから、事務所の新人を紹介したいって連絡来てたのよー。

 あ、これメニューね。初回サービスってことでお姉さん奢っちゃうから、好きなの頼んで!」

「い、いえそんな……!」

「いいのいいの、クインちゃんにはお世話になってるから。 決まったら声かけてねー」


壁際の席に腰掛けた私たちにそう告げると、アリスさんは足早にカウンターへと戻っていかれました。

今店内には私たちだけで、テレスさんは机を拭いていらっしゃいます。

…………落ち着いた途端、なんかさっきまでいろいろ考えてた自分が恥ずかしくなってきました……。


「…………」

「……?」


…………気のせい……でしょうか? エースさんが私の顔色を窺っているような……。


「あの、私の顔に何かついてますか……?」

「あ、いや……そういうわけじゃないんだが……。 ……この店に入って、何か感じたことはないか?」

「え……?」

「普段と違う感じっていうか……そういうの」

「ふ、普段……?」


どういう意味でしょうか……。


……あ! ま、まさかこの喫茶店には他の喫茶店には無い特別な仕様があるのでしょうか……!?


ど、どうしましょう……! 普段と言われても、喫茶店に来たのなんて今日が初めてですから比較なんてしようがありません……!!

ひょっとして私、何かを試されているのでしょうか……!? この程度の違和感、ハンターを目指すなら気づけて当然!みたいな……。


必死に店内を見渡しましたが、私の浅い知識では皆目見当もつきません。

そんな私の様子に、エースさんは


「……そうか。 いや、わからないならいいんだ」

「……ッ」



もしかして、私―――


呆れられちゃったのかな―――





――――――あ。



そうだ。

発想を柔軟にするんだ。


もう少しで溢れたかもしれない涙をこらえ、私は考えを巡らせる。

店内の違和感というのは、何も店の内装にとどまらない。

―――店内にいる人物だって、違和感の対象になるはずだ。


エースさんは『普段と違う』と口にした。

私はアリスさんとテレスさんとは初対面だから、当然普段のお二人は知らない。

ということは、必然的に普段と違う対象はエースさんということになる。


―――そういえば。


私は昨日の出来事を思い出す。

昨日の朝、洗濯物をたたんでいたらエースさんの下着に穴があいているのを見つけた。

その時、隣で手伝ってくれていたジェイミーさんが「私が伝えてきてあげるよ!」とエースさんに報告しにいってくれたのだ。


だから昨日の夜、エースさんは新品の下着を出した可能性がある。


つまり……今エースさんが履いている下着は……新品……!?



……そうか。 そういうことなんだ……。


目に見える範囲のものだけに意識を集中してはいけない。

数少ない情報から推理を重ね、見えなくても確かにそこにある……奥底にある真実にたどり着く。

……それこそが、ハンターにとって必要な力! エースさんはそれを私に教えてくれようとしているんだ……!


「わかりましたッ!!」


自力でそこまで導き出せた達成感からか、私は興奮のあまり椅子から勢いよく立ち上がった。

エースさんの期待に応えられたという事実に、ドーパミンが溢れ出るのを感じる。


「普段と違う……。それはつまりエースさん! あなたの下着が今日新品であるということですッ!!」


失礼なことだとはわかっているものの、興奮状態の私は思わずエースさんを指さして声を荒げた。


どうですかエースさん! 褒めてくださいっ!!





「え……? いや……それはそう、なんだけど……。 でもそういうことじゃないんだ」



……。



そういうことじゃなかった。




「くっ……くく…… アッハッハッハ!! いやーリティアちゃんって面白い子だねー アッハッハ!!」


カウンターからアリスさんの笑い声が聞こえる。


急速に我に返った私は、姿勢を正して椅子に座ったのち……自分でもビックリするくらいの勢いで机に突っ伏した。


恥ずかしすぎる。耳まで真っ赤になっているのが嫌でもわかる。もう二度と顔を上げたくない。


「……だってえーすさんが、ふだんとちがうっていうからぁ……」


神様。どうか今だけは突っ伏しながら人と喋るという私の無礼な行為をお許しください。



「あ、ああすまん。 ……普段と違うってのは、普段接している人たちとの違いを感じないか? って意味だったんだが……」

「……どーいうことですかぁー……?」


……なんだか私、駄々っ子みたいになっている気がする。



そんな私にエースさんは、特別ことではないかのように淡々と告げた。







「アリスとテレスは、実はサキュバスなんだ」




……


…………


………………



「………………えっ!!?」




それは、二度と顔を上げるまいと考えていた私の顔を上げるのには充分すぎるほどの、衝撃的な発言だった。





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