Aちゃんの好きなひと
Aちゃんに好きなひとができたらしい。だれかと聞いてみても教えてはくれなかった。私はどうしても気になるので、休みじかんのたびに、Aちゃんの席に行ってはしつこく聞きつづけていた。相談にのるから、だとか、協力するから、だとか。どんなことを言ってみてもAちゃんは口を結んだままだった。Aちゃんは聞くたびにいやな顔をするので、聞きつづけるのはわるいような気がしたが、私はやめなかった。時にはくすぐってみたり、おどろかせてみたり、つねってみたりもした。それでもAちゃんの気持ちが変わることはなかった。だんだんこっちも意地になって、教えてくれないならAちゃんとはもう遊ばない、だとか、今言わないと好きなひとと仲良くなれない呪いをかける、だとか。何度かAちゃんを脅すようなことも言ってみた。けれど、Aちゃんは教えてはくれなかった。それから毎日、Aちゃんに好きなひとはだれかと聞きつづけた。一週間、二週間、三週間...。それでも一向にAちゃんは教えてくれる気配はなかった。Aちゃんは聞くたびにいやな顔をするが、私はかまわなかった。Aちゃんの好きなひとを聞き始めてから一カ月と少したったころ。学校のかえり道、Aちゃんのあとをつけ、人通りの少ないみちにさしかかったところで、私はAちゃんの後ろから肩をたたいた。Aちゃんはふりかえって少しおどろいた顔でこっちを見つめたあと、おそらく私に何の用かと話しかけるべく口を開こうとした。けれどそれはかなわなかった。私がAちゃんの右のほほをぶったたいたからだ。私はAちゃんに好きなひとはだれかとたずねた。Aちゃんはだまったままだった。私はすぐさま二発目のかまえをしてもう一度たずねた。Aちゃんは涙目になりつつも、今度こそ口を開いた。私はAちゃんに、あらかじめ準備しておいたほほを冷やすための氷水を渡したあと、その場を立ち去った。私はAちゃんの好きなひとなどに興味がなかったことに気づいた。