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フェリクスの回想


 夕食までの間、暫しの自由時間を得たフェリクスは、手早く荷物を片付けてから窓辺の椅子に腰かけて休憩をしていた。

 タイミングよくお茶を運んで来てくれたメイドに礼を告げると、頬を赤く染めて退室して行く。


 女性のこのような反応には慣れっこであった。フェリクスは、自分の容姿が人より優れているという自覚がある。そしてそれを人心掌握に役立てていた。


 だが結婚の話となると、この容姿は厄介だった。

 シュミット家との繋がりがほぼないに等しい家からも、女性の絵姿とともに婚約の申し出がひっきりなしに届くのである。女性からの直筆の恋文も多く届いており、最後まで読んだ手紙は一通もなかった。


 なぜなら、読むに堪えない文章だったからである。フェリクスへの想いや褒め言葉が大げさに綴られた文章など、読むに値しない。

 そもそも、文章の作り方さえなっていない手紙も多くあり、それだけでフェリクスの興味は一切なくなるのだ。


 彼に乙女の繊細な思いなど届かない。己の利にならない女性に与える優しさなど微塵も持ち合わせていないのである。

 もちろん立場上、表向きは笑顔で接するのだが。


 淹れてもらったお茶を一口飲み、フェリクスはだらしなくも椅子の背凭れに寄りかかった。


「……疲れた。二日連続徹夜で仕事をしていた時の方がマシだな。これが、一カ月も続くのか」


 天井を見上げ、ゆっくりと目を閉じたフェリクスは、数日前に自宅で父としたやり取りを思い出した。


 ※


 ある夜、現宰相であり父親であるウォーレス・シュミットに呼び出され、フェリクスは彼の部屋を訪れた。


「……今、なんと?」

「お前ともあろう男が聞き逃すわけあるまい。二度は言わん。これは決定事項だ」

「しかし、一カ月以内に婚約者を決めろというのは、さすがに横暴では?」


 やはりちゃんと聞いていたではないか、と父ウォーレスはフンと鼻を鳴らす。


 これだけを聞けば、確かにフェリクスの言うように横暴に思えるかもしれない。だが、これはウォーレスの胃を助けるためにも必要なことであった。


「横暴なものか。フェリクス、今年でいくつになる? 言ってみろ」

「二十八になりますが」

「結婚適齢期を過ぎている。シュミット家を、ひいては宰相職を引き継ぐためにもいい加減身を固めろとずっと言っているだろう」

「言うほど急ぐ必要もないかと思いますが。三十過ぎてからの婚姻も、今は珍しくもなんともないですよ。父上は時代に取り残されているのでは?」

「口答えをするんじゃない。お前が成人して以降、途切れることなくずっと届く令嬢たちからの申し込みを断り続けている私の身にもなれ」

「結局、それが本音ですか」


 同じ令嬢からの手紙はもちろん、幼かった娘が適齢期に差し掛かったということで新たな令嬢からの申し込みも日に日に増えていく。実に熱心なことだ。

 次期宰相として今後の勉強に集中したい、と先延ばしにしてきたが、いい加減その言い訳にも限界がきている。ただでさえ忙しいというのに、こんなことでいつまでも頭を悩ませたくはない、というのがウォーレスの本音であった。


「もし、殿下が三十手前になっても自分は誰とも結婚しないと言い出したらどうする」

「数時間の説教コースですね。なんとしてでも婚約させます。なんなら、僕が相手をいくらでも見つけてきますし」


 普段、彼と共に仕事をこなす殿下を例に挙げて説得するつもりらしいが、フェリクスはそれを理解しながらも飄々と答えてみせた。


「僕と殿下の立場は全く違うでしょう。そもそも、殿下には婚約者がいますし。いらぬ心配ですよ」

「例え話だろう。ああ、どうしてこんな風に育ったのだろうな……」

「父上の息子ですので」


 フェリクスは幼い頃からああ言えばこう言う、という面倒なタイプだ。ただ、彼の言うように間違いなく父親の息子なのである。「人を疑え」「弱みを見せるな」「決定的なことは口にしない」などと言い聞かせて育ててきたのは、間違いなく父ウォーレスなのだ。


「だが、今回ばかりは断るわけにもいくまいよ。なぜなら、陛下からの紹介なのだからな」

「は?」


 どこまでも余裕綽綽だったフェリクスだが、陛下の名が出てきた時にはさすがにおかしな声を洩らしてしまう。

 そんな彼の様子を見て、勝ち誇ったようにウォーレスがニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「ノリス伯爵を知っているな?」

「ええ、もちろん。近衛騎士団の副団長でしょう。剣の腕なら団長にも引けをとらない優秀な騎士です」

「お前にはそのノリス伯爵の娘と結婚してもらう。これは王命だと思え」


 続けられるだろう言葉は大体予想が出来ていたが、一切取り繕うことなく告げられたフェリクスは閉口するしかなかった。


 それから数秒後、眉間にシワを寄せながら口を開く。


「……僕は、頭の悪い女性は絶対に嫌なのですが」

「知っている。だが、これまでだってお前のお眼鏡に適う女性は一人もいなかっただろう。皆、しっかりとした教育を受けている素晴らしい方々だったというのに」


 重みを持って告げた一言だったが、ウォーレスは額に手を当てながらわざとらしく首を横に振る。まるで、出来の悪い息子に頭を抱えているかのよう。実際は出来が良すぎるせいで頭を抱えているのだが。


「全員、欲が透けて見えましたからね。いえ、いいんですよ? 僕の地位や金や顔が目当てでも。ただ、それがこちらに筒抜けなのが馬鹿だというんです。ああ、失礼。馬鹿は良くない言葉ですね。頭が悪い、でした」

「……どのみちアウトだ」


 父親は呆れたようにそう言うが、フェリクスにはなぜそんな反応をされるのか理解が出来ない。人の好みは千差万別。自分だってただの好みを告げているだけだというのに、随分な態度ではないか、と。


 しかし、ついに逃げられないところまで来ていたようだ。王命にまで頼るなんて、父親の本気を垣間見た。


「わかりましたよ。陛下の命とあらば、さすがに僕も無視は出来ません。少しは歩み寄る努力とやらをしてやりますよ」

「まったく。いい性格をしているな、フェリクス」

「父上の息子ですので」


 とはいえ、ようやくこの頑固な息子が首を縦に振ったのだ。もう逃がさないとばかりにウォーレスの手は迅速に動く。サラサラと紙に文字を綴りながら、フェリクスに視線を向けることなく言葉を続けた。


「では、五日後に着くようノリス伯爵家へ向かえ。そして一カ月以内に嫁を連れて帰って来い。一人で戻ってくることは許さん」

「それは、一カ月もノリス伯爵家にお邪魔することになる、ということですか? 先方に迷惑では?」

「話はついているからな。あとはお前の合意待ちでね。期日までに間に合って何よりだ」

「……さすがは父上ですね」


 父はそう言うが、陛下の名を出せばフェリクスが首を縦に振ることをわかっていた上で計算された計画だったのだろう。

 ギリギリになって告げたのは、自分に逃げる時間を与えないためだ。五日後に着くようにというと、遅くとも二日後には発たねばならないのだから。


 おそらく、ノリス伯爵側も娘を嫁にしてもらうために必死なのだろう。そうでもなければ、女ばかりの屋敷に一カ月も初対面の男を滞在させるなどあり得ない。


 あからさますぎる、とフェリクスはすでに嫌気がさしていた。


「安心しろ。ノリス伯爵令嬢はどのご令嬢もとても魅力的だぞ。お前が誰を選ぶのか、楽しみに待っているからな」

「……選ぶ?」

「ああ、言ってなかったか。ノリス伯爵令嬢は三姉妹だ。領地経営を完璧にこなす伯爵夫人と近衛騎士団副団長の血を引き継いだ優秀なご令嬢たちだぞ。お前の言う賢い女性という条件を満たすのではないか?」


 ※


 不敵に笑った父親の顔を思い出したところで、フェリクスは眉根を寄せながら目を開けた。


「……そんなに優秀なら、引く手あまたでしょうに。この婚姻に必死なことからも、嫌な予感しかしませんね」


 さて、どう動くべきか。まぁ暫くは様子見だろう。

 軽く方針を決めてから、フェリクスは再びティーカップに手を伸ばした。


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