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フェリクスの興味


 それは、無意識の行動だった。


「えっ」


 気付いた時には、フェリクスはメアリの手を取り、彼女の澄んだ青い瞳を真剣な顔で見つめていたのだ。驚いたように声を上げたメアリは、目を丸くしてフェリクスを見つめ返している。


「メアリ嬢に聞いてみたいことがあるのです。少し、二人きりになれませんか?」


 普通の乙女であれば勘違い必至の状況である。だが相手はメアリだ。彼女はきょとんとした顔のまま、こくりと首を縦に振った。

 イケメンの顔を間近で見ようが、手を取られようが、メアリの中の乙女を目覚めさせることはまだ出来ないようである。


「では、私の部屋へどうぞ」


 それどころか、自室へと誘うほど無頓着であった。これにはフェリクスの方が戸惑った声を上げてしまう。


「……さすがに、年頃の令嬢の部屋へ行くわけには」

「でも、それ以外に二人きりで話せる場所がありません。他の部屋はいつ誰が来るかわかりませんし、町へ行ったとしても同じことですよ?」


 それならいっそ、知り合いのいない町に行った方が良い気がしたが、メアリはノリス家の令嬢。町の者は誰もが知っているし、自分の目立つ容姿も自覚している。人に聞かれたくない話をするには、確かに町も不向きだ。


「ですが、やはりダメです。貴女はもう少し危機感を持つべきですよ」

「そう、ですか?」


 もちろん、フェリクスもメアリに手を出すつもりは微塵もないのだが、そういう問題ではない。それこそ、メアリの部屋に出入りするところを誰かに見られでもしたら大問題だ。


「あっ、では果樹園の方へ散歩に行くのはいかがです? ただ、お話は歩きながらになってしまうのですが」

「いいですね。そうしましょう」


 そのため、続けて出された提案には一も二もなく賛成するフェリクスであった。


 ※


 屋敷を出て、しばらくは他愛もない話が続いた。まだ誰かが聞いていないとも限らないからだ。そうして周囲に人気がなくなった頃、フェリクスは話を切り出す。


「そろそろ、本題に入りますね。何か勘付いたことがあればすぐに言ってください。言い当てられても不快になったりはしませんから」

「は、はい。わかりました」


 前置きを聞いたことで少しだけ警戒した様子のメアリだったが、フェリクスが話し始めるとその表情を引き締めた。

 たまに軽く頷き、驚いたように目を丸くしながらも、フェリクスの話を遮ることなく最後まで黙って聞くメアリに、フェリクスは好感を抱く。推測を人に話す時は、途中で口を挟まれることの方が多いからだ。


「……と、いうのが僕の推測です。考えすぎかもしれませんが。もしこれが本当だったとして、メアリ嬢がどう思われるのかが気になったのです」


 一通り話し終えたフェリクスは話を締めくくると、今度は黙ってメアリの反応を待った。

 メアリはひたすら何かを考えるように顎に手を当てている。今の推測を聞いて自分なりの考えをまとめているのだろう。


(適当な返事をしない辺り、やはり彼女は頭が良い)


 質問をされると、人はすぐに答えなければという心理が働く。実際、黙り込むとなんとか言え、と急かされることも多いからかもしれない。


 だがフェリクスは、そのせいで適当な返事をされる方が嫌だった。その点、ちゃんと考えているのがわかるメアリを見て高く評価したのだ。

 その姿勢が上から目線なのだが、もはや人を評価してしまうのは彼の癖である。


「私も、その推測は当たっていると思います」


 しばらくして、メアリはポツリとそう告げた。フェリクスがパッと彼女に目を向けると、困ったように微笑むメアリと目が合う。


「ただ、もしフランカ姉様を選んだ場合、ですが。おそらく、姉様は領地経営からは手を引くことになるかと」

「なぜ、そうお考えに?」

「私がいるからです」


 つまり、領地の経営はメアリが継ぐことになるだろう、と言うのだ。

 考えてみればそれは当たり前のことだった。フランカは確かに有能で本人にもやる気があるが、必ずしも彼女でなくてはならないわけではないのだから。


「出来るか出来ないかは、誰も考えません。やらなければならないことは、出来るようになればいいだけですもの」


 それもメアリの言う通りだ。仕事をするにあたって、しかも領地を背負う立場となるなら泣き言など言っていられない。彼女はそれをきちんと理解しているのだ。


「ですから、フェリクス様は深く考えずに婚約者を選んで良いと思います。その後のことを考えるのは、ノリス家の者です」


 そう言って、メアリは話を締めくくった。実に模範的な答えだ。フェリクスも納得したし、肩の荷がフッと軽くなった気もする。


 だが、そうではなかった。フェリクスが求めている答えはそういうことではないのだ。


「……質問を変えます。メアリ嬢、貴女はどうなってほしいですか?」


 メアリ自身の意見が知りたいのだ。そんなお行儀の良い答えなど、求めているわけではなかった。


「貴女の意見を聞いたから僕が考えを変えるとか、そういう話ではないのです。ただ参考までに聞かせてもらいたい。僕は、メアリ嬢の意見に興味があるのですよ」

「……なぜ、私の意見などに興味があるのですか?」


 メアリの言葉を受けて、フェリクス自身も疑問に思う。

 なぜここまで彼女の意見が気になるのか。いつもニコニコとしているだけの令嬢に、自分は何を求めているのかと。


(いや。ただニコニコしているだけの令嬢ではないから気になるのだろう)


 改めて、フェリクスはこの屋敷に来てから見たメアリを思い出す。


 時々、彼女に対して抱いていた違和感。妙に目に留まる不思議さ。その時々で起きた出来事。

 それらが全て繋がった時、フェリクスはようやく気付いたのだ。


 今まで、メアリはわざとそうなるように動いていたのだということに。


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