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メアリの一癖


 現在、メアリはサーシャに言われて背筋を伸ばしながら椅子に腰かけている。

 不満顔の親友を前に言われるがままそうしているが、メアリにはなぜサーシャがここまで不満そうなのか全く心当たりがなかった。


「全く心当たりがないって顔ね」

「その通りよ。心当たりがないわ」


 バンッとテーブルに手をついてこちらを睨んでくる親友に、メアリはこてんと首を傾げる。

 サーシャはがっくりと肩の力を抜くと、すぐに顔を上げて丁寧に説明し始めた。


「あのねぇ、フェリクス様ってばすっごくイケメンじゃないのっ!! メアリったら、あれを見てもイケメンかどうかわからないっていうの!?」

「へぇ、あれがイケメンなのね。勉強になったわ」

「ええい、ニコニコするんじゃないわよ、かわいいなぁ、もう!」


 なかなかの勢いで捲し立てるサーシャに対し、メアリはいつも通りニコニコと笑っている。とことん、人の容姿の美醜には興味がないようだ。

 さすがに、変な匂いがするだとか、痩せ過ぎや太り過ぎくらいはわかるのだが。


「おかげであたし、席にご案内するだけですっごく緊張したんだから。その後、職人だらけでめちゃくちゃ混んだお店を軽くさばける程度には調子が良かったわ」

「え、すごい。あの時みたいな混雑をさばけたの? イケメンってすごいのね」

「そーよ! イケメンってすごいのよ。乙女に無限の力を与えるのよ。マッチョにしか興味のないナディネ様はともかく、メアリはどうして普通でいられるのかわからないわ!」


 力説するサーシャを見て、さすがに思うところがあったのかメアリはうーんと顎に手を当てて思い出す。


 今、自分の屋敷に滞在している眼鏡をかけた次期宰相様。黒い髪はいつも綺麗に整えられており、基本的に笑顔で穏やかだ。それでいて、時々鋭い眼差しをすることもあり、理知的にも見える。


 なるほど、綺麗に整った顔ではあるかもしれない。フェリクスの滞在期間、残り半分を経過してようやくメアリはそう認識した。


「それよりサーシャ。あの日は結局どうなったの? やっぱり予想通りだったのでしょうけれど」

「その様子だと、お屋敷でも何か変化があったのね? そうよ。メアリの予想通り、ナディネ様ったらマッチョ軍団に釘付けだったわ。いつものことだから当然っちゃあ当然だけどねー」


 ナディネのマッチョ好きはこの町に住む者なら誰もが知っていることだ。職人たちでさえ、彼女の熱視線に気付いている。毎度悪い気がしないらしく、わざとらしくポージングもしてみせるほどだ。


 だが、あれを初めて見た人からすると衝撃だっただろう。実際、フェリクスはそれだけで全てを察し、ナディネを候補から外したのだから。


「で、相変わらずメアリは対象外って感じ?」

「うーん。たぶん、少しは視界に入ったんじゃないかしら」

「えっ!? 何かあったの!?」


 メアリは屋敷でパウンドケーキを振舞った時のことを、サーシャはお店であった二人の様子を話し、二人は情報交換をし合う。


「それは、うん。確実にナディネ姉様は候補から外されたわね」

「あたしの目から見てもそう思ったもの。間違いない! それよりも、何よそのドキドキイベント」


 ドキドキ? と首を傾げたメアリだったが、確かにドキドキしたかもしれないと思い直す。

 ただし、メアリが感じたドキドキはサーシャの期待するものではなく、ちょっと言い当て過ぎたことによる自分の失敗についてなのだが。


 もう少しだけ慎重に攻めた方が良かったかな、と思う反面、結果的に良かったのかもしれないと今では思っている。


「間違いなくメアリも候補に入ったと思うなぁ。だって、褒めてもらえたんでしょ? 認めてもらえたってことじゃない」

「そう、かな? そうかも……?」


 ただ、あの時はつい大人っぽく見せるための振る舞いを忘れてしまっていたのが気掛かりではある。メアリは普段、フェリクスの前で背伸びをしているのだ。


 でも、仕方ないのである。あの時、メアリは嬉しかったのだから。


 基本的に、メアリが人から褒められるのは愛想の良さと優しさだ。

 とはいえ、別にメアリは普段から人の心の機微を読み取っていることを誰かに知ってほしいと思っているわけではない。むしろ、フェリクスに言ったように気味悪がられた経験があることから普段は隠しているくらいだ。


 だからこそ、そのことに気付いた上でさらに認められるというのはくすぐったくも嬉しいと感じたのだろう。


(あれが本心だったのなら、もっと素直に喜べるのだけれど……どうだろう? さすがにそこまでは見抜けなかったわ)


 メアリはすでに、フェリクスが腹黒いことを確信している。そのため、褒め言葉を素直に喜んでいいのか迷う部分もあった。


「……本心を隠してはいるだろうけど、嘘を言うタイプではない、と思う。うん。私、嬉しかった。あんな風に言ってくれる大人はこれまでいなかったもの」


 奇しくもメアリとフェリクスは、お互い同じように相手の認識を改めていた。


「んー? おやおやぁ? もしかして、フェリクス様を好きになっちゃった?」

「それはないけれど」


 即答しないでよー、と笑うサーシャを見ながら、メアリは一緒になってニコニコと笑う。だが、内心では少しだけドキリとしていた。


 姉の幸せを奪うかもしれない危険人物だと思っていたのが、たったあれだけのことで好ましいと思っている自分は確かにいるからだ。


(単純なのかしら、私って)


 だがもちろん、それだけで好きになるわけではない。あくまで、印象が良くなった程度である。


 そうはいっても、自分を婚約者に選んでもらうのが目的なのだ。その変化はメアリにとっても良いことと言える。未来の夫になるかもしれない相手のことは、出来ることなら好ましく思っていた方が良いに決まっている。


「でも、本当のメアリのことをわかってあげられるのはあたしだけだったのになー。ちょっと悔しいかも」

「サーシャは今までもこれからも、私の一番の理解者だわ」

「んもーっ! メアリったら人を喜ばせるのが上手すぎっ! あたしも、メアリが一番の親友だよーっ!」


 メアリとしては、大好きな親友相手に本音を伝えただけである。喜びそうだな、とは思ったが、無意識にそう考えてしまう自分にメアリは少しだけ嫌気がさした。


(すぐに人がどう思うかを考えてしまう癖、どうにか治したいものだわ)


 心の機微に聡いというスキルはとても便利ではあるが、常に相手のことを考えて気を遣ってしまうメアリには気苦労も絶えない。サーシャの前ではあまり気にせずにいられるのだが……。


 この先、もし結婚することになったなら、フェリクス相手にずっと気を遣うことになるのだろうかとメアリは考えてしまう。


(……それは、相手が誰であっても同じね)


 もっと自分勝手に生きてみたい。メアリは時々、そう願ってしまうのである。


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