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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第九章
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下働き:'Why, Mary Ann, what ARE you doing out here?'

Je suis une poupée de cire, une poupée de son

私は蠟で出来た人形、音の出る、大鋸屑(おがくず)の詰まった見せ掛けだけの人形



Mon cœur est gravé dans mes chansons Poupée de cire, poupée de son

私は自分の歌う歌の中にしか心が無い蝋人形、音の出る、子ども用の、大鋸屑(おがくず)の詰まった人形



suis-je meilleure, suis-je pire qu’une poupée de salon

私はサロンに飾られている高価な人形よりも、優れている?それとも、悪い?


Je vois la vie en rose bonbon Poupée de cire, poupée de son

私には人生がバラ色のキャンディーのように、ピンク色のフィルターが掛ったように見えるの 私は蝋人形、恋も知らずに、うわべだけの恋の歌を歌う



Mes disques sont un miroir Dans lequel chacun peut me voir

私のレコードは鏡、その中に誰でも、私の姿を見ることができる


Je suis partout à la fois Brisée en mille éclats de voix

大量のディスクが作られて、彼方此方(あちこち)に、千もの私の声が、沢山の欠片(かけら)にわかれて、一度に、いろんな所に飛び散ることができる


Autour de moi j’entends rire les poupées de chiffon

私の周りで笑い声が聞こえる、襤褸切(ぼろき)れで作られた人形のような軽薄(けいはく)な女の子達の


Celles qui dansent sur mes chansons Poupée de cire, poupée de son

皆、私の歌に乗っかって踊りや恋に夢中になっているの 私は蠟で出来た人形、音の出る、大鋸屑(おがくず)の詰まった見せ掛けだけの人形


Elles se laissent séduire pour un oui, pour un non

彼女たちは恋を歌う歌詞の内容に引き摺られて、軽はずみに、うわべだけの誘惑に身を任せて、自分の気持ちに関係なく受け入れてしまう


L’amour n’est pas que dans les chansons Poupée de cire, poupée de son

恋は歌の中だけにあるわけではないのに歌の中の恋に夢中になっている 音の出る、子ども用の、大鋸屑(おがくず)の詰まった人形


Mes disques sont un miroir Dans lequel chacun peut me voir

私のレコードは鏡、それは誰もが私の姿を見ることができる場所


Je suis partout à la fois Brisée en mille éclats de voix

私は、多くの声の欠片(かけら)にわれて、同時に、いろんな場所に存在できる


Seule parfois je soupire Je me dis à quoi bon

一人で、時々、ため息をついて、こんな事に何の意味があるのかと(つぶや)


Chanter ainsi l’amour sans raison Sans rien connaître des garçons

男の子のことを全く知りもしないのに、理由もなく、恋を知らずに、人形のように、うわべだけの恋の歌を歌っているだけ


Je n’suis qu’une poupée de cire, qu’une poupée de son

私は、ただの蝋人形、音の出る、大鋸屑(おがくず)の詰まった見せ掛けだけの人形


Sous le soleil de mes cheveux blonds Poupée de cire, poupée de son

私のブロンドの髪のが放つ光のような太陽の輝きの下で 蝋人形、音の出る、大鋸屑(おがくず)の詰まった見せ掛けだけの人形


Mais un jour je vivrai mes chansons Poupée de cire, poupée de son

でもいつの日か、私は私の歌のように、生きてみせるわ、この歌みたいに、本当の恋をするの 今は、音の出る、大鋸屑(おがくず)の詰まった見せ掛けだけの蝋人形だけど


Sans craindre la chaleur des garçons Poupée de cire, poupée de son

男の子達の性的な情熱を怖がることなくね、蝋人形、音の出る、子ども用の、大鋸屑(おがくず)の詰まった人形


 気づいたら、小さい、振袖姿の女の子になって、黒い着物姿の男の人に抱かれていた。


 何となく、ああ、『いしく』だ、と思った。


 『いしく』は、私に頬を寄せていた。


 そうやって、愛しげに触れられることは、別に嫌ではなかったことを思い出した。


 何とも思っていなかったと言ってもいいけど、痛いわけでも、(しいた)げられてるわけでもなかったから。




 そうやって『いしく』に抱かれたまま、(なに)か、方向性を持つ、光の粒の上に乗っているみたいに思えた。


 矢印みたいに、横に、上に、上昇していく。


 どこに向かっているのかは分からないけど。


 向かう先は柱みたいで、横の広がりと、上昇する広がりを持つ、垂直ベクトルみたいで。


 十字架にも見えた。


 きっとそれは、柱を知っていたら柱という概念(がいねん)だと認識されるもので、垂直ベクトルを知っていたら、何らかの方向性(ベクトル)の交わりという概念(がいねん)だと認識されて、十字架を知っていたら、十字架という概念(がいねん)だと認識されるなにものかで、多分、人間には、完全には知り得ないものなんじゃないか、と、漠然(ばくぜん)と思った。


 天地(てんち)開闢(かいびゃく)の時から、天と地を繋ぐ、光の柱だ。


 その時からずっと、全てを見守って、()()()()()()()()んだ、と、漠然(ばくぜん)と思った。


 ()()()()()()()()()()()、と、何となく思った。


 『亡くなった人の魂』という()()になっても、この柱が()()()()()()()()から、その概念(がいねん)さえ認識出来さえすれば、いつでも、どこでも、『帰って来てくれる』し、『迎えに来てくれる』し、『傍にいてくれくれる』んだ、と。




 私達の横を、光る矢印みたいな(なに)かに乗って併走してくれている、あの、白い、ノースリーブワンピースを着た女の人が見えた。


「ベートーヴェンピアノソナタ第一番、第四楽章、presti(プレスティッ)ssimo(シモ)が聞こえるわ」


「私、聞こえない」


「良いの、()()、そういう曲だって()()()()()()んだもの。これから見るものには関係無いし」


「何を見るの?」


「何が見える?」




 あ。ここは、屋敷だ。


 あそこが、蔵。


「…ねぇ、あれって」


 いつの間にか、屋敷の庭に立っていた『いしく』に、私は話し掛けた。『いしく』は、私を、まだ抱いたままだった。


「おお、下働きだ」


 …タヅさんだ。


 今見ても、凄く若かったんだな。兄ちゃん(あにやい)より少し若かったのかもしれない。顔が、全然、よく見えないけど、朧気(おぼろげ)でも、顔の中央が高い、というか、横顔が綺麗で、覚えてないけど、美人だったんだと思う。


何処(どこ)を見てるんだろう」


「そりゃ、お前、()()を、さ」


()()?」


「厄介な女だ、自分が下働きなことが我慢出来んから、主人の家の男の子を生んだことにしがみ付いとる。自分の子は()()だから可愛がっとるが、()()()()しか見ちゃおらん。そりゃ(しいた)げんだろうが、自分の子は空気と同じだな」


()()?」


「下働き生活から抜け出す()()さ。結局失敗したが。上手くすりゃ、本家の奥方(伴侶)になれる」


「…そうなの?」


父さん(とっさ)が死んじまったら、どうだ?」


「どう、って?」


妾腹(しょうふく)の年の離れた()を可愛がって、頭が良いから学校に入れてやろうか、などと思ってる『未婚のお人好し』が家督(かとく)を継ぐんだぞ。下働きから、一気に、学校にも入れてもらえるような扱いの男の子の母親だ。()()に使わん手があるか」


「『未婚のお人好し』…?」


()()()()()だ。()()()なら、老いていく好色爺(こうしょくじじい)より、自分と年の近い、お人好しが()いだろ、そりゃ。確かに、父さん(とっさ)が生きてるうちは、嫡男(ちゃくなん)に、下働きなんぞ選ばんし、亡くなっちまえば自分で嫁を選ぶだろうが。だが、父さん(とっさ)が死ぬ前に縁付かせれば、どのみち、あの女に()()が手に入るわけぁ無かったんだが、そういうことが分かる程は賢くなかった。だからこそ、父さん(とっさ)が気に入ってたんだがな。何でも言うことを聞くと、(あなど)って」


()()()…」


「お人好しだったよ。情が深くて。家畜でも何でも、(いじ)めたのを見たことがなかった。下働きにも、無意識にでも、(さげす)んだ態度を取ったりはせんかった。あの時代にしちゃ珍しい。ああいうのを人徳(じんとく)と言うんだろう、家畜も、よく(なつ)いたし、人が周りに集まった。…父さん(とっさ)より」


父さん(とっさ)より?」


「見てる人は見てるもんだよ。父さん(とっさ)も分かってた。嫡男(ちゃくなん)(ほう)が、自分よりも、人の上に立つ器があることは」


 何故かそれは、()()()()話のような気がした。


 情が深くて、他人の為に平気で涙する人だった気がする。

 (ぶん)(わきま)えていて、出過ぎたことはしないけど、物事を丸く収めてくれた。


 姿を見掛けるとホッとした。


 賢いけど、ちっとも威張らなくて、小さい子に対しても、間違った時に、自分の非を簡単に認める人だった。


 …それは多分、父さん(とっさ)が『出来ない』ことだった。


()()父さん(とっさ)が、一番愛して、憎んだ子だ」


「憎んだ?」


「憎んで、妬んだ。喇叭(ラッパ)を三回吹き鳴らす前に、捕まえたがってる」


喇叭(ラッパ)を?」


「もう、喇叭(ラッパ)は、既に、二回吹かれてる。()()()を書かれた時と、()()()が守られた時。()()()の内容が公表されたら、三回目。筆塚も建ててもらえるような人格者から、好色(こうしょく)な嘘つきになる。それが我慢出来んのだろ、一番惚れた女の生んだ『息子』が、自分を告発するのが」


「…貴方(あなた)って、結局、何?」


父さん(とっさ)が祭りで()()()()()()時の『間違い』だ。秘密を握りつつも、味方の振りして、共犯者になってやったから、簡単に()()してくれた。自分の頭が良いと思い込みたくて、自分の間違いが認められないから、俺みたいなのに、逆に、簡単に引っ掛かった。誰にも、悩みも間違いも打ち明けられないから、『間違い』の子とだけ秘密を共有して、頭が悪いから、身分が低いから、と、好きなだけ(あなど)れる『下働き』にしか、結局、安心して欲情出来んかった阿呆(あほう)だ。(あなど)り過ぎだ、自分が『下働き』の()()じゃないとも気付かんとは」


 『いしく』は、微笑んで「可哀想になぁ」と言った。


「一番惚れた女も、結局、無理言って本家の嫁に迎えても、早死に。相手には、薄っぺらい中身を見抜かれていて、形式的にしか相手にされとらんかった。()()()()()()、相手にされん」


「…あれ、何?」


 蔵の近くに、真っ黒な塊が、(うずくま)ってるように見えた。


父さん(赤の王)さ」


「…その前に居るのって…」


 …姉さん(あねやい)


「おお、三月ウサギ(ヘイヤ)だな。帽子屋(ハッタ)お前(アリス)と、ずっと、お茶会していたかったろうに」




 ふと、白いノースリーブワンピースの女の人が出て来て、姉さん(あねやい)の姿と重なった。



 着物姿の女の人が、顔を(おお)って、泣き崩れた。


「子どもを助けてください」


 …えっ?


姉さん(あねやい)?」


お前(アリス)を探しとるんだ」


「えっ?」


 着物姿の女の人は、髪を振り乱しながら、泣いている。


「子どもを助けてください。小さな手を握って寝て、毎日、髪を()いてやった、小さいあの子を、返してください。賢い、小さな男の子を、返してください。…優しい、その子達の()を、返してください。…あの家の()()()は、全部、私の子ども」


 (うわ)(ごと)のように、女の人は、泣きながら「子どもを助けてください」と言ってる。


 『いしく』は「お前(アリス)(はく)(しば)()けられとるんだ」と言った。


辺獄(ここ)で、()()の愛情に救われるのを待って、ずっと(こども)のまま、ああして、『母親になれなかった』女に、(しば)()けられとる。彷徨(さまよ)っとるんだ」







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