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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第九章
90/93

久那土神:'Would you tell me, please, which way I ought to go from here?'

「呼びました?」


「え?」


「神様です」


 カミサマデス?


「え、えっと」


 わー、可愛い。


 相手は「可愛いでしょう」と言って、ニコッと笑った。


貴方(あなた)に分かり(やす)く、()つ、怖くないように、()()()()()()()()()()()の姿を借りているもので。まだ性別などありませんけど、貴方(あなた)概念(がいねん)として分かり(やす)いように、二歳くらいの姿にさせて頂いています」


「が、概念(がいねん)。…は、一旦(いったん)(わき)に置いておくとして。…何で、俺そっくりなんでしょう…」


 確かに、(つばさ)(くん)くらいの年の子かなぁ、とは思うのだが、宇宙空間のような場所に、綺麗な、極彩色(ごくさいしき)の衣装を着て、羽衣(はごろも)のような美しい領巾(ひれ)を身に付けて浮かんでいる『神様』は、ビー玉みたいに大きな黒目(くろめ)をした、色白の、黒い(つや)のある短い髪をしている。…俺の、小さい頃の写真そっくりの顔をしていた。


 …あ。童形(どうぎょう)の、神様?に、…会っちゃった、ってこと?


「助かりましたよぉ。『彼女』を連れて帰って来てくださって。これで、(とどこお)っていた()が、やっと()に進みます」


「はぁ…?」


「私、()()来名(くな)(との)(さえの)(かみ)久那土(くなど)(がみ)と申します。()()(すなわ)ち『来てはならない場所』、道の分岐点や(とうげ)村境(むらざかい)で、悪いものを防いでいるとされておりましたが、転じて、道を守る神、交通、旅の安全の神となりました。更に、貴方(あなた)の『概念(がいねん)』の中では、疫病(えきびょう)退散(たいさん)五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)(えん)(むす)び、家内(かない)安全(あんぜん)子孫(しそん)繁栄(はんえい)御利益(ごりやく)がある神です。…私、毎年ねぇ、神無月(かんなづき)になりますと、集落の縁結びを出雲(いずも)でやってくる、って伝承がある程度には、()(さず)かり担当なんですけど。手強(てごわ)かったですねぇ。()()じゃ、()()()()()()のものも生まれないですって。…(さい)()しの左手の親指の(しわ)まで覚えてるなんてねぇ。あれじゃ、生活に()の存在が入り込む隙間(すきま)が無いじゃないですか。愛情深いのは(まこと)結構(けっこう)ですけれども、(さい)()しは、()()()にしないと」


(さい)()し…?あ、あの神様、随分立派な御姿(おすがた)をされている御様子(ごようす)ですが…手に御持(おも)ちの、それは、天狗面(てんぐめん)でしょうか?赤い…」


「はい。男女(だんじょ)一体(いったい)の為、衣装は、飛鳥(あすか)時代(じだい)に仏教受容して浸透し始めた後、天平(てんぴょう)の頃の女性貴族のイメージですけど、貴方(あなた)、随分、道祖神(どうそじん)に対して、道俣(ちまたの)(かみ)のイメージが強くていらっしゃるんですね。一神(いっしん)あり、天八達之衢(あめのやちまた)に居り、其の鼻の長さ七咫(ななあた)、背の長さ七尺余り、まさに七尋(ななひろ)といふべし。猿田彦(さるたひこ)イメージに引っ張られていらっしゃるんでしょう、だから、私の持つ()()は、天狗面(てんぐめん)で…(よう)は、男根(だんこん)ですよ。()()にも、(よう)(せき)の形の石像があるじゃないですか。…あれって、考えたら、不思議ですよね。道祖神(どうそじん)五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)子孫(しそん)繁栄(はんえい)概念(がいねん)をくっ付けるには、あまりにも『男性的』で。豊穣(ほうじょう)出産(しゅっさん)で、縄文的な『地母(ちぼ)(しん)』的な要素を入れるなら(いん)(せき)(ほう)が良さそうなものですが。案外、江戸後期とか、近世(きんせい)に入ってからの概念(がいねん)なんでしょうかね…」


 見てると、二歳くらいの俺が話してるみたいで、目がチカチカするな…。


「…俺は、天狗面(てんぐめん)に対して、()()()概念(がいねん)を持ってるんですか…?」


 『神様』は、「何とも言えませんねぇ」と、明るく言った。


「『人間』って、長い物とかに、()()()()概念(がいねん)を抱きがちなもので、貴方(あなた)が持ってるとか、持てないとかは、分からないですけど、羅馬(ローマ)tintinna(魔除け)bulum(道具)にも、似たような感じの物はありますから。割合、無意識化でも、『人類』が共通で持ってる概念(がいねん)なんじゃないでしょうか」


(しばら)く、天狗面(てんぐめん)()を見たら、()不味(まず)い気持ちになりそうですけど…」


 『神様』は「覚えていらっしゃればね」と言って、領巾(ひれ)を揺らして微笑んだ。


「必要なことは覚えていられますが、不要であれば、どんどん、忘れてしまうようなことです。特に、ここで見聞きしたものなんて」


「…ああ、そうだ、『(よし)()』だった時のことなんて…。本当に、断片的にしか…」


「『降籏(ふるはた)高良(たから)』として生きるには、本来、不要ですからね。()()で、思い出しただけ。必要なくなれば、また忘れるでしょう」


()()?」


貴方(あなた)、今、結構な、『道の分岐点』にいらっしゃるから、私、この地域担当として、サービスで出てきたので。でも、済みません、入れ歯担当じゃなくて…。そこは先に謝っておきますね」


「えっ?」


「…八百万(やおよろず)も神が()りますから、日本国内の何処(いづこ)かには『入れ歯と寝たくない』を聞き届けてくれる存在も、無いとは言い切れないんですけど…。ちょっと、今回は、解決してあげられないです、担当違いで」


「担当違い…」



 …通りすがりの場所の街灯の電球が切れてたから、そこの自治体の存在が不明であるが(ゆえ)に、市役所に電話したら、市役所は市役所でも、うっかり、電話番号の数字何個か違いの『子育て支援課』の番号で、内線で担当部署に回される時みたいな()不味(まず)さ…。



「…あっ、何か、そんな願いに、御気遣(おきづか)(いただ)いて、何だか、申し訳ございません…。たった二泊三日のことで、そんな…」


 電話だったら最初に『こちらに御聞きして宜しかったでしょうか』って聞いた(ほう)が良いやつでしょうかね…。


左様(さよう)ですか、歯痛(はいた)でしたら、東京の荻窪(おぎくぼ)白山(はくさん)神社(じんじゃ)か、大阪の綱敷天神社(つなしきてんじんじゃ)末社(まっしゃ)の、稲荷(いなり)が元になっている()(がみ)大神(おおかみ)、別名、()神社(じんじゃ)がございますけれども。熊本県(くまもとけん)玉名郡和(たまなぐんなご)水町(みまち)西吉地(にしよしち)にも、歯の神様が鎮座していらっしゃるそうです。こちらも歯痛(はいた)ですね」



 結構、事務的…。


 問い合わせに電話で答えてくれる市役所の人みたいな感じなのかな、『俺』の概念(がいねん)の『神様』って…。


 俺の性格とかが反映されてるんだとしたら、ちょっと複雑な気分…。



()神社(じんじゃ)…。名称がドストレートで、御利益(ごりやく)を感じますね…。今のところ、歯は大丈夫です…。有難うございます…」


「入れ歯ですと…御寺(おてら)さんになってしまいますが、奈良の弘願寺(こうがんじ)は、歯の健康祈願と入れ歯供養の歯がため地蔵があるとか。近年では抜けてしまった乳歯や、故人の入れ歯を納める(かた)もいらっしゃるそうですよ。ただ、入れ歯()()なので、()(ねが)(ごと)()うか(いな)かは…」



 ()役所(やくしょ)職員風(しょくいんふう)口調(くちょう)外見(がいけん)二歳児(にさいじ)天狗面(てんぐめん)所持(しょじ)の、天平(てんぴょう)文化(ぶんか)女性(じょせい)貴族(きぞく)衣装(いしょう)着用(ちゃくよう)の『神様』…。居そうで居なさそう、というか、他所(よそ)に絶対居ないだろうから、『俺』が作り出した概念(がいねん)の『神様』なんだと説明されると、まぁ、八百万(やおよろず)もいらっしゃれば、こういうこともあるかな、…と納得しそうにはなってきた。



「お、お気遣いなく、有難うございます。…本当に、思ったより、色んな神様がいらっしゃるんですね…」


「この国、コンビニより神社の(ほう)が多いですからね。それにしても、いやはや、大変ですね、()()()()()()()()()でしょう」


「…と、申されますと」


貴方(あなた)、すっごく、()()()()存在なんですよ、御先祖様達にとって。だから、もう、彼方此方(あちこち)の御先祖が、貴方(あなた)跡取(あとと)りに欲しくて、争奪戦ですよ。んまー、縁結び業務的には、代行してくれるものなら、貴方(あなた)を発見する為に御縁(ごえん)()()てくれたところで、そうなのねー、集めたいのね、くらいの感じですけど。粘着(ねんちゃく)されてるみたいで、貴方(あなた)()()()()でしょう」


「…は、はぁ?あ、跡取(あとと)り、ですか?」


御祖(みおや)が、貴方(あなた)に、すっごく期待を掛けてるんです。だから、何度生まれても、嫡流(ちゃくりゅう)長子(ちょうし)に生まれがちな上に、体が丈夫で、割合(わりあい)、頭が良いんですよ。皆、貴方(あなた)が欲しいんです。大変でしたねぇ」


 『神様』は、そう言って、大変可愛らしい様子で(ねぎら)ってくれたが、俺には、全く意味が分からなかった。


「『俺』より頭が良い()なら、居たはずなんですけど…。ピンと来ませんね、何か、頭が良い、とか言われても…」


「その子は、あと何回かで、輪廻(りんね)()を脱するんです。『人間』の世界の跡取りにするには、高位の魂過ぎるんですよ。そろそろ、人間の姿で抱える苦労は、学習しきる頃です。なので、()も、何処(いづこ)かで、容姿と頭脳と家柄と資産に恵まれて生まれて、跡取(あとと)り問題から()()()されちゃうと思います」


「す、凄い…。そうすると『俺』、()より、苦労知らずみたいに聞こえますけど…」


「あー、伝え(かた)が悪かったでしょうか。『高位』と言っても、本来『魂』に、上も下も無いんです。全部同じ宇宙という存在から生じた、『梵我一如(ブラフマン)』ですから。輪廻(りんね)の回数も、それぞれ違うでしょうし、使命が違えば、苦労の種類も違うので、…貴方(あなた)は…御祖(みおや)にも親戚にも人間にも、モテてモテて仕方ない、みたいな、理不尽な苦労をすると思いますけど。それが宿命だと思ってください。運命は変えられますけど、宿命は(あきら)めてください。どの家に生まれる、どの親に生まれる、どの性別に生まれる、とかは宿命なので、生まれた以上は変えられないんです。変えられる運命として、生まれた後に、家や親と縁を切るとか、自分で性別を選ぶ、とかは、出来るでしょうけど」




 …『理不尽な苦労をしますけど宿命だから(あきら)めて』って?…えっ?…えーっ…?な、何を聞いたんだ、今。




「…()も、いませんでした?『俺』。多少の?事情はあれど、普通、そっちが嫡男(ちゃくなん)では…」


「うーん、『芸術家』とか『職人肌』の()って、使命が()、とでも申しましょうか、そういったことには()()()なんです。支配者層向きではない、とでも申し上げましょうか。支配者層が出資者(スポンサー)になる(ほう)の存在です。太古(たいこ)は、生産の中に芸術が存在しましたが、それこそ、時代の潮流によって、『芸術家』は、生産に不向きな魂になってしまいました。誰かが生産した余剰(よじょう)(やしな)われて、()()()()()()()美しい物を作り出す事が本懐(ほんかい)ですので、多少、支配者層の造り出す社会の枠組みからはみ出し気味なんですよ。本人の才覚(さいかく)としては嫡男(ちゃくなん)になれる器量を持ち合わせていたとしても、本人の()の持ち味の良さを生かせませんので。…皇帝ネロ(芸人志望)ヒトラー(美大落ち)も、芸術家肌でしたし、歌を歌わせてあげたり、絵でも描かせてあげたりしていた(ほう)が、支配者層になるより、良かった可能性もありますもんね。歴史にIF(もしかしたら)は無いですけれども、『芸術家』に家とか権力を継がせない(ほう)が良い場合もあるんですよ」




 …何か、怖い固有(こゆう)名詞(めいし)が聞こえたような?




「…そうだ。縁結(えんむす)び、って、(おっしゃ)いました?この集落で…兄妹(結婚出来ない存在)を結び付けたり、なさいませんでした?」


 しかし『神様』は、あっさり、「結び付けませんでしたよぉ」と言った。


「んもー、昔は異母兄妹ならOKだったのに、ルールを勝手に変えてぇ。だから、()()やってませんー」


「…ええ…?」


「お腹空いてるって言うから、五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)、御米を豊作にしたら、米余りで減反(げんたん)、とか言い出して。じゃあ、キャベツを豊作にしたら、豊作(ほうさく)貧乏(びんぼう)だー、とか。勝手にルールを変えておいて、こうじゃないって後から言われてもぉ。理不尽ですよぉ。勝手に戦争しておいて、神の怒りだー、とか。石油の利権(りけん)欲しがったの、神じゃないですからぁ。そんなの、昔は、欲しがらなかったじゃないですかぁ。日本書記では『燃ゆる土燃ゆる水を献ず』とかって珍品(ちんぴん)(あつか)いしてても、鎌倉くらいからは臭水(くそうず)って呼んで嫌ってたじゃないですか。もー、寝て起きて、目が覚めたらルールが変わってる感じなんですよねー。キャベツだって、前は、キャベジって呼んでたのにー。こんなに愛してるのに。水も、空気も、土地も、何の見返りも求めずに与えているのに、勝手に取り合って、神様が怒ってるって言われても。別に、そんな狭量(きょうりょう)じゃないですしぃ。そもそも、私、極端な話、(いくさ)(がみ)でもないですし」


 可愛い『神様』は、然程(さほど)怒っている様子もなく、平坦(へいたん)な口調で、そう言った。


「…何か、申し訳ございません…」


「あー、そうだ、()()()のことを(おっしゃ)ってるんでしょう?あそこは()()、御夫婦だったんですよ」


「ほぇ?」


 変な声出しちゃったよ…。


「奥さんの(ほう)が、旦那さんを好き過ぎて、()()()、追い掛けて生まれてきちゃって、うっかり異母兄妹になっちゃったんですよ。それで、()()は子どもが生まれる前に死別なさった御夫婦でしたので、()()()奥さんが、慌てて妊娠したがって。ただ、来てくれる()が、なかなか見つからなかったので、私が、()(くに)概念(がいねん)のところから、()()、奥さんと仲が良かった、()のあるお嬢さんに来て頂いて、()()()になって頂いたんです」


 …何か、とんでもない話を聞いてるような…?


()()もねぇ、牧師さん達に英語を習ってらして、本当は、英語の讃美歌も歌えたような、優秀なお嬢さんだったんですよ。時代的に、隠していらしたでしょうけど。()は、知識欲に(あふ)れていたはずです。そう考えますと、()()は、伝道師(でんどうし)と申しますか、神殿に仕える巫女さんのような役割も、多少、(にな)っていらしたかとは思いますが、元来、そんな(ふう)に、他人に、自身が解析(かいせき)した物事を教えるのが上手い(かた)なんです。そして本当は、珍しい、個性的なものも好きなのに、時代的に、それを公言することも許されなかった。だから、今回、御夫婦の()として美以(メソジスト)の国に生まれたこと自体は、()は喜んでいたのでは?英国人(イギリスじん)になりかけていたくらいには」


 …んんんんん?


「な、なりかけて?ならせてあげたら良かったのでは…」


 『神様』はキョトン、とした顔をした。


「心にもないことをぉ。日本人の男の人を好きになったら、国籍は、あっちじゃない(ほう)が結婚し(やす)いでしょう?私、知ってるんですよ、何か、手続き、色々あるんでしょ?後々(のちのち)、絶対感謝しますよ、『()』に」


「…はぁ?」


 こ、心にもないことを?????


「好き合った人と、海を挟んで遠距離恋愛なんて、出来る性格じゃない(くせ)に、自分のこと、(なん)にも分かってないんですね。貴方(あなた)って、実際は、もっと保守的ですよ。物分かりの良い振りして、別居婚なんか選んだら、多分傷付きますよ」


「…へぇっ?」


 …あれ?


 …何か、グサッとした。


 …好き合った人と、離れ離れ、って。


 何か…。

 確かに、何か、頭では納得出来ても、気持ちで納得出来ないような…。


 …えっ?嘘。そうなの?俺って、やっぱり、『誰かとずっと、長く一緒にいたい』人なの?




 『神様』は、俺の戸惑いに構わず、続けた。


「いやはや、それにしても、御先祖の墓前(ぼぜん)で『彼女』だって、御盆に報告するなんて、今日日(きょうび)、なかなか出来ることじゃないですよぉ。いやー、立派だ。御先祖も、喜んでらっしゃいまして。(えん)(むす)び、家内(かない)安全(あんぜん)子孫(しそん)繁栄(はんえい)御利益(ごりやく)、ありますよー。確かに(うけたまわ)りましたぁ。ここからが、やっと担当業務ですよ、もー」


「…何を、(うけたまわ)られたので…?」


「日本は言霊(ことだま)の国ですから」


 ?????


「えっと、あんまり、その…、分からないんですけど、(えん)(むす)びの()()(やく)とか言われても…。誰かを『好き』、とかって、あんまり、どういうことか、分からないし…」


 『神様』は、初めて、可愛い顔の眉根を寄せて、「あー」と言った。


「…貴方(あなた)って人は…。()()も、そぉんな感じでフワフワして、きちんと学ばないまま、『享年二十五歳』で亡くなったんでしたねぇ。もー、御先祖、吃驚(びっくり)してたと思う、いくら貴方(あなた)()()()()が悪いからって、まさか子孫を残さないパターンで、本家の有望株が適齢期で消えるとか。()()は、『享年二十五歳』を()()()()してもらえたんですからね?きっちり長生きして、()()()の面倒も見るんですよ?んもー、()()、美人の、年回りの合うお嬢さんと(めぐ)()えても、()()、全く気づかなくて、退廃的(たいはいてき)美貌(びぼう)()()()(ほう)に行きそうになるわ、()()清楚(せいそ)(けい)()少女(しょうじょ)()(ほう)に行きそうになるわ、挙句(あげく)()()、失恋もし(そこ)なうなんて。それじゃ()()蓄積(ちくせき)されないでしょうよ。どういう了見(りょうけん)なんです。そろそろ、きっちり傷付いて学ばないと。勉強ばっかりしてたって、教科書に書いてないことは、赤点ですかぁ?留年ものですよ、ホント」


 外見(がいけん)二歳児(にさいじ)からの、突然のディス。


「う、え?ぅえぇえ?…何で、両親も『神様』も、勉強ばっかりするな、みたいなことを…。どうやったら、誰かを本当に『好き』って、分かるんですかぁ。そんなの、教科書に、本当に書いてないですし」


「そうですねー、ベタですけど、同じことを違う人に言ったり、したりしたら、自分の気持ちが、どう違うか、っていうところで判断しても宜しいのでは?何か、あれでしょ?比較研究とか、なさってらっしゃるんでしょ?自分の気持ちでも、比べて納得、とか、してみたら如何(いかが)でしょう?」


「ベ、ベタとか、(おっしゃ)るんですね?」


「長生きなもので。『あーこれ百回見た』みたいな展開、あるんですけどぉ。やっぱり、ベタが一番ですよ。第一印象は最悪だけど最終的にくっ付く、とか。眼鏡を外すと極端に容姿が良くなるとか。ヒロインにイケメンの幼馴染(おさななじみ)がいる、とか。複雑な過去を持つイケメンが出てくる、とか。一人暮らししてる高校生が出てくる、とか。地味目の黒髪ベタ塗りのヒロインの親友が、白抜き髪の派手目にしてあってキャラ分けされてるとか。幼い頃別れた幼馴染(おさななじみ)と高校で再会、とか。言いたいこと言えずに擦れ違い、とか。彼女が海外に行くから別れる、とかいう展開になったら、キッチリ空港まで追っ掛けて、止めに行って、復縁する、とか」


「…すっご。全部、どっかで見たことありますね…?何か…メタいな…?」


「ベタでしょー。そうそう、空港まで彼女が行って、キョロキョロしてる、やっぱり来てるわけないわよねー、からの、足元から写す()(かく)で、テーマソングが流れて、彼女の驚く顔がアップになって、カメラ、そこから引きになったら、彼氏が走って、彼女の元に駆け寄るんですよぉ。そんで、彼氏に気付いた彼女は、手にしてたスーツケースの取っ手を離して」


(ふる)っ。…えー、何でだろ、そんなドラマ見たことないはずなのに…」


「そう、何故か『あーこれ百回見た』ってなるでしょ?タイトルも分からないのに。そういうのが、結局、記憶に残るんですよ。ベタの『概念(がいねん)』みたいな感じで、()()はずの記憶が(よみがえ)るでしょー。これがベタの(ちから)です」


 が、概念(がいねぇん)


「…『自分』って、何なんでしょう。自分のことなのに、自分のことが、一番分からない気がして…」


 『神様』は、不思議そうに、「はぁ」と言った。


()()()()()なんてものは、割合(わりあい)、近代に出来た概念(がいねん)なので、幻想とも申せましょうが」


「…幻想」


「幻想ですよ。自由恋愛も、近代の発明品ですから。繁殖(はんしょく)欲求(よっきゅう)から、家や国同士の関係性(かんけいせい)構築(こうちく)の材料や、氏族(しぞく)として生き永らえる手段と変化していって、行きついた先が自由恋愛です。古い時代の婚姻が、恋愛の無い婚姻と考えると、個人的で自由な事柄(ことがら)ではなく、もっと社会的なものだったわけですよ。だから『縁結(えんむす)び』が重要だったのです。家格(かかく)が合う、年回りが合う、健康かどうか、土地持ちが、持参(じさん)(きん)が出せる家か、幼い頃から顔見知りか、などとね」


「生き永らえる手段…」


「身も蓋も無いとお思いになるでしょうが、それこそ、実は、貴方(あなた)が、恋愛に幻想、夢やロマンを抱いている証拠ですよ」


 グサッと来た。


 …えっ、恋愛下手な朴念仁(ぼくねんじん)のはずなんですが。

 そんなロマンチストなんですか、俺は。


「…貴方(あなた)の分かる範囲の概念(がいねん)に落とし込んで説明しますか?」


「…お願いします」


 あんまりスピリチュアルな感じの解説(かいせつ)だと、絶対噛み砕けない自信があるから…。


「それでは、文化人類学的な御話(おはなし)では如何(いかが)です?」


「ギリギリ…いけそうです」


 それも、理解出来る自信ないけど…。


性別(せいべつ)役割(やくわり)分業(ぶんぎょう)、というもの、お分かりになります?」


「…例えば、男性が狩猟(しゅりょう)、女性が採取(さいしゅ)、という感じの分業(ぶんぎょう)、って認識(にんしき)で宜しいでしょうか」


「はい、例えば、そんな感じです。では、()()、それを行っていたか」


「何故…」


「アマゾネスの例を考えると、実は、生物学的には必ずしも、男女の役割は、分けなくてもいいわけです。例えば、多くの文化で、戦闘(せんとう)要員(よういん)を男性にすることの理由を、母体保護などとしてしまうと、アマゾネスの例の説明が出来ない。体の丈夫な女性も運動神経の良い女性もいたでしょうし、虚弱(きょじゃく)な男性も、女性より非力(ひりき)な男性もいたでしょう。本来それは、性差ではなく、個体差のはずなんです、男性の(ほう)が筋肉量が多くなりがち、などといった、性別的な傾向(けいこう)は存在するにしても。だったら、得意な人が、性別に関係なく、好きな仕事をやればいいでしょう?現在のように。それを、何故、多くの文化で、性別によって、分けたのでしょう」


「…何故?」


 ヤバい、本気(ほんき)で分からん。


「何事も例外は存在しますが、一例(いちれい)として、それは、婚姻(こんいん)の為です」


性別(せいべつ)役割(やくわり)分業(ぶんぎょう)が?!」


「はい。男性が肉や魚を()り、女性が木の実を()る、と、()()()分業しておくと、どうなるか。婚姻関係を結ばないと、男性は木の実を食べられず、女性は肉類を食べられません。木の実を食べたかったら、肉を食べたかったら、異性と婚姻を結ばなければならないのです、()()()分業しているのですから、その集落では、それが決まりです。このような()(ごと)による()()によって、人間は、異性と婚姻を結んできました。そうすることで、結果的に子孫が絶えない。その集落の子孫は生き永らえる、という仕組みが、性別(せいべつ)役割(やくわり)分業(ぶんぎょう)(もたら)す効果の一例(いちれい)でした」


「…あー、性別(せいべつ)役割(やくわり)分業(ぶんぎょう)が無いと…。一人で生きていても、肉も木の実も食べられるなら結婚しない、と、言い出す人間がいても、不思議じゃないですね」


「はい。()()()()人間は、()()が無いと、積極的に婚姻、という、リスクも多い契約を、異性間で結ばないのだ、ということが、昨今(さっこん)成婚率(せいこんりつ)で、ハッキリしてしまったでしょう?もう、人間は、一人で生きていても、コンビニでハンバーグやチョコレートを買って食べて、幸せに暮らせるのです。自由や多様性、個人主義による地域集団との乖離(かいり)可能の状態というのは、実際は、婚姻と、非常に相性が悪いのです。ただ、婚姻や性交、繁殖に内在していた『恋愛』という幻想は、形骸化(けいがいか)しながらも残存(ざんぞん)しました。『あなた』と『わたし』が『自由』に選んだ『恋愛』という、比較的最近出来た幻想です。実際は、()()によって『自由に選べない』、『行き当たりばったりではない』、家柄(いえがら)などが合う者同士、親に認められて婚姻を結んだ(ほう)が、高貴で上等で、品行(ひんこう)方正(ほうせい)だ、という歴史も、長く()ったのです。時代によって価値や意味が流動する、普遍性(ふへんせい)の無い幻想が『自由恋愛』です」


「…無味乾燥(むみかんそう)ですね?」


「構成する要素を抜き出したまでです、分かり(やす)くする為に。実際は、何らかの事象(じしょう)に、良いも悪いも無いので。受け取り手や時代の問題ですよ、それこそ。今は、多様性(たようせい)万歳(ばんざい)、なんでしょう?職業選択の自由、大いに結構。芸術家になりたいなら、向いてないのに支配者層の嫡男(ちゃくなん)になんかならなくたっていいし、婚姻するもしないも、先祖供養するもしないも、地域集団からの()()なんか無しに、自分で決められるわけで」


「要素を…抜き出して説明してくださったんですね、俺に分かるように…」


 …そういう人、ホント、周りに多いから、やっぱり『神様』、俺に合わせて話してくれてるのかもな…。


 これが俺の持つ、『神様』の概念(がいねん)…。


「だから、単に要素を羅列(られつ)しただけなのに、それを無味乾燥(むみかんそう)だと思ってしまうことこそ、実は、貴方(あなた)が、恋愛に幻想、夢やロマンを抱いている証拠なわけですよ。本当は、無味(むみ)でも乾燥(かんそう)してる状態でも無くて、『あなた』と『わたし』が『自由』に選んだ『恋愛』だったらいいのになー、と思ってるわけです。そういう夢があったら、と。要素に分解して(ろん)じたくなんかないわけです、ロマンが無いから」


 グッハ!

 グサッと来た。


「砂漠の民が、迷い込んできた客を丁重に持て成すのも、長い目で見れば、砂漠という厳しい環境に、困窮した他氏族を放置することで、自身の子孫の未来の婚姻相手が死滅してしまわないように、という意味があるとも言われております。日本の昔話では、迷い込んできた女性は、集落の男性の婚姻相手に、男性は外敵、(おに)として殺害された、という話が多い。そこに『人情』や『恋愛』の物語を付加(ふか)するか、要素を抜き出して、無味乾燥(むみかんそう)な、『婚姻』による繁殖のための『手段』や『目的』としてしまうかは、最早(もはや)、文化的な、受け取り(かた)の問題と言えるでしょう。だから本来、『婚姻』や『恋愛』をしないとか、出来ないことなんて、(なん)ら、個人の問題ではないと言えます。身分が低すぎれば婚姻が許可されない時代も長く()りましたし、社会が()()を与えなければ、()()()()人間は、それらをやらない、と」


「…じゃあ、俺が朴念仁(ぼくねんじん)で…一生、自分のやりたいことだけやってて、そういったことに興味が持てなくても…」


「まぁ、そういうこともあるかもねー、くらいの感じです。性別(せいべつ)役割(やくわり)分業(ぶんぎょう)も、婚姻の仕組みも、別に、神が作ったわけではないので。人間の都合(つごう)で作られたシステムなだけですから、有用性(ゆうようせい)がなくなれば、衰退(すいたい)しても、まぁ、そういうこともあるかもねー、くらいの。私としては、頼まれれば、縁結(えんむす)びはしてあげますけども。そういう概念(がいねん)ですから」


「はぁ…。スピリチュアルに寄らなさ過ぎて、ロマンの欠片(かけら)もなくても、それはそれで噛み砕き(にく)いんですね…。やっぱり俺、ロマンチストなのか…?」


「しかし、必要があるから、政治的(ポリティカル)妥当性(コレクトネス)とかが作られたんだと思いますから、敢えて物事を露悪的(ろあくてき)に伝えるのも、品が無いと感じるのであれば、それもあなたの個性なんじゃないでしょうか。わざわざ、ミッキーマウスの中の人の話なんかしても、喜ばれないのと同じです。小さい女の子に、良家の子女(アリス)はディズニー()()()()()じゃない、って厳密(げんみつ)に説明したって、泣いちゃうだけです。正論は正解ではないのでしょう?ただ、『(かみ)視座(しざ)』から御話出来ることは、()にございます。今までの御話は結局、『人間に理解出来る話』でしかないので」


(かみ)視座(しざ)?」


御覧(ごらん)になります?」


「…いいんでしょうか」


「見て理解出来るかは、別の話なので。そして、必要がなければ、記憶に留めておくことも出来ませんから。私にしてみれば、機能階層(レイヤー)の一種に過ぎませんし」


「レイヤー?」




 可愛い『神様』が「いらっしゃい」と言うと、俺の体は、ふわりと空中に浮いて、『下界』を、上から眺める形になった。


 どこの夜景なんだろう。


 俺の(かたわ)らに浮いている『神様』は、(きらめ)く星空の中で、美しい領巾(ひれ)纈裙(ゆはたのも)を揺らしながら、両手に持っている赤い天狗面(てんぐめん)をこちらにむけて、愛らしく微笑んで、言った。


「あれが『現世』です。その上に、何層か、膜のように、網上(あみじょう)の物が掛かっているのが、御見えになりますか?何層分見えるかは、(れい)(かく)によるでしょうけれども」


「はー、(うす)ぼんやりと…。マスクメロンの皮の表面の網目(あみめ)模様(もよう)みたいなものが…」


天網恢恢(てんもうかいかい)()にして()らさず」


「はい?」


天網(てんもう)です、これ。恢恢(広くて大きい)、って言うのにピッタリな様子だし、(目が粗い)でしょう?」


「ええっ?」


 テンモウデス?


「…あ、済みません。ちょっと、理解が、難しくなってきました」


「そもそも理解を期待出来るような概念(がいねん)ではございませんから、宜しいのですよ、謝らなくても。生きている人間は見ない想定の概念(がいねん)ですから」


 …ひょっとしなくても、とんでもないものを、見せてもらえてるのかなぁ、今。







※道祖神研究、都市民俗学論で知られる民俗学者、國學院大學名誉教授、倉石(くらいし)忠彦(ただひこ)(1939年12月15日 - 2023年6月25日)氏が、


(よう)(せき)の形の石像と五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)子孫(しそん)繁栄(はんえい)概念(がいねん)は、地母神的発想からすると、男性的で合致せず、近世以降の発想なのではないかと思われる」


と発言されておりましたが、御著書発見出来ませんでした。




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