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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第九章
89/93

偶像:If she should push the matter on,What would become of you?

※旧約聖書続編 知恵の書14.8‐10 偶像崇拝


しかし、人の手で造られた偶像は、

その作者と共に呪われる。

作者はそれを造ったからであり、偶像は

朽ちるものなのに神と呼ばれたからである。

神は不信仰な人も、その不信仰な行為をも

同じく憎まれる。

造られた物も造った人も共に罰を受ける。



※旧約聖書続編 知恵の書15.13 偶像崇拝の愚かさ


自分が罪を犯していることを、

彼は他のだれよりも知っている。

土を材料にして、器と偶像を造ったから。



 結局、キスした。


 意味があるのかな、こんなことに?


 私は水戸さんと一緒にいると、よく分からなくなる。


 キスする意味とか、一緒にいる意味とか。




 (しばら)く、そのままにしておいた後、私は、水戸さんの背中に自分の背中をくっ付けて、そのまま体重をかけた。


「…おっ」


 急に背中から加わった負荷に、水戸さんは驚きの声を上げて、それから、ちょっと間を置いて、少し笑った。

 声の振動が、背中から伝わってきた。


 背中合わせの位置が一番安心する。


 性別がどうとか、年頃の男女がどうとか、誰と誰が似てるとか、考えなくていいから。


 結局、体が『子ども』じゃなくなってしまったら、誰かに、ただ、抱き締めて慰めてもらいたいだけだったんだとしても、『誰か』は、避妊具を用意してる彼氏になっちゃうんだろうな。…何か、目を合わせられない。


 …目を見られない関係って、何なんだ。


 何で、目を見合わない(ほう)が良いような関係なのに、一緒にいるんだろう。


 私が誰にも似てなかったら良かったのかな。


 そしたら、()しかしたら、付き合うこと自体、無かったかもしれない二人だけど。


 この関係って何なんだろう。


 共犯?傷のなめ合い?利害関係の一致かな?


 私が与えるのは、…閉塞感なんじゃないかな。


 そうして、水戸さんは、そこから何か受け取って、キャンパスに吐き出し続けてるんじゃないか、って。


 これで良いのかな?

 何で、ここまでして、一緒にいるんだろう。

 お互い、自分からは離れない。


 自分が誰かの代わりとか、そういうことは、どうでもいい。


 …何にも、感じない。


 相手が、自分以外の誰かを好きでも、相手が悪いわけじゃない気がする。


 無理強いはしないでくれてるし、避妊してくれようって気はあるみたいだし。私が相手の一人暮らしの部屋に入ったり、ベッドに一緒にいる時点で、自分のこと、無しじゃないんじゃないかって、そりゃ、思ったから、『誘った』んだろうし。(むし)ろ、途中で止めてくれたんだ、とさえ言える。


 …これで、不審者から守って、って、何か、自分の『体』を盾に取って、相手に守らせてるみたいな気分になってきた。


 それって、打算じゃないのかって。


 打算と依存にまみれて、地面に落ちた、()らない葉っぱ。

 ()(しだ)かれて、ペシャンコだ。




「―――えっ?」




 急に、頭に違和感を覚えた。そのままの姿勢で見上げると、水戸さんが、私の髪の毛を一房引っ張ってた。


「lustrous ebony …いや、raven black hair?」


「何?」


「綺麗だねって言ったんだよ」


 水戸さんは、そう言って、少し笑った。


「…ふーん」




 今日は、もう(しばら)く背中合わせでいよう。


 私は、褒められたらしい自分の髪を、少し撫でた。




 次のキスは長かった。


 抱き寄せられて、またベッドに押し倒された。


 水戸さんの手が、服の上から、私の胸に触れた。


 『彼氏』って、こういうことなのかな。


 どうしたら、相手のこと、『好き』かどうか、分かる?




 …そっか。


 優将も、彼女と、こういうこと、してたのかもな。


 それで、ハンバーガーを…。


 あれ。


 どうしよう。…涙が出てきた。




 私の目と、水戸さんの目が合った。


 そのまま、水戸さんは動きを止めた。


「―――あ、ごめん」


 水戸さんは、起き上がって、元通りに座り直した。


 そして、俯いて、両手で頭を抱えた。




 どうしよう。

 押し倒されたことには、何も感じないのに。




 優将が、他の女の子とハンバーガー食べてるの、想像するのが、嫌。


 他の女の子と…こういうこと、してたのかなって、今まで、分かってるようで、分かってなくて。


 でも、そうなのかもな。


 それを、想像するのが、嫌。


 胸がズキズキして、今、私、自分のことで泣いてない。


 どうしよう。




「ごめん。…そう、前、好きだった人と、茉莉花ちゃんが似てるのは、本当」


「そう…」


「…興味無い?こんな話」


 相手の綺麗な顔に、苦しみの影が見える。


 頭がボンヤリする。


 私と『私』が、垂直に交錯する。十字架のように。




「どうして、君のこと()()、絵に描けないんだろう」


「…『マドンナリリー』を描いてたじゃない」


「…ううん、君の『顔』、絵に、描けないんだ」


 その時、自分じゃない声が、自分の声で喋るのが分かった。


 何かの存在が『私』に重なって、『置換(ちかん)』されたのが分かった。




「世界が、そういう風に見える、っていう絵を描く人なのに、私の『顔』が描けないのは、『私』じゃなくて、私の『顔』に捕らわれてるのよ」


「…茉莉(まり)()ちゃん?」


「可哀想な蜥蜴のビル(陪審員)。スタイラスでキイキイ音を立てて何かを描いてたから、(アリス)に、それを取り上げられたのね」


 相手と目が合う。


遊びましょう(あすべや)蜥蜴のビル(陪審員)。露出の多い服のQueen(ハート)of()Queen(女王)、本当は(リリー)が欲しい、人の好いWhite(白の) Queen(女王)、良かれと思って頓珍漢(とんちんかん)な親切心を発揮してしまうWhite(白の) King()


「何言ってるの…?」


「御盆ってね、死んだ人が帰ってくるんだって」


 今日は、御盆。


 今までに貴方(あなた)が見た、全ての女も、帰ってくる。


 私と『私』が、垂直に交錯した線の上に、全ての女の要素が、(ちりば)められていく。


 何体も、何体も『置換』されて、重ねられてきて、私が話しているのか、『私』が話しているのか、分からなくなる。




 貴方も、()()()の貴男?




 今日は、帰ってきた、死んだ人の日。




「いいのよ。()()()()()()()で生まれたのだから。()()()()()()


「え?」


「三十歳と六歳でもなく、四歳と十九歳でもなく、十一歳と二十四歳でもなく、()()()()()()()で出会ったのだから。()()()()()()()()()()()()()()()のよ」


 『私』は、両手で、相手の両頬を包んだ。


 相手は、絶望しきった顔で、両手で、私の両手を、包み返して来て、言った。


「『自分が罪を犯していることを、彼は他のだれよりも知っている。土を材料にして、器と偶像を造ったから』」


 『私』も、言った。


「『しかし、人の手で造られた偶像は、その作者と共に呪われる。作者はそれを造ったからであり、偶像は朽ちるものなのに神と呼ばれたからである。神は不信仰な人も、その不信仰な行為をも同じく憎まれる。造られた物も造った人も共に罰を受ける』。ねぇ、一緒に呪われてあげる」


「…え?」


「一緒に罰を受けてあげる。あなたのこと、どう思ってるのか、ついに分からなかったけど。でも、困ってるって知っちゃったから。困ってるって知ってるのに、一人で、怖い思いしてるのに、何にもしないでいたら、その(ほう)が、苦しいから。一人ぼっちで、やらせたくない、困ってるんだったら。一緒に呪われてあげる。『私』を、何度でも描いたらいい」


「…『俺』は『君』を殺した。その顔の女を、殺した。六歳の『君』も、二十四歳の『君』も。『十七歳の君』を巻きこんだら、いけない、と、思うのに。『君』に出会ったら、『君』の顔を見たら、『俺』に戻ってしまう。友達がいて、料理を作って、自転車に乗って、(めい)の誕生を心待ちにしてる、高校生の自分は居なくなってしまって。ずっと『君』を追い掛ける、追い掛けて、描きたい自分に変わってしまう。また、殺してしまうのかもしれない。…何度会っても、君のこと、『好き』になるのに」


「困ってるなら、助けてあげる。苦しいんだったら、傍にいてあげる。『私』は、『好き』は、分からないけど、一人では泣かさないでいてあげる。一緒に呪われてあげる」


 微笑みながら、相手は泣いた。


「…欲しい言葉じゃないんだ、それは。…『俺』は、いつも『君』の中にいなくて。『俺』は、いつも、『君』の外側をなぞって、絵にするだけ。形にするだけ…。心が、いつも、手に入らない。土を材料にして、器と偶像を造ったところで、心が入っていない。『俺』が困ってるから助けてくれるだけで、『好き』になってはもらえない。呪いみたいに、『君』の外側をなぞるだけ」


「仕方がないの」と私は言った。


「そういうことを学ぶ()に、亡くなってしまったの。だから、()()()()()()は知らない。誰のことも、嫌いじゃないし、『好き』も、分からない。学んだことがないの。だから、いつまでも、(こども)のまま」




 ()()()()()()を知ったら、(こども)でなくなる。




 相手は、泣きながら、笑って、「そうだね」と言った。


(こども)のままで、『君』を殺してしまったのは『俺』。陪審員(ばいしんいん)は、陪審員(ばいしんいん)自身の罪を、裁いてもらえない。…誰に、どう思われてても、どうでも良かった。物を作れれば満足で、何を知っていても平気で、どんな状況も面白がれた。…腹違いの兄弟のことも、嫌いじゃなかった。面白かったし、()()、助けてやりたいと思っているのに。…『俺』の『罪』は、『君』しか愛せなかったこと。…親兄弟も、妻子もいたのに。『君』の『顔』しか…」







※旧約聖書 ヨブ記7.17‐21


人間とは何なのか。

なぜあなたはこれを大いなるものとし

これに心を向けられるのか。

朝ごとに訪れて確かめ

絶え間なく調べられる。

いつまでもわたしから目をそらされない。

唾を飲み込む間すらも

ほうっておいてはくださらない。

人を見張っている方よ

わたしが過ちを犯したとしても

あなたにとってそれが何だというのでしょう。

なぜ、わたしに狙いを定められるのですか。

なぜ、わたしを負担とされるのですか。

なぜ、わたしの罪を赦さず

悪を取り除いてくださらないのですか。

今や、わたしは横たわって塵に返る。

あなたが捜し求めても

わたしはもういないでしょう。




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