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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第九章
86/93

雀蜂と入れ歯:The wasp in a dentures.

 暗くなる前に苧干原(おぼしばら)本家に戻ると、夕飯を作って待っていてくれた(あや)さんが、銑二(せんじ)さんを紹介してくれた。


 フサフサの白い髪に、眉毛まで真っ白で、モジャモジャで長い眉毛は長くて、痩せていて、如何(いか)にも、おじいちゃん、という感じがした。


 …()()…。

 そうか、若手か…、うん。




 相手は、俺を見て、(しばら)くフリーズしてから、感嘆の声を上げた。


「は、はぁー?…ああ、おどろいた(おどけた)及木(およびき)さんところの(たか)ちゃんと同じ顔だわ」




 (きよし)伯父のところで迎え火を済ませてきた、と報告すると、銑二(せんじ)さんは、俺をべた褒めした。


「良い子だっ。そうだ、(たか)ちゃんと同じ顔の子だから、良い子に決まっとる。偉いっ。あの子は神童(しんどう)だったから」


 …ちょっと、分かるかも。

 …何でか分かんないけど、うちの母親みたいなのが、いきなり田舎にいたら、何か、そんな感じになっちゃうかもね、って、何故か思っちゃった。


 …何で、そんなこと思ったんだっけな。


 あと、正直、顔だけで、こんなに信用されるんなら、生まれて初めてだっていうくらい、『(たか)ちゃんと同じ顔』で良かったと思ってる。




 台所にあるダイニングテーブルの上座に先に座っている銑二(せんじ)さんは、俺達二人の顔を見比べて「付き合ってねぇだろ」と言った。


 うお、何故それを。


(たか)ちゃんと同じ顔の子が、そんな、ふしだらなこと、するわけない。女の(ほう)(こな)を掛けようとする、そういう顔だよぉ。違う違う」


 …『(たか)ちゃん』に対する信頼度、逆に高過ぎて変じゃない?


「よし、俺と同じ部屋に寝よう。お前さんの貞操(ていそう)は、(たか)ちゃんの為にも、俺が守る」


 何でよ。

 何で、十八の女の子の貞操(ていそう)より、俺の貞操(ていそう)(ほう)を守ろうとするのよ。

 あと、誰から守るっての?瑞月(みづき)?




 瑞月(みづき)は、途中から、銑二(せんじ)さんの話を聞くのを止めて、天麩羅(てんぷら)を食卓に出す手伝いを始めたし、(あや)さんも、慣れた様子で、大皿に煮物をよそい始めた。


 …ああ、何か『大叔父が珍しく味方してくれた』とか『(あや)さんは大叔父に意見しない』って言ってたけど。

 …こういう感じで、思い込み激しく、熱く語るのを、普段は周りが放置してるだけなのでは…?




朝方(あさまづめ)、鳥の声で起きたら、胡瓜(きゅうり)もげよー、瑞月(みづき)。働けよぉ?そんな、大変な(あだじゃあねぇ)仕事でもねぇんだから」


 瑞月(みづき)は「はい」と言って、冷えた(びん)ビールとグラスを、銑二(せんじ)さんの目の前に出した。


 銑二(せんじ)さんは、およ、という顔をして黙った。

 …対処法、手慣れ過ぎ。

 銑二(せんじ)さんは、(すで)に、揚げたての野菜の天麩羅(てんぷら)と、ビールの(ほう)に意識が向いている。


 瑞月(みづき)は、「はい」と言って、俺に向かって、すっかり食事の用意が出来た席の椅子を引いてくれた。


 …頂きます…。




 食事をしながら、例の質問をすると、銑二(せんじ)さんは、再び俺を褒めた。


突然(あたまっこなしに)言うんじゃなくて、きちんと、前もって、こういうことをする、ってことで泊るってのがね、もう。…いやぁ、偉いっ」


 …その…それは、瑞月(みづき)の功績なんですけど。

 酔ってます?銑二(せんじ)さん。


 だが、瑞月(みづき)は黙って天麩羅(てんぷら)を食べているし、(あや)さんは、銑二(せんじ)さんを気にせず「そうねぇ」と言うしで、誰も銑二(せんじ)さんの発言を気にしている様子が無かった。


 …年寄り連中に話を聞いてもらえなかった、とかいう理由も、分かる気がする。


 普段の発言の温度が高過ぎて、何か言うと、周りから『またか』って扱いになりがちなんではなかろうか、この人。

 悪い人じゃなさそうだけど…。




 (あや)さんは、本当に、「偉いっ」と続ける銑二(せんじ)さんを気にせず、話を続けた。


「あたしは、もうちょっと、梓川(あずさがわ)寄りの場所から嫁に来たから、Oの出身ってわけじゃないんだけど、柳澤(やなぎさわ)さんのところの恵美子(えみこ)さんとは、野菜のやり取りがあるから、明日、車で送ってあげるわねぇ。あ、そうだ、トマトも西瓜(すいか)もありがとうねぇ、随分大玉じゃない、半分で、これ?ラップして冷やしておいて、明日、出しましょうかね。熱中症予防にも良いのよぉ」


「あっ、はい…」


「高良、御塩、いる?御醤油の(ほう)が良い?天麩羅(てんぷら)にかけるの」


「えっと、じゃあ、塩で…」


 …(あや)さんは、大人しい(ほう)の人、って、瑞月(みづき)は言ってたけど。


 …凄い、この場にいる人間、全員、マイペースじゃない…?

 誰も、俺以外と会話が成立してないけど…?


 他の親戚に会うの、心配になってきたな…。


 ただ、こういう感じでも、瑞月(みづき)が家に泊ることを、銑二(せんじ)さんが周りに自慢していた、ということは、本当は可愛がっているのだろう。

 表面に、現れにくいだけで。


 愛情を伝えるのって、難しいですよね。

 俺も、今日、(きよし)伯父の愛情の重量を知りましたし…。




 …本当に、食事と入浴後、銑二(せんじ)さんと同じ部屋で寝ることになってしまった。


瑞月(みづき)は仏間に寝せっから!安心、安心」


 …いや、その。

 だから、なんで、俺の(ほう)貞操(ていそう)の心配を…。


 仏間で寝るのと、ここで銑二(せんじ)さんと寝るのと、どっちが貞操(ていそう)の安全が守れるのか、というのは、議論しても分からないかとは思いますけど。


 俺としても、()()いを行うような甲斐性(かいしょう)も勇気も積極性も、元からない人間ですし。


 でも、あんな、仏間の、御先祖様ミラーボールが回ってる御供養ダンスホールみたいな畳の部屋で、そんな気も起こせないと思います、正直…。


 火災避けに、仏間の盆提灯(ぼんちょうちん)は、電飾の物に切り替えた、っていうのは、良い判断だと思うんですけど、…いや、ホント、あれ、凄いよね…。盆の間中、ああなんでしょ…?


 御先祖的には、あれって、どうなんですか?嬉しいもんなんですか?


 で、あそこで十八の女の子を寝せるって…。


 うーん、まぁ、『貞操を守る』って意味では、御先祖セコムみたいな感じで、(かえ)って良いんですかね…。安眠できるかは分からないけど。




 …いや、瑞月(みづき)の睡眠の心配より、俺の心配だよね。

 …初対面の後期高齢者と同室か。


 眠れるかな…。




「うんうん、『つねちゃんふみちゃん』なー。俺の祖母ちゃんの猫、『ふみちゃん』だったよ」


「おお、そうですか」


 寝る前に、こういう話が聞けるのは、有難いか。

 凄いな、実地(じっち)。Jasmine様様(さまさま)だ。




「あっ、そうだ、明日、蜂の子食べような!」


 いや、話の途中ぅ。


「あっ、はい。…で、えーっと」


「昼は帽子(あっぽ)かぶれよ、頭の皮、剥けるぞ!」


「あっ、…はい。…それでですね」


 …難物(なんぶつ)


 聞き取り、今までで一番、難しい可能性、ある?()しかして。




「おお、そうだ、三日目の一日目の、分家の、善重(よししげ)さんちな、あんたのお祖母さんの、喜代子(きよこ)さんの親戚だから」


「…そうでしたか」


 母方の祖母だ。幼稚園の頃亡くなったから、入院がちながらも、小学校に上がるまでは生きていてくれた母方の祖父の(たかし)よりも、馴染(なじ)みが薄いが。

 顔が、あまり思い出せないレベル。

 (きよし)伯父は、父親似だと思うが。


喜代子(きよこ)さんもねぇ、…悪い人じゃなかったんだけど。あのー、みどりさん、っていう、すげぇ美人が同学年に居て、対抗意識があったんだよなぁ」


「…降籏家(ふるはたけ)の人でしたっけ?」


 茉莉(まり)()さんのお祖母さんかな?


「よく知ってんなぁ、そうそう、小松分家に嫁に行ったんだけど。学生の時ぁ、あれだよ、ファンクラブがあったんだよ、電車で見掛ける、他校の子がファンクラブ作ってて」


「ほー」


 まぁ、茉莉(まり)()さんのお祖母さんが美人だったって聞いたところで、味噌も醤油も材料は同じで大豆から出来てるんだよ、って聞いたくらいの納得感しかないけど…。


「で、自分の娘に(たか)ちゃんが生まれたら、美人の神童(しんどう)だったもんだから、(えら)く自慢にしてて。…着せ替え人形みたいにしちゃってねぇ。気持ちは分かるんだけども。…ちょっと、あれだな、依存してた感じしたな、(たか)ちゃんに。…あのー、あれだよ、(たか)ちゃんが凄いのであって。そりゃ、学校にやった、学費出したのは、親かも分からんけど、…勉強したのは(たか)ちゃんなんだけども。…(たか)ちゃんが偉いと、自分が偉い、っていうのかね、こう…、やっぱり、依存してた感じ、したな。娘を手放したがらない、というか。あんたんとこの身内を悪くいうつもりはないけど」


「ああ、…ちょっと、イメージは出来ます」


 馴染(なじ)みが薄い身内なのに、イメージ出来る理由は分からないけど…。


「それでまた、みどりさんとこの息子ってのが、今ひとつ、こう。頭は良い奴だったんだけども」


「えっと…、瑞穂(みずほ)さん、ですっけ」


「よく知ってんなぁ、そうそう。まあ、(たか)ちゃんと比べたら、なぁ、あれだろ、今、教授だろ?」


「母は助教ですね、教授は父です」


「ねー、まぁ、そういうことよ。ホント、美人だし、頭は良いしで。初恋(はつこい)泥棒(どろぼう)だったよな、(たか)ちゃん」


 呼び(かた)、ダッサ。


 …いかんぞ俺、話者(わしゃ)さんに突っ込んだら。


「はぁ、初恋…」


瑞穂(みずほ)も、()(づき)の父親の(ごう)も、(たか)ちゃんにゾッコンだったからな」




 …え?




「うーんとな、()()()()()()()。俺は、お前さんの貞操(ていそう)を守るよ。…(たか)ちゃんが結婚したって知って、急に、瑞穂(みずほ)、会社の後輩と結婚したらしくてな。…いや、ちょっと、まぁ。今も、周りが、(たか)ちゃんの住所を教えんようにしてる。ま、瑞穂(みずほ)、みどりさん達も妹も亡くなって、実家取り壊してから、帰って来ちゃおらんが。あれだろ、(たか)ちゃんて、ストーカー()けに、学校のホームページに顔写真、()せないんだろ?」


「…初耳なんですが」


「な、そうだよ、(たか)ちゃんと同じ顔の子が、そんな、ふしだらなこと、するわけない。相手の(ほう)(こな)を掛けようとすんだ。そうなんだよ」


 何か、あったのかな…。


 うちの母親の為に、周りが、瑞穂(みずほ)さんに、うちの住所を、知られないようにしてる…?




 しかし、銑二(せんじ)さんは、それ以上の詳細を話してはくれず、「寝る(そべる)ぞ」と言って、俺に背を向けた。




 あ、えっ。そんな、嘘。




 …あー、入れ歯、外したぁ!




 水っぽい音がして、正視(せいし)したくない形状の青いケースに入れられた何かが、銑二(せんじ)さんの手によって、畳敷きの客間に並べて敷かれた、俺と銑二(せんじ)さんの布団の枕元に置かれた。




 …え、俺、これから、入れ歯と寝るんだ。




 待って、神様。

 優将とÉmile(エミール)同衾(どうきん)した時、せめて女の子とってお願いしませんでしたっけ。


 …なんで、配役が、後期高齢者と入れ歯に変更になったんですか?


 あ、あれですか、映画化の時に配役にお金掛け過ぎて、ドラマ版の配役にまでお金足りなかった、みたいなやつなんですか…?

 改悪されてません?




 ホログラフィック理論ってやっぱ、受付窓口、無さそうぅ。


 わぁぁぁぁ、前の配役に戻して、せめてぇ。






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