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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第九章
84/93

及木聖:'You can't think how glad I am to see you again, you dear old thing!'

 ()(ぼし)原本家(ばらほんけ)に入るなり、瑞月(みづき)は「で?あれで良いわけ?」と聞いて来た。


座敷(ざしき)(わらし)のことは聞かないの?」


(するど)い…。んー、実はね、『質問に気をつけないと、出て来ない話』だと思ってるもんだから」


「えっと、あの翻訳(ほんやく)(ぶん)に出てくる、『ツネ』と『(ふみ)()』の像の話は、聞けていると思うけど。『家に入れてほしがる子ども』、つまり、『座敷(ざしき)(わらし)』の伝承?のことは、聞いていないじゃない?それは、質問の仕方に気を遣ってるから、っていうこと?」


「そうそう」


 おお、理解、早い。


「多分、降籏(ふるはた)本家の蔵の前に置いてある、『つねちゃんふみちゃん』って呼ばれてる像は、小さい子の供養で作られたのかも、っていうのは、大体聞けてる通りだと思うんだ。で、フィールドワークで、もうちょっと上の世代に聞ければ、多少、そういう伝承が残っている可能性もゼロじゃないんだけど。『家に入れてほしがる子ども』という話が、この像に繋げられそう、というのも、現時点で、俺の予想でしか無くて。しかも『座敷(ざしき)(わらし)』っていう単語で聞いたら、出て来ない話なんだよ」


「と、言うと?」


「通常、この地域には『座敷(ざしき)(わらし)』っていう伝承は、無いはずなんだ。実際は東北に多い伝承で、今の俺達は、テレビなんかの御蔭で、全国何処にいても、、今は、その名前を知ってる、っていうだけなんだよね」


「ああ、『お(くら)坊主(ぼうず)』って呼ぶ地域もある、って、書いてあったわね、翻訳(ほんやく)(ぶん)に」


「そう、しかも、仮に、だけど、『座敷(ざしき)(わらし)』を、『座敷または倉に住む』『童形(どうぎょう)の』『神』()しくは『妖怪』という定義(ていぎ)にしてみると、どう?」


「また定義(ていぎ)…。ああ、でも、そうね、『座敷童を知っていますか?』っていう聞き(かた)をしても、『家に入れてほしがる子ども』の話を知っているか、という意味で聞いたことにはならないのね?」


「そう、俺が勝手に定義を広げて、これも『座敷童』と呼んでるだけだから。逆に、『家に入れてほしがる子ども』こそがO地区の『座敷童』伝承の独自性として取れないかな、と考えているだけ、というわけであって。現像する石像の造られた経緯(いきさつ)や、実際に起きた出来事から波及(はきゅう)して出来た伝承なのではないか、という、仮説を立ててるだけの状態なんだよ」


「だから、一、『つねちゃんふみちゃん』という言葉を聞いたことがあるか、ある場合、どういう時に使うか。二、降籏(ふるはた)本家の蔵の前の像について、何か知っているか。三、降籏(ふるはた)本家の蔵の中に、何か珍しい物があると聞いたことは無いか。と、いう、質問事項なのね?」


「そういうこと。これを丁寧に聞けないと、いきなり『座敷童を知っていますか』とか『家に入れてほしがる子どもの話を知っていますか』と聞いても、出て来ないか、誤解した話が出てくるか、創作が出てくるか、にならない?」


「創作?」


「俺が『こういう話があるかも』って、道筋を作っちゃって、そこから、知っている似た(よう)な話を、『ある話』だと思い込んで話させてしまったら、創作になっちゃうんだよ、話者(わしゃ)さんの。都市伝説とかって、そうじゃん?何処かで亡くなった、似たような子どもの話が出て来たらどうする?平成初期の事故とかで子供が二人亡くなって、時代とか全然違う話だけど、ハッキリしないけど『多分』明治の頃の事故だ、そうに違いあるまい、とか、ならない?お年寄りに限らず」


「なりそー…。記憶って、案外いい加減だものね…」


「だから、丁寧に、()ず、『つねちゃんふみちゃん』という言葉があるのか。あるとしたら、『つねちゃんふみちゃん』という言葉を、どういう意味で使っているのか。そして、話者(わしゃ)さんが、降籏(ふるはた)本家の蔵の前の像と『つねちゃんふみちゃん』という言葉に関連があると思っているか、そう思っているなら、それは、何故なのか、そう思わせるような話を聞いたのか、と、じっくり聞いていかないと、出て来ないか、出て来ても、聞きたい、同じものを示していることにはならない。『預かり物』も、そう。()ず、『降籏(ふるはた)本家の蔵』の特異性から聞かないと。もっと良い質問の仕方が、あるのかもしれないけど、…『座敷童を知っていますか』とか『家に入れてほしがる子どもの話を知っていますか』っていう質問をしてくる、って俺が、この集落で噂になってから話を聞いた話者さんの話ってさ、そっちに寄っちゃう可能性も無い?」


「あー、バイアスね。相手に『先入観』が出てしまう、と」




 だから、アンケート形式だけだと、出て来ない場合があるんだよね。

 答える側も、質問のせいで無意識に答えを狭めてしまったり、整え過ぎてしまったりするから。

 対面で、ちゃんとコミュニケーションを取りながら、少しずつ聞き出していかないと。


 …そんな技術が自分にあるとも思えませんが。




「そうか、例えば『近親(きんしん)相姦(そうかん)』について、いきなり『この地域で近親(きんしん)相姦(そうかん)がありましたか』とか、聞かないものね、聞いたところで、教えてくれなさそうだし」


 ドストレート。


「…ぶっこんでくるなぁ。そう、()ず『近親(きんしん)の範囲』を聞き出さないといけない。従兄妹婚(いとここん)は有りましたか、とか、ゆっくり聞かないと。そうすると、従兄妹婚(いとここん)は嫌がられた、と言われたら、『従兄妹(いとこ)』は、その地域では『近親』。普通に行われていたようなら、婚姻可能で、その地域では『近親』ではない、となる。さっきも言ったけど、時代や地域で変わってしまうものなんだ。例えば、従兄妹婚(いとここん)は、その地域では禁止されているのに、話者(わしゃ)さんが、その事例を見たことがある場合、それは『近親婚が行われていた』となる」


「…そうか。テクニックが必要なのね、『聞き取り』にも」




「あら、瑞月(みづき)ちゃん、来たのねー、こんにちはー」


(あや)さん、こんにちは、宜しく御願いします。つーくんも、こんにちは」


「こーにちゃー」


「どうも、降籏高良です、宜しく御願いします」


「こちら、大叔父の長男のお嫁さんの、苧干原綾(おぼしばらあや)さん」


「初めまして。こっちは、姉の孫の(つばさ)(めい)っ子が夕飯の買い物に出たから、預かってるの。おじいちゃんは、ちょっと、用事で、夕方、戻ってくるから、夕飯を一緒に食べましょ」


「二泊三日、御世話になります。これ、御土産のゼリーです」


 (つばさ)、という名前らしい、二歳くらいの男の子が「んりー」と言った。ゼリーのことだと思う。

 おしめをしているのか、(へそ)まで隠れているズボンのお尻がでっかいが、フワフワの、ひよこみたいな、淡い色の髪の毛をしていて、愛らしかった。


 …(あや)さん。…五十前?でも、痩せてて、髪が黒くて、長くて真っ直ぐなのを、一つ結びにしてて、若く見えるけど。

 …眉頭(まゆがしら)が、滅茶苦茶気になる…。

 それは、自眉(じまゆ)なの?化粧が下手なの?化粧が古いの…?

 眉頭(まゆがしら)だけ、こう、不思議な感じで…。しかも、眉の高さが右と左で、極端に違うから、何か、…気になるなぁ。


 そして、()()柄のカットソーに、極端に色の抜けた、前は水色だったのかもしれないジーンズ。


 …皆、同じ店で買ってるのかなぁ、あのカットソー。

 色は、本当に多種多様だけど…。


 …伊原(いはら)嬢とかって、化粧、(うま)かったんだろうな、って、離れてから、何となく、思ってみたり。

 いや、女子高生に比べたら、化粧が古いも新しいもないだろうけどね。


 ただ、(うと)い俺でも気になるってことは、あの眉頭(まゆがしら)に、何かがあるんだと思う。




「おじいちゃん、迎え盆だから、盆棚(ぼんだな)用に野菜配ってるんだけど、捕まってるのかもねー、話し相手に。若手だから」


 …やっぱり七十代は若手なんだー。

 集落の平均年齢聞くの、怖いなー。


「あ、ちょっと、これから、伯父の家に行かないといけなくて、これから」


「あら、千代子(ちよこ)さんに会う?胡瓜(きゅうり)獅子(しし)(とう)、持って行ってくれない?」


「あっ、はい…」


「助かるわぁ、採れ過ぎちゃって」




(あや)さんも、良い人そうじゃん」


「あー、食事作りに来てくれてるだけなんだけど、確かに、良い人よ。あんまり、喋ったことなかったんだけど。銑二(せんじ)叔父(おじ)さんにも意見しないし、大人しい(ほう)の人なの」


 連れ立って歩きながら、瑞月(みづき)は「確かに」と言った。


「親戚全員が嫌な人、みたいな(まと)(かた)も、…公平(fair)じゃなかったかもね。法事で会う程度の付き合いなのに。自分だって、一纏(ひとまと)めにされたら、良い気分じゃないだろうし」


「こっそり国籍変えて黙ってるって手法を取らなかったのは、偉いと思うけど」


「あー、それこそ公平(fair)じゃないし、バレるわよ。土地の名義書き換えの時とかに。戸籍から何から用意しないといけないのに。あそこは、元々、祖父の(すすむ)の物なのを、大叔父の銑二(せんじ)さんが、うちが海外出張とかに行きがちだから、代わりに管理してくれてるだけで、行く行くは、私の名義になる予定の土地だから」


「大変だね…」


 これから向かう(および)()家も、多分、遺産の話、ありそうだから、何処(どこ)も大変だねぇ、としか、言ってあげられないけど。


「住みもしない土地を持ってても、税金が掛かるだけだから、銑二(せんじ)さんが取ってくれて構わないんだけどね。…それこそ、蔵もあるのよ。管理の仕方が分からないし。もっと困るのは、御墓よね…」


 瑞月(みづき)は「自分の時は、本気で散骨(さんこつ)されたいわ…」と言った。


 今からエンディングノートの内容書いてるみたいな発言、怖いんだけど…。


 相続が面倒な気持ちは分かるけども。


 俺もねぇ、一人っ子だから…。

 長野に、父方と母方の墓があるのか…。


 …やめよう、『高校生らしい』高二の夏が遠ざかる一方だから。

 優将さんは正しい。

 人生観とか遺産の管理に疑問を持つのは、三十路前とかでもいいかも。


 ただでさえ、フィールドワークに高二の夏を使ってるんだから。

 御盆には相応(ふさわ)しい話題な気がしないでもないけどね。




 見慣れた、有り()れた、古民家でも新築でもない一軒家が見える。

 家の規模の割に庭が広いのは、大昔、牛小屋があったのを壊して、近くの畑は売って離農(りのう)したかららしいが、とっくに鶏がいなくなった鶏小屋は納屋状態になって残っていて、()びた(すき)やら何やらの農具が入っている。


 庭は綺麗なんだが、この鶏小屋は、なぁ…。

 相続して解体するなら、業者入れないといけないのか…?


 いやいや、まだ、相続するって決まったわけじゃないんだから、勝手に、存命の伯父夫婦が住んでる土地の鶏小屋の行く末の心配をするな、俺。


 この、スーパーのビニール袋にパンッパンに入れて持たされた獅子(しし)(とう)胡瓜(きゅうり)()ずは、千代子(ちよこ)伯母に手渡さないと、ちょっと破れてて、獅子(しし)(とう)、はみ出そうで、俺、ヘンゼルとグレーテルの歩いた後みたいに、獅子(しし)(とう)落としながら歩きそうだからさ。




 玄関で出迎えてくれた千代子(ちよこ)伯母は、いつもよりテンションが高かった。


「あらー。ほら、(きよし)さんっ。高良君が、彼女と来てくれたわよ」


 うおぉおぉ、もう、その設定、やめてぇ?千代子(ちよこ)伯母さーん。


 しかし、眼鏡で痩せ型長身の(きよし)伯父は、そっと、リビングから顔を出すと、珍しく、何も言わずに、ションボリと、中に入ってしまった。


 (なに)何何(なになに)、どうしたの。


 瑞月(みづき)が「同担(どうたん)拒否(きょひ)ね…」と言った。


 な、(なに)


 瑞月(みづき)は、俺を(さと)すように、「強火(つよび)には、よくあることよ…」と言った。


「な、何、強火(つよび)?肉でも焼くの?これから」


(もち)は焼かれるかもしれないけど…」


(なん)なの…」


 炭化(たんか)しそうね、その(もち)は…。




「ほら、上がって、二人共。ほらー、(きよし)さん、あたしの言うこと信じて、切って冷蔵庫で冷やしておいて良かったでしょ、西瓜(すいか)ぁ」


 …そうね、抱いて温めてる御盆の西瓜(すいか)は、腐りそうよね。主婦の言うことは聞きましょう、(きよし)伯父さん。




 しかし(きよし)伯父は、ちょこん、と、リビングの、電源の入っていないテレビの前に座って膝を抱えて、動かなくなってしまった。


 …ええー?


 しかし、千代子(ちよこ)伯母と瑞月(みづき)は、首を振って「時間をあげましょう」と、声を揃えて言った。


(なん)なの…」


 千代子(ちよこ)伯母は「娘が初めて彼氏を連れて来た家の父親よ、あれは」と、小声で言った。


「…?俺は(おい)なんですが…」


 瑞月(みづき)も、『彼氏』ではないのですが…。

 まぁ、実際は『彼女』でもないんですけども。


 しかし、千代子(ちよこ)伯母と瑞月(みづき)は再び、首を振って「時間をあげましょう」と、声を揃えて言った。


 …じゃあもう、俺の指とビニール袋の強度が限界だから、野菜渡しますねぇ?時間が掛かるようであれば、もう良いでしょう、ええ。もうビニール袋の(やぶ)れ目から獅子(しし)(とう)が生まれる寸前ですよ。


「…あー、あの、伯母さん、(あや)さんから、胡瓜(きゅうり)獅子(しし)(とう)です」


「あらー。じゃ、トマト持って行ってくれない?残ったら西瓜(すいか)も持って行って良いわよ」


 ビニール袋を受け取ってくれた千代子(ちよこ)伯母は、『西瓜(すいか)』に力を入れて言った。


 それは、わざとだったようで、(きよし)伯父は、ピクリ、と動いた。


「んまぁー、千疋屋(せんびきや)さんのゼリー」


 千代子(ちよこ)伯母さん、声、デカ。


 (きよし)伯父は、再び、ピクリ、と動いた。


 千代子(ちよこ)伯母は「いけるわね…」と小声で言ってから「ほら、上がって上がってー」と、大声で言った。


 俺と瑞月(みづき)は、「お邪魔します」と言って、上がった。


 (きよし)伯父は動かない。


 千代子(ちよこ)伯母は、舌打ちをしてから「書斎に荷物、置くと良いわよぉ、今、一番片付いてるからぁ」と、大声で言った。


 (きよし)伯父が、目を見開いて、顔を上げて、こちらを見た。


 …あ、こうして見ると、ちょっとだけ、俺と顔が似てないことも無いか。


「あらー、高良君、眼鏡とったのねぇー。知らなかったわぁー」


 声、デッカ。

 白々(しらじら)しい、さっき会ったじゃん。


 (きよし)伯父は、こちらを見詰めたまま、フリーズした。


 瑞月(みづき)が小声で、「相手がカメラを出し始めたら、機嫌が直るわよ。もう少し待ってあげて?」と言った。


「何で、そんなことが分かるの…」


()しの新規画像(しんきがぞう)が欲しくない強火(つよび)がいるもんですか…。まぁ、見てなさい」


 何なの、ホント。


 千代子(ちよこ)伯母は「こっちが書斎よぉー」と、大声で言った。




 知らない客が来た時の猫と客の距離感で、四人で、リビングのフローリングに座って、西瓜(すいか)を食べた。


 伯父だけ、テーブルから遠い。


 …書斎、凄かった。


 俺の知らない『高良君の初めて』がギャラリーになってた。


 …道理(どうり)でいつも、通されないと思った…。

 結構、湿度(しつど)の高い愛され(かた)をしてたんだな…知りたくはなかったけど。

 『高良君が初めて紙のお皿で工作したカタツムリ』、ここにあったんだな…。入手経路は知らないけど…。

 勿論、ストライプケーキの写真もあったよ。


 …帰ったら駄目かなぁ、苧干原(おぼしばら)本家に。




 千代子(ちよこ)伯母が、「ほーら、農協で一番大きくて甘い西瓜(すいか)よぉ」と、大声で言った。

 (きよし)伯父は、再び、ピクリ、と動いた。


 (あい)(おも)


 千代子(ちよこ)伯母は「農協で一番大きくて甘い西瓜(すいか)を食べてる、高校生になって、一人で御盆にうちに来た、眼鏡をとった高良君ねぇ」と、大き目の声で言った。


 再び(きよし)伯父は、ピクリ、と動いた。


 千代子(ちよこ)伯母が、小声で、「いけるいける」と言った。


 帰りてぇー。

 西瓜(すいか)、味がしなくなってきた。




「あ、そうだ、伯母さん、御仏壇に御線香、あげていいですか?せっかく、迎え盆に来たし」


 千代子(ちよこ)伯母は、(きよし)伯父の(ほう)を見ながら「あらー、高良君、有難う」と言って、うんうん、と(うなず)いた。


 …ん?


 瑞月(みづき)も、うんうん、と、(うなず)いた。


 …えっと、俺だけ仏間に移動しろ、ってこと?


「…じゃあ、西瓜(すいか)で、()ぇ、ベットベトだから、先に水道、借りますね」




 おお、茄子の馬。

 そう、この地域は、精霊馬(しょうりょうま)、牛も馬も茄子で作るんだった。

 割り箸の足と、トウモロコシの毛で出来た尻尾。

 この辺だと、送り盆の日には、手打ち饂飩(うどん)を茹でて茄子の馬に手綱を()して掛ける、と、資料にはあるんだけども、実際見たことないな。

 背中に饂飩(うどん)を三筋乗せる牛もいる、とか書いてあったけど、見てない。


 盆の時期に来てない証拠だな。

 …墓参りくらい、行くか?迎え火焚きに。

 せっかく来たんだし。


 因みに、背中に饂飩(うどん)を三筋乗せる牛は、御先祖様を善光寺に御連れしてくれるそうです。信仰が垣間見える伝承ですね。




 そして、仏壇とは別に作られた盆の時期用の祭壇を、この地域では(ぼん)(だな)と呼ぶ。

 そう、丁度、今日、八月十三日に作るのだ。

 昔、蚕を飼っていた棚が残してあって、中段に板をのせて、毎年新しい御座(ござ)を用意して敷いて、一番奥に位牌(いはい)を置いて、その前に写真、一番前に御供え物を置くのが、この辺りの主流である。


 ちょっと特徴的だと思えるのは、青胡椒(あおこしょう)二つを(ひも)で結んだものを飾る点と、棚の上部に、(くず)(つる)を左右に吊るす点である。

 青胡椒(あおこしょう)鬼灯(ほおずき)大角豆(ササゲマメ)(ひも)で結わえて吊るす場合もあるので、この、(ぼん)(だな)の上に、何か結わえて吊るす、というのが、この辺りの(ぼん)(だな)の特徴、と言えると思う。


 こういうのも、精霊馬(しょうりょうま)として、胡瓜(きゅうり)の馬と茄子の牛、というのがある、というのを、知識として知っておかないと、何が他所(よそ)と違って、何がこの地域の特徴なのか、分からないんだよな。勿論、胡瓜(きゅうり)の馬と茄子の牛を作らない地域もあって、これは、その知識を基にすると、『胡瓜(きゅうり)の馬と茄子の牛を()()()()のが特徴』という言い(かた)が出来る、というわけで。


 これが比較研究、ですね。




「…御座(ござ)、片側だけ、垂らして敷くでしょう」


「はい」


「…こうしておくとね、御先祖様が、(ぼん)(たな)に、自分で登って来れるんだって」


「そうだったんですね。…(きよし)伯父さん、後で一緒に、御墓に、迎え火を焚きに行っても良いですか?せっかく来たから」


 いつの間にか隣に座っていた、痩せた、自分と同じくらいの背丈の伯父に、そう言うと、小さな声で、「うん」と返ってきた。


「…俺、伯父さんに聞きたいことがあるんですけど、お時間いただいても、良いですか?」




 そう言って、(きよし)伯父の方を見ると、(きよし)伯父は、何とも言えない、薔薇色の頬で、『良い』微笑みを浮かべていて、(うなず)いてくれた。




 …。

 えっと。


「有難うございます、伯父さん、助かります、どぉーしても、知りたいことがあって、俺だけじゃ、全っ然、分かんなくってぇ…」


 (きよし)伯父の笑顔が輝いた。


 …おお、リアクションの正解、分かったぞ。


 …緊張感が凄いな。『甘える』というコマンドを使われるのを、喜ぶ人だったのか…。気づかなかった…。ただの、大人しい、口数の少ない人なんだと思ってた。甘え下手な(おい)で申し訳なかった。




 うん、でもまぁ、アレだ。『()ねる』が出来る、って、千代子(ちよこ)伯母に甘えてる証拠だろうからさ。

 夫婦仲は良いのかもな、と思った。


 いつもは、こういう人じゃないから。


 …いやぁ、ホント、知りたくなかった一面だけど、対面してみないと分らないことってあるよね。






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