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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
81/93

操縦者:The Lion and the Unicorn.

The Lion(ライオン) and() the Unicorn(ユニコーン),

Were(王冠) fighting(の為に) for(戦っ) the() crown,

The Lion(ライオンが) beat(ユニコーン) the() Unicorn(町の),

All(全て) about(から) the(撃退) town(した).


 コンビニで買い物して、優将の家の二階に上げてもらうと、優将は、一番奥の部屋に入っていった。


 伽藍(がらん)(どう)の部屋の中の隅に、小さな、テーブルのようなものと、何か、外国のクッキー缶のような、洒落た小箱が残されていた。


「おおー、(いなご)も、流石(さすが)に、これは()らんかったか」


 優将は、少し嬉しそうに、そう言うと、制服姿のまま、そのテーブルを、伽藍(がらん)(どう)の部屋の真ん中に移動させ、小箱の(ふた)(ほこり)を気にした素振りで、そっと開いた。


「え、シュライヒ?」


 小箱の中には、某有名ドイツの玩具(おもちゃ)メーカーの動物フィギュアが、ギッシリ詰まっていた。


 金持ちぃ。


「え、このテーブル、ジオラマ?」


 優将は、楽しそうに「そうそう」と言った。


「シュライヒのジオラマを、自分で、小さいテーブルにボンドでくっつけて作った。このテーブル、収納用の引き出しもあるんよ」


「おー、それは凄い」


 金もアイディアも凄い。


「どっかにあるはずだから探してくれって頼んでも、面倒がって。十年近く見てなかった気がすんなー。この部屋、さっきまで物がギッシリで入れんかったんだけど、良いこともあるわな」


 優将は「断捨離ってやつかね」と言いながら、小さなテーブルの傍らに胡坐(あぐら)()いて、引き出しを開けて、黙った。


 家族写真が一枚、入っていた。


 長身で、優将に、よく似ている顔だが、眼鏡で生真面目そうな表情をしていて、写真の印象だけでは美形か否かは分からない、無難な、ポロシャツにジーンズ姿の男性と、恐らく、若い頃の(とし)()さんであろう、カットソーにジーンズ姿、という、普段より相当地味な服装の、髪の長い、綺麗な女性の間に、笑い損ねたような顔をしている、何処かで見た顔をしている、小さな男の子が、手に、小さなライオンのフィギュアを持っているのが映っている。


 優将は、穏やかに微笑みながら「ホラー映画だったら、冒頭で、こういう家族写真が映るんだけどな」と、優しく言った。


 声と表情と話す内容がチグハグだったが、それが(かえ)って、泣くのも忘れたような様子に、俺には見えた。


 優将は、そのまま、引き出しを(あさ)って、ライオンのフィギュアを取り出してから、写真を、元の通りに突っ込んで、引き出しを閉めてしまった。


「最後に動物園行った時の写真だわ。ここに入れてたんか。…推しライオンの『お部屋』にしてて、宝物入れだったはずなんだけど。ビー玉とか」




 宝物。




 何となく、そりゃそうだよな、と思った。


 承認(しょうにん)欲求(よっきゅう)なんて。

 人生で多分、最初に認めてもらいたかったのは、親に決まっているのであって。

 それが得られないなら、他所(よそ)で承認欲求を解消するか、諦めるか、しか、無いわけで。


 諦めてしまったのなら、本人の外見や能力が、どれほど優れていても、他人の承認なんて、求めなくなってしまったとしても、仕方がないわけで。


 その瞬間、豪邸(ごうてい)も、高価な外国製の玩具(おもちゃ)も、何もかも、それほど意味が無くなってしまって。


 『家』は、ギッシリ物が詰まった、開かずの部屋を内包(ないほう)して、住まいではなく、ただの入れ物になり果てる。




 目の前で泣かれるより、伽藍(がらん)(どう)の部屋の中の、小さな玩具(おもちゃ)のテーブルの中身を見た(ほう)が、その痛々しいまでの空虚(くうきょ)さを実感出来るような気がした。




 それでも、俺が泣くのは、違うと思って。


 「推しライオン?」と、聞いた。


 優将は、穏やかに「そうそう」と言って、微笑んだ。


 綺麗な笑顔だと思う。


 荒波に、何回洗われたら、こんな綺麗な表情になるんだろう、と思うくらいだった。




「ライオンちゃん、って呼んでたんよ、何の(ひね)りも無く。紙で王冠作って、セロハンテープでくっつけたりしてたから、眉毛が消えてるわ」


「…シュライヒの動物フィギュアにも、容赦(ようしゃ)ないな、子どもって」


 優将の(そば)胡坐(あぐら)()いて、玩具(おもちゃ)を、よく見てみる。


 いやー、しかし、揃ってるね。

 存在を知った時には(すで)に中学生だったから、俺の人生に()いて、親に強請(ねだ)り損ねた玩具(おもちゃ)と言えるんだろうけど。

 壮観(そうかん)


「サバンナジオラマかぁ。(たき)(つぼ)もあるんだ」


 立体的。

 今見ても、ちょっと羨ましいかも。


「うん、そこはクラーケンの住処(すみか)な」


「…クラーケン?」


大蛸(おおだこ)のフィギュアを(たき)(つぼ)の裏に仕込んでたんだけど。茉莉(まり)()が泣いたから止めた」


 …サバンナで、動物の親子、みたいな感じで楽しく遊んでて、(たき)(つぼ)の水部分を開くと、(たこ)のフィギュアが出てくるのか…。

 …泣かないまでも、喜ばなさそうではある。


「…その世界観、女児(じょじ)にはウケなかったかもね、(たこ)には淡水(たんすい)(しゅ)いないし…」


 優将は「設定ガバガバよな」と言って笑った。


「ユニコーンもいるんよ。サバンナジオラマに置くと色味が浮くのが気になって、白で塗り潰しちゃったけど。修正液だったか…?」


「大胆…」


「…大蛸(おおだこ)許容(きょよう)してて、ユニコーンは色味を気にした理由が、今となっては、自分でも分からんけど」


「まぁ、子どもらしいっちゃらしいよね。強い物を揃えるだけ揃えて、自分の考えた最強のジオラマにしてる辺りが」


 そんな子ども時代が、こいつにもあったのかと思うと、逆に安心する程に。




「よし、一旦は、ここに置いといて、落ち着いたら、(ほこり)(はら)ってやろ。カビてる可能性さえあるかんな…まぁ、()()も、気が向いたら、そのうち」


 『家族写真』の処遇も保留か。

 …そうだよな。そんな、整理がつかないよな、急に。


「…無理に、色々、いっぺんに片付けること、ないよ。動揺してるんだろうし、自分が思ってる以上に…」


「ああ、その…。ハンバーガーの件は、ホント、ごめん、高良…。流石(さすが)に気ぃ抜いて、喜び過ぎた。普段だったら茉莉(まり)()の前でやらかさんミスよな」


「…あー、あれ、やっぱ、動揺した…?もう、俺、頭の中に、『パリは燃えているか』の曲に合わせて、戦前戦後のモノクロ画像が流れて、焼け野原からの日本の復興を迎えそうになってたからね…」


 これに()りて、女子を、ハンバーガー喰う理由に巻き込まないで、お願い、美形。

 俺、右脳と左脳が離れ離れになるかと思った、動揺して。


「一人『映像の世紀』を頭の中でやらせてたなんて…ごめんしか言葉が浮かばんな…。いや、ホント、…あの、何かを誤魔化(ごまか)してくれようとして、食品を全部、三等分にしてくれたんだろうな、とは…思ったんだけど、動機が不器用な割に、手先が器用過ぎて、途中から、マグロの解体ショー並みに面白くなっちゃって…。何だか分かんないまま終わっちゃったけど、結果、誤魔化(ごまか)せたし、面白かったしで、何て言うか…。ありがとう…」


「あー、あの…、テンパって、本当に、あれしか誤魔化(ごまか)す方法が見つからなかったんだけど、結果、計量に集中することで、自分も何か…途中、楽しくなって、割合、色々忘れた」


「頭も良くて、顔も綺麗で手先も器用なのに…。そんな、道化(どうけ)みたいなこと、させちまって。…しっかし、器用というか…。解決方法が丁寧過ぎるんだよな、毎度。煮干しが沢山送られて来て困ったから、もう出汁(だし)を自分で取ろう、とかさ…」


不揃(ふぞろ)い煮干し、美味しいけど、うちの合理主義の母親、出汁(だし)なんか取らないから…。そのまま(かじ)るにも限界があるし。水出しと煮出しで、何とか、賞味期限内に消費してる」


「いや、うちの親が出汁(だし)取ってんのも見たことないからな…。『かーちゃんみたい』を通り越してる、と言うか…。ま、うちなんて、炊飯器あっても、ほとんど俺が炊かなかったのに、この(たび)(いなご)に持ってかれちまったんだがな?」


「ああ、土鍋でも買う?ご飯の炊き(かた)、教えようか?」


「いや、だから…。解決方法が丁寧過ぎるのよ。一合炊き炊飯器買おうか、にならないで、生活のクオリティを上げることで解決するのはなんなの、出汁(だし)を取ったり、米を鍋で炊いたり…。御菓子が無いなら原料の小麦から育てれば良いじゃない、って言われた気分なんだけど…」


「…そんな無理(むり)(すじ)な提案だったとは思わないんだけども」


「逆なのよ、道理や理屈に合い過ぎてるのよ…。自分の努力で丁寧に解決出来過ぎちゃってて、高校生じゃないのよ、何かもう」


 ()は、(かまど)の火起こしくらい出来たかもしれんから、何とも言えんな。


「確かに、手を動かして解決してしまうところはあるかも。(もち)をついたり」


 ストライプケーキを作ったり。

 …言われていれば…確かに、昔から、そういうところ、あるかも…。


 優将は「幻聴かな?」と言った。


(もち)?」


「ああ、ホームベーカリーの(もち)つき機能で、毎年、つきたての(もち)を、正月に」


「…詳しく聞いていい?」


「良いけど…。昔は毎年、長野の父方(ちちかた)のお祖父ちゃんがついた(もち)が年末に送られてきてたんだけど。亡くなってから、届かなくなっちゃって、買った御餅(おもち)じゃ食べても力が出ないよ、とか贅沢(ぜいたく)なこと言って、父親がしょげてたもんだから、一回作ったら、母親も珍しく喜んだもんだから、後に引けなくなっちゃって。十二月二十六日くらいに、毎年、一キロくらい(もち)(ごめ)買って、残ったら、(もち)(ごめ)と普通の米を混ぜて、炊き込みご飯にするんだけど…」


 民俗学的には(ちから)饂飩(うどん)みたいに、『(もち)を食べたら力が出る』みたいな話って、お年玉の起源が(もち)だったことなんかにも由来するんだろうけど、考えてみたら、しょげて、そんな愚痴言ったくらいで、毎年、息子のついた、つきたての(もち)を食べられてるんだとしたら、贅沢(ぜいたく)な話だよな。


 優将は、困ったように「(もち)が無いなら、つけばいいじゃない、っていう解決方法…」と言った。


「ホントだ…。俺って、そういうとこ、あるんだね…。丁寧に解決してるつもりはなかったんだけど…」


「他人に依存しない、安易に金で解決しないところがあるんだな…。でも、あの…。(つら)くなったら、(もち)も買って良いんだし、誰かのことも頼ろう?…友達が、クリスマス終わったら即日、(もち)(ごめ)購入してるとは、知らんかった…。このまま放っておいたら、キャロットケーキも手作りし始めそうだな。売ってないなら作れば良いじゃない、って」


「…何となく否定し(にく)いこと、言われたな。…そうねぇ、誰かが作ってくれるわけでなし」


 勝手にケーキ屋に引っ張り込まれたことはあるけど。

 やっぱトラウマかもだな、あれ。


「…ホームベーカリーで毎年、(もち)をつく高校生…キャロットケーキを焼く」


「新聞の見出し(ふう)に言わないのよ…あと、何でホラー口調(くちょう)なの…。家族写真のこととかも、そうだけど」


「んー、でもまぁ…。『ホームベーカリーで(もち)をつく高校生』は、日本語としては分かるけど、脳内で処理出来ん感じするよな。その、処理出来ん感じは、結果『ホラー』な気はする」


「ホラーか…。今日も、疲れたなー、他所(よそ)の家では倒れるし…。起きていることが霊障(れいしょう)かどうか、何て分析(ぶんせき)、『女子の家』でするなんて、俺には、(もち)つきより、よく分かんないんだけどね」


「そう言われると、どっこいどっこいな状況な気もするけど…。あの…ホラー映画に出てきそうな美人よね、あの人…」


「ブッ…」


 優将の指摘に、俺は、思わず吹き出した。


「どうしよう…分からんでもない…。細くて、色白で」


「うん、その…、美人なんだけど…繊細(せんさい)そうな外見過ぎて、ホラー映画で(おび)えたり、追い詰められたり、叫んだりしてそうな感じがする…」


「あー…、声のせいもあるかな。うちの母親が、割とアルト気味の声なんだけど、そういう落ち着きとは逆の声質、というか。細くて、高くて」


 優将は「不安定そうっつーかね」と言った。


 俺も「確かにな…」と言った。


「ずっと、印象が安定しないというか。生い立ちが波瀾万丈過(はらんばんじょうす)ぎるんだろうか」


 それで言ったら、優将さんも茉莉(まり)()さんも、どっこいどっこいかもしれないんだけど。


「逆に褒め言葉なんだろうか、ホラー映画に出てきそうなほどの繊細(せんさい)美貌(びぼう)、って言い(かた)すると」


「まぁね、『ホラー映画に出てきそう』は、本人には言わん(ほう)が良いかもだけど…」


「…おや、(うわさ)をすれば」


 携帯に、苧干原瑞月(おぼしばらみづき)ことJasmineからのメッセージが入った。


「え、…(すご)


「どした?高良」


「二泊三日のフィールドワーク、一日目話者さん一人、二日目話者さん一人、三日目話者さん二人、三日目の二人目は、降籏(ふるはた)本家だって…。合間(あいま)で、泊めてもらう家の、あの子の大叔父の苧干原銑二(おぼしばらせんじ)さんの家族にも話を聞けば、って。…調整力、凄くない?いくら、親戚(しんせき)伝手(づて)だって。頼んだの、今日の夕方だよ?」


 優将は「優秀(ゆうしゅう)ぅ」と言った。


「本当に、輸入家具の会社に入りたいのかもね。スケジュール調整とかマーケティングとか、上手そう。こりゃ、別に、国籍関係無く、自分で外国行ったり、イギリスに(こだわ)らなくても、そのうち、カナダとか、どっか、英語圏の国の永住権、取ったりして」


「あー…」


 何か。

 …胸が重くなった。

 何でだろう。


「期間限定、(ひと)(なつ)、彼氏の振り、美人と。フィールドワーク手伝ってもらう見返りに過ぎない関係だろうけど、見た目ばっかりは、高校生らしい夏かもよ。(ひと)(なつ)、って言っても、二泊三日だけど」


「そっかな」


 …何でだろう。

 …あんまり、好きな言葉じゃないな、『期間限定』とか『(ひと)(なつ)』とか。

 インスタントな関係、って気がして。

 モヤモヤする。

 そんなにコミュニケーション能力が高いわけでもないのに、他人と、せっかく関わるんなら、そういう、いつか終わっちゃうことがハッキリしてる関係より、長く、ずっと一緒にいられる関係の(ほう)が。




 …えっ?




 嘘。そうなの?俺って、『誰かとずっと、長く一緒にいたい』人なの?


 嘘嘘嘘。無い無い無い。


 失恋も真面(まとも)に出来ない朴念仁(ぼくねんじん)で、デートしたい、とか、誰かを好きだって認めることより、自分の遣りたいこと優先の人間じゃん。

 なーにを贅沢(ぜいたく)なことを。


 あー、吃驚(びっくり)した。


 そっか、親の夫婦仲が、認めたくはないことだが、良好な環境で育ったから、そういうのが普通、って、バイアスかかってんのかも。


 あー、驚いた。何を甘っちょろいことを、この家で、さっきまで何が起こってた?

 目の前の友達、親が離婚しそうで、母親が金目の家財道具、ゴッソリ持ってっちゃったんだよ?


 無い無い、大体は、そんな、都合良いこと、無いんだって。


 うちが偶々(たまたま)、離婚しないくらいのもんで。

 あれは、当たり前じゃないんだって。


 自分が、親みたいに、良好な夫婦関係の家庭を築けるなんて、勘違いだって。

 人間関係は相互努力なんであって、俺みたいなのに、そんな、長く、ずっと一緒にいられる人間関係なんて、築けるわけないって。




「高良?どうした?目が普段の倍くらいの大きさになってるけど?」


「いや…ちょっと、自分の人生観に疑問が…」


「今?!三十路(みそじ)に差し掛かってから、とかじゃ駄目?ちょっと、一回落ち着こう?いくら美人にキスされたからって」


「あ、それもあった…」


 急に恥ずかしくなった。

 頭を抱えると、自分の顔が赤くなるのが分かった。


「う、うわー、忘れてた…」


 そうだぁ、とんでもないことされたんだ。


 …あー、やっぱり、親への当てつけに使われたんだと思うと…。

 何か、胸がチクチクする。


 …相手にとっては、挨拶(あいさつ)みたいなもんなんだって、分かってるのに、割り切れ切れてなくて、モヤモヤする。


 …泣いてた(くせ)に。


 細くて、華奢(きゃしゃ)な腕で、倒れそうで。

 抱えてると、花の香りがして。

 湿った頬と長い髪が自分の肌に触れて、唇から、甘い味がした。


 ああいうこと、好きでもない相手と、挨拶(あいさつ)や他人への当てつけで出来ちゃって、何かのダシに使うのに巻き込まれちゃって、それが、文化の違いだって言われても、やっぱり、受け入れられなくて。


 腹が立つような、悲しいような、モヤモヤした気分。


 きっと、謝ってももらえないんだろうし、謝られるのも、何か違うような気がするし。


 こんな答えも出ないようなこと、真面目に考えたって、二泊三日が終わったら、きっと、続けて話もしないような間柄になって。


 相手は、…高校卒業すれば、日本にいないかもしれない人間で。


 やっぱり、何か、嫌だ。

 言語化出来ないんだけど、自分に合ってない気がする、そういうの。




「…あれ?優将?どうしたの?」


 優将は、自分の(みぎ)(てのひら)で、両目を(おお)っていた。


「神様…。一晩で、こんな面白いコンテンツに育つなんて。…俺も、長野に一緒に行って、このコンテンツの行く末を見守れないのは、何でなんですか…。見逃し配信も無いのに…」


「こ、コンテンツ?な、何?神に祈る程のことが…?もっと無いの?他に…」


 優将は、(みぎ)(てのひら)を自分の顔から退けると、穏やかに「何言ってんの」と言った。


「今更祈ったって、どの親から生まれるかとか、どの家に生まれるか、とか、何にも選べるもんかね。でも、無料コンテンツなら、どのコンテンツを視聴するかは、俺の自由でしょうがよ」


「…正論なのか、達観なのかは分からないけど。…女の子にキスされたことを揶揄(からか)わないでいてくれるのは、有難いかな…」


 優将は再び「何言ってんの」と、(さと)すように言ってきた。


 何で(さと)されてるの、俺は。


「早いうちから揶揄(からか)って、コンテンツが育つ芽を摘むなんて()を、俺が(おか)すはずがないでしょうよ…。お前がフィールドワーク先で泊る家の壁紙になりたい程度には、お前のこと、見守りたいんだからね…?」


「キッモ。…ごめん、初めて、優将の言うこと、キモいと思ったかも」


「そう…?意外にキモがられてなかったのね、って、逆に思ったけど。お前には色々知られてるのに」


「いやいや…ごめん、何か、今考えてたこと、全部吹っ飛んだ」




 おや。


 久し振りに、御揃いで。


 着物姿の男の子と、女の子が、並んで、ジッと、俺の(ほう)を見てる。


「ああ、やっぱり、似てる。可愛いよな、怖くない、ってのは、本当に、そうだよな…」




 しかし、優将は、真っ青になって「ここを動くなよ」と言って、走って、玄関に行った。


「…優将」


 俺は、思わず立ち上がったが、優将は、素早く、階下に姿を消していた。




 男の子と女の子は、ゆっくり、消えて行って、入れ違いに、青い顔の優将が、部屋に戻ってきた。




「やっぱりだ」


「…優将?」


()、家の前に、不審者がいた」




 …え?




「座敷童は霊障(れいしょう)、少なくとも、災いじゃない。お前を()()()くれてんだ」


 全身の血の気が引く。


「待ってよ」


「ハッキリ、怖くない姿で座敷童が出てくれば、そっちに集中して、()()()()()、なんて、思わないだろ。お前を、危ない場所に行かせない為に、近くに不審者がいたら、その場に留めようとして、出て来てたんだ」


 それじゃ。


 あの時も。


 あの時も。


 家の前や、俺の近くには、不審者がいて。


「待って」


 震えが止まらない。


「それじゃ、意味が、変わってくるんだけど」


 あの時も、あの時も。


「…台風の、夜も?」


 優将は「考えたくはないけどな」と言った。


「今日、倒れなかったら、どうなってたと思う?」


「倒れなかったら?…サッサと、あの子に書類を渡して、帰ってたかな」


 目の前で手紙を読まれたくなかったし。


「そう、()に向かってただろ?」




―高良が倒れてた時間だわ。




()()()()と鉢合わせてたぞ、多分」


 心臓が、ギュッとなるのを感じた。


「それの…何が、不味(まず)いの。変な人だけど、俺、関係無いじゃん。茉莉(まり)()さんのお父さんでしょ?」


 他所(よそ)の郵便受けに盗聴器しかけるくらいには、変だけど。


「…相当ヤバい人ではある。お前が会って、どうなるかは、俺にも分からんけど。危ない人だから(あらかじ)め会わないように守ってくれてるって考えたら、どう?」


 優将は「推測だけど」と言った。


「一回、あの子の母親を、脅してんだろ?小松さん。それで、刺されたんだろ?…もう一回、やらない、って、言えるか?あの子に『お前の親は兄妹(きょうだい)だったって知ってるぞ』って脅さないって、確証あるか?何で、自分名義の家の最寄り駅から、ちょっと外れたところに、あの時間帯にウロついてんだ、普通の仕事上がりにしては早いんだよ。苧干原(おぼしばら)親子が帰国してきたのを、何処かで知って、調べて、家の最寄り駅に現れたんだとしたら?あのな、分からない情報では無いんだよ、大企業の社宅の場所なんてのは。()してや、広告代理店の人だぞ。多分、個人的な伝手(つて)もある」




―…うちの母が生きている時には、もしも、起きていなかった現象なのだとすると。うちの母の()()、そして、私が日本に戻ってきてからの現象、ということになるのかしら?




「それじゃ…」


「あの和綴(わと)じの本が()()()()()経由で手元に()()()()()()、そして、もし、お前に内容が()()()()()()()、今年の盆、長野にフィールドワークに行く気になってたか?」


「あっ」




 字を教えてくれたのは、父方の祖父。

 本を渡してくれたのは、あの子の母親、そして、俺の父。




「しかも、()()()()()()()()()()な。何でだ?」


()()()に…怒られて。納期(のうき)を作れって。翻訳(ほんやく)を待ってる子が気の毒だろう、って。そして、()()()()()()が、手伝ってくれて…」




 (いも)

 そして、()

 俺を補完してくれる、守ってくれる存在。




「お前、守られてんだよ。愛犬にまで。だから、()()だろ?」




 ゾクッとした。




「よく分からん存在が連れて行こうとしてるのは、()()だ。多分、お前のこと、()()()()。俺が、あの存在を()()()()のは、多分、微妙にスルーされてるからだ。いても、いなくても、そんなに関係無い扱いなんだ、多分。その感覚は()()()()()。お前は長野に行くべきなんだ、いや、長野に逃げるべきなんだ、苧干原(おぼしばら)瑞月(みづき)と、盆の間だけでも。その間に、()()()()()()()()から」


「…待ってよ、待って、優将。『霊障より怖いこと』って、何?何を『御盆明けまでにどうにかして』くれようとしてるの?うちに業者が入ったのに、父親が優将に電話代われって言ったのは、何で?うちに今夜、何の業者が来てて、俺は、ここに泊るように言われたの…?」


 今思うと、『俺が夕飯を優将と一緒にとっているか』確認する為の電話だったんだってことが、分かる。


 うちの父親が、業者がいる時間に俺を家にいさせたくもなければ、一人にもさせたくないことを。


「言ったらお前、長野に行くのやめるじゃないか」


 ハッとした。


「皆知ってるんだ、お前が優しいから、気にして、自分だけ長野に逃げないって。だから言わないんだよ」


「そんな…」


「長野に行け。苧干原(おぼしばら)瑞月(みづき)と一緒に、二泊三日。それが多分、あの子を守ることにもなるから」


 優将は「頼む」と言った。


「俺が付けなきゃいけない()()()()にもなっちまったんだ。帰ってくる前に全て終わらせて、終わったら、全部話してやるから」


 涙が止まらなくなった。


「何で…皆…そんな、一方的なんだよぉ。俺が狙われてて、俺は、守られる為に逃げて、それで、納得しろって言うの…?皆が危ないかもしれないのに?」


「そう言い出すから、周りが教えないんだ。もっと自分本位になって、身の安全を守れ。セルフィッシュになって、やりたいフィールドワークをやるんだ。何なら『急にフィールドワークがやりたくなったこと』にすら、意味が有るかもしれん」




 …そうだ。



 …獣医、目指してたのに。


 …急に俺、フィールドワーク、フィールドワーク、って…。


 そりゃ、色々、考えさせられること、あったけど。


 この夏は、長野に行く気満々だった。




「あ」




 …獣医になることを考えさせられるようになったのって。




 『苧干原(おぼしばら)瑞月(みづき)の帰国後』?




 優将は「長野に行ってくれ」、と、見たことが無いくらい真剣な顔で言った。


「『預かり物』にも、何かヒントが有るかもしれん。()()()




 ハッとした。



 涙も止まった。




 あの本は『降籏(ふるはた)(よし)()の書いた告発文』。

 『俺』は『父親』の悪事の証人にして、告発者。


 跡継ぎにして、多分、一番の敵。




 'Herald(告知官), read(読み上げよ) the accusation(訴状を)!' said() the(王が) King.(言う)




 告知官(こくちかん)は白ウサギ。

 …()()()()()()()()()()だが、ウサギの穴にアリスを落として、下働きや蜥蜴のビル(陪審員)と暮らしている時とは、明らかに役割が違う。

 帽子屋(証人)は、不思議の国のアリスにも、鏡の国のアリスにも出てくるが、証言らしい証言はしない。




 ()()()()()()()()()()の白ウサギ。




 『俺』は()に、「なぁ、チェシャ猫(操縦者)」と声を掛けた。


「今日、何に気づいたんだよ、あの子の家で。珍しく、結論を急いでたじゃないか、座敷童が見えるのは『良いこと』だって。らしくないじゃないか、明言(めいげん)を避けなかったのは、どうしてなんだ」


 チェシャ猫(操縦者)は一瞬、(ひる)んだ。肯定(こうてい)の意味だろう。


「長野には行くから、教えてくれないか?」


「…分かった。()だ」


()?」


「何かを思い出す時、顔が分かる人と、分からん人がいるだろ?(ただ)さんなんか、ハッキリ分かるのに」


「…それは確かに、不思議に思ってた」


苧干原(おぼしばら)瑞月(みづき)には、座敷童の声しか聞こえん。苧干原(おぼしばら)瑞月(みづき)には、座敷童の()が見えん。…その違いは」


「違いは?」


()()かどうか、だ、多分」


「…え?」




 待ってくれ。




(ただ)さん、そりゃ、糸目の、色気ダダ洩れのイケメンで、ハッキリ顔、見えるけど、石工(いしく)の次男坊で。…あ」




―石工の次男坊、他所(よそ)で、西洋の遠近法を習ったそうである。明るい人柄、碌山(ろくざん)の知り合いだなどと(うそぶ)くが、真偽は分からない。渡仏したいなどと、よく冗談を言う。…ま、絵は描くんでしょうけども。…(ただ)さん、女の子を素描(そびょう)する。度々(たびたび)、素描するが、女の子は、それほど喜んでいない。像を作る時の見本にしたいのだと言う。確かに美しい妹だが、あまり喜んでいないので、満七歳の頃には、遠慮させてもらおうかと考えている。(ただ)さん、男の子の(ほう)は、目に入っていない。単に、身分低い、下働きの子だと思っているのだろう。素描の時には、一緒に遊べないので、男の子も、女の子も、あまり喜んでいない。…これ、変じゃない?。


―うん、未就学児の女児を、ずっと素描(スケッチ)って、何か…。


―まー、それが一番変っちゃ変だけど。考えてみ?()()()()何で、名士の娘を長時間拘束することを許されてんのよ、『(ただ)さん』。そんな、偉いわけなくない?石工って、ただの職人でしょ?女の子の(ほう)は、サトさんっていう教育係まで付けて、振袖着せられてるような家柄で、そんなことある?()()()()()でしょ?




()()()()じゃなかったってこと…?」


(ふみ)()(ただ)さんを『かなちょろ』って呼んでたんよ、思い出したんだけど」


蜥蜴(かなちょろ)?あっちの方言だね…」


「うん、うちのお母さん(かかさ)、タヅって、覚えてる?」


「ああ、…下働きの。それこそ顔は分かんないけど…」


「今考えると、(ただ)さん、お母さん(かかさ)とデキてたんよ」


「え?」


「正確には違うな、タヅに、(ただ)さんを(あてが)がってたのよ、不満を押さえさせて、下働き兼、自分の愛人として囲う為に、事情を知ってる男前を(あて)がってたんだわ、『俺』等の父親が。それで、夜、壁を這うみたいにして、女中小屋に来るから、蜥蜴(かなちょろ)。一回、『俺のお父さん(とっさ)か?』って聞いたら、無視され始めてさ。でも、それ以外は、案外、良い奴だったよ。(よし)()にも、(ふみ)()にも、ツネにも。相手も、自分の弟妹(ていまい)だとは思ってたんじゃないか?で、『俺』等の父親のこと、全部知ってるし、加担してることもあるから、『俺』等の父親も、頭が上がらん部分があって、ある程度自由にさせてたんだろ」


 罪を全て知っている蜥蜴のビル(陪審員)

 判決や事実認定を行う存在。


「…待て待て。…もう一人いたろ」


「うん、お(こう)さんの()な。()()()()()()なんじゃね?」


「…はー、()()()()()()か」


「実際は、お(こう)さんの母親に()()を握られて、危険な『預かり物』を預けられちまったんじゃね?お(こう)さんの父親は、そんなこと知らんから、『預かり物』の人質みたいに、ツネを息子と結婚させようなんて思ったかもしれんし、『俺』等の父親は、厄介払い出来れば、血の繋がりなんて気にせんかったかもしれんけど、お(こう)さんの母親は()()()()んだから、そんな嫁取り、承知するわけねぇわ」


 鬼畜。


「…クソ親父…。でも、俺、お父さん(とっさ)の顔、見えないけど…」


「言い(にく)いけど」


 ()()()よ、と、小さい声で、言われた。




 気を取り直す為に、と、入浴を勧められ、優将もシャワーを浴びるから、と、浴室に向かったのを、優将に借りたTシャツとハーフパンツ姿で、リビングで見送りながら、俺は、今日起きた出来事を、反芻(はんすう)した。


 女の子を親に内緒で家に泊めたり、泊めたのは別の女の子とキスした自分と、『俺』が、乖離(かいり)しそうになる。




 Which(夢を) Dreamed(見たのは) it()?

 赤の王の夢?赤の女王の夢?アリスの夢?…『俺』の夢?




「高良」


 名前を呼ばれて、ホッとした。

 Tシャツとハーフパンツ姿の、風呂上がりらしい優将が、「髪乾かせって」と言ってくれた。


「あ、うん。…そうだ、Émile(エミール)がいると、座敷童が出ない気がしてたんだけど。…あんまり関係無いのかな、ほら、()()()()()()()で会った気がして」


「ああ、お前のところの愛犬が懐かなかったり」


 優将は「俺が考えるに」と言った。


「関係性は分からんけど、『座敷童と同時に』現れないことは大事かも、と思ってる。『避けるべきこと』認定の不審者だったら、お前の『家』に入る前に、弾かれてんじゃないか、って」


「…そ、そうか…」


「そういう意味じゃ()()して良い気がしたから、茉莉(まり)()にも、盆明けまで、なるべく彼氏のとこいろって言った。不審者の来るとこより、良いだろ」


「なっ…。思い切ったこと、言ったな。…一人暮らしの彼氏の家に、って、()()()()()大丈夫なのか?」


「今付き合ってんのは、あの二人なんだから。それは、二人の問題だろ?不審者の来るとこにいるより、ボディーガード的なのと一緒にいるのがマシだ。怪我したり、死んだりするよか、いいだろ」


「…そんな、危険なことが起きるの?」


「例えだよ。な?…茉莉(まり)()が、怪我したり、死んだりするよか、いいだろ?」


 目が真剣だ。


 …何か、こいつは、相当の覚悟をしてるんだってことだけは、分かる。


「優将」


「せっかく生まれたんだから。()と同じこと、しなくていい。()みたいに、早死にしなくてもいいし、()好きだった人間と結ばれる必要も無いんだ」


「優将…?」


「やっぱり、情で目が曇るからって、ロジックを立てるのに、切り捨てちゃいけなかったんだ、若い女の子が、わざわざ、遠い木曽路を通って『(よし)()』に会いに来てた()()を」


「…何?」


「そこには、やっぱり『情』があって、…その…。もし、『(よし)()』に、仮に、()好きだった人がいたとしても、もしも、違う人間として、()生まれたんだったら、()好きだった人を、もう一度好きになる必要はないんよ」


「優将」


「明日死ぬんだったら、誰に会いたい?」


「…優将だよ」


 泣いてる俺を、呆然として、相手は見返してきた。


「あと、家族、犬とか、茉莉(まり)()さんとか、…皆だよ。一人だけなんて決まり、無いだろ?俺は、お前なんかより、ずっと、見栄っ張りで、欲張りだし、…ここにいない時だって、長野にいる時だって、…絶対思い出すんだから。皆今頃、どうしてるんだろう、って。俺のいない時…」




 秋の深まる信州の山で、『俺』のいない時、二ヶ月も、どうしていたんだろう、って。

 どうして、こんなに心配なのに、離れないといけないんだ。

 俺の大事なもの、全部から。




「帰ってきて、死んでたら、ただじゃ置かないからな。()()()()に、簡単に行くなよ?」


 俺は涙を拭った。


「次の台詞(せりふ)は分かってる。『寝ろ』って言うんだろ?」




 天使みたいな笑顔が、こっちを見詰める。


 何ら不思議なことは無い。魔王(ルシファー)は、天使だったのだから。

 天界の操縦者だ。

 でも自分の境遇だけは操れない。

 微笑みだけを残して、消えていくチェシャ猫(操縦者)




「ハズレ。何か飲めって、言う」


「…What are you grin like a Cheshire cat?」





 お互い、クスクス笑い合って。

…結局、時間は、止められないんだって、実感して。


夜は、残酷に時計を進めていった。




「王侯貴族の部屋かな…?」


「大袈裟な…」


「家具全部作り付け、勉強机もベッドも作り付け、って、流石(さすが)に見たことないんだけど…。わー、白木(しらき)?わー…アーチ材が、天蓋(てんがい)みたい…」


簀子(すのこ)材の下に収納ついてて、上にベッド用マットレスと腰パネルついてるから、…あー、(よう)はね、ここが一番、家の中で、地震に強いんよ」


「ほ?」


 意外な回答…。


(はり)斜交(はすか)いで、建材が入ってて、ここが、耐震構造的に、一番安全な部屋なんよ。家具が全部作り付けなのも、寝てる時地震で倒れないように、って。…『家』を建てる時にはね、一応、『子ども』の安全を、一番に考えてくれたのよ。…ま、だから、今日は、ここに泊りな」


 物の入れ物になってしまった『家』だけど。

…それでも、愛情の残滓(ざんし)みたいなものは、残っていて。


それが、『座敷童』を、雁字搦(がんじがら)めにしているようにも、思えた。


「最後は、親のこと、考えるなよ?」


 俺の言葉に、優将は、目を見開いた。


「せっかく生まれたんだから、最後は、セルフィッシュになってくれよ?」




 どうか、神様。

普通の、在り来たりな、日常に、戻してください。


御盆が終わったら、ここで、こいつと、普通に学校に通って、普通に、卒業させてください。


十月には体育祭があって、十一月には、受験準備のために他校より一年繰り上げの修学旅行で、北海道に行って。


 その、思い出の中に、こいつもいられるように、してください。


 …こいつに、自分の幸せを考えるように、仕向けてください。




―子どもを助けてください。




 でも、優将も、その他の存在も、返事はしてくれなかった。




「…何年住んでて、こんなに綺麗なわけ?この部屋は。そして、この、グレーに、黒と白の糸で、びっしり刺繍がしてある、御洒落過ぎるベッドカバーは、汕頭(スワトウ)刺繍(ししゅう)じゃないよね…?」


「いや、何か、ババァが刺繍の着物に凝ってた時に見付けたアンティークの着物が元らしいわ。単に、木綿じゃん?ザブザブ洗ってアイロン掛けてっけど?部屋が綺麗に見えるのは、中学に上がる時、俺が、ペンギン柄の壁紙を無地に変えたからじゃね?」


「うーん、ほぼ、シルバーみたいな、綺麗な淡いグレー…。ボコボコなのにパール感のある光り(かた)する壁紙…もう、隙の無いお洒落さ…」


 ベッドに並んで横になってても、意味分からんくらい御洒落…。


「寝床が良過ぎて眠れないなんて…」


「…プログラミングの本でも読む?C言語とか。あ、VB使える?」


「齧った程度だけど…。何、ここ、そんな本、置いてあるの?」


「アプリでも作ろうかなーと思ってた時期があって。ま、趣味なんだけど」


「…俺の知ってる趣味とは何かが違うな、一般常識としての趣味って、もっと…」


「…それなら言うけど、多分、お前の思ってる一般教養の『一般』、大学教授だぞ…」


 俺は、ハッとした。


「嘘…」


 …否定しきれないかも。


「いやー、女子の前で、『印象派だと』ルドンが好き、っていう、百点満点の回答するやん…。何で俺は先月、美術館で、この展開を見られなかったの、ってくらいの。で、『印象派だと』って言い(かた)だと、他にも好きな画家がある程度には詳しいわけで」


 び、美術館で?


「でも…俺、本当に、一般常識程度の知識しか無くて、絵なんて、好き嫌いでしか語れないし、芸術の何かが分かるわけじゃないから」


「…因みに、印象派の画家以外だと?」


「…日本画だと、鏑木(かぶらぎ)清方(きよかた)とか?」


 普通の美人画ばかりと思いきや、『妖魚(ようぎょ)』とか、結構凄いですよ。


 優将は、慈愛に満ちた笑顔で、「寝なさい」と言った。


 暗に『それは一般知識ではない』と言われたらしかったので、素直に眠ることにした。




 目が覚めると、やっぱり、腰に、優将の両腕が巻き付いていたので、三日連続だなぁ、と思って、何だか笑えた。


 朝が、来てしまった。








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