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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
80/93

裏切者:How am I to get in?

 優将の家の前に行くと、紫苑(しおん)高校(こうこう)の制服姿の優将がいて、立って、業者に、自分の家の荷物が運び出されてくのを、暗い中、家からの灯りに照らされて、いつもの無表情で見詰めてた。


 優将の家の駐車スペースには、珍しく、黒のセダンが一台停めてあって、見たことない車だな、って、思った。




「優将、これって…?」


「…あー。ババァがさ、荷物引き取りに来ただけ。もう、職場にしてる所に、荷物全部持ってくってさ」


「そうなんだ…」


 …優将が引っ越すわけじゃないんだよね?


 何か、モヤモヤするけど、聞けない。




「…髪、切った?優将、そんな短いの、高校受験以来じゃない?」


「んー、切った切った、今日」


「髪色も、黒くしたんだね?」


 珍しい。

 こっちの(ほう)が似合うけど、何か、大人っぽくなって、ちょっと、…知らない人みたい、って、思った。


「やー、六月から、毎月色変えてるからな…。そろそろ髪も休ませたいわ…。さしもの俺も、頭皮が気になったよね、今月は流石(さすが)に」


「そ、そう…」


 頭皮が…。

 じゃあ、もうちょっと間をあければ良かったのに。


 何か、髪が黒くないといけないことが、近々(ちかぢか)あるのかな?って思ったけど、…何となく、聞けない。




 (しばら)く、二人で、並んで、優将の家の前に立って、様子を見てたら、黒いドレスの、綺麗な女の人が出てきた。

 …ベルサーチのドレスかな?

 巻き髪で、派手。

 暗くても、ラメがキラキラ光ってる。


「あ、季湖(としこ)さん?」


「やだ、茉莉(まり)()ちゃん?大きくなったわねー。はい、あげるぅ」


 季湖(としこ)さんは、手に持っていた袋を、全部、私に手渡してきた。


「ど、どうも。あ、フリーズドライのライチとマンゴー?」


「フルーツティー好きでしょ?紅茶かヨーグルトに入れてねぇん」


「あ、ありがとうございます」


 お店で使い切れなかったやつの在庫処分だって、いつも優将は、嫌な顔するけど、確かに、あんまり店舗で売ってるの見たことないし、これで作るフルーツティーは、結構好き。

 ドライフルーツとは違った、不思議な食感だから、紅茶に入れるのが一番良いと思ってる。


 あれ?


「…季湖(としこ)さん?」


 珍しく、私のことを、季湖(としこ)さんが、ジッと見ている。


「…じゃあね」


 …あれ?

 『またね』じゃないんだ。


 優将、今日は、悪態をつきもしない。

 ずっと、業者さんの動きを見詰めてる。


「あ、はい、また…」


 私の挨拶に、季湖(としこ)さんは、珍しく、静かに微笑んで、黒い車の(ほう)に向かっていった。




 暫くすると、優将が「行ったか?」と、小さな声で言った。


「あ、季湖(としこ)さん?うん、今、車、発進したでしょ?」


「ごめん、茉莉(まり)()。ちょっと、親父の部屋、来てくんない?二階の」


 優将は、まだ小声だ。


 …何か、変。


「分かった、入るね?」


 優将は、私の手から、フリーズドライの袋を取って、スタスタと先に中に入ると、玄関先に置いてくれた。




 この家の二階に上がったの、久しぶり。


 階段を上って一番奥が季湖(としこ)さんの部屋、真ん中が優将、一番手前が、優将のお父さんの、将基(まさき)さんの部屋だ。


 将基(まさき)さんの部屋って、まだ、荷物とかあるのかな?




 伽藍(がらん)(どう)なんじゃないか、と思って入って、私は、息を飲んだ。


 パソコンと、大きなモニターと、作業用のデスクと椅子だけが残されてて、真っ暗な部屋の中で、ずっと、青白い光を発しながら起動してる。


 エアコンが点いてるのか、部屋の中は、ひんやりしてる。


「何これ…。モニター?」


 優将は、部屋の電気を点けてくれた。


「親父が置いてった機材と、家の前の防犯カメラの映像。セコム入ってるし、こんなん、気にも留めてなかったんだけど。()()()()()()、ごめんな、茉莉花。…やっぱ、凄いわ、()()()()()()。電話で、誰かが、小松さんに、うちの防犯カメラの映像を横流ししてる、って言われて。…見たら、ドンピシャ」


「小松さん、って…?」


 どういうこと…?


「…うちの親父が、茉莉花のとーちゃんに、うちの防犯カメラの映像を横流ししてる」


「…何それ…」


 動悸(どうき)が早くなる。


「理由は分からん。うちの親父が自主的にやってんのか、瑞穂(みずほ)さんに頼まれたからやってんのかは分からんけど。…犯罪、だと思う。個人情報だ。顔も住所も名前も性別も(ひも)づけされた、(おれ)()の家の前のプライバシー映像は、うちの親父が、瑞穂(みずほ)さんに、横流ししてる。厄介なことには、親父には()()が無いかもしれん…。単なる親切心でやってる可能性が有る。やめろって俺が言っても、話が通じない可能性も高い。…外科医としては優秀なんよ。情を交えずに他人の体を切開出来る人間だから。でも、うちのババァみたいな、()()()()()()()()が無いと、社会では、()()()()()()をしちゃう恐れがあるんよね」


 体が、冷たくなってく。


 夏なのに。


「ああ、ホントだ…。中澤(なかざわ)さんちは、絶妙に映ってなくて、…うちと、優将の家の前が、バッチリ写ってる」


 何これ。


 ()()


中澤(なかざわ)さんちとも相談して、もしかしたら、警察に通報するかもしんない。…どうなんのかな。医者が、自宅の防犯カメラ映像横流しって。…逮捕は無くても、噂が広まったら、長野の病院、潰れっかもな…」


 優将は、「クソ親父」と言って、パソコンの前の椅子に座った。


「こんな近くに裏切者がいたなんて。…ホント、ごめん、茉莉花」


 優将は、ハッキリと「何とかするから」と言った。




 頭が真っ白になった私が、返事出来ないでいると、優将は、「これを見てほしい」と言った。


「…何これ…」


 常緑(じょうりょく)学院(がくいん)の制服?


 でも、私じゃない。


 家の前を、ウロウロ、ウロウロしてる。


「こいつ、先月、この辺りに、よく出没してたんだわ」


「顔が見えない…。髪も、結んでる?よく分かんないね」


「んで、これが、茉莉花の誕生日の日の映像ね。夕方。お前が出掛けてて、帰って来なかった日、あったろ?その日だな」


 え。


 赤いワンピース。


「同じ女だろうけど。…俺さ、こいつ、時々、見掛けてたのよ。夏なのに、血みたいに真っ赤なアクシーズのワンピース。全然涼しくなさそうな色。長袖の袖を(まく)って着てるなって感じ?薄手だけど冬物なんじゃ?みたいな?これしか持ってねーの?みたいな感じの。これか、制服、って感じ」


「え…。アクシーズファム?…知り合いに、そういう服着る子、いないけど…」


「まー、アクシーズの服着る女も、アクシーズの服も、嫌いじゃないけど、人選ぶよな。ブルべと(こつ)ストを、じっくり丁寧に殺す服、と言うか」


「い、言い過ぎじゃない?物によるよ、アイテム多いんだから。でも、安くもないしね、可愛いけど。私も、スカートくらいしか買ったことない。あー、そっか、グレイッシュと言うか、上品なくすみカラーの服とかあるから、ブルべ(ふゆ)とかだと、モスグリーンとか、こういう、ワインレッド選んだ(ほう)が似合うかも?」


 まさか本人も、パーソナルカラー診断を防犯カメラ映像でされてると思って、こんな、高そうなワンピース、着てないだろうけど…。


「あっ、嘘」


 赤いワンピースの女性は、私の家の郵便受けに、手を入れて、何かをしている。

 そして、次に、優将の家の郵便受けの前に移動して、同じ動作をした。


「…何、何したの?この子」



「盗聴器」



 全身の血の気が引いた。


「…どういうこと…?」


「うちの親父が、防犯カメラの映像を横流しするのとは()に、茉莉花の誕生日の夕方から、俺と、お前んちの郵便受けに、盗聴器が仕掛けられてる」


 心臓が波打つ。


 ()()


「これは、れっきとした犯罪の証拠だから、警察に届けるけど。それまで、俺等(おれら)が盗聴器に気づいたたことが、相手方に知れると、あんまり、良くないかも。普通に通販とかで買える、五百時間録音とかのやつみたいだから、販路(はんろ)じゃ、犯人特定難しいかもだし。それまで、高良とかにも、黙っててくんない?解決したら話すから」


「わ、分かった」


「お前も、ほとぼりが冷めるまで、なるべく、彼氏んちとか、いた(ほう)が良いな」


「え?」


 …え?


「うちの親が、ホント、ごめん。盗聴器は別件だけど。盆明けまでに、何とかするから。それまで、何とか、無事でいてくれ。彼氏にも、事情話したら、流石(さすが)に、ボディーガードくらいしてくれるよ」


「…うん、御盆、丁度、会うんだったんだ…」


「茉莉花…?」


 涙が止まらない。


 恥ずかしい。




 私、『優将が守ってくれる』って、思い込んでた。




 …そうだ、彼氏に、助けを求めるべきなんだ。




「あ、ご、ごめん。帰るね…」


「茉莉花?」


 泣いちゃ駄目だ。

 慰めさせちゃう。


 私は、走って部屋を出て、階段を駆け下りた。



 …どうしよう。

 どうして、今日なの?


 お父さんは、変なことばっかりして、このまま、瑠珠(ルージュ)に、お父さんのこと知られたら、友達でいてくれなくなっちゃうんじゃないか、って、思っちゃうし。

 高良にも、盗聴器のことは相談しちゃ駄目で。

 …周りで、『怖いこと』が起きてるのに、彼氏の家に行くのは、って、自分で、ブレーキ掛けちゃってる。




 どうしよう。

 捕まってる所が、無い。


 涙が止まらない。




 優将の家を出た。

 もうすぐ、門だ。


 どうして、今日なの。

 何で、こんな、何もかも、いっぺんに来るの。

 立っていられない。


 でも、誰にも慰めさせちゃ、駄目だ。


 今日は、慰めてもらう為だったら、何でもしてしまいそうな自分がいて。

 …不誠実な事をしたくないなら、部屋で、一人で震えてる(ほう)が。




「茉莉花さん?」


「…高良?」


「一緒にハンバーガー、食べる?夕飯、もう済ませちゃった?」


 高良だ。


「泣いてるの…?」


「…一緒に、食べても、いいのかな」


 ごめん、高良。

 ここには、盗聴器があるの。

 ここで喋ってると、誰かに聞かれちゃう。

 …高良。


 でも、高良だ。

 何か、安心しちゃった。


 優しい声が「友達でしょ」と言った。


「優将、入れてくんない?まだ業者さんいるから、無理?」


 私の後を追っ掛けてきたらしい優将が、「高良」と言って、驚いた顔をした。


「うちの父さんが、()()()()()()()()()()()()()って言って、お金くれてたんだけど、食事に誘いそびれちゃって」


 優将は「()()()()()()か」と言った。


「あー…気づかんで、ごめんな。高良、中入って。()()()()()()()()()()わ」


 高良は「何それ」と、不思議そうに言ったけど、私を見て、微笑んでくれた。


「優将、茉莉花さんも良いよね?」


「ん。()()()()()()()()()()わ」


「そ、そう?じゃ、お邪魔しようか、茉莉花さん」


「う、うん」




 全然状況は変わってないんだけど。

 凄く、安心した。


 困った時、高良が来てくれた、って、思った。


 やっぱり、優しい、高良。




「ワッパーと、ワッパージュニアと、アボカドワッパージュニア、だと?…選べねぇ…。しかも、クーポンも無しに、チリチーズフライまで…。大富豪の買い物かよ…」


 優将は、口元を両手で押さえながら、感心しきった様子で、ダイニングテーブルの上に、紙袋から食べ物を出す高良の手元を見詰めてる。


「そんなに喜ばれるとは…。優将と食べるようにって、父さんが、多めに持たせてくれたから、色々買ってきたんだけど、どれが好きか分からなくて。氷溶けそうだったから、飲み物も買ってないんだけど」


「選べねぇ…」


「…どれも好き、ってことで良いかな」


「もう俺、ハンバーガーショップ、トンマナから(すで)に愛してるから…。高良ありがとう過ぎる…」


 高良が「ト、トーンマナーまで…」と困惑したように言った。


 トーンマナーって何だろう…。


「そもそも、食べ物の店のトンマナ最初に考えた人のことは、俺、一生尊敬するって決めてっから。…御覧、これがバーガーキングのトンマナだよ、高良」


「喜び(かた)が特殊…」


 私が「優将、そんなにハンバーガー好きだったの?」と言うと、二人はフリーズした。


 …えっ?


「あんまり、一緒に、ハンバーガー食べに行ったこと、無いよね?」


 優将は動かない。

 高良は、フリーズしたまま、目が、あちこち泳ぎ始めた。




 え?




 そ、そうなのかな。

 そっか、ハンバーグも、好きだもんね?優将。




 あれ?

 何か。

 …胸が、ギュッ、ってして。

 泣きそう。


 何でだろう、こんな、つまんないことで。

 秘密にされてた、みたいな感じかして。

 別に、全然、つまんないことなのに。




 あっ。




 顔が熱くなる。


「そっか、彼女とかと行ってたんだ、大好きな御店に。ごめん、詮索(せんさく)して」


 私の言葉に、高良が、真っ青になって「切り分けよっかぁ」と、突然言った。


 え、えーっ?


「あ、う、うん。三等分にする?ハンバーガー」


 ホールケーキみたいに…?

 そういう食べ(かた)、したことないけど。

 

 高良は、気持ち大き目の声で「包丁借りて良いー?」と優将に言った。

 優将は無表情で、返事をしない。


 な、何何?

 どうしちゃったの?高良。




 キッチンに向かった高良が「あ」と言った。


 …凄い、食器が、ほとんどなくなってる。

 コーヒーを淹れる道具も、ティーセットも。


 優将が、やっと喋ったと思ったら、「(いなご)が通ったあとみてーだろ」と言った。


「容赦ねぇよなぁ、金目のもん、ほぼ持って来やがった。武士の情けか、キッチンスケールと、電子レンジと、冷蔵庫と、古い薬缶(やかん)と、切れ味微妙な包丁は一本残ってるけど、皿は、今日から紙皿だな、こりゃ」


 そう、優将が言う間も、二階からは、業者さんが動き回る音がする。


 高良は「…Wedgwoodの、苺柄のマグカップは…?」と言った。


 優将は返事をしない。


 私は、マグカップの定位置を覗いてみた。

 …無いみたい。

 少なくとも、食器棚には見当たらない。

 可愛いカップだったから、季湖(としこ)さんのだったのかも。

 ちょっと残念だけど。


「そっか、えっと、残念だったね?私、フルーツティー淹れるよ、残った食器で。ああ、ポットは残ってるみたい」


 高良は、貼り付いたような笑顔で「お願いしようかなー」と言った。


 どうしちゃったんだろう…。


 高良は、一瞬困った様子を見せてから、「じゃあ俺は」と言った。


「買ってきた食品を…全て、…正確に三等分にする…」


 私と優将は、声を揃えて「…えっ?」と言った。




 そこからの高良は凄かった。アルミホイルで包丁を研いで、ケーキを綺麗に切り分けられる無料アプリを、突然、携帯にインストールして、多分、この場で可能な限り、三等分にした。


 そして、チリチーズフライを、キッチンスケールで、本当に三等分にしようとした。


 優将は、前傾姿勢で、キッチンで真剣に作業する高良を見ながら、両手で口を押さえて、「うそだろ」と言った。


「チリビーンズまで等分しようってのか…?無茶しやがって…」


「いや、コツが掴めてきた。…チリビーンズで、1、2gくらいの調整が出来るんだよ。かかってるチーズで、微差は出てしまうかもしれないけど…。ほら…」


「…なっ。豆を割ろうってのか…?」


「…はい、ピッタリ!」


「す、スゲェ、スゲェよ、高良。有言実行しやがった」


 私も、高良の表情が真剣過ぎて、全部を忘れて、キッチンスケールの数字表示を見てしまってた。


 凄い、本当にやった。

 凄い。

 意味は全然分からないけど…。


 な、何だろう、男子校ノリ?

 ついてけないけど、何か、とにかく、高良は凄かった。


 何か気不味い?感じの空気も、どっか行っちゃった。

 少なくとも、怖い感じはしなくて、何か、高良凄いな、って、ひたすら思った。




 業者さん達は、高良の死闘の間に引き揚げて行った。


 ハンバーガーは美味しかった。


「優将、ワッパーと同じくらいの顔の大きさなんだ…。小顔過ぎる…」


 高良の言葉に、優将は「ハンバーガーと顔の大きさ比較されたことないんだけど…」と、困惑気味に言った。

 高良は「俺も初めてだよ…」と言った。


「自分の顔と同じくらいの大きさの食べ物、って考えたら、そりゃ、全部食ったら腹も壊しそうだな、って、何か、納得しちゃった…」


「お前も小顔じゃん…」


「…ハンバーガーと比べたらどうかな…」


「ハンバーガーと比べんでよ…」


「ワッパージュニアよりは、流石(さすが)に大きいと思うよ、いくら優将の顔でも。ワッパージュニアの(ほう)にしないの?」


「俺の顔の骨格のサイズから離れてくんない?…ワッパージュニアだと少ないかなぁ、と思って、ワッパーにすると、多いかなぁ、みたいな…。ワッパー単品か、ワッパージュニアとサイドが妥当…?」


 真剣に、何の話してるんだろう、と思うと、可笑(おか)しくなっちゃって、何か、ニコニコしちゃった。


 …やっぱり、彼氏といるより、楽しいなって、思っちゃって。


 ハンバーガーとか、分けっ子して、皆で食べて。


 別に、これでいいのに、って。


 凄く沢山は、望んでないのに、って。


 食事は、紙皿と、紙コップだけど、皆がいて、別に、これでいいのに、って。




 でも、一歩、この場所の入り口に立てば、盗聴器と防犯カメラがあって、そう遠くない未来、警察に通報しないといけないことがあって。


 …御盆が明けたら、どうなっちゃうのかな、って思うと、時間が止まればいいのに、って、思っちゃった。


 あんまり、沢山、考えたくない。




 ふと、携帯が鳴った。


 高良が「父さんだ」と言った。


 電話に出た高良は「え?」と言って、自分の携帯を、優将に手渡した。


「優将、父さんが、話したいことがあるって」


 優将は「あー」と言って、電話に出た。


「…はい。はい。はい。そうします。はい。承知しました。お休みなさい」


 優将は「電話切られたけど」と言って、高良に電話を返した。


「今日は、高良んち、業者呼んでるから、うちに泊めてほしいってさ」


 高良は「うちに業者?」と言った。


「そうそう。そんで、朝、俺が送ってくから、家まで。で、高良、うち泊まるんだったら、コンビニで、下着とか買えば?」


「え?泊って良いもんなの?…良いなら、良いけど」


「ん。今から、一緒にコンビニ行こうか」


「あ、じゃあ、私も、そろそろ、家に帰るね。御馳走様」




 二人と一緒に家を出て、自分の家に戻ると、瑠珠(ルージュ)からの着信に気付いたから、自分の部屋にエアコンを入れて、ベッドに座って、掛け直した。




「もしもし、瑠珠?電話くれた?」


 電話先で、「あー、茉莉花ぁ」という、いつもの声がして、家に一人でも、友達の声が聞けて、普通に嬉しかった。


 お父さんのこと、バレたくないな、ホントに…。


「ごめん、お昼、一緒にトイレに行った時にさ、茉莉(まり)()のグロスと、自分のアトマイザー、間違って持って来ちゃって」


「あ、ホント?」


 気づかなかった。

 …結構、ぼんやりしてたからなー、今日は。


「これ、瑞月(みづき)からの誕生日プレゼントじゃない?Blossomのリップグロス&パフューム。可愛いよね、ドライフラワー入ってて。ネーム入りだから、すぐ分かった」


「あー、そうそう。ハニージャスミンとストロベリーのやつ」


 カリフォルニアのブランドなんだけど、2WAYでリップグロスとパフュームが一つになってて、『Marika』って、わざわざ、プレゼント用にネーム入れてくれたんだな、って。

 ハニージャスミンのロールオンパフュームが気に入ってて、何となく使っちゃうんだけど、センス良いなって。


「失敗したー、今度返すから。ごめん。アトマイザー、10mlのにしたの忘れてたよ。細長いから間違ったんだなー。ドジ過ぎ。アトマイザーはあげちゃう、御詫(おわ)び」


「え?良いの?悪いよ」


 瑠珠(ルージュ)、いっつも良い匂いだし、ちょっと嬉しいけど。


「やー、いーよ、可愛過ぎてパケ買いしたら、思ったより良くてさ。布教。使いかけで悪いけど。茉莉(まり)()、絶対似合うし」


「そう?」


 電話しながら、(かご)バックの中身を見る。ポーチの中に、確かに、いつもの、グロス付きロールオンパフュームは入ってなくて、見覚えのない透明の、細長いアトマイザーが入ってる。


「えー、良い匂い、中身、何?」


「ジルのオードパルファン」


「あ、ジルスチュアート?」


「そそ、季節違うけど、クリスタルブルームのスノーオードパルファン。(そと)()、マジ可愛いんだって。一目惚れしたから、ドレッサーに置きたくて買っちゃったよー。珍しくピンクの(ほう)選ばなかったんだけど、中身も当たり」


「えー、ホント?買っちゃおうかなー」


「いいね、御揃いしちゃう?今より、冬とかのが合いそうな名前だし。…あ、それでさ」


 瑠珠(ルージュ)の声のトーンが変わった。


「え?何?瑠珠(ルージュ)


「実は、今日、あの(あと)()(づる)んち、行ったんだよね、様子見に」


「え、(やさ)しー」


 私とか、自分のことで精一杯で、全然、考え付かなかったな…。

 やっぱ、瑠珠(ルージュ)優しいと思う。


 瑠珠(ルージュ)は、ちょっと照れたように「そ?」と言った後、声のトーンを戻した。


「そしたら、あの子、いなくて」


「…そうなんだ。え、()(づる)んちって、学校めっちゃ近いよね?」


「うん、徒歩通(とほつう)で、家、多分、クラスで一番近いはず。…やー、このカッコで行ったからさ、失敗だったな、と思ったんだけど」


 …あー、タンクトップとショーパンか、確かに、友達の家に行くには、露出多めかな。

 私は、割と、その姿、見慣れてるけど…。


「…なんか、あの子のお母さんが言うには、合コンの(あと)から、()(づる)、家にいないことが増えたんだって、ほら、カラオケ行った時のやつ、紫苑(しおん)高校(こうこう)の子達と」


「え?塾とかじゃなくて?」


「うん、塾行ってないらしいんだけど。…まー、変な話なんだけどさ」


「…うん」


「親が、交通用ICカード、使わせてないらしいんだわ」


「え?」


「必要ないでしょ、って」


「…えー?」


「塾も習い事もしてないし、家と学校の往復は徒歩なんだから、って、持たせてないんだって。遠くに行く時は、親が来るまで送り迎えだって」


「でも、持ってなかったっけ?()(づる)


 それに、高良(たから)の出没しそうな本屋の周りとかにいたんだから、電車移動くらいしてるんじゃないかな。


「…内緒で買ったんじゃない?親に」


「へー、…なんか」


「うん、過保護な家?なのかな…?一人っ子らしいし?で、それがさ、お母さんが言うには、()(づる)んち、親戚が警視(けいし)総監(そうかん)なんだって」


「あ、え?うっそ」


 警察の偉い人なんだ、全然知らなかった。


「そう、だから、問題起こされたら困るんですけど、って言われちゃって」


「は?」


「あー、その…、最近家にいないの、うちらと遊んでるせいにされてんのよ。合コンもさ、まぁ、親に、合コンだって言わなかったらしいんだけど、うちらと遅くまでカラオケ行ったことになってて。最近も、友達と遊んでるとかって言うんだけど、内緒で服とか買ってるみたいだし、何か知らないか、って。ICカードも無いはずなのに、とかって言われて。知りません、って言ったんだけど」


「…あの合コン以外で、遊んでないよね?()(づる)と」


「うん、ほら、あの子、家が近過ぎてさ、帰りに一緒にショッピング、とかも、そんな、無いしね。Halleluiah(ハレルヤ)は何回か一緒に行ったっけ?くらいで。…あとさ、知らなかったんだけど。前、あの子、バナナと仲良かったんだって」


「うっそ、(じょ)バスの?!」


「そー、(じょ)バスのバナナ。たっちょから聞いたんだ」


 バナナは、バスケ部の立花(たちばな)椰子(なこ)さんの渾名(あだな)だ。

 椰子(やし)なんだかバナナなんだか、私も、あんまり分かってないんだけど、天使みたいなフワフワの天パの短髪で、色素薄くて、バスケ部で一番美人。

 顔小さいんだよねー、(あし)長いし。

 文武両道、成績も良いし、スポーツも万能、みたいな。

 理系行くって言ってたっけな。


 たっちょは、同じクラスの田中彩乃(たなかあやの)なんだけど、隣のクラスに田中(たなか)綾乃(あやの)がいるから、うちのクラスは『たっちょ』で、隣のクラスの(ほう)は『あの』で呼び分けられてる。

 ややこしいけど、たっちょが(じょ)バスで、あのが(じょ)バレ。


 バスケ部とか、バレーボール部って言わないで、(じょ)バスとか(じょ)バレって言っちゃうのは、高校受験で入学した、共学の中学校出身の子達が使いがちな単語だから、途中編入組って、すぐバレちゃう。


 変だな、とは思うんだけどね。

 男子のバスケ部のこと、『(だん)バス』って呼ばないのにな、とか。

 でも、まぁ、(くせ)だから、仕方ない。




 立花(たちばな)椰子(なこ)さんは、小学校で、男子に、『()ち、バナナ()』っていう、サイッテーの渾名付(あだなつ)けられたから、中学校受験して、女子校に逃げたって言ってた。

 今も渾名(あだな)で『バナナ』は残ってるから、どうサイテーなのか分かんなくて、(ゆう)()に聞いたら、「分からんままでいい」って言って、教えてくれなかったから、あんまり良くないことなんだろうなって思ったから、何か悪くて、私は『椰子(なこ)さん』って呼んでるんだけど。


日出(ひづる)、バナナと小学校で仲良くて、一緒に常緑(じょうりょく)学院(がくいん)を中学校受験したら、あの子だけ落ちちゃったんだって。だから、高校は、バナナと同じ学校行きたくて、また受けたらしいんだけど」


「…えー、でも…。(じょ)バスかぁ…。無理じゃない?結束力(けっそくりょく)固過(かたす)ぎって言うか」


「うん、(じょ)バスと(じょ)バレは無理。部活やってなきゃ、あのグループの中に入れないよー。バナナは、マジ良い奴だけどさ。大体、スポーツやる子達と、日出(ひづる)、絶対、キャラ合わないって。意地悪とかじゃなくて、話が合わないでしょ、あの運動音痴じゃ」


「そっか、小学校の頃と同じつもりでいたら…」


「そーそー、多分だけど、バナナ追っ掛けて入学したら、中学校で(すで)にグループが出来てて、あの子、入れなかったんじゃない?それこそ、他校に彼氏とかいるグループじゃん」


「…わー、悲惨」


「まーねー、それで、うちらといるんだな、って。良い意味で、うちら、どのグループとも、浅く広く仲良いし、玲那(れな)みたいな、グループ渡り歩いてる子も、瑞月(みづき)みたいな転校生も一緒にいれちゃうし。(らく)なんじゃん?」


「あー…そういうことかー。そだね、玲那(れな)年子(としご)のお姉さんいる、とか、瑞月(みづき)は一人っ子、とか、そういう話、するけど。あんまり…日出(ひづる)の話って、日出(ひづる)は、しないね」


 私も、家の事情は話してないし、瑠珠(ルージュ)も、私くらいにしか、家の話はしてないけど、確かに、日出(ひづる)って、本来だったら、聞き役に回ることが多い。そんなに主張がないタイプで、だからこそ、合コンの後の行動って、憑き(つきもの)()かれた感じで、引いちゃったんだけど。


「…ね。で、…言えないんじゃないかな、ホントはバナナのグループにいるはずだったけど、中学受験も友達作りも失敗したとか、服も親に決められてて、ICカードすら内緒で買わないといけないような厳しい家だ、とかさ」


「…あー。そだね、()(づら)いか」


 服かぁ。

 別に、センス悪いとか、思ったことないけどな。

 日出(ひづる)、合コンでも、ネイビーのシャツワンピとか着てて、頑張り過ぎてない感じがして、凄い印象良かったし。


「そー、だからなんか、連絡取れないと、気になっちゃって、お節介かなって思ったけど家行って、親に迷惑がられた、っていうね…」


瑠珠(ルージュ)…優しー…」


 そうだよね、結局、気に掛けて連絡くれるのって、瑠珠(ルージュ)が一番多いもん。


 瑠珠(ルージュ)はまた、照れ臭そうに「んー」と言った。


「でもさ、それで良かったって、多分。うちらといて正解だったんだって。服も、聞いた限りじゃ、親が決めてて、ICカードも無い、みたいな感じだったら、マジで、他校に彼氏いるような子達と買い物行く、とか、キツくない?多分、上手くいかなかったって、中学受験で一緒に受かってても。バナナがバスケ部入った時点で疎遠(そえん)になる未来が見えてるって言うか」


「んー、かもねー、私も、(じょ)バスと(じょ)バレは、多分無理だなー、仲良過ぎるもん。入る隙間が無さそう、って思っちゃう。ラクロスも。(じょ)テニでギリかな」


 一人一人は良い子なのに、不思議っちゃ不思議。

 グループになると、急に難しくなるって言うか。


「分かる、ラクロスも仲良いよね。(じょ)テニはね、個人競技なせいか、そこまで壁感じないけど。一時期入るか迷ってたし」


「あ、そうなんだ。何で入んなかったの?瑠珠(ルージュ)


「…家の事情もあるから、絶対決まった時間に登校して練習、とか、微妙だし。朝練の時間、メイクしてたいなって」


「…そっか」


 瑠珠(ルージュ)らしい理由ー。


「ま、何にせよ、日出(ひづる)が、誰と何処行ってるか、とか、分かんないけど。そろそろ御盆だし、親が気を付けてれば、そんなに出歩かないかな?新学期にでも、本人に聞いてみようかなって。否定はしといたけど、うちらをダシにされてんのも嫌じゃん、あそこんちの親に、うちらのせいで素行(そこう)(わる)くなった、みたいな勘違いされてるって、何かさぁ。…あ、そだ、ごめん」


「え、何何(なになに)


「うちのママ、彼氏、もう変わってた。あれ、マエカレだったわ。イマカレ、バー経営者だって」


「…ん?」


 それはそれでパンチのある情報だけど、瑠珠(ルージュ)のママの彼氏が、うちのお父さんじゃなくなったってことかな?

 それは助かったけど。


「何かねー、ほら、それこそ、うちらが、茉莉(まり)()の誕生日でオールしたじゃん?あのくらいに、別れたんだって、キモくて。だから、先月?」


「んん?」


 キモくて、って、理由聞くの、怖いなー、何か。

 …どういう心構えで聞くのが正解?この話。


「何かねー、めっちゃ若い子と浮気されてたんだって。だから別れたって。ママもパパと(せき)抜いてないんだから、浮気もクソもないと思うんだけどね」


「…おお、…うーん」


 うちのお父さんの話と、瑠珠(ルージュ)のママの不倫の話と、どっちに反応していいか分かんないけど、なんか、凄いな…。


 私が混乱してると、瑠珠(ルージュ)は「それがさー」と言った。


「相手、うちらくらいの年だったんだって。マジキモくない?」


 …う、うわー…。


「え?パパ活的(かつてき)な?」


「じゃない?でも、高校生くらいに見える子と、って、まぁ…別れるかな、って気はしたよね」


 …お父さん、何やってんだろ…。


 確かに、盗聴器とか防犯カメラ映像の話より、キモいかも。


 何か、(あき)れて、どうでも良くなってきたな…。




 電話の向こうから「ちょっと、風呂ぉ」という、瑠珠(ルージュ)に似た声がした。


「分かったー。眞音(マロン)(さき)(はい)ってぇ。ごめん、お姉ちゃんだ」


「あ、切るね。アトマイザー、有難う」


「んー、今度、絶対返すからねー、グロス。お休みー」


「お休みー」


 …電話は切ったけど。

 …変な話、聞いちゃったな。


 身の周りも落ち着かないし、…そっかー、彼氏といる(ほう)が、安全っちゃ、安全なのかもな。


 何か、ホント疲れた。







※出エジプト記 10章 12節‐15節


 主はモーセに命じた。「あなたの手をエジプトの国に差し伸べなさい。いなごが出て来て国中を覆い、雹の害を免れた物を食い尽くそう。」モーセが杖を上げると、神はまる一昼夜、東風を吹かせた。朝になると、東風がいなごの大群を運んで来た。いなごはエジプト全土の隅々まで埋め尽くした。エジプト史上、これほどのいなごの大群は、後にも先にも一度も見ないものだった。いなごが全地を覆ったので、太陽の光もさえぎられて薄暗くなった。雹の害を免れた作物は全部いなごに食べられてしまった。エジプト中の木や草が食い尽くされ、緑のものは何一つ残らなかった。

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