打算:This here ought to have been a red rose-tree, and we put a white one in by mistake.
「あー、水戸っちの絵見たんだ」
帰り着いたら、家の前で、優将に会った。
そこで偶然、お向かいの慧の家から出てきた里歌さんに、夕飯に誘われた。
里歌さんは、私達を招き入れてくれた後、夕飯の買い物だ、とか言って、御菓子とジュースを用意してくれてから、慌ただしく出掛けてしまった。
里歌さんがいてくれた方がいいな、って思ってるけど、信頼されてる感じがして、中澤家で御留守番するのは、割と好き。
里歌さん、絶対帰って来てくれるもん。
慧が、ジュースのグラスを渡してくれた。
リビングのテーブルには、ジンジャエールとオレンジジュースのペットボトルがあって、ソファーでは既に優将がジンジャエールを飲みながらニュースを見ていた。
このニュースを五分くらい見たら、同じチャンネルでバラエティが始まる。
もうそんな時間なんだ。
「絵ぇ上手いんだよね、水戸っち。うち美術部無いんだけどさ。美術室借りたりとかして、結構描いてんだよね」
「へー」
あの人、絵を描くわけね。
「水戸っち、展示に出してたんだね、優将」
「あー」
話を振られた優将は、こっちを見もしないで、気の抜けた返事をした。
一応、話は聞いてるみたいだね。
「あ、これじゃね?」
ニュースが切り替わった。
優将が画面を指差す。
ホールの展示のことが、いやに明るい女性キャスターの声で紹介された。
例の絵が、五秒間くらい、アップで出た。
「あ、これこれ!」
「へー。やっぱ上手いね水戸っち」
「んー」
ブラウン管を通して見ると、表面が少し光っていて、青が不鮮明だった。
その後、画面は天気予報に切り替わった。「曇りって微妙だよねー」と言いながら、慧も優将の隣に座った。
私は、二人の向い側の床に正座して、ペットボトルから、ジンジャエールをグラスに注いだ。
「あ、そうだ茉莉花。今度水戸っちに会わない?」
「え?」
「学祭の時、水戸っち結構茉莉花気に入ったみたいなんだよね。可愛いとか言ってたよー」
「は?」
「水戸っち格好良いしさ。茉莉花絵好きだし、話合うんじゃない?」
あの話題、まだ続いてたわけ?!
何が悲しくて、一応『好きな人』に、屈託の無い笑顔で男を紹介されなきゃなんないの。
そりゃ格好良いな、くらい思ったけど。
「あ、俺もタカラとか呼ぶし。茉莉花も何人か連れてきたら?来週カラオケとかって言ってたんだー。ゆーまとー、絆とー、五人かな」
慧が合コンセッティングすんの?という私の戸惑いを余所に、慧の屈託の無い笑顔は、断れないような光を放ちだしたように思えた。
出たな、善人オーラ。
笑顔で返してみる。
でも、どう考えても私は圧されていた。
カラオケかー…。
慧と。
んー…。
考え込んでると、物凄いタイミングで、瑠珠から、謝りのメッセージが届いた。
んー。凄い内容。相変わらずだね。
瑠珠は、今の名字が三つ目らしい。
異父兄やら異母妹やらがいるらしいけど、親戚とも、なかなかの修羅場らしい。
友達で、こういう内容を送ってくるのは、瑠珠くらいかな。
よく学生証貸してくれる方のお姉さんは、お父さんもお母さんも同じなんだって。
だから似てるんだ、って、前、言ってた。
謝んなくていいよー、別に。
あ、そうだ…。
あのさ、カラオケ行く?瑠珠。
つい数時間前に、水戸さんの絵に素直に感動したのは忘れて、私は、降って湧いた合コンもどきのために、メンバー集めを始めた。
もどき、だよね。
彼氏探してるとかでも全然無いのに、何か断り切れなくて人数集めた、的な。
…そうだよねー、結局、断れきれなかった…ってことになるかな。
あの笑顔を、悪魔のものだとは思いたくないけど。
八百万の神の中に、もし『打算』の神がいるんだとしたら、その神が私に降り立ったに違いない。
そのくらいの迅速さで、私は、瑠珠と日出と瑞月と玲那を揃えた。
我ながら恥ずかしい。
バチは――ちゃんと当たった。
中澤家で夕飯を御馳走になってから、優将と一緒に、慧の家を出た。
もう夜だ。
当たり前だけど、すぐ家の門に着く。
お向かいの家だもんね。
「あー…カラオケ、楽しみだね」
声に、後ろめたさが滲むのを、隠しきれない。
でも、後ろめたいからこそ、口に出さずにはいられなかった。
相手は、私が慧の笑顔に負けて、合コンのメンバーを揃えるのを見ていたんだから、顔が真面に見られないくらい後ろめたい。
「…お前さー」
珍しく、呆れた声で優将に言われたから、ギクッとした。
「大して楽しみにしてないだろ」
「んっ、えー…」
相手が普段干渉してこない分だけ、痛い指摘だった。
多分優将には、私が慧を好きなことなんて、お見通しなんだろう。
「友達、ブス?」
身内贔屓を差っ引いて考えても、瑠珠や瑞月がブスなわけがなかった。
「皆、可愛いよ。瑞月はキレイ系。お姉さんぽいかな。瑠珠は割とセクシー系」
「お前さ、その中から慧に彼女出来る可能性とか、考えないわけ?わざわざ美人の友達紹介してんの?」
彼女?!
あの、ボーッとした、我ながら時々、何で好きなのかな、本当に好きなのかな、って時々思ってしまう、天然さに苛々しないわけでもない幼なじみに、彼女?!
「…考えてなかったか」
「あー、はは…」
声だけで力なく笑ってみた。
あはは…。笑うしかないですわ。
「まぁ、慧が気に入るとは限らないけどね。俺は期待しとくわ。可愛い系にキレイ系お姉様にセクシー系ね。まー、馬鹿正直に、良い品揃え」
そう言うと手をヒラヒラ振って、優将は、我が家の隣の家に入っていった。
私は、其の姿を見送りながら、一瞬血の気が引いた。
…私…誰かに誘われたり、頼まれたりすると、よく途中で判断力を失っちゃうんだよね。
学祭の時が良い例だけど。
次の朝は、あんまり眠れないまま登校した。
朝の礼拝で寝ないといいけど、ってくらい、頭がボーッとする。
「何か元気無い?茉莉花」
「ん?いやー、別に」
礼拝前のチャペルは、出席番号順で座る席が決まってる。
二列ぐらい前にいる瑞月は、わざわざ体を後ろに向けて、こっらを気遣ってくれた。
「そう? 」と言いながら小首を傾げた瑞月は、やっぱり綺麗だと思った。
瑠珠は美人。
玲那は女子力高くて可愛いと思うし、日出は羨ましいくらい色白。
…私って馬鹿なんじゃない?
これは、かなり馬鹿なんじゃない?
チャペル向きじゃない思考で悶々としてたら、礼拝が始まった。
オルガンの前奏を聞いてたら、ちょっと落ち着いてきた。
シンプルな形の、木製の十字架が、チャペルの舞台の中心にあった。
あ、この形って。さっき数学の授業で…。
オルガンの音が止んだ。
「起立して、讃美歌542番を歌いましょう」
世をこぞりて
ほめたたえよ、
みさかえつきせぬ
あまつかみを。