讃美歌:Who's making personal remarks now?
「着いたねー。で?こっから、うちの学校の方に行かないで、小学校の方に行くって?」
「そうそう。でも、相手から連絡無いんだよな、まだ。…え?」
「…あ」
駅前で鉢合わせた相手は、小さな声で、「眼鏡取ったのね。…ああ、あの時の子も一緒?」と言った。
苧干原瑞月だった。
泣いている。
結っていたのであろう長い髪が解けて、緩く波打ち、常緑学院の夏の制服から覗く白い腕や、細い首に、纏わり付いているように見えた。
てっきり、会えば棘のある言葉を吐かれると思い込んでいたが、実際会うと、その姿は、スラリとしていて華奢で、憔悴していて、弱々しく見えた。
ええええ。
わー、レシピ、気不味い場面の作り方ぁ。
先ず、泣いている女子を用意します。
制服姿だったり、美人だったりすると、尚、気不味いでしょう。
以上。
あれ?材料を用意するだけで終わったー。
三分間クッキングならぬ、数秒間メイキング。
いかん、俺、かつて無いほど動揺してる、助けて優将さん。
…優将さん?
…何、その、慈愛に満ちた微笑み。見たことないんですけどぉ。
小声で「優将さん?」と言うと、聞こえるか聞こえないか、くらいの声で「ギャップはポイント高いよねー」と、嬉しそうに言った。
…何でもう、『楽しい』モードなの?
陛下、御母堂が御懐妊なさってて、離婚なさりそうで、長野に行かないといけないかもっていう、そうそう聞かない人生の分岐点に立たれていて、普通、かなりメンタルが落ちるかと思うんですけどぉ。
おまけに、自宅に盗聴器仕掛けられてたのに。
超楽しそうー。
何でぇ。
流石、UMAから魔王に格上げされてしまっただけはあるね。
俺が勝手に格上げしたんだけどね。
もう、完全に俺の理解の範疇越えてるね。
普通、泣いてる人の前では不謹慎な程の、嬉しそうな微笑みだしぃ。
…いっか。『普通』なんて幻想で、この世には存在しないと思えば。
取り敢えず、人が集まってくる前に、駅前で鉢合わせた制服の美人が泣いてるのを、どうにかしないと、詰む。
いやいやいや、最悪の場合、別れ話かとか思われるじゃなぁーい?
冷や汗凄い。
暑さを忘れたり思い出したりが、大波のよう。
漕ぎ出せ漕ぎ出せ、世の海原へ。
グレーの服着て来なくて正解ぃ。そんな半袖持ってないけどぉ。
「えっと…」
俺が、やっとの思いで声を掛けると、相手は「ごめん」と言って、涙を拭った。
「約束してたのに、連絡してなくて。…こっちよ、行きましょ」
…調子狂うぅ。
細い、綺麗な声は、泣くのを我慢しているのが丸分かりで、それが、解けた長い髪のかかる顔の、青白い様子と相俟って、今まで相手に抱いたことが無いくらい、哀れな印象を受けた。
…この人に、今日、フィールドワークの事なんて、依頼出来るぅ?
あと、伯父さんだと思ってるのは、お父さんでーす、とか、伝えられる?
いやいやいや、無い無い無い。帰りたい。
最悪、手紙渡したら、俺達のいない所で開けてもらおうかな。
内容が内容だから、外であの手紙を受け渡ししないことについては正解だろうけど、両親が兄妹だと知った人と、どういう表情で会話したらいいか、全っ然分かんないしな。
結局それから、話題を何も思い付かないまま、茉莉花よりは幾分背の高い、華奢な制服姿の、気持ち後ろを、優将と並んで歩いた。
風に乗って、嗅ぎ覚えのある、花の香りがした。
ああ、ジャスミンの香りだ。
そう、この子も、あの花の名前を冠しているのだと思うと、不思議な気がした。
時折「こっちよ」と言って、こちらを振り返る、細首の横顔は、前から見た顔の印象より、幼く、儚げに見えた。
下顎が細い、というか、やや小さい感じがするからかもしれない。
鼻も口も顎も、間隔が長くなく、如何にも女の子の顔だな、という感じがした。
額が少し高いが、鼻も高くて綺麗なので、バランス良く感じた。
解くと、随分長かったんだな、と思う髪が、瑞月の動きに連れて、細首と、肩口の辺りを流れる。
帰りたい、とは思うのだが、約束したのに、このまま帰ったら、気が咎めてしまいそうな程には、今日の相手は、儚げに思えた。
社宅らしきアパートの前に着いたところで、「ここよ」と、瑞月は言った。
「エレベーターが無くて、階段なんだけど、最上階まで、いい?」
「構わないけど…。あの、どうしたの?何かあった?学校で」
相手の、余りにも、普段からは考えられない程の儚げな様子に、堪らずに聞いた俺の言葉に、相手は、困った顔をした。
うう。
何、この、罪悪感は。
泣かせてしまいそう、というか。
胸が、なんか、ギュッ、とする。
ポンポン悪口言ってくれた方が、元気があるな、って感じがして、マシ…?いやいや、棘のある言葉を吐かれたいわけじゃないんだけど。
「あの…。私、国籍を二つ持ってたんだけど」
うん、イギリス国籍になったんだよね?
「…日本国籍になるから…。それを、学校に、報告しに行かないといけなくて」
「えっ?日本国籍?」
「…うん」
瑞月は、そう言い終えるやいなや、ポロポロと泣き始めた。
…どーぉなってんだぁ。そろそろ脳が限界。
助けて、優将さん。
…慈愛ぃ。見たこともない優しい笑顔ぉ。オロオロする俺と、泣いている制服姿の美人を見るのに相応しい表情なの?それは。
「ゆ、優将」
俺の、困惑しきった声に、優将は、穏やかに微笑んで、「部屋に入ろっか、暑いし」と言った。
瑞月も、涙を拭って、気を取り直したように「そうね」と言った。
有難う、コミュ強達。
まだねぇ、俺の脳、シューベルトを再生しそうになってるから。
そうだね、部屋に入ろうか、暑いし。
いかん、優将さんの台詞の鸚鵡返ししか思考出来ん。
もう、キャパオーバー。
瑞月は、部屋に案内してくれてから、すぐにエアコンを付けてくれた。
熱気が納まると、頭が回り始めた俺は、その室内のセンスの良さに驚愕した。
ほぇー。社宅を、こんなにセンス良く暮らせる人がいるんだぁ。
玄関入ってすぐの廊下を通り抜けて入った、KDに置かれた四人掛け程度の大きさの、古びた木製の、茶色いダイニングテーブルは、シンプルで、下に敷かれた、美しい、高価そうな、赤いペルシャ絨毯と色味がマッチしていた。
空調の場所の関係上開け放たれた硝子障子の先のリビングには、インド家具と思しき、美しい彫刻の施された木製のチェストの上に、黒い薄型テレビが置かれ、その前に、これまた美しい赤いペルシャ絨毯と、大きなクッションが数個置かれていて、ソファーは無いが、ゴロゴロしながら何かをするには最適な、ゆったりとした美しい空間が作り出されていた。
白い壁紙と白い無地の遮光カーテンの中で、絨毯の赤が美しく、見惚れて…る場合じゃないな。
ペルシャ絨毯が二枚?!はぁーーーー?幾らするんだよ?!御飯零すかも、みたいな場所の下に、惜しげなく敷ける値段じゃないだろ、少なくとも。
あー、頭おかしい、頭おかしい。センスが良い、って、まー、良いだろけど、こんだけ絨毯が良けりゃぁ、他をシンプルにして絨毯を目立たせれば、豪邸だ、豪邸。うわー、月の砂漠を遥々と、旅の駱駝が行きましたぁ。
俺が半分パニックになりかけているところに、優将は、穏やかに、背面式キッチンで、棚に置かれたプロテインの袋を指差して、「エクスプロージョン飲んでんだー、おんなじー」と言った。
「えー、水で飲んでる?」
「時々、牛乳かな?朝とか。夜は、これと、ソイのやつを、交互に飲んでて。ソイのは、アーモンドミルクで飲むのが好き」
「へー、ホエイプロテインとソイプロテイン、交互なんだ、効率良いー。ソイ、お勧めある?」
「オーガニックだけど、キャラメル味とか?アーモンドミルクと合うよ」
…呪文?
あ、砂漠に来ちゃったかと思ったけど、筋トレの国に来ちゃった?
砂だと思ってたのって、ホエイプロテインの粉だった?
コミュ強達の共通言語がマッスルマッスル。
いやいや、そもそも『女子の家』に来たはずだったんだが?何で、こんなことに。そして、何で泣いてたのかも、よく分からんし、もう。
「あ、この袋。ジムおんなじじゃん」
優将は、瑞月が出してくれた、未開封のプロテイン入った袋を見て「そうだったんだ」と言った。
「駅近いし、場所良いよね?あそこ」
瑞月は、「そうなの」と言った。
「近いと、学校帰りとか行きやすいし、時間選べるし。あそこ学割あるしね」
優将は「わかるー」と言った。
コミュ強達コミュ強過ぎる。
あと、それだとÉmileもジムおんなじだと思うんですけど。
違う修羅場が生まれそうだから黙っとこう。
…俺の家の最寄り駅の利便性が、いっそ恐ろしくなってくるな。
…はぁあぁあ。女子もジムかぁ。こりゃーいよいよ、腹筋でもした方が良いですかねー。筋肉は比較的付き易い方なんですが、体育の授業と犬の散歩くらいのことしかしてないし、聖歌隊時代に付けた筋肉貯金を切り崩してる感は否めないからなぁ。歌うには難しいんだけどね、あんまり腹筋つけると肺活量が減るから。
うーん、そうか、華奢に見えるが、考えてみれば、海外暮らしが長くて、あのプロポーションを維持してるってことは、相当の努力家だよな?見方が、ちょっと変わったかも。
あー、これも、偏見かもな。女子も筋トレするし、『美』には理由もあるんでしょう。
瑞月は、冷たい無糖のアイスティーを出してくれた。
優将と、ダイニングテーブルの椅子に並んで座って、グラス入りのお茶を頂く。
このテーブルの下の絨毯に零すのだけは避けたいところだが、喉乾いてたな、確かに。
えっ、センス良い。何、この香り。
「トワイニングのジャスミンアールグレイ…?」
感心しきった俺が、キッチンの棚に置かれた箱の商品名を読み上げると、まだキッチンの側に立っている瑞月は、少し頬を染めて「そうよ」と言った。
「気に入っちゃって。ネットで沢山買っちゃった。ホットも好きなんだけど、水出しも、この季節は良いわよ」
うっわ、買お。センス良いー。柑橘系とジャスミンの香りの合わさり具合が丁度好いー。
俺が「美味しい」と言うと、仏のような顔で微笑んで俺を見ている優将と目が合って、思わず体をビクッと震わせてしまった。
何、この圧。
全力で面白がってる、絶対。
瑞月も小声で「What are you grin like a Cheshire cat?」と言った。
うわー。発音記号そのままみたいな、綺麗なイギリス英語。
ǽの発音が綺麗過ぎて一生真似出来る気がしない。
言ってる内容は『何ニヤニヤしてんの?』みたいな感じだけど。ちょっと調子が戻ってきたのかな。いや、棘のある言葉を吐かれるのは嫌だけど。泣かれるよりはね。
「お茶の場所で話をするより、私の部屋に案内した方が良いのかしら?」
相手は、一呼吸置いて、そう言ってから、困った顔をした。
あー、マナーがね。国によって違うから…。
んー、治安が悪い感じの国だと、男子二人を自室に招き入れない方が良いと思うけど。
そうねぇ…、俺には判断能力がもう残ってなくて、脳内で駱駝が、金と銀との鞍掛けて並んで月のプロテインの砂漠を旅してるんだけど。
満月と見せ掛けてプロテインのシェイカーの蓋、みたいな。
そんな訳で一先ず、女子の部屋に入って緊張するくらいなら、個人的には、玄関の三和土に正座でも構わないくらいの、豪い遜った気分になってる。そんな来客、客観的に見たら絶対困るだろうけど。
いや、慧、よく告白したよねー?この人に。何か、今更、自己肯定感って大事なのかもしれないって思ったぁ。
俺が黙っていると、優将は、微笑みながら、「部屋何処?」と言った。
…『女子の家』に行き慣れてるコミュ強の伏兵が居るのを忘れてましたよ。
瑞月は「こっち」と言いながら、さっき来た廊下の方を指差した。
疾うにアイスティーを飲み終えていた優将は、優雅な動作で椅子から立ち上がった。
俺は、慌ててアイスティーを飲み終えて、後に続いた。
…ゆっくり飲みたかった、何となく。
廊下を歩きながら「ごめんなさい」と瑞月は言った。
「会うなり泣いてたら、困らせたわよね。…本当は、私、日本国籍を選ぶ予定じゃなかったのに、日本国籍に絞ることになったもんだから、…悔しくなっちゃって」
俺が「どうして?」と言うと、俺の前を歩いていた瑞月は、こちらを振り返らずに、「あのね」と言った。
「この前、帰省した時…外国人には、母親の墓なんか、二度と参らせない、って、親戚に言われて。結局、私、負けちゃって。それで、あの時、悔しくて、お墓で、私…」
…そうだったんだ。
あの時、そんなこと、言われてたんだ。
だから、御墓で暴れてたんだ。
…知らなかった。
ああ、そうだったんだ。
話を聞かないと分らない事って、あるんだよな、やっぱり。
「そんな。国籍と関係無いだろ、そんなの」
俺の言葉に、細い、綺麗な声が「古い土地なの」と言った。
「知らないわけじゃないでしょ。そりゃ、全員じゃないわ。大叔父は説得出来たの。でも、他の遠縁の親戚は、駄目で。今度の御盆も、私だけ帰って、御墓参りするのに…。一人じゃ、あんまり肩身が狭いんだもの。挫けちゃった。大叔父は、味方してくれたんだけどね、珍しく」
言葉は、そこで途切れた。
泣いているんだ、と思った。
例え親戚だって、他人に、どんな権利が有って、この子に、母親の墓を参ることを制限出来る?
また、無力だ、と、思った。
個人的なことなのに、他人の許可が要るなんて。
でも、『古い土地』のことは、俺も、確かに分かるから。
そこに残っている文化的風俗は愛しているけど、柵は好きになれないのは、俺も母親も、この子も、きっと同じで。
…掛ける言葉が無い。
コミュ強の優将は、サッサと先を行って、壁と同じく白い壁紙の貼られた襖の前で、「ここ?」と言った。
瑞月は、ハッとした様子で「そう、そこが私の部屋」と言った。
優将さん、強。
空気変えるの得意だよね。
人生で越えてきた荒波の数が、俺とは桁違いなのかもなぁ。
本当に、一緒に来てもらって良かった。
何か、慈愛の笑みが凄い圧だけど。
襖を開けると、押し入れは残されているが、意外にもフローリングの洋間で、だが、俺は、その室内の、あまりの様子に、廊下から立ち入ることが出来なかった。
ふ、ふぁー。センス、良。
え、これ、社宅?
多国籍の家財道具が、不思議な統一感を醸し出している。
何の変哲もない、古い形の出窓と、ベランダに出られるのであろうアルミサッシのある、フローリングの部屋に、赤いペルシャ絨毯、三枚目と、美しい彫刻の施された、アジア製であろう鏡台と。
「え、これ。イギリスのチューダー様式の木製壁面パネル?」
幾らすんのぉ?!
瑞月は驚いた様子で「分かるの?」と言った。
「アンティークを空輸したの」
空輸したのぉ?!えー、本物ぉ?!チューダー様式風じゃなくてぇ?何処に金かけてんのぉ?!
あー、絶対、ここ、普通の社宅だ。
この人がセンス良いのと、要所に高級品が使われてるから豪邸に見えるだけだ。
いやいや、そうですね。ペルシャ絨毯が三枚存在している家は多分金持ちですよ。
えー?押し入れは本棚と勉強スペースに改造されてるねぇ。椅子もアンティーク調。押し入れの残された様子や、他のアジア風の小物と相俟って、ちょっとシノワズリ風にも思える。
瑞月は頬を染めた。
「分かる人、いるんだ。…家具が好きで、将来は、語学力を生かして、輸入家具の会社に勤めたくて、今から少しずつ勉強してるの」
偉っ。
な、何か、思ってたより、ずっと、しっかりした人、というか。知識と、文化的な厚みを持つ人だったんだな。
墓で暴れてたことにも、一応、この人なりの正統性が見えたというか。
はー、人間って、見ただけじゃ、分かんないんだなー、ホント。
あと、噂は当てにならない。
千代子伯母さん、イギリス国籍じゃないじゃーん、この子。
うわ、気の毒に、もう。
親戚に、お母さんの御墓を盾に取られてたのかー。
…掛ける言葉が無いよ、本当に。
…そんな土地に、一緒に御盆にフィールドワーク行ってください、とか、愈々頼めないかも…。
あれ?
…優将さーん。良い笑顔ぉ。
流石に優将の笑顔に不信感を抱いたらしい瑞月が、困った顔をすると、優将は「それで、絵は、印象派が好きなんだっけ?」と言った。
瑞月は、戸惑った様子で、「そうよ」と言った。
へー、そうなんだ。浮世絵と通ずる所があるから、親近感は持ちやすいかもね。分かる。結構好き。美術に関しては、本当に、好みでしか物が言えない程度には疎いし、一般常識程度の知識しかないけど。
出し抜けに、優将は「高良は?」と聞いて来た。
「好きな画家とか、いる?」
?????
「あー…。印象派で言うと、ルドンかな。後期の。前期はちょっと、怖過ぎるし、印象派?って感じだけど。色の洪水みたいになった時期は、ホントに、良いよなって」
子どもが生まれたのが切っ掛けで画風が色彩豊かになったってエピソードも、何か好きで。背景を知ってから見ると、泣ける絵だと思うんだよな、愛情深いと言うか。
瑞月は、頬を染めて、黙って、俺の話を聞いている。
優将は、慈愛に満ちた顔で、黙って、うんうん、と頷いた。
…何事?
「優将…?」
「…いやー、無料で、こんな追加ダウンロードコンテンツを配信して頂けるなんて、感無量です」
?????
瑞月も、優将の言葉に、不思議そうな顔をしたところで、不意に、歌声が聞こえてきた。
俺が、「びっくりした」と言うと、「そうね」と、瑞月が同意した。
「ほら、ここ、公立の小学校が近いでしょ?だから、金管バンドの音とか、聞こえてくるの。今も、讃美歌が聞こえるでしょ?」
「…ああ、『千歳の岩よ』ってやつ。聞こえる」
古い讃美歌だが、名訳であるが故に、明治時代から、ほぼ歌詞が変わってないとか何とか。
優将が、急に、青い顔をして、「あの」と言った。
「…俺には聞こえないんだけど。…あとさ」
「え?」
「…何で、小学校から讃美歌が聞こえてるん?…公立の学校なんだったら、そんな宗教色のあること、させるか?」
その指摘に、俺も瑞月も、青褪めた。
俺と瑞月にだけ、聞こえるはずのない讃美歌が聞こえてる。
…いる。
優将そっくりの、小さな男の子が、俺の背後の廊下で、歌を歌っている。
声を聞いたのは、初めてで。
いつか自分も出していた様な、ボーイソプラノが、確かに聞こえる。
千歳の岩よ わが身を囲め
さかれし脇の 血しおと水に
罪もけがれも 洗いきよめよ
かよわき我は 律法にたえず
もゆる心も たぎつ涙も
罪をあがなう 力はあらず
十字架の外に 頼むかげなき
わびしき我を 憐れみたまえ
み救いなくば 生くる術なし
世にある中も 世を去る時も
知らぬ陰府にも 審きの日にも
千歳の岩よ わが身を囲め
賛美歌 第二編 171 大波のように
大波のように 神の愛が
わたしの胸に 寄せてくるよ
漕ぎ出せ 漕ぎ出せ 世の海原へ
先立つ主イェスに 身を委ねて