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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
75/93

監視:Would the fall NEVER come to an end!

 さて。

 泣いてスッキリしたところで。


 今の話、『変』だったよね?


 それについて、うちの父親が気づいてない、なんてことが、あるんでしょうか。


 えー、高校生なんだから、親に秘密があるのが当たり前、と(おっしゃ)るからには。


 俺の好きにしちゃって、しかもそれを秘密にして良いことと解釈しますよ?


 あと、ですね。


 俺という一個人は、『良い人間』であろうと努力することについては意義を感じる奴なんですが、『素直』な奴ではないんですよ、他人が、もっといい大学を受けろとか口を出して来ると、進路変更してやろうかと思う程度には。


 その俺が『良い子ちゃんで、聞き訳が良くて、親の言いなりの子』だと思っていたなら、それは確かに誤解ですよね。



 はーい、苧干原瑞月(おぼしばらみづき)からも、まだ、連絡は無し、と。



 中澤(なかざわ)家、親に無断で、再訪しまーす。事後報告もしませーん。




 再訪した俺に、来客を迎えた際の、水色の半袖ワイシャツとスラックス姿のまま、昨晩の風で散らかってしまった庭の手入れをしていた中澤(なかざわ)氏は、ギョッとした顔をした。


「忘れ物ですか?」


「ええ、ある意味」




 ネイビーのTシャツの首が、弱くなり始めている日光の中でも、少しジリジリする気がした。黒のチノパンが暑い。

 やはり台風一過、という気がする。




「お時間は頂きませんから。…それほど。先程伺った御話に、足りない部分がある気がしまして」


「…お母さんそっくりかと思ってたけど。お父さん似だね、切り出し(かた)っていうか…頭の良さっていうか」


 不本意(ふほんい)ぃ。

 でもまぁ、今更否定も出来ない程の奇矯(ききょう)さを持ち合わせている自覚はある。


 父親のように、人間関係として、俺のその部分を受け入れてもらえるか否かは、運みたいなもので、そういう部分は多分、遺伝してないけど。


「お時間をあまり頂いてしまうと宜しくなさそうですから、二点。柴野(しばの)家についてと、小松(こまつ)家について。ああ、このまま庭先で結構ですよ」


 不躾(ぶしつけ)にも、連絡なしで再訪した俺を、再び家の中に招き入れようとしてくれるような素振(そぶ)りを見せる、人の()い中澤氏に対し、俺は、それほど長居しない(むね)を言い添えた。




()ず、一点目。小松(こまつ)家のお嬢さんに対しては、随分、過保護に振舞われるのに、柴野(しばの)家の息子さんに対しては、(いささ)か、放任気味と申しますか、対応に、随分違いがあるように思います。…何か、あるのかな、と」


 中澤氏は、顔を曇らせた。


 そう、不自然なんだよな。

 この、人の()さそうな御仁(ごじん)が、そりゃー、高校生にもなれば染髪(せんぱつ)(いさ)めない、なんてのは理解出来ても、繁華街で、優将(ゆうま)を一人、ウロウロさせるのを、()としていたとは、あんまり思えないんだよ。


「その…(とし)()さん、ですか。柴野(しばの)家の奥さんが、息子さんの為に、家事代行サービスを依頼しているというのは聞き及んでいます。店の経営で忙しいから家を空けがち、というのも、納得出来ない話でもないんですけど。それ以外は放置され気味、という感じが、どうにも拭えないと申しますか。そんなにお金があるんでしたら、シッターを雇うですとか、もう少し、幼かった彼の面倒を見るとか、ケアに回るような人を雇っても良かったのでは、と」


 中澤氏は、黙って(うつむ)いた。


「…父も、貴方(あなた)没分(ぼつぶん)暁漢(ぎょうかん)ではないと思っているはずです。だから、貴方(あなた)が、近所の育児放棄(ネグレクト)を見て見ぬ振りしているとは、俺も思わないですが」


 中澤氏は、返事をしない。


「俺は…父に、貴方(あなた)は、やっぱり、物分かりの悪い、道理の分からない人だった、とは報告したくないですが。いえ、父が、こんな事に気付いていないとも思えないんですけれども。…分かってて、()えて、突っ込んで聞かないような(こと)なんでしょうか」


 中澤氏は、諦めたように「明良(あきら)ちゃんは、そうかもね」と言った。


他言(たごん)無用(むよう)(ねが)います。…友達を()くしますよ、こんな事を漏らしたら。宜しいですか?」


 悲しそうな声だった。


「聞く時は、覚悟して聞きなさい。優将(ゆうま)君を友達と思うなら、聞いたら、忘れてあげて」


「…承知しました」


「住み込みの御手伝いさんは()りました、何人か。母親代わりに世話をしてくださる(かた)ですね。保護者代行と考えても宜しいかと。しかし、優将(ゆうま)君が(ひど)悪戯(いたずら)をして追い出している。一人も、長く続いた人は()ません。ですから、(とし)()さんが、途中で、家事代行サービスに切り替えました」


「そうだったんですか…。優将(ゆうま)が?」


 保護者役をしてくれる人を、大事にしない?優将(ゆうま)が?


 …何か、引っ掛かるな。


「そうです。…御存知でしょうが、本来、彼は、そういう子ではありません。うちの子に遠慮して、わざと、試験で、うちの子より低い点を取るような、賢い、遠慮を知っている子です。反抗や()(まま)で親や他人の気を()くなんて、幼稚なこともしない。…それこそ、茉莉(まり)()ちゃん以外の人間に()(まま)を言っているところも、見たことが無いです。それが、親が雇った人間を追い出す程の、(ひど)い、効果的な悪戯(いたずら)をした、というのは、…不自然でしょう。分かりますか?」


 一呼吸置いてから、「つまり」と、中澤氏は言った。


「恐らく、()()()()()()()()()()()を、相手からされていたんです。優将(ゆうま)君は白状しませんでしたが、…()()()の、虐待(ぎゃくたい)でしょう」


 あ。


()()()()()はしてもらえなかった、ということでしょうか」


 中澤氏は、「そうです」と言った。


「親が、ずっと帰って来ないんですよ?そして相手は、判断力も、告げ口する能力も低い、愛らしい男の子だと思っている。…最初のお手伝いさんは、優将(ゆうま)君と、十歳も違わなかったのかな?一回り違いくらいだったでしょうか」


()()って…」


「相手にとっては充分()()()()()だったということでしょうね。無論、年の離れた人もいましたが…」


 中澤氏は、長く、深い溜息をついた。


流石(さすが)()だと思って、(とし)()さんに()()したんですが。…家事代行サービスに切り替えてくれただけでした。結局()の中に、そういう風に(こも)られると、我々の目からも、何が行われているかは見えない。そうかといって、あまり深く掘り下げると、彼の心を傷付けかねない。…結局我々は、親ではないので。賢い彼の判断に任せるしかない。()の中に人を入れて、そんな目に遭わせる可能性が出てくるなら…」


「繁華街をウロウロさせていた(ほう)が、まだ…?」


「補導されるなり、他の大人が助けてくれるなり、()だしも、解決方法の幅が広がります」


 そこで(おと)()さんに出会った、というのは、確かだけど…。

 確かに、助けてはもらえてるけど。


「そうは仰いますけど…」


 中澤氏は、俺の言葉を聞いて、更に、言い(にく)そうに、続けた。


優将(ゆうま)君の()()()()も傷付け(にく)いでしょう、その(ほう)が。…言えますか?そんな。親が帰って来ない代わりに寄越(よこ)された御手伝いさんに(ひど)いことをされたのではないか、ハッキリ言いなさい、それくらいなら、外をウロつかないで、うちを頼りなさい、君の親は、どうせ帰って来ないのだから、と。…言えませんでした。気が弱い、と思われるでしょう。ですが…。どう傷付いたか、根掘り葉掘り聞き出して、…君は力が無いから、と。親がいないから、と言って、無理矢理、手を貸すようなことは…対等ではない気がして。彼から頼ってくれたなら、話は別ですが。君なら言えますか、親が金を出して、信頼して雇ったのであろう人に、()()()()()をされた、と、近所のオジサンに相談出来ますか?」


「…想像が、難しいです」


「そうでしょう。結局、我々は、親にも、他人にも、そういう扱いを受けたことが無い。彼が我々を信頼しているか否かとは、別です、言いたいか、言いたくないか、は。恐らくは、()()()()()です」


(とし)()さんに()()はしたんですよね?(とし)()さんは、何と?」


「…『そう』、と」


「え?」


「御自身も、御父様の借金で、()に出なきゃならなかったのは、十二だったそうで。『()()()は、きったない親爺(おやじ)だった』と。若いオネーチャンでラッキーだったじゃない、と」




―ババァより恵まれてるから感謝しな、ってさ。俺って、殴られてもないし、家もあって服もあって、金もあって、風呂も当たり前に入れてて、飯も食えてて、借金もなくて、売り飛ばされねぇし、頭いい、制服も月謝も高い学校に行けて、顔も身長も恵まれてんだから、ってさ。両親揃ってるでしょ、なんて。




 あ。()()って。




()()()()世界は、あるんですよ。我々が、『ある』のに見て見ぬ振りしているだけで。子どもでいさせてもらえない人は()()んです。(とし)()さんは運良く脱出出来て、御医者さんの奥さんになれたわけですが。…批判(ひはん)は出来ませんでした。親の金で大学に行かせてもらって、留学させてもらって。(おや)兄弟(きょうだい)どころか、従兄(いとこ)にまで可愛がられたんですからね。自分の子どもも、()()()()世界に触れさせないで育てることに、今のところ、運良く成功しています。…運が良いだけです。運良く、仕事がある。運良く、家がある。運良く、犯罪に手を染める機会が無かっただけ。殺人を犯すことも、盗みを犯すことも、()だ、運良くやっていないだけ、と考えたら。…批判は、出来ません。感覚が自分と違うからって、何か言って、相手を変えようとするのも、何かが、違うと思って。…無力ですね」


 そうだな。


 無力、というのが、この世で一番、悲しい言葉に、今は思えた。


 父さんって…、どこまで分かって、突っ込まなかったのかな。




 俺が「今聞いたことは忘れます」と言うと、相手は、ホッとした顔をした。




 中澤氏は「以上です」と言った。


「自分から言えるようなことは、こんなもんです。あの、…『優将君の話』も、確証は、無いですから。本当に、忘れてあげてください。では、二点目、いきますか?」


 俺は「はい」と、やっとのことで言ってから、小松家の話題を切り出した。


()()()()()()()()()()()()()()?」


「…なっ、…どういう…」


「先程、サポートに()()が来ている、という()(かた)をなさっていたのが、気になっていたんです。…普通、そういう()(かた)する時って、資金不足や人手不足で、御飯を他所(よそ)の家の子まで出してあげられない、とか、家事等の世話をしてあげられないとか、資金や人手が()()に来ている時にしませんか?ほら、子ども食堂が閉鎖される時とかに、そういう()(かた)、しません?…どう考えても、そんなわけないですよね、うちなんかにまで、奥さんが不在でも、御手製のケーキとクッキーを用意してくれるような、()()してくれるゆとりさえ感じる御宅(おたく)で。と、言うよりも、中澤家に、何か変化があったから、サポートに()()が来ているわけではない。単刀直入に申し上げますと、『サポート』っていうのは、()()()()()()()()()()でしょう?」


 中澤氏は、真っ青になった。


 俺は、そのまま続けた。


「…父が、気付いてないとも思えないですが。結局、あれですよね、優将(ゆうま)のことって、愛ある放任(ほうにん)に切り替えた、という意味では、サポートの限界が年齢的にも来てるって考えて良いんでしょうけど。(わか)()さんと御宅(おたく)は、連絡が(いささ)()過ぎる気がします。貴方(あなた)って、『近所のオジサン』にしては、小松家の事情に詳し過ぎるんです。(よう)は、小松茉莉(こまつまり)()さんのことを(わか)()さんに(みつ)に報告する、というサポート体制を取っているのではないですか?それで、小松家のお嬢さんに、彼氏が出来たり、部活を始められたりすると、以前のようには監視及び報告が出来ないので、それが『サポートに()()が来ている』、という()(かた)の真意かな、と」


 中澤氏は震え始めた。


 …何か、(いじ)めてるみたいで、あんまり、良い気持ちがしないな、こんな人の()い親戚を。

 父さんが、この人を可愛がるのも、分かる気がするんだよな。


「責めているんじゃないんです。()()は、この先なんで…」


 中澤氏は、ハッとした顔をした。


「そうだ、()()()()()()()()()()()って?」


「はい。…小松(こまつ)瑞穂(みずほ)さんって人、()ですよね?どうして、(わか)()さんが、茉莉(まり)()さんに会ったかどうか、分かるんでしょう。()()()()()()()()()()()()んでしょうか?」


 中澤氏は、冷や汗を流しながら、両手で、口を押えた。


 俺は、そのまま続けた。


(わか)()さんは、分かるんです。先程申し上げた通り、貴方(あなた)(たち)(みつ)に報告しているから、瑞穂(みずほ)さんが茉莉(まり)()さんに近付いたか否かが分かるんでしょうけど。瑞穂(みずほ)さんは、(わか)()さんが茉莉(まり)()さんに会ったかどうかを、どうやって知るんでしょう?変な話、そこさえ誤魔化(ごまか)せれば、母親と娘が自由に会えないなんてことは…」


 中澤氏は、目を白黒させながら、両手を胸元に移して「そう言えば」と言った。


「その…。会社には、鴛鴦(おしどり)夫婦(ふうふ)を演じなければなりませんから。だから、あの刃傷(にんじょう)沙汰(ざた)の後も、夫の見舞いや看病を、会社に向けた建前だけでも続けなければならず、それで、(わか)()さんは精神的に追い詰められた。だから、今も、別居は隠し通していて、夫婦でランチタイムを取る、というカモフラージュを行っているそうなんです。そこで、瑞穂(みずほ)さんに言われるんだそうです。『フラワーアレンジメントセラピーの後、茉莉(まり)()に会っていただろう』とか、…筒抜(つつぬ)けだそうで。だから、迂闊(うかつ)に、茉莉(まり)()ちゃんに接触出来ないんだと。…でも、言われてみれば確かに、()()筒抜(つつぬ)けなんでしょう」


「…考えたくはないですが。何かの()()()()か、(わか)()さんにとっての中澤家(なかざわけ)の人々のような、()()()がいる、と、俺は結論付けました」


 俺が「だから、()()()()()()()()()()()と思います」と言うと、人の()い親戚は、泣き出しそうな顔で、俺を見詰めた。






※ヨハネによる福音書 8章1節‐11節


「イエスはオリーブ山へ行かれた。朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、ご自分のところにやって来たので、座って教え始められた。そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。『先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところであなたはどうお考えになりますか。』イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。『あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。』そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと真ん中にいた女が残った。イエスは、身を起こして言われた。『婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。』女が『主よ、だれも』と言うと、イエスは言われた。『わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。』」


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