蟹缶:`That was a nice crab you caught!'
まさかの展開として、乙哉さんも一緒にインドネシア料理を食べに行くことになったのだが、これまた、まさかの展開として、父親のリサーチ不足で、店が定休日だった。
乙哉さんが大笑いして、定番の御店、というのを紹介してくれた。
カレーの有名な喫茶店で、割と古くからあるらしい。
「おー。ここ、妻と、よく来ますよ。ナシゴレンの気分だったけど、ここのカレーも、久しぶりに、いいな」
カレー、続き気味じゃないですか?まぁ、こういう所のカレーって美味いですし、家庭用とは別物、って感じがするんで、何も文句はないですけれども。
「…俺、一度も連れてきてもらったこと、無いけど?」
「ああ…奥さんとのデート用の御店だから…」
「…聞かなきゃ良かった…」
乙哉さんは、俺達親子のやり取りに、再び、大笑いして、「仲が良いですね」と言った。
乙哉さんは、笑い方が良いな、と思う。明るくて、何だか、縁起が良い感じがする。
そこは、剥き出しになっている梁や柱が、漆喰の壁と合う、落ち着いた雰囲気だが、木材が中心の、暖か味のある内装が可愛らしい感じの店で、両親がデートに使っているなどとは、欠片も知りたくない場所だった。
八卓くらいの木のテーブルと椅子に、愛らしい小物や絵画が、本当に合って、絵本の中の挿絵を眺めているような、優しい心地良さがあった。
乙哉さんが紹介してくれる店としては意外だったが、優しそうな雰囲気は、本人の気性と調和していた。
他人に紹介する店、というのには、人柄が出るのかもしれない。ホットサンドの立ち食いが出来るアメリカンダイナーや、御冷と焼酎の水割りが間違って提供される韓国料理屋のように。
…ああ、Halleluiahなんて、あったねぇ。早急に忘れたい。他人に紹介する店に人柄が出るのであれば、あの店自体が悪かったわけではないけども、紹介してくれた人間については、ノーコメントを貫きたい。
カレーが出てくるのを待つ間に、乙哉さんは「名字が同じとは奇遇でしたねぇ」と言って、脱いで椅子の背に掛けていた、作業着の内ポケットから、蟹缶を三つほど出して、渡してくれた。
相手は「自社製品なんでどうぞー」と言い、父も「わー、蟹缶だー、有難うございます」などと言って、和気藹々としていた。
急速に仲良くなったのは凄いと思うし、気が合う二人みたいだが、俺は、相手の作業着の内ポケットから出てきた剥き出しの蟹缶が、絵本の中にいるような心地良い店内で、浮きに浮いて見えて、二人のノリに、全然ついていけなかった。
父は、満面の笑みで、俺に向かって「高級缶詰だねー」と言った。
値段じゃなくて…。作業着の内ポケットから出てきたことと、可愛い喫茶店の木のテーブルの上に出されたことと、父親の、昨日着ていた服が入っているのであろう鞄の中に突っ込まれたことの方が気になるんだけど。そして、絵面として、絵本の挿絵に、スーパーの安売りのチラシの商品写真を切り抜いて糊で貼り付けたくらいの違和感があるんだけど。
全てを飲み込んで、俺は「美味しそうだねー」とだけ言った。
乙哉さんは、ニコニコと、やはり、人の好さそうな笑みを浮かべていた。
カレーを食べながら、乙哉さんは「おー」と言った。
「良山先生の息子さんでしたか。地元で個展行ったことありますわ」
父も「あらー」などと言った。
…仲良くなるの、本当に早いよな。
乙哉さんは「名字が同じでしたんでねぇ、偶々」と言って、旨そうにカレーを食べた。
「字の良し悪しは分からんのですが」
「大丈夫です、俺にも分かってないんで」
…比較的、悪筆の類だもんね、父さん。筆だと割合、達筆だけど、行書の癖が抜けなくて、ペン字の楷書の形は崩れ気味で、読み難いっていう。
おじいちゃんが昔、言ってたよ、「読む人のことを考えて書くのが思い遣りだ」って。
しかし「字にも何にも自信は有りゃあせんですが、蟹缶で作る蓮根の挟み揚げだけぁ褒められますわー」などと、優しい顔で言う乙哉さんは、字が下手なのだとしても、思い遣り深そうに見えた。
「はぁ、『発明』ですか」
乙哉さんの説明に、珍しく、乙哉さんに合わせて、ゆっくりカレーを食べている早食いの父は、「それでパチンコと染髪を勧めた、と」と言った。
乙哉さんは恥ずかしそうに「品の無いことで」と言った。
「ですが、護身用として、一定の効果があったというのは本当なんでしょう。…そうですか。やっぱり、話と言うのは、聞いてみないと分からないもんですね。俺の従弟も、事情があって、育児放棄を通報していないのではないか、と思えてきました」
乙哉さんは、父の言葉に、水を飲みながら「結局」と言った。
「家毎に、価値観、つーもんがあるんでしょう。口を出せない部分も多いんで。正解、っちゅーのが、俺には、難しくて。優将の正解、を、分かってあげられんのです」
父も素直に、「そうですね」と言って、カレーを一口食べた。
そうだな。『優将にとっての正解』って、結局、優将にしか、分からないのかもしれないし。…優将にも、分からないのかもしれないし。結局、それが一番、難しいんだな、と思う。
…茉莉花さんに聞かせるのも、乙哉さんに聞かせるもの、心苦しいよな。優将が、ここを離れるか迷ってる、という話は。
話すとなると…優将の両親の離婚もしないといけなくなるし。そんな話、出せないよな、まだ。優将が、長野に行くか決めてから、それを、自分で周知した方が、って気がするから。
店も料理も気に入ったけど、気持ちは晴れなかった。
俺も父親も、乙哉さんと連絡先を交換して別れ、隣の駅の、慧の家に向かった。
「その…。両親のデート用の店に一緒に行ってしまって、何か…」
気不味いと言うか…。
喫茶店カレーを食べたけど、申し訳ない、二割、知りたくなかった八割の、二八蕎麦な気分です、はい。
歩きながら、そう言うと、父は、あはは、と明るく笑った。
「良いの良いの、インドネシア料理の方は、貴子さんとは行けないからさー。あっちは、息子や男子学生と行く用の店だから」
「…あ、そうなの?」
言われてみれば、家族の外食は和食が多いな。
「そうそう、口には出さないけど、貴子さんって、辛い物、あんまり好きじゃないんだよ。家でも、お前と同じカレー食べてるじゃん、中辛の」
「知らなかった」
「そうそう。フレンチより和食か、野菜が食べられるとこ。それか、ああいう、可愛い雰囲気のお店の方が好きなんだよ。言わないけど」
「…言わないね、確かに」
俺が「何でかな」と、深く考えずに言うと、父は「そこが可愛いのよ」と、聞きたくもない惚気を言った。
「食べ物に文句を言うのは品が無いし、合理的じゃないと考えてるんだと思うんだけど、実は、そんな自分を可愛げが無いと思って、内心気にしてるのよ。一周回って、滅茶苦茶可愛くない?ネイルサロンに行くのだって、本当なら、合理的ではないじゃない。でも、服がシンプルな分、歯のホワイトニングと爪は、滅茶苦茶気を遣ってるのよ、あの人。目立たないオシャレ、と言うか。そここそがねー、可愛げだと思ってるんだけど、俺は。大事にしてた、インテリアの雑誌も、クローゼットに隠しちゃって。合理主義で物を捨てるはずなのに、そういうのと、アリスの絵本は大事に取ってるところが、俺には、最高に可愛いんだけど」
クローゼットに隠してるんだ。母親のクローゼットなんか見ないから、知らなかった。
「…あー、言われてみれば。俺が中学校に入学するまで、ネイルサロンなんか、行かなかったよね?」
今じゃ、台風で閉店の前に駆け込んでるわけですが。
「本当は行きたかったんだと思う。一応、子どもに手がかかる時期は、やらないつもりでいたんだろうけど」
「ああ、そういうもん?」
「そりゃー、ネイルサロンに行ってリフレッシュする時間を、高良に使ってくれてたのよ。仕事量もセーブしてくれてたでしょ?御前さんが小学生の頃までは」
「確かに…」
苦手な食べ物が食べられるように工夫し続けてくれたのも、体調不良や視力の低下に気づいてくれるのも、時間や持ち物の管理の仕方を教えてくれたのも、躾をしてくれたのも、ほとんど、母だった。
優雅、なんて言って、悪かったかな。
そうだよな、これが、守られている、ということだったんだよな。そういう、時間を俺に使ってくれる、という愛情の形、というか。それが無い小学生時代を過ごしていたら、と考えると…。
―駅前を、ウロウロ、ウロウロして。親のカードの入った財布を、誰にも取られないように抱えて、キョロキョロ、キョロキョロしとる。親子連れが歩いていると、こっそり後ろを歩いて、子どもが一人で歩いているんではない、という演技をしとった。賢い子ですが、誰も、あの子を守っとらんかった。
泣いたらいけない、と思う。まだまだ、全然、自分は守られてたんだ、って、自覚が、俺には、足りないんだと思う。
でも、小さな、着物姿の男の子の姿と、乙哉さんの話の中の、小さい優将の姿が、頭の中で重なって、涙で視界が暈ける。
『いる』のに、雑踏の中で、見て見ぬ振りをされる、小さい男の子が、頭の中で、彷徨っている。
『子ども』でいさせてもらえなかった、『発見』されなかった、小さい男の子が。
珍しく、素直に、「父さんは良いね」、と、俺は言った。
「自分の子どもの遺体を、火事で焼かないし。凄く良いと思う」
正直『降籏伊緒』とは比べ物にならないくらい、良い、と、今日は思った。思春期故にか、俺の本心からなのか、うざったい存在だ、と思うことはあるけど、曲りなりにも、『親』をやってくれているのだから。
俺は、若しかしたら、何処か、可愛くない子どもだったかもしれない。甘え下手で、話も上手くない。
それは、若しかしたら、うっかり『享年二十五歳』で、心の何処かがスタートしてしまったからかもしれない。
ホログラフィック理論に無理矢理納得するために考えると、前に、家畜や下働きなんか使っていて、心の何処かに罪悪感があったから、今は、動物を愛して、自分で家事をして、料理を作ろうと思うのかもしれないし。実は前お香さんに感化されていて、プロテスタントの宗派のことや、讃美歌を学びたかった、と、心の何処かでは思っていたのかもしれないし。歌ってみたらみたで、案外向いてなかったわけだが。
そんな、検証しようも無いことだけど、決して『可愛い』存在では無かった、と思う自分を、『子ども』でいさせてくれて、保護者として、守ってくれた。
今日は、何となく、それが愛情だったんだろう、と、素直に思えた。
父は、ゲホゲホと咳き込んだ。
「あー、あの、翻訳した内容の話?ひっどい父親ではあったけど。びっくりしたー。今まで自分の子に言われた言葉の中で、三番目くらいに怖かったかも」
「…二番目と一番目って何?」
「二番目は、『パパー、たべられましゅ、ってかいてありましゅよー』って、乾燥材入りの袋を口に入れようとしてた時かな…。あんなに冷や汗かいたの初めてだった。あれ、何歳だったんだっけ」
「…そんなことが?」
全っ然、覚えてねぇ。
「男の子にしては手がかからない子でさ、大人し目の方だったんだけど。字も読めるようになるのが早くて。でも、やっぱり、子どもだからさー。予想外のこと、するのよ。『食べられませんだよ!』って教えたら、キョトンとしてたよね。まー、悪戯してても顔は可愛かったんだけど、あれはゾッとしたなー」
「いたずらも、ちゃんと、してた?…子どもらしく」
「そりゃーもう。俺の実家の床の間の、横山大観の掛け軸に、鉛筆で蚯蚓ののったくったみたいなの書いて、じいじの真似って言い出して。背中の毛穴が全部開いたかと思ったよねー。ゾワッ、って。うちの親父は、真似されたって喜んじゃって、叱りもしないで、嘘でしょ!?ってなったけど。俺がやったら絶対怒られてたのに、愛されっ子だったよなー」
よ、横山大観の掛け軸に!
わー、…落書きなんて、子ども定番の悪戯じゃないですか…。
「…覚えてない」
「そうだろうねー。でも、まーだ実家の掛け軸は、その掛け軸よ。もー、親父が、よちよち歩きのを連れて歩いて、帰ってきたら、『今日も可愛いって言われたねー』って御前さんに頬擦りしてましたよー。あんなキャラじゃなかったですよ、孫が生まれる前の書道家の降籏良山先生は。あの頃の靴、実は取っておいてるんだ、俺のクローゼットの中に。手の平サイズでさー」
何だ。
ちゃんと、可愛がられてて。ちゃんと、悪戯して。ちゃんと、子どもだったんだ。
「…俺に言われて、一番怖かった言葉は?」
「パパ死んじゃうの?って」
「え?」
「玄関でさー、寝ちゃったの、一回。酔い潰れて帰ってきて。もー、だから、俺、一生、赤Tのこと、言えないんだけど。そしたらさー、膝掛サイズの毛布が掛けてあるわけ、気づいたら。ベビー用のやつ。見れば、御前さんが泣いてて、『パパ死んじゃうの?』って」
「覚えてない…」
父は「覚えてなくて良かった」と言ってくれた。
「大反省したよねー。あれから、ほぼ飲まなくなった」
「言われてみれば、そうだね。あんまり飲まないね、酒」
「んー、俺さ、あの時、世界で一番強かったんだよ」
「どういうこと?」
「小さい子の世界では、親が最強なわけ。で、母親は、絶対、父親より力が弱い、っていうのは、感覚的に分かってるんだと思うんだよね。だから、子どもの、狭い世界では、父親が、世界で一番強い時期があったりするのよ。それがさー、世界最強だと思ってる人が、死んじゃう、と思ったら、すっごく、怖い思いをさせちゃったんだと思ったんだよね」
「そうだったんだ」
「うん、ろくでもない親だっていう自覚はあったんだけど、そこ、数年も生きてない人間の、そういう幻想を壊しちゃいけないよな、って、大反省したんだよね、流石に。今だからこそ、倫理観も、自分で学べるだろうけどさ。最強だっていう幻想を抱かせてあげた方が良い時期、っていうのがあるんだ、って、あれで学ばせてもらった。…あー、やっぱりね、あの時は、天使だったのよ、俺には。俺、子どもが生まれて、健康になったんだから、酒が減って。その存在の為に健康でいないと、っていう存在が与えられたのは、ギフトだったんだよね、やっぱり」
『子ども』をやらせてくれてありがとう。『親』に、一瞬でも『幻想』を抱かせようとしてくれて、ありがとう。
でも、そうは言えなくて、涙で、言葉が詰まった。
多分、涙を見て見ぬ振りしてくれているのであろう父は「コンビニ寄る?」と言った。
「あ、敏の家に、プリン買って御土産にしない?」
「…自分が食べたいのではなく?」
父が「何でバレた?」と、驚いた様子で言ったので、思わず、吹き出した。
「…バーガーキングに行きたがってる優将みたいなこと、言ってる」
「え?何?」
「ハンバーガー、好きなんだってさ、優将。それも、ワッパー」
父は「ふーん」と言って、クスクス笑った。
「あー、夕飯さ、ゆーま君と、バーキン行けば?お金あげる」
「…そう?」
「なーに、敏の家の後、苧干原さんとこ、ついてってもらうんでしょ?遅くなるじゃん。貴子さんには、言っといてあげるから。パチンコの件、一瞬でも疑っちゃって、悪かったし、何か、話して来れば、友達と」
「…ありがと」
今日は、優将の母親の荷物が、トラックで、『家』から、運び出される日、か。
俺がいたって、何になるかは分からないけど、何となく、『家』と荒らされる座敷童の傍に、いたいような気がした。
俺が涙を拭っていると、父は、歌うように「蟹缶、蟹缶」と言った。
「缶詰工場の友達が出来ちゃうなんて、良い日だったね」
「…今朝は煮干し工場の友達から送られてきた、不揃いのカタクチイワシで取った出汁の、蕪の味噌汁だったよ。交友関係が広いよね…」
「あ、あれ美味いよね、でっかい煮干しから取った出汁。蕪、食べたかったー」
「蕪、好きだもんね…。大根より痛むのが早いから、今朝食べちゃったんだよ。また買ってくるから」
父は相変わらず、子どものように「やったー」と言った。今日は、それに対して、俺は、少しだけ微笑んだ。
「わー、蟹缶の歌、作ろう」
「は?」
「Siehst, Vater, du den KANIKAN nicht?
Den KANIKAN mit KAN und HUTA?」
「…これ以上、往来で、シューベルトの『魔王』を蟹缶の替え歌にして歌うんだったら、他人の振りするからな…?」
微妙に上手いのが、何か腹立つ。
「ドイツ語分かっててウケるー」
「いや、有名な曲でしょうよ、ドイツ語が得意なわけじゃないのよ」
「あ、そろそろ着くよ、敏の家。コンビニ、寄れなかったね」
「ああ…もう。親戚の家が近付くまで、ゲーテの詩を元にしたドイツ語歌曲の替え歌を聞く羽目になるなんて…斜め上過ぎるよ、父さん」
でも、うちの父親らしいっちゃ、らしいので。
今は、こんな親子関係だけれども。明治の頃より、『俺』は幸せなんだろうと思う。また『学のある父親』の元に生まれたのは、面白いと言えば面白いが。
慧の家に着いた。
ここで、何が聞けるかは分からないが、俺は、何となく、向かいの家の、茉莉花と優将の家を見た。
『家』。
そこから離れたら、果たして、それは『座敷童』なのか。
そういうことは、分からないのだが。
『家』を離れて、茉莉花と離れて、優将が、どうなるのか、と思うと、胸が痛くなる。
俺には、やっぱり、そこまでして、二人が離れなければならないことの意味が、分からないから。
「あー、そういや、あの本、持って来てる?高良」
「和綴じの本?うん。今日、依頼主に、翻訳文と一緒に返却するからさ」
「あの本、変だよね」
「そう?」
変って言い出したら全部変だけど、どの辺が?
「明治の本にしては、綺麗だなって。素人の保存状態で、虫食いが一つも無いなんて」
「…言われてみれば…」
「ね?冊子体って、虫害が進むと、紙同士がくっ付いて、固くなって、開けなくなるじゃない?白黴も黒黴も発生してないし、埃で表面が黒ずんでることもないし、紙の間に、別の紙まで挟めちゃって。紙の状態が良過ぎるって言うか」
父は「何か守られてる感じがする本だよね」と言った。
「守られてる?」
「そもそも変なのがさ、何故その本が現存してるか、ってことだよね。誰が取っておいてくれたんだろう?告発文なんて、読まれたら大変じゃないの。見付かったら、子孫にでも、廃棄されちゃわないかなぁ。書いた人が、相当長生きして、隠してたのかな」
いや、『降籏淳緒』は、『降籏伊緒』より先に亡くなってるとすると。
確かに、『降籏伊緒』が、この和綴じの本を処分しなかったのは、可変しい。
「誰かが、この本を守っていた…?」
考え込みそうになる俺の目の前で、父は、携帯電話で、電話を始めた。
「敏くーん、あーそびーましょー。御土産ないけど、開けてよぉ」
えっ、恥ずかしっ。…逆に、プリンくらい持ってくれば良かったかも。
俺が赤面していると、「明良ちゃん?」という、慌てた声がして、家の扉が開いた。
済みません、親戚の人、うちのErlkönigが…。