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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
70/93

小松瑞穂:ought to know which way she's going, even if she doesn't know her own name

 泊りに使った荷物を、駅のコインロッカーに預けた。


 夏のセール時期だから、駅前の店だけじゃなくて、駅近の店も梯子(はしご)した。


 Loftの近くにある、レディース以外にも、メンズの服とか、スポーツ・アウトドア用ウェアのショップとか、美術館が入ってる店で、一緒に買い物をしながら、「何だったんだろうね、あれ。皆、走って行っちゃって」と、瑠珠(ルージュ)が言った。


 私にも実は分からなかったから、「ねー」としか言えなかった。


 セール時期だから、服は欲しいんだけど、何か、普段買ってる系統の服がピンと来なくて、ワンピースばっかり見ちゃう。


 瑠珠(ルージュ)は「珍しいね」と言った。


「ワンピ買うの?しかもノースリーブ。着てるの、見たことないけど」


「んー、何か、気になっちゃって。でも、今、夏物買っても、あんまり長く着られないかなぁ」


「あー、特に、ノースリーブだとね。でも、気持ち分かる。ノースリーブ買いたくなるのは。台風一過ったって、今日、暑過ぎ。袖のある服着てたら、袖、引き千切(ちぎ)りたくなったかも」


 そこまで?!…確かに瑠珠(ルージュ)、今日、タンクトップ着てるけど。


 私が「あー」とか、適当に相槌(あいづち)を打ってると、「それ買う?」と瑠珠(ルージュ)が言った。


「白のノースリーブワンピ。試着すれば?カーディガン羽織れば、違う時期も着られるかも?」


「…そーかな」


「そーだよ、今日、ずっと、ノースリーブワンピ見てるよ、茉莉(まり)()。試着しなって。多分似合うよー。今までチャレンジしなかっただけだって」


「ホント?」


「ホントホント。大体、セール時期なのに、サイズ欠けが無くてラッキーじゃん。着てみなってぇ」




 結局、何だかんだ、ほぼ、瑠珠(ルージュ)に乗せられる感じになっちゃった気がするけど、買っちゃった。


 買ったばっかりで、タグを切ってもらったワンピースを着たまま、店舗を歩くと、あちこちの鏡やガラスに、長い黒髪の、白いワンピース姿の自分が映って。


 …何か、変な感じがした。


 ポニーテールにしてて、良かった。


 髪を降ろしてたら、もっと、不思議な感じがしたかもしれない。


 何となく、だけど。




 ランチに、店舗に入ってるサブウェイで、一緒にハーブティーを飲んでいると、瑠珠(ルージュ)が「珍しいね」と言った。


「サラダだけ?…アボカド、好きだよねー」


「…んー」


 朝御飯、珍しく、凄く、しっかり食べちゃったから、このくらいでいいなって。


 なんか、夢見(ゆめみ)も…悪かった、っていうか。ちょっと、食欲ないかも。




 高良、凄かったな。…煮干しで出汁取って、御味噌汁作ってくれるんだよねー。(かぶ)(くき)()の御味噌汁、初めて飲んだ。(かぶ)、柔らかくて美味しかった。お母さんみたい、を、通り越して、おばあちゃんみたいだった。親が出汁取ってるの、見たことないし。




 …瑠珠(ルージュ)に言えないこと、ばっかり。




 瑠珠(ルージュ)に、何で大荷物なの、って聞かれても、台風が怖いから高良の家に泊めてもらったって言えなくて、台風で洗濯干したり出来なかったから、後でコインランドリー行きたいから、って、嘘ついちゃったし。家のドラム式洗濯機、乾燥機能付きなのに。


 何で高良と、高良のお父さんと一緒にいたの、って聞かれても、偶然会った、としか言えなくて。それ自体は嘘じゃないけど、高良のお父さんにも、家に泊めてもらったことを言えてないから、御礼も言えてないし。

 高良と、バイトしてたことも、高良に瑞月の連絡先を教えたことも、瑠珠(ルージュ)には言えない。




 …そもそも、育児放棄(ネグレクト)のことだって、言えてない。




 瑠珠(ルージュ)はBLTサンドを食べながら、「元気出して」と言ってくれた。


「似合ってるよ、それ。あ、そうそう、彼氏は、どう?」


「…あー」


 最後に連絡したの、いつだっけ。


「夏だしさー、デートで、それ、着れば?丁度良いじゃん」


「んー、ありがと。そだね、後で、台風どうだった?とか、連絡してみる」


「何か…付き合ったばっかじゃなかった?夏休みに入ってからだったよね?あんま、連絡、してないの?」


 ギクッとして、「あー、相手が…」と、咄嗟(とっさ)に言ってしまった。

 (ずる)い。

 …私からだって、連絡してない(くせ)に。


 瑠珠(ルージュ)は「あー、あんま連絡してこないタイプ?」と言って、ハーブティを一口飲んだ。


「いるいるー。親と一緒の時、連絡してこない奴とかも、案外いるからね。夏休みって、しょっちゅう会うか、あんまり会えないか、かも。意外と暇じゃなかったりね。うちも、この前、法事入ってさ。制服で出たよー」


 いやいや、一人暮らしなのよ、相手。

 とかも、言ってないな…。


「御盆に入っちゃうと、マジで、家族で過ごす家とかだと、他所(よそ)に帰省するとかで、会えなくなったりするからねー。確かに、今日連絡取っとくのは、アリかも」


「んー、そだね。ありがと瑠珠(ルージュ)


「…何かさ」


「うん?」


「…最近、日出(ひづる)とも、連絡してないの。帰省とか、するのかな?」


「あー、私も、日出(ひづる)のこと、聞いてないな」


 …瑞月からは、連絡来て、高良に瑞月の連絡先、教えちゃったんだけどね。それも言えない。


「ねー、彼氏にも、聞いといた(ほう)が良いかもよ。御盆、会えなくなるかも」




 『彼氏』に、御盆に帰省するのかどうかすら、聞きもしなかった。


 …なんか…。あんまり、関係としては…良くない?


 別に嫌いじゃないのに。…格好(かっこ)()いとは思ってるし。


 でも。


 台風の時、頼んなかった。

 彼氏だけど、うちの育児放棄(ネグレクト)のことだって、言えてない。




 陰鬱(いんうつ)な気持ちになりかけたところで、瑠珠(ルージュ)が「げっ」と言った。


「嘘でしょー、最寄り駅、(かぶ)ってんのかなー。この時間に、まさか、彼女のとことか行かないよね?」


「どうしたの?瑠珠(ルージュ)


「ママの彼氏が海老アボカドサンド買ってる。外回りなのかなー、スーツ着て。ウザ」


「え、嘘」


「あー、あれあれ。わー、()ぇ合わさんとこ。見た目イケオジだけど、胸とか見てきて、キモいんだよねー。何の仕事なんだろ。絶対他にも女いるってぇ」


「…嘘」


「そー、茉莉花の誕生日の日も、家に来てたから、カラオケのオールに誘ってくれて、助かったー。逃げてんの、あいつから」


「名前、分かる?」


「えー、興味無ぁい。みず…なんとか。ミズノ?」


「…そうなんだ」




 小松(こまつ)瑞穂(みずほ)っていうんだよ、その人。




 …へー、お父さんって、…私の誕生日の日に、瑠珠(ルージュ)んちにいたんだ。


 親に期待なんて、とっくにしてないけど。


 …瑠珠(ルージュ)には、知られたくないな…。



 瑠珠(ルージュ)のママの彼氏が、うちのお父さんだって…。






 何か疲れちゃって、サラダを食べ終わったら、コインランドリー行かなきゃ、って、嘘ついて、解散してしまった。


 高良の家で、洗濯と乾燥を済ませたものが多いから、洗う物なんて、ほとんど無いし。…中身は、お泊りセットなんだ。




 …頭の中、グッチャグチャ。




 親になんて…。もう、期待なんて、してないのに。


 私も、瑠珠(ルージュ)に、嘘ばっかりついてて。


 あーあ、私だって、()()()()()()()()じゃん。




 …ん?




つまらないことを(かす)言うな(こくな)手を出すな(ちょびだすな)俺は(おら)こうするより他に(これよりゃ)仕方がないんだ(しょうがねえづら)




 何か、思い出しそう。




 あ。


「茉莉花ちゃん」


「…水戸さん」


 ()()、凄いタイミングで会っちゃった。


「…()()泣いてる」


「ホントだ…」


 自分でも、気づかなかった。


 黒い半袖ワイシャツの相手は、引く程男前だった。前髪が伸びたのか、分けてて、…ああ、この人の髪が伸びるくらいには、会ってなかったんだ、って思って。何だか、体の力が抜けるような感じがした。変な話だけど、暑さは忘れた。


 相手の手が、優しく、ノースリーブワンピースから剥き出しの腕の、二の腕に触れた。


「…懐かしい服、着てる」


「褒め(かた)、変わってるね…」


 相手は、「そう?」と言って、抱き寄せてきて、頬に、軽くキスしてきた。


 本当は、嫌。


 キスされるのが嫌なんじゃなくて、街中で、こういう風にされるのが、何か、嫌。


 でも、その、『何か』が、上手く伝えられなくて。


 それでも、…誰かの体温を感じるのは、痛み止めみたいに、効いた。


 涙が止まらなくなった。




 耳元で「うち来る?」と、(ささや)かれた。


 …不味いな。今の気分だと、多分、()()()()


 相手がしてくること、誰かの体温を感じること全部に、多分、何にも、抵抗出来ない。


 (ひど)い気分だから。


「ん…。今日は、荷物多いから。違う日にする」


「そう?持とうか?荷物」


「あー、ごめん。汚れ物なの。悪いから。台風で、干せないから洗えてなくて、乾燥まで済ませたいから、コインランドリー行きたいの、これから。あんまり、中とかも、見られたくないし、今日は、もう行くね」




 私、また、嘘ついた。



 相手は「そう?」と言った。


 親切で言ってくれてるかもしれないんだけど、中身、お泊りセットなんだ。


 絶対、荷物、持ってほしくない。


 …このまま、この人の家に行けちゃうんだもん。


 泊れちゃう。




 私が涙を拭うと、相手は、フーッと溜息をつきながら、「分かった」と言って、抱き締めて来ていた腕を、(ほど)いてくれた。


「御盆って、暇?家族と過ごしてる?帰省とか、する?」




 相手の言葉にギクッとした。

 『家族』となんて、過ごすわけ、ないから。




「いや…暇だよ。…じゃ、御盆に会おっか?」


 相手は、少し嬉しそうに「そう?」と言った。


「帰省しないからさ、俺。御盆、ずっと一人なんだ。じゃ、十四日のお昼とか、どう?」


「オッケー」


「良かった」


「何が?」


「全然…連絡来ない気がして。でも、偶然会えたから」




 またギクッ、とする。



 …うん。楽しかった、昨日。怖くても、犬とか、いて。…連絡しなくても、楽しく過ごしちゃってた。




「家、近いんだっけ。優将(ゆうま)とかと、会ってる?」


「…え?」




 ギクッ、とした。




 相手は「会ってんだ」と、小さい声で言った。


「…家、近いもんね?」


「ん…。うん。でも、優将(ゆうま)は別に、いっつも通りっていうか」


 …別に、ってことないか。玲那(れな)と別れたんだった。


 …そうだよね。彼氏に言ってないけど、他の男の子の家に泊りに行って、男の子二人と泊ったのは、本当なんだから。


 …言えないけど。




優将(ゆうま)、何か言ってた?」


「…え、別に」


「そう。…じゃ、十四日に。泣いてた理由は、また今度聞く」




 水戸さんは、駅前から、自宅の方向に、去ってった。




 …サイテー、私。


 日出(ひづる)のことだって、言えないかも。


 彼氏がいるのに…。他の男の子の家に泊っちゃったんだ、怖いからって。


 彼氏以外に、そういう頼り(かた)するんだったら、怖くても、家で、一人で震えて泣いてた(ほう)が、誠実だったかも。

 相手も、瑞月と、抱き合ってたのかもしれないけど。

 相手が誠実かどうか、っていうことと、私が誠実か、ということは、別だから。

 相手が、仮に、誠実なことをしてなくても、私が、誠実でなくていい、という理由にはならない。




 でも、楽しかったなぁ、高良の『家』。

 一人じゃなくて。

 怖いこともあったけど、楽しかった。皆で、御飯食べて。




 涙が止まらない。


 彼氏のことを考えると、何だか、ジャリジャリしたような感覚がある。


 裁かれるような気分。



 ああ、そうだ。山百合の咲いてる坂で転んだ時も、(けい)と喧嘩した後も、こうやって、酷い罪悪感で。『彼氏』がいる、っていうだけで。『彼氏』の存在に逃げてる、ってだけで。




 え?




 『陪審員(ばいしんいん)




 何?これ。この感覚って。




 あ。


 視界の隅に、グレーのスーツ姿の男の人が見える。


 …今日だけは、出くわしたくない。

 私の誕生日に、私といなかった、私の、血を分けた人と。


 駅のホームに駆け込む。雑踏は嫌いだけど、隠れ込みたい。




 優将。優将。




 …いるわけ、ないのに。だけど、同じ駅にいない可能性も、ゼロじゃないから、心の何処かで、探しちゃってる。




 それでも、『家』の方向の電車に乗り込むと、ホッとした気がした。


 隣の『家』には、いつも優将が住んでて。それだけで、何となく、一人じゃない気がして、本当に救われてるんだってことを、再認識しちゃって。


 頭はグチャグチャ。

 自分が、何が悲しいのかも、よく分かんない。




 でも、いつか、自分の名前も思い出せなくなっても。

 優将のいる『家』の方向は、分かってるんじゃないか、って。


 そんな気がした。




 そう言えば、『アリス』の本にも、お姉さんしか出て来ない。

 ()()()()()()()()()()のに。






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