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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第二章
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水戸大空:Why you are painting those roses?

 おそいよ、瑠珠(ルージュ)

 私、もう来てるのに。…えー。


 『今日は来れなくなった』らしい。


 理由は聞かないでおこう。

 後で話したかったら、多分話してくれる。


 瑠珠(ルージュ)のメッセージが短い時は、ほとんどの場合、瑠珠(ルージュ)に、すごい面倒なゴタゴタが起きてるから。

 あそこんちも、なかなか凄いからなぁ。


 今日は珍しく、自分の家から、こっち方面に買い物に来たんだけど、瑠珠(ルージュ)の買い物に付き合う予定だったんだよね。

 だから、別に私が何か、すごく買いたいってわけじゃないんだ。


 両手で(ひさし)を作りながら、白っぽい空を見上げた。


 電線の黒い平行線が、やたらクッキリ見える。


 平行。


 本日は曇天(どんてん)なり。




 無収穫で帰るよりはいいか、と思って、私は歩きだした。


 待ち合わせ場所の建物は、わりと新しいホールの前だった。

 築二、三年かな。

 駅から結構近いし、談話スペースではタダでお茶が飲めるんだ。

 どっかの予備校も近くにあるらしくて、そこで自習する予備校生や中高生も多い。

 席は早い者勝ち。

 中学校の頃は、(たま)に来てたんだけど。


 ちょっと離れて見ると、壁面いっぱいのガラスの窓が、鏡みたいに光る。


 一階の入り口の右側には、花屋が入ってる。


 トルコギキョウ、アルストロメリア、あと、多分何か、(らん)。スターチス。コデマリ。白、紫、ピンク、紫、緑、橙、黄色…。


 うちのお母さんもフラワーアレンジメントする人だったけど、私、里歌さんが教えてくれた花しか、名前知らないんだなぁ。名前を教えてもらうまでは、薔薇や百合くらいで、知ってる花は終わりだったもん。




 一筆描きみたいに適当に描いたチューリップ。


 ばら組さん、ゆり組さん、ふじ組さん。さくら組さん、すみれ組さん、つくし組さん、もみじ組さん。ぱんだ組さん、こあら組さん。

 何がどんな花か なんて、全然知らなかったなぁ、あの頃。


 幼稚園の時は、組別にワッペンと帽子の色が違った。

 ワッペンの形はチューリップの形。スモッグは、女の子がピンク、男の子が水色。

 年中組さんは、さくら組さんのワッペンと帽子はピンク。

 つくし組さんは黄緑。

 もみじ組さんは赤。


 私のいた、すみれ組さんは。

 何故かオレンジ色だった。


 年長組さんのふじ組さんが紫、年少組さんのぱんだ組さんが濃いブルー、こあら組さんが赤紫。


 パンジーでも気取ったのか、それにしても、紫や青系統の色を余所(よそ)に回してまで、何故うちの組だけ『すみれ』でオレンジ色だったのか。

 今考えても謎だ。


 でも、その頃は、『すみれ』って何だか、よく分からなかった。

 桜や土筆(つくし)の色が、大体実物と合っているみたいに、何かオレンジ色で合ってるもんだと思ってた。


 優将だけ、もみじ組で、私と慧は、すみれ組。


 いつだったか、幼稚園のスクールバス降り場で会った里歌さんは「ゆーま君もみじ組さんね、赤。本当に、すみれ組さんは何で紫じゃないんだろうね?みかん組みたいよねー」と言った。


 『すみれ』って紫なの?!


 その時のショックは、実は密かに、今も引き摺ってる。


 その後、写真付き絵本で見付けた(すみれ)は、確かに紫だった。

 実物は、父方のお祖母ちゃんの家の近くに、雑草と一緒に、地味に沢山生えてた。


 そんなに珍しい花でもないのに知らなかったんだ。


 私が『すみれ』って花を知ったのは、やっぱり、里歌さんが切っ掛け。

 何でもない些細(ささい)なことも、逃れようもなく里歌さんの記憶に結び付く。




 その場でボーッとしながら、そんなことを考えてたら、小洒落た店内でアレンジメントをしていた、ベリーショートの女性店員と目が合った。


 お互い、ヘラッと笑って、浅く一礼した。


 すみません、買いません。


 一礼したまま前に進んで、私は、そのまま、ホールの中に入った。




 何となく入っちゃったけど。談話スペースは人が多かった。

 お茶だけ、その場で注いで飲んで、紙コップを捨てて、私は談話スペースを出た。


 ホール入り口付近、玄関ホールの、入り口から入って左の方にある託児所から、超音波みたいな声が聞こえてくる。

 小さい子が喜んでるらしい。

 奇声が笑い声に変わって、保母さんみたいな人の声と重なった。


 ここで子供が泣くと、談話スペースまで聞こえてくることがある。

 あの肺活量って、(あなど)れないよね。


 託児所の入り口からちらっと見える黄色い絨毯(じゅうたん)

 昔読んだような絵本。

 きりんさん。くまさん。うさぎさん。


 何だか妙に、懐かしい。


 その反対、右側には、二階への階段入り口がある。そこに、立て札みたいにして、ポスターが貼ってあった。


 何か、アマチュアの人達が集まって、創作発表してるらしい。

 展示の場を求めて活動する団体とかで、ここの二階で、しばらくの間、展示をしてるっぽい。


 入場無料。


 よし。見ちゃおう。


 絨毯(じゅうたん)張りの階段を上がっていくと、写真やら絵やらが遠くからでも見えた。


 あ、大きい絵。黄色?


 結構人は少ない。




 案外面白い。


 絵本や詩集、漫画まであるし。

 思いがけないような言葉付き写真とか、持って帰ってもいい、お手製ポストカードとか。



 あ、浜辺の写真。


 何のかんので、結構じっくり見ちゃう。


 参加者の年齢層に結構幅があるみたい。

 こういうのも良いね。


 あの蝶の絵とか、好きだな、私。

 あ、イラストもある。綺麗。


 あ、大判の絵。


 これだよね、さっき、あっちから見えたの。

 黄色の。




 それは、黄色と青と緑だけで描かれた、子供の絵だった。


 二人の子供が眠ってる絵。

 手前が多分男の子、隣が女の子。

 日溜まりの中。


 左から、毛布を掛けなおす、女の人の手のようなものが伸びてる。


 そちら側から青のグラデーションがかかってて、だんだん暗くなる。


 柔らかそうな、優しそうな細い腕。


 男の子の生真面目な、そこがまた可笑(おか)しい、微笑ましい寝顔。どこか迷惑そうですらある。

 女の子の口は半開きで、柔らかそうな頬っぺたに、少し髪がかかっていた。


 多分、主線が青なんだろうな。

 陽光のような黄色に滲んで、子供の頬っぺたの辺りで、馴染んだ緑色になってる。


 暗い青の影と、腕。形の良い爪。多分この女の人は、色白なんじゃないかな。


 青い色に変化していくまでの、背景のグラデーションを、もう一度、黄色と、子供達の顔から追って見てみた。


 腕のところまで見たら、涙が出た。


 なんて青だろう。


 穏やかで暖かそうな絵なのに、寂しくて寂しくて堪らなくなった。

 なんて青。

 胸の内側が引っ掻かれるような感じがした。


 涙を拭ってから、(しばら)く、その絵を見てた。


 タイトル『四歳』

 アクリル F50

 作者 紫苑学院紫苑高等学校 TAKAHIRO MITO(17)


 紫苑高校。あ。水戸さん?






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