小松瑞月と苧干原弥朝:TWEEDLEDUM AND TWEEDLEDEE
Here we go round the mulberry bush
The mulberry bush, the mulberry bush
Here we go round the mulberry bush
So early in the morning
あ、桑だ。
あの桑の木、覚えてる。
畑の脇で野生化しちゃってたとかって聞いた。
モジャッとした、白いのが、沢山ついてる。
花かな?
昔、実を食べさせてもらったんだっけ、おばあちゃんに。
…あれ?でも、最後の実を取った後に、切り倒したって言ってなかったっけ?根が張ってて、切った後も、土に根が残って、大変だったって。
家を更地にするのに邪魔だったからって言ってた…ような。
誰が、そんなこと、言ってたんだっけ?
…何処の家、だっけ。
畳の部屋。見覚えが有る。
あれ?
モスグリーン色の絨毯を敷いて洋風に見せ掛けてある。
だけど、ここは、二階の、畳の部屋で、そうだ、窓の外から見下ろすと、桑の木が見えたんだった。
でも、こんな、黒いアップライトのピアノなんて入ってなかったし、窓のカーテンも、こんな、可愛い水色で、レース部分が綺麗な白地の花柄じゃなかった。もっと、地味だったと思う。
絨毯以外は水色と白で統一されてて、何か、可愛い部屋。
そっくりな、制服姿の女の子が二人いる。
あー、うちの学校の制服と、ちょっと似てる。紺色のブレザーに、グリーンのチェックのスカート。でも、中学生くらいかな。
…なんか、私と似てない?二人とも。黒い、真っ直ぐな、長い髪。
一人は、ピアノの前に座ってて、一人は、ヴァイオリンを構えている。
ヴァイオリンを持っている子の方が、A線頂戴、と言うと、ピアノの前に座っている女の子が、ピアノの鍵盤を一つ叩いた。
ヴァイオリンを持っている女の子は、A線調節するから、もう一回弾いて、と言って、ヴァイオリンの弦の調整を始めた。
ヴァイオリンの調律が終わるまで、ピアノの前に座ってる女の子は、細い、綺麗な声で、歌い始めた。
私が彼で彼があなたなら
あなたは私よね
ってことは私達は皆同じ
この歌、何処で聞いたんだっげ。聞いたことある。
なんか…置換可能、って、言われてるみたい。
不思議な感じ。
その曲、また歌ってるの、と、ヴァイオリンを持っている女の子が言うと、ピアノの前に座っていた女の子は、頬を染めて俯いた。
ヴァイオリンを持っている女の子は、不思議そうに、どうしたの、と言った。
三月だから、そろそろ自分の誕生日だ、と、ピアノの前に座っている女の子は言った。
そうだね、と、ヴァイオリンを持っている女の子は、微笑みながら言った。
そして、春休みだから一緒に遊びに行こうね、と言った。
「弥生の朝に生まれた弥朝ちゃん」
「文月に生まれた瑞月ちゃん」
二人は、微笑み合った。
突然、ピアノの前に座っている女の子の方が、娘が生まれたらジャスミンって名前にする、と言い出した。
ヴァイオリンを持っている女の子は、急にどうしたの、と言った。
ピアノの前に座っている女の子は、もし瑞月に娘が生まれたらアリスって名前にする?と、尋ね返した。
ヴァイオリンを持っている女の子は、戸惑ったように、アリスかアリサかな、と言った。
ピアノの前に座ってる女の子は、また、細い、綺麗な声で、今度は、ピアノを弾きながら歌い始めた。
私が彼で彼があなたなら
あなたは私よね
ってことは私達は皆同じ
止めて、と、言って、ヴァイオリンを持っていた女の子が、ヴァイオリンを、ケースの中に戻した。
今日変だよ弥朝、と言いながら、その女の子は、ピアノの前に座っている女の子の、上気した顔を見詰めた。
これは好きな人が好きな曲なの、と、ピアノの前に座っている女の子は言った。
急に、視界が真っ暗になった。
背後で「ここまで」という声が聞こえた。
振り返ると、長い黒髪に、白いノースリーブワンピース姿の、私に似た、二十代半ばくらいの女の人が、微笑んで、こちらを見ていた。
「私はHaigha」
三月の朝に生まれたの、と、相手は言った。
私は七月に生まれたの、と言うと、文月ね、と言って、相手は微笑んだ。
何故ここは暗いの、と聞くと、相手は、「Just then flew down a monstrous crow」と言った。
何故あの二人は私と貴女に似てるの、と聞くと、相手は「Tweedledum and Tweedledee」と言った。友情をTweedledeeが壊してしまった、とHaighaは言った。
「カラスの化け物の名前は妊娠」
「妊娠?」
「アリスって名前の娘は生まれなかったわけ」
「え?」
Down,down,down.
気づいたら、何処かの、繁華街のアスファルトの上に立っていた。
ふと、上を見上げると、高い建物の上から、私に似た、制服姿の女の子が、垂直に落ちてきて。
私と、重なった。
私が彼で彼があなたなら
あなたは私よね
ってことは私達は皆同じ
Haighaが歌う声がしたので、また、後ろを振り返ると、真っ暗な中に、浮かび上がるように、白いノースリーブワンピース姿の、長い黒髪の女の人がいた。
「私達は置換可能」
妹なのよ、と、相手は言った。
急に、自分の背が低くなって、振袖を着ているような気がした。
ここは何処、と聞くと、相手は「赤の王の夢の中」と言った。
目覚めさせてあげる、と、相手は言った。
「捕まらないように」
何に捕まるの?と聞いたけど、貴女が捕まるわけじゃないの、と言われた。
「ほら、あそこ」
赤の王、は。
何処かで見た顔で、蹲って眠っていた。
…黒っぽい、着物姿だった。