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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
63/93

預かり物の謎:Down,down,down.

くすぐったいよ(くつばってぇずら)ふざけないで(あくされるなや)


 あの人は、今考えると、よく、『私』を触った。

 どこを触られたのかは、思い出せない。

 顔が多かったのは確かだ。

 あの人は『私』の『顔』が好きなのだ。

 あの人も、綺麗な顔をしていた。

 自分にも男の子がいる、と言っていたが、会ったことは無かった。


 あの人は『私』が(だる)くなるまで、『私』を描いた。


もう疲れたから(てきねぇで)いい加減(ええからんで)止めようよ(おかづわ)


(おら)知らないよ(しらかっちゃ)お父さんに(とっさに)叱られるから(ぐさられるでなぁ)


 父の名を出すと、あの人は、よく笑って、『私』を描くのを()めてくれた。

 明るくて、引き笑いをする人だった。

 何をされているのかも、何をする気なのかも、相手を自分が、どう考えているのかも分からなかった。


 何で、そんなに、『私』を描きたがるのかも。


 あの人から、『どこへ行く(どこいくだい)』と、よく、声を掛けられた。


 蔵だと言いたくなくて、そういう時は、走って逃げた。

 愉快そうな、引き笑いが、背後から聞こえるものだった。


 ()()()も、あの人は、私を驚かそうとしたんだと思う。


 子どもっぽい所のある、明るい人だった。

 私を驚かして、明るく笑うつもりだったんだと思う。

 あの引き笑いをして、私に、『ふざけないで(あくされるなや)うっとおしい(もーもーしー)』って、言われたかったのかもしれない。




 どういう関係だったのかは思い出せないし、どういう関係でもなかったんだと思う。


 ただ、きっと相手は、何か『私』と秘密を共有したくて、子どもっぽい行動に出てしまったんだと思う。


 嫌いではなかった。


 ただ、相手からどう思われているのか分からなかったし、相手も、自分が『私』を、どう考えているのかは、分からなかったのかもしれない。


 『私』を、どう考えていたか、なんて、気づかない(ほう)が良いのだ。

 ただ、『男の子の父親』で『絵を描くのが好き』であれば暮らしていけるのに、そんなことに気づく必要はない。


 あれは()()だった。


 『私』は、あの人のこと、何とも思っていない。

 でも、蔵に行かないと、どこに、あの子がいるのか分からない。


 どの蔵か分からない。

 どの『家』か分からない。


 蔵に行かないと、あの子と遊べない。


 泣いてるからねえさん(あんね)、って声掛けても、誰も聞こえない。

 大好きだから兄ちゃん(あにやい)、って声掛けても、抱っこしてくれない。


つまらないことを(かす)言うな(こくな)手を出すな(ちょびだすな)俺は(おら)こうするより他に(これよりゃ)仕方がないんだ(しょうがねえづら)


 お父さん(とっさ)兄ちゃん(あにやい)かわいそう(もーらしー)




 燃えてる。


 夜の火事は怖いよ。雷様(おかんだっつあま)(ほう)が良いよ。ピカピカで。まぶしい(ひどろってぇ)だけだもん。


 兄ちゃん(あにやい)かわいそう(もーらしー)


 あの子は、どこだろう。




 真っ暗だね。




 夜の火事が、赤くて。まぶしいだけじゃなくて、熱くて。

 あの子が、いない。






「もう寝る?茉莉花」


 優将が、ダイニングテーブルでウトウトしていた私に、声を掛けてきた。


「あ、休憩、終わり?聞く」


 また、抑揚(よくよう)の無い声で「皆、物好きねぇ」と優将は言った。


 高良は、既に、郷土資料を持って、さっきの位置にスタンバイ状態だったから、高良ほどじゃないけど、自分も、「物好き」って言われたら、否定は出来ないな、と思った。


 楽しい話じゃないことは確かなんだけど、眠気をおしても、聞いておかないと、って思っちゃって。


 優将は、ソファーの上で眠っている歴史さんを起こさないように、そっと、隣に座ると、翻訳(ほんやく)した内容が書かれた紙の束を(めく)った。


「まー、胸糞(むなくそ)。ですが、ここからが肝心(かんじん)ですよ」


 高良が「どういうこと?」と言った。


 優将は無表情で言った。


胸糞(むなくそ)悪いわー、とか、悲しいわー、って思うと、感情で目が(くも)って、要素が見えなくなっちゃうの。フラットに、ドライに見て行かないと、生きていけないでしょ。感情にどれだけ流されないか、って、大事なんです。今だけ、共感のスイッチを切りましょう。無理にとは言いませんけど。俺()、酷いことも言います。じゃ、まず、『サトさん』ですねー」


 高良が「そこから?」と言った。


 優将が「()()()()()でしょ」と言った。


「登場人物の中で、最後まで途中退場しなかったの、『サトさん』だけなのよ。で、何か、めっちゃ良い人じゃん、というか、『良い人に書かれてる』じゃん、『サトさん』って」


 高良が「あ」と言った。


「『良い人に書かれてる』のか、書いた奴の()()で」


「そーそー、少なくとも、書いた奴()『サトさん』を味方だと思ってるし、男の子と女の子が死んだのを悲しんでんのも、これを書いた奴と『サトさん』と『甲造さん』だけなのよ、出てくる限りでは。ちょっと、えっと。飯盛女(めしもりおんな)って?文脈的に、良い話じゃないね?」


 高良が、言い(にく)そうに「売春婦の場合()ある」と言った。

 ああ、…“commercial sex worker”ってことか。

 優将は「明言(めいげん)を避けて偉い」と言った。


「で、サトさんってのは、『(わけ)ありの(おんな)(やもめ)』なんだろうけど、これ、周りに知られてたのかね?」


 高良が「と言うと?」と言った。


「『元の生まれが良く、教養があるので、父が、妹の身の周りの世話をするように、女中として雇った』んだろ?没落したとは言っても、売春(ばいしゅん)(まが)いのことをさせられてた、って周りに知れ渡ってたら、娘の教育係に抜擢(ばってき)する?」


「あー、雇い主には白状した、くらいのことで、苦労人だ、とか吹聴(ふいちょう)してなかった可能性もあるのか」


 高良の言葉に、優将は「そういうこと」と言った。


「少なくとも売春(ばいしゅん)(まが)いのことをさせられてました、とは、自分からは言わなかったんじゃない?でも『父が手を付けないように、気に掛けていた』ってことは、まぁ、下働きに手を出した(よう)に、使用人には、そういうことをして良い、と思ってるおっさんだったか、『売春(ばいしゅん)(まが)いのこと』をしてたんだったら、手を付けても変わりあんめぇ、くらいの感じだったかも、と」


 私が「酷い」と言うと、優将は「俺()、酷いことも言います、って言ったでしょ」と言った。


売春(ばいしゅん)(まが)いのことをさせられても、馴染(なじ)みの客が一緒に逃げてくれて、そいつに死なれても、村の名士に『教養がある』って雇われ(かた)してる、ってことは、結構美人で、…字くらい、書けたのかもね、当時としては、結構凄かったんじゃないの?『サトさん』って。この後、どうなったかは書かれてないけど。考えようによっては、『サトさん』メインと言っても良いくらいじゃない?この本。…『サトさん』の生い立ちは、やたら書いてあるのよ、故郷の話とか。もう、書いた奴の父親の名前も、母親の名前も、父親の後妻の名前も、下働きの名前も、何なら、書いた本人の名前も書かれてないのに。『後妻』は、これを書いた奴の『義理の母親』で、『自慢の妹』を産んだ『母親』なのに、書かれ(かた)()()。下働きは、『弟』の『母親』なのに、書かれ(かた)()()()。自分の母親のことも()()としか書いてない。俺は…()()()()()だと思ったけど。『サトさん』って、『甲造さん』より、登場回数が多いのよ。…なんで()()()()書いたのかしらんけど、他のことは書いてないのに、『父親にサトさんとの仲を疑われて大変面倒』なことは、書いてあるのね…っていう。まー…、こんなんは、掘り下げても仕方ないから、流しましょ」




 高良は、キョトン、として、優将の指摘を聞いてる。




 …()()()()()、苦手なのかな。


 案外、『俺』という人も()()()だったのかも、()()()()()()は、読んでて受けなかったから。




 私が「はー」と言って感心すると、優将が「サクサクいきますよ」と言った。


「まー、あれね、『お(こう)さん』ね、次は。…意外に、この人って、情報が無いのよね。『俺』も、好きは好きなんだろうけど、何か、外から(たま)に来る人だからなのか。『俺』は、木曽から来る『お香さんの対応』をしてた、ってわけね。…父親が『お(こう)さん』の対応したのって、実は、『焼けたから返せなくなった』っていう時だけ…?で、『数えで十八歳』。適齢期(てきれいき)ってことかな?」


 高良が「そうかも」と言った。


「何なら男性の『数えで二十五歳』は、今の二十三歳から二十四歳。当時の男性の平均結婚年齢が二十五くらいだったから、これも適齢期だね」


「…あー、一番身近な、()()()()()()()ってことねー。で、『両親の名代で、来てくださる』ってのは結局、『美以(メソジスト)教会』に行ったついでに木曽から来てて、『様々なことを教えてくださる』って…()()()()としか、俺には読めないから、飛ばします」


 私が「そうだとしたら、ちょっと可哀想」と言うと、優将は「そう?」と言った。


()()になってくれたら、『預かり物』の宗教的な素晴らしさが分かって、()()()()()()()()()()()()と思ったら、『一緒に讃美歌(さんびか)を歌いましょう』とか『教会に行きませんか』くらい、言うでしょ~。親に言われて来てるんなら、尚更(なおさら)よ。『俺』も『蔵にあるもののために来てくれている』くらいは分かってんだから。ほら、『可哀想』とか共感してたら終わらないから、次」


 高良が「あのさ」と言った。


「子どもを守ってくれるかも、みたいな書かれ(かた)、してただろ、『預かり物』。あれって、どう思う?」


 優将は「どうって?」と言った。


「そのまんまじゃない?」


 高良は不思議そうに「()()()()()?」と言った。


 優将は「んー」と言った。


「…えーっと。じゃあ、言います。『蔵の中に神棚がある。子どもを守ってくれるのではないか、と思っている』。『蔵の中に仏像がある。子どもを守ってくれるのではないか、と思っている』。『蔵の中に御札がある。子どもを守ってくれるのではないか、と思っている』。どう?」


 高良が「あー」と言った。


 優将が「でしょ?」と言った。


「何か、取り敢えず『良い』物が置いてあったら、良いのよ。『悪い』物じゃなきゃ。『子どもに悪いことが起きるかも』とは書かないんじゃない?これだけじゃ、()()は分かんないのよ、別に。…もっと言えば『俺』が『預かり物』を見たことがある、とも、書かれてないのよ。『返せぬ()(さま)になったのであれば、捨てるなりすれば、と思うが』って、少なくとも『返せぬ()(さま)になった』とは確認してないっぽくない?」


 高良は「あー…」と言った。


()()()()掛かってたかも!そうだね、茉莉花さん、これ、フィルターかもしれないね。俺『マリア観音』のことだとばっかり。像になる時は、白衣(びゃくえ)観音(かんのん)の姿が元にされることが多いんだよ、子どもを守ってくれる。ああー、そうなんだ、そうかも」




 あ。


 …()()()落ちてきたのって…?




 私は、ぼんやりしかけてから、優将の声で、ハッとした。


「『返せぬ()(さま)になった』ってのも、変なのよ」


 高良は「血染めになったから返せない、ってやつ?」と言った。


 優将は「そうそう」と言った。


()()返せないのよ。大体、返す気なかったじゃん、『俺』が言うことが本当だったら。『父』にとっては単なる金蔓(かねづる)だったんだから、実物の状態がどうだろうと、のらりくらり、返さなきゃ良かったのに。見せなきゃ、状態なんて、バレやしないんだから。なのに、『血染めになったから』返せないって言い出してるじゃん。隣の火事で延焼して燃えてなくなった、とか、嘘ついてまで。しかも『血染め』になる()()って何?洗えば良くない?結果、綺麗になったんなら、『血染めになった』とか、相手に、わざわざ言わんでもいいでしょう。あとは…返すんだったら壊れていようが、血染めだろうが、サッサと返せばいいのよ。極秘で、幕末から明治の宗教(しゅうきょう)弾圧中(だんあつちゅう)に、多少の危険を伴いながらも預かってたんだから、相手も感謝してたろうし、賠償(ばいしょう)の義務もないでしょうに。何なら、『返せなくなった』っていう、()()()()()()()でしょ」


 …確かに。


 高良が「御手上げ」と言った。


「頭、回らなくなってきた。…ごめん、優将は、そのことについて、どう思ってるの?」


 優将が「ほらぁ」と言った。


「寝ないからですよ。睡眠不足でブロック遊びしようなんて、車作ってたらサグラダファミリアになっちゃってても可変(おか)しくないんだから。最低でも六時間は寝ましょう。…ま、それは、さて置き。飽くまでも俺の考えだけど。…『金蔓(かねづる)』から『金は貰わなくてもいいから返したくない物』に変わったってことよね、何かの切っ掛けで。『父』の弁を信じるなら、『血染め』になったから?…それか、『血染めになった』タイミングで、何かが判明した、とか」


 優将が「もっと言うと」と言った。


「『子ども達は、遊んでいる場所の真上に()()()()があるとは知らない。子どもを守ってくれるのではないか、と思っている』ってのも、()じゃない?」


 高良が「変?」と聞いた。


 優将が「思い出してみて」と言った。


「何かの拍子に、『(はり)から落ち』るような感じで隠されてるのよ。無造作、っつーか。…上見りゃ、見えないわけ?まー、暗い、とか、あるんだろうけど。ビャクエカンノン?みたいなのが、なんか、こう、見守ってくれてる感じで遊んでる場所の真上にあったら…気づかん?少なくとも、大人が真上を見ても分かんない感じで隠されてるけど、何かの拍子に、『(はり)から落ち』るくらいの隠され(かた)しかしてなかった、と。…じゃー、派手な見た目をしていないか、()しくは」




 あ。


 駄目。




 高良に「茉莉花さん?」と呼ばれた。


「顔が真っ青だよ、今日は、もう、止めよう?…優将、後は、俺の部屋で」


 優将が、「分かった」と言った。


 「うん」とだけ、返事した。


 もう寝た(ほう)が良い、って、自分でも分かった。


 明日は、瑠珠(ルージュ)に会って。

 …()()に戻って。

 友達のいる、『十七歳の私』に戻った(ほう)が、良いって。




 ()()()、落ちてきたのは。






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