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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
61/93

歴史さん:In fact it was an elephant.

 暫くして、優将が、ハッとした顔をした。


「…あっ。お前。…クッソ、やられた…。わざと()()()んだな?」


 高良が、困った顔をしたまま、「やっぱり()()なんだ」と言った。


「『霊障』なんて、冗談か例え話の(たぐい)だ、とは思わないんだな?()()()()()()だって、怖くは無かったのかもしれないけど、気にならなかったわけじゃないんだろ?本当は」


 ()()って、何のこと?()()()って?


 優将は、凄く珍しく、頭を抱えて、「スゲー」と言った。


()()()()()()()()()なんて、考えもしなかった。やっぱ頭良いわ、こいつ」


 ()()?…今、何が起きたの?


 高良は、不思議そうに言った。


「俺は、自分の頭が良いとか、思ったことないけど。…まぁ、()()は分かったよ」


 私と優将は、声を揃えて「え?」と言った。


「頭が良いと思ったことない、って言った?高良」


 私の言葉に、高良は「そりゃね」と言った。


「何を頑張ったって、両親の(ほう)が、頭が良いんだもん。親は追い越せないんだ、ってなったら、自分の手持ちのカードで生きていくしか無いじゃん。多少親に似てたって、勉強したって、大学教授以上のポジションにはいけないんだろうな、って思うから、何とか、やりたいことと、出来ることの折り合いをつけていくしかないんだよ。頭が良かったら、もっと要領良(ようりょうよ)くやれると思うんだけど」


 顔を上げた優将が、「待て待て待て」と言った。


「おかしいおかしい。フツー、大学教授にもなれねーのよ。てか、環境が悪いわ。親と比べても話になんねーから。フツーは、両親揃って大学に(つと)めねーのよ、あんまり。そりゃー両親、お前より頭が良いかも分からんが。お前が頭悪かったら、お前より成績悪い奴、どうなんのよ」


「俺は、成績と地頭(じあたま)の良さって、イコールじゃないと思ってるからさ。その…。調べたら分かることを沢山知ってること、それを覚えてるとか、そのことについての調べ(かた)が分かってる、とか、そういう、知識が多いことも、『記憶力が良い』『頭が良い』『お勉強ができる』と言うんだろうけど。そこからの発想力、とか、書いてないことを読み取る、ってね…。何か、『お勉強』プラスアルファが()るんだろうな、と。()()したら、その部分が何とかなる保証もないし。だから、自分は結局『お勉強』は好きな人間で、俺より頭が良い人っていうのは、きっと、出会えてないだけで沢山いるんだと思ってる。優将も、きっと、もっと頭の良い奴に会えるよ」


 優将は、聞いたこともないくらい高い声で、「どうかなー?」と言った。


 そうだね、まず『お勉強』が好きじゃない人の(ほう)が多いよ、多分。


 優将は、一呼吸おいてから、穏やかな声で、言った。


「会えたところで…そいつが『俺の話を聞いてくれる奴』かどうかは、別じゃん」


 あ。


 優将って、…高良のこと、大事な友達だって思ってるんだな、って、分かった。


 優将は、いつもの無表情に戻って、言った。


「お前のとーちゃん、お前のこと、自慢にしてて、見せびらかしたいんだと思うぞ。…()()()()()()()と、()()()()()、あるんだ」


 …へー。優将も、そういうこと言うんだ。誰かを『見せびらかしたい』なんてこと、あるのかぁ。


 高良は、ピンと来てない顔をして、言った。


「はー。まー、優将さんが、誰を『見せびらかしたい』のかは、一回置いておくとしてもだね。…本当に()()無いの?」


 何の話?


 優将も、「何の話?」と言った。


「お前のとーちゃん、お前の料理、自慢したいんだぜ。そんで、お前にしか分かんないような、難しいこと、わざと言って、お前が分かるのが、嬉しいんだよ。『分かってくれる』って。お前のとーちゃん、お前のこと、自慢で、頭が良いと思ってて、お前に甘えてて、お前が大好きなんだ」


 高良は複雑そうな顔をして「その話、思春期じゃなかったら素直に聞けたかもね」と言った。


 …ちょっと可笑(おか)しい。優しいばっかりじゃなくて、こういう顔して、人の話を素直に聞かなかったりもするんだ、高良って。




 優将は「まぁいいや」と言った。


「んで?『俺にしてない話』、してくれる気、あんの?」


 高良は、少し目を伏せて、「分かった」と言った。


「歯を磨いて寝る気でいたから、眼鏡、取っちゃったんだ。眼鏡、してくる。あ、やっぱ、手元用の眼鏡、良いよ。有難う、優将」


「おー。ネイビーのメタルフレーム、似合うと思ったんよ。縁無(ふちな)しも合ってたけど。()けて来い()けて来い」


「あ、そうだ、茉莉花さん、()(ぼし)(ばら)さんの連絡先、送っておいてくれる?俺の携帯に。で、…ホットミルクでも飲もうか、皆で。父親と電話で話した後だから休憩したいし…」


「あ、分かった」


 私は、携帯を操作して、すぐ、高良の連絡先に、瑞月の連絡先を送った。


 うわ、瑠珠(ルージュ)からメッセージ来てたー。あー、「明日会おう」か。台風だから心配してくれたんだ。

 …うー。ごめん、瑠珠(ルージュ)。高良に、瑞月の連絡先、教えるね…。



 優将が、目を(しばた)かせて、言った。


「…そんな疲れんの?とーちゃんと電話すんの。てか、そんなに親と長電話出来んのがスゲーのよ、もう」


「あれは…電話という機能を利用した、講義なのよ、もう。疲労で脳が糖分を欲してる…。俺も、ホットミルクに、蜂蜜、入れよ…」




 高良は「ああ、そうだ」と言って、キッチンに向かって、蜂蜜を二つ出してくれた。


「夕飯前に飲んだホットミルクに入れてもらったのは、頂き物のアルゼンチン産純粋蜂蜜(じゅんすいはちみつ)。こっちは、元々家にあった、ウクライナ産の純粋(じゅんすい)ひまわり蜂蜜(はちみつ)。試してみる?」


「…わー、色が、違う?」


 高良は、優しく笑って「違う花の蜜なんだよ」と言ってくれた。


向日葵(ひまわり)の花の蜜なんだって。色が濃いよね?後味が、オレンジみたいな味がする気がするんだ。華やかな酸味?が残ると言うか」


 優将が、「へー」と言って、興味深そうに、高良の傍に寄って行った。

 優将の(ほう)が、少しだけ背が高いのに、高良より随分、子どもみたいに見えて、可笑(おか)しくなった。


「オモロー、蜂蜜だけで喰う、今」


 高良が「くまのプーさんみたい」と言って、少しだけ意地悪そうに微笑みながら、ティースプーンを二つ出してくれた。


 あ、私にも、試させてくれるのかな。…ちょっと、嬉しい。『仲間外れ』ってわけじゃないけど、『一緒』って、なんか、良いな。


 私も、歴史(つねふみ)さんを抱いたまま、ソファーから立ち上がって、キッチンに向かった。


 …でも、この、高良の『ちょっと悪そう』な笑い、初めて見たけど、優しい笑顔より、女の子には、ヤバいかも、ギャップも含めて。優しい人が、一瞬だけ言うワガママ?あー、それこそ、優しい甘さ中の、ほんの少しだけの酸味みたいな、何とも言えない、味、と言うか。ちょっと、色気?


 …本人、分かってないんだろうなー。


 優将は、珍しく、少しだけ口を(とが)らせて「誰がクマだよ、ウサギー」と言った。高良が「ちょと、()めてよ、優将さん…」と言った。


 仲良いんだな、と思って、笑いそうになったけど、我慢した。


「何だよー、じゃ、何の動物なら良いんだよー。お前、さっき、ちょっと悪い笑いしてる時、ケープハイラックスに似てたぞー」


 …ケープハイラックスって(なに)


 でも高良は、瞳を輝かせて言った。


「えー、ケープハイラックス知ってるの?よっぽどじゃない?わー、そんなに動物好きなら、言ってよ、もー」


 …えー?


 困惑する私を他所(よそ)に、抱いてる歴史(つねふみ)さんが、寝息を立て始めた。


 優将は、ちょっと得意げに「おう」と言った。


「ケープハイラックスを見つけるまでは、クアッカワラビー()しだったんだけどな。…あいつは、最近、知名度が上がって来ちまったから…。ケープハイラックスの(ほう)()していかないと。ああ見えて(がけ)(のぼ)りが得意、とか、理解されてなくて、(おり)から逃げ出したりしてたからな…」


 高良が「わっかるぅ」と言って、両手で顔を(おお)った。


 私、クアッカワラビーも、分かんない…。


「そぉーうなんだよぉ、優将。ケープハイラックス、ネズミっぽい見た目なのに、イワダヌキ目、イワダヌキ科、ハイラックス属の一種で、ああ見えて…」


 優将と高良が、声を揃えて「ゾウの仲間なんだよな」と言った。


 …全っ然分かんない。


 顔を上げた高良が、左手で口元を(おお)って、言った。


「ネズミっぽいのにゾウの仲間で、ゾウの仲間なのに(がけ)(のぼ)りが得意で…」


 優将が「分かるわー」と言った。


「そんで、『イワダヌキ目』なんだよな…。もう、お前は、ネズミなのか、タヌキなのか、ゾウなのか、と」


「たまんないよねー」と高良が言った。


「もう、あの、(わけ)()かんなさと、笑顔がクアッカワラビーと比べると悪いとこも含めて、(くる)おしいほど好き…」


 優将が、うんうん、と(うなず)くので、私は、思わず、『何とかハイラックス』を画像検索した。


「えっと、…これ?」


 私が、片手で歴史さんを抱きながら、携帯の画面を、二人に差し出した。画面を覗きこんだ高良は、近眼らしく、目を細めた。


「ああー、茉莉花さん、残念、これは、キボシイワハイラックス」


 優将も、「()しい」と言った。


「顔が、ちょっと違うんよね…。背中の色も。キボシイワハイラックスも可愛いは可愛いんだけど、可愛いだけが理由で()してるわけじゃないから…」


 何が()しいのかも分かんない。


 高良は、優将の(ほう)を向いて、嬉しそうに言った。


「ね、キボシイワハイラックスも良いけどね…。骨格がサイに近いんだって、知ってた?」


「えー、知らんかった!」


 そんなに盛り上がれる?この話題。



 …あ。



 気付いちゃった。


 優将と慧が、こういう感じの盛り上がり(かた)してるの、見たことない。


 あー、()()だったんだ。


 やっぱり私って、随分、フィルター厚めの現実見てて、()()()()()()()()があるんだな、って思った。




 この二人()友達なんだ。




 優将が、蜂蜜を一口、ティースプーンで食べて「おお」と言った。

 私も、携帯電話を、対面式キッチンの境に置いて、高良から、(ひと)(さじ)蜂蜜(はちみつ)を貰って、口に含んだ。


「わー。…不思議。本当だ、蜂蜜なのに、オレンジみたい…。美味しい」


「そうそう、美味しいけど、ホットミルクより、パンとかの(ほう)が合うかと思ってたんだ。でも、今度は、こっちでホットミルク、作ってみようね」


 高良が、優将に向かって、微笑みながら「美味しいでしょ」と言うと、優将が「んー」と言った。




 ずっと、こういう時間が続けばいいのに、と思った。




 …本当は、自分でも、ちょっと、分かってる。


 台風で、怖かったのに、『彼氏』に連絡、してない。


 『彼氏』の(そば)が、安心できる、安全な、落ち着く、()の時の避難場所じゃないってこと、気づいちゃってる。


 そういう関係性だって、あって良いんだろうとは思うんだけど。


 今、『楽しい』。


『しっくり来てる』。




 じゃあ、『彼氏』の意味って、何なんだろう、って。




 高良が眼鏡を取りに行ってる間、珍しく、優将が、少しだけ怒った顔で、こっちを見てきた。


「お前、怖がって、自分が傷付くのに、何で、他人を助けようとするんだ」


「…優将」


「自分が危ないかもしれないのに、何で、他人を助けるんだ?『怖い思い』したんじゃないのかよ。何で、首、突っ込む、わざわざ」


「わ、…分かんない。…でも、高良が困ってるって知っちゃったら…。困ってるって知ってるのに、一人で、怖い思いしてるのに、何にもしないでいたら。…多分、その(ほう)が、苦しかったと思うから。…助けられもしない(くせ)に、って、自分でも、思ってるけど。そりゃ、もっと、他に、困ってる人、沢山、いるんだろうけど。知っちゃったんだもん、高良が困ってるって。…一人ぼっちで、やらせたくなくて、何か。困ってるんだったら、って」


 言いながら、泣いてしまった私に、優将は、背を向けて、小さい声で「お人好し」と言った。


 すると、急に、眠っていたはずの歴史(つねふみ)さんが、起きて、優将に、ウー、と言った。


 優将が「あれ?」と言うと、高良が戻ってきた。


「え?何、どうしたの?珍しい。歴史さんが(うな)ってる」


 優将が「分からん」と言った。


 私の泣き顔を見て、高良が「ははぁ」と言った。


「泣かすな、って言ってるよ。茉莉花さんを、叱るな、って」


 優将が「()(ぎぬ)だ」と言った。


 私は、その、優将の、ちょっと焦った顔が可笑(おか)しくて、笑ってしまった。


 高良も、笑って、言った。


「雰囲気は分かるんだよ。でも、言葉が完全に分かるわけじゃないから、歴史(つねふみ)さんは、茉莉花さんが叱られて、泣かされたって解釈してるんだな。ふふ、歴史(つねふみ)さん、すっかり、()っこ(けん)だね」


 高良は、そう言って、私の手から、歴史(つねふみ)さんを抱き取ってくれた。


 ああ、静かに話すな、と思った。


 歴史(つねふみ)さんは、すっかり落ち着いて、高良の顔を、ペロッと舐めた。


 高良は、微笑むと「はい、仲直り」と言って、優将に、歴史(つねふみ)さんを抱かせた。


 優将は、「むー」と言ってから、歴史(つねふみ)さんの顔に、頬を寄せた。


 歴史(つねふみ)さんは、優将の頬を(ひと)()めした。


 『仲直り』が終わったんだな、と思って、私も、涙を拭って、微笑んだ。


 静かだ。


 ここは、喧嘩も、腹を立ててることも、こうして、静かに、穏やかになって、仲直りして終わる場所なんだ、と思った。


 外で、どんなに風が吹いてても。




人懐(ひとなつ)っこい子だねー。こんなに抱かせてくれる子、初めて」


 私の言葉に「あんま()えねーしな」と優将も同意した。


 高良は、優しい声で言った。


「そうだね。ただ、こんな小さい子でも、犬の鳴き声には、魔除けの効果が有るみたいだから。今日は、茉莉花さん、歴史(つねふみ)さんとリビングで寝てね。歴史(つねふみ)さん、御客さんを御守りするんだよ」


 こちらに背を向けた優将の肩口から見える歴史(つねふみ)さんの顔は、笑ってるように見える。


 わー。


 …こんな、小さいのに。確かに、いてくれるのと、いないのとじゃ、全然、違う気がするんだもん。守ってくれてるのかも。さっきも、本当に優将に『叱るな』って言ってくれてたのかも。


 …泣きそう。

 こんなに、小さいのに、守ってくれようとしてるんだってことが。




 …そうだね。助けきることが出来ないからって、全然助けないのって、()()()、違うかも。助ける気があるのと、ないのとじゃ、やっぱり、違うかも。


 だって、こんな、小さい存在が、こっちを(かば)ってくれる気があるんだって思うだけで、こんなに、泣きそうな気持になるんだから。


 やっぱり…、今後も、誰か困ってたら、あんまり、後先(あとさき)考えずに、助けちゃうのかもしれないけど、『それが自分だ』って、ことなのかもしれない。


 優将が、ハッとした顔をして、こちらを見た。


「…一人に()()(なつ)かねぇのは、何でなんだ?いじめられたわけでもねぇのに」


 高良が「え」と言った。


「それは…偶々(たまたま)じゃない?この子にだって、好き嫌い、あるだろうし。…あっ」


 優将と高良が、顔を見合わせた。


 優将が「そうなんだよ」と言った。


()()()、いや、あの()、誰に会った?」


 高良は「それは…」と言った。


 何の話なんだろう、と思ったけど、高良に「茉莉花さん」って言われたから、思わず「はい」って、言っちゃった。


「ホットミルク、お願いして、良いかな…。俺は、優将に説明する準備、する。…あ、怖がらせちゃうよね。いいや、ホットミルク飲んだ後、優将と俺だけで」


「だ、大丈夫、私も、聞く。ホットミルクも、作るから、()()が良い、三人で」


 優将が、呆れた(よう)に「しゃしゃんなってー」と言った。

 でも、「怖がってた(くせ)にー」と優将が続けると、優将に抱かれている歴史(つねふみ)さんが、また、ウーと言ったので、「…悪かったよ」と言った。


 私と高良は、顔を見合わせて、笑ってしまった。


 ああ、そうなんだ、やっぱり、守ってくれるんだ。


 一緒にいられる時間は、沢山抱っこしたいな、って思った。


 夜、一緒に眠れるなんて、幸せなんだな、と、思った。






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