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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
57/93

翻訳: For it's all in some language I don't know.

 お(こう)さんが来た。今日は快晴である。諸々のことを教わる。内緒だ、と言って、讃美歌(さんびか)を歌ってくれた。短い歌だから、俺にも歌うように勧めてくる。男の子は、それを聞いて、面白そうに寄っていく。俺に(なつ)いているので、お香さんの対応をする時にも、ついてきてしまうのだ。女の子は、お香さんに(なつ)いた。お香さんも、可愛いと言っている。父の恥かきっ子だが、自慢の妹である。




 ―お香さん、顔が見えないけど。『妹』は…茉莉花さん、そっくりだな。




 父は、そうは思っていない。Sから貰った後妻の子だが、後妻が死んでから、それほど可愛がっていない。父は、後妻と同じ時期に、後妻が連れてきた、若い下働きの女にも手を付けて、男の子を生ませた。女の子と男の子とは、同い年の姉弟だが、下働きの女に生ませた男の子は、同じ屋敷の中で、下働きの女に育てさせて、そんなわけだから、男の子は、自分のことを、父の子だとは知らない。その存在を(はばか)るように、家では、男の子、女の子、と呼んでいる。正妻の生んだ、長男の自分ばかり大事にされている家で、そういうことが当たり前に育ったが、妹も弟も、自分に(なつ)いているので、最近、あまり()い風に思っていない。




 ―『父』がSから来た下働きに、生ませた子。…優将そっくり。




 Oの景色を誇りに思っている。堀屋敷からの屋敷林が、村全体を覆うように生えていて、遠くから、それが、田圃の中に浮かぶ城のように見える、と(ただ)さんに言うと、(よし)()さんの言うことは学があって詩的だと言われる。

 (ただ)さんは、村の中に入ってしまえば、開放的で、何も無いように思えると言う。

 石工の次男坊、他所(よそ)で、西洋の遠近法を習ったそうである。明るい人柄、碌山(ろくざん)の知り合いだなどと(うそぶ)くが、真偽は分からない。渡仏したいなどと、よく冗談を言う。




 ―碌山(ろくざん)荻原碌山(おぎわらろくざん)かな。美術館もあるくらいの画家。確か、明治の人だ。




 若く見えるが年嵩(としかさ)。長男が死んだので、所帯を持って、石工を継いでいる。出稼ぎと称して、各地を見た、などと言うので、話を聞くのが面白い。




 ―うわ。笑うと糸目になるイケメン。目も鼻も口も立体的で大きいけど、横に広い、一重の目だから、笑うと、線だけで描けるような、直線的な印象の顔立ちになる。和風、というか。どの時代にいても、ある程度、綺麗、って思われる感じの顔だな。でも、ちょっと悪い顔して笑う時の色気がエグい。…見たことないけど、見たことあるような、不思議な系統の顔だな。背は高いし。…どこで見たんだ?




 男の子は、自分の女の子が姉弟であることを知らない。そうは言っても、仲が良過ぎるので、後々、困ったことになるかもしれないから、いつかは教えてやるべきだろうか、と、迷っている。




 お香さんから、今日も、土産を頂いた。数えで十八歳だと聞いている。勤勉にして清らかで、親孝行なので、こうして、両親の名代で、来てくださるのである。

 様々なことを教えてくださる。日ごとに興味が増していく。自分も教会に行ってみたいような気がする。

 蔵にあるもののために来てくれているのは分かっている。預かってから長い。返す当てもない。子ども達は、遊んでいる場所の真上に()()()()があるとは知らない。子どもを守ってくれるのではないか、と思っている。




 ―()()()()が、『子どもを守ってくれるのではないか』と思えるってことは、…()()なんだろうな。




 男の子と女の子は、蔵の中で一緒に遊ぶことが多い。同じ家に住んでいるが、父が、二人が一緒にいるのを好まないので、隠れて遊んでいるのである。だから、二人が蔵で遊んでいることを知るのは、自分だけである。周りは、女の子が一人で蔵にいるところに、俺が(たま)に様子を見に行っているのだと思っている。父は、お香さんの弟に女の子を嫁がせる気だ。気は合わないらしいので、組み合わせとして、自分は()いとは思わない。父は、ただ、あの家との(つな)ぎに、妹を使う気でいるのである。お香さんの弟は、お香さんにべったりの甘えたで、俺のことも好かないし、親の名代で、木曽から、わざわざ、姉がOに来ることも、気に入っていない。時々ついてくるが、遠いので、泣きべそをかいている。男の子とは、気が合わぬでもないようだが、男の子が、頭が良いから遊んでやっているだけ、と感じる。男女七歳にして席を同じうせずとは言うが、皆、就学前なので、それでも、このように差があることかと、我が弟ながら、賢さに舌を巻くこともある。




 ―『就学前』。六歳くらい、ってことかな。明治三十三年に小学校令が公布されてる。やっぱり明治の話なのかな。




 父は、女の子に振袖を(あつら)える。本当に、愛らしい、自慢の妹なのだが、父も、そればかりは自慢にしていて、男の子の着物は、ほとんど気に掛けてやらないのに、女の子は、晴れ着をやって、女中に(くし)(けず)らせて、(からす)の濡れ羽色の髪を美しく、切り揃えさせている。見せびらかしたい道楽と、お香さんの弟へ嫁に勧める為の工作だが、相手が興味を示さないので、無為(むい)に終わっている。なんの、幼い子等(こら)のこと、着飾らせて、互いの目に()まる、ということは、まだなかろうと思う。気が早い。




 ―相変わらず、お香さんの顔は分からないけど。…弟、ってのは、…慧に似てるな…。




 あんまり妹が蔵で遊ぶので、サトさんが、お倉坊主であるようだ、と言う。サトさんの郷里に聞く、子どもの妖怪なのだという。男の子のことを教えないで、蔵で、内緒で一緒に遊ばせていれば、そういう風に言われるのだろう。

 サトさんは、道祖神(どうそじん)のことが分からない。自分の里で道祖神(どうそじん)と言えば、丸い石なのだ、と言う。うちの妹が美しい顔をしているので、Oにある道祖神(どうそじん)の像に似ていると言う。自慢の妹である。




 サトさんは、苦労人である。家が没落して、宿場町にて、飯盛女(めしもりおんな)(まが)いのことをさせられていたのを、馴染みの客とOに逃げてきて、所帯を持ったが、早死にされた。(わけ)ありの(おんな)(やもめ)だが、元の生まれが良く、教養があるので、父が、妹の身の周りの世話をするように、女中として雇った。父が手を付けないように、気に掛けていたら、父からサトさんとの仲を疑われるようになった。大変面倒である。




 分家の(こう)(ぞう)さん、大変子ども好きである。自分も子持ちだが、男の子のことも、女の子のことも、気に掛けてくれる。甲蔵さんとサトさんばかりは、ツネと(ふみ)()のことを、ツネちゃん、フミちゃん、と呼んでくれる。

 (ふみ)()、我が家の次男なので、父が、情け深い名付け親ぶって、名前ばかりは立派にしてやって、男の子、などと呼んで、長男の俺に、もしものことがあった時の跡取りとして、本人にも、親だなどとは教えず、屋敷で飼っている。ちゃんと学校にやってやりたいくらい頭が良い。お香さんの歌う歌も、すぐ覚えてしまった。他所(よそ)では歌うなと教えるが、子どもだから、冷や冷やする。美以(メソヂスト)教会の大事な歌と教えても、分かるだろうか。




 ―ああ、着流しに襷掛(たすきが)け。優しそうな、甲蔵さん。親戚なのか。




 数えで二十五歳になった。そろそろ嫁取りだと言われる。学校も出してもらったから、なにか文句が言える(わけ)でも無い。お香さんが、また、来る。蔵にあるものを返してあげたいと思っている。




 ―『蔵にあるもの』。




 父は証文を取って、預かり物をしているし、預かり(ちん)も取っているらしい。()()()()を当時預かるからには、相応の対価を、と考えたのであろうが、時代が時代である。もう、うちが預からずとも、と思っているし、相手も、返してほしいから来るのだろう。父は、返す気が無く、金だけ欲しいから、(たい)して可愛がってもいない妹を嫁にくれてやって、(つな)ぎにして、ずっと金を引き出そうと考えているのだろう。()()()()()()()だから、金を出し続けるのであろうので、相手にしても気の毒な話である。


 返せば、お香さんは、もうOに来ないであろう。

 ()()()()のため、美以(メソヂスト)教会の集会ついでに、寄ってくれているだけである。木曽は遠い。


 数えで十八とあれば、そろそろ相手も嫁入りである。(えん)がなかったのだろうと思う。




 父は名士である。(ふで)(づか)など建ててもらっているが、実際は、このような()(さま)である。外面(そとづら)が良いから、あまり知られていない。お香さんの両親も、この顔に(だま)されて、()()()()()()()を預けてしまったのだと思う。




 ―()()()()()()()。そして。


 ―『(ふで)(づか)』。


 ―柳澤品弥(やなぎさわただひろ)作。明治24年(1891)建立(こんりゅう)




 (ただ)さん、女の子を素描(そびょう)する。度々(たびたび)、素描するが、女の子は、それほど喜んでいない。像を作る時の見本にしたいのだと言う。確かに美しい妹だが、あまり喜んでいないので、満七歳の頃には、遠慮させてもらおうかと考えている。(ただ)さん、男の子の(ほう)は、目に入っていない。単に、身分低い、下働きの子だと思っているのだろう。素描の時には、一緒に遊べないので、男の子も、女の子も、あまり喜んでいない。




 ―素描(スケッチ)。未就学児の女児を、ずっと?そんで、男の子には目がいってない、って。…え、大丈夫なのか、これ。




 臥雲(がうん)氏逝去の知らせ。(しん)の名士と思う。




 ―臥雲がうん辰致(たっち)のことかな?




 蔵の(はり)から、預かり物が落ちた。頭に当たって妹が死んだ。預かり物が血染めになったので、返せなくなったと父が言う。




 ―えっ。




 夏に近所で火事があった。これ幸いと、父が、女の子と証文を、便乗(びんじょう)して焼いた。せめてもの供養にか、振袖まで焼いてやった。




 ―あっ。『明治34年(1901)、南の民家の火災の火焔を受け、損傷している。』…まさか。




 男の子は、女の子が死んだのを知らない。焼くまで、亡骸(なきがら)を父が隠していたからである。ずっと探していると、父が、お前の姉は山へ行った、と嘘を言った。

 姉だと知らなかったのも手伝ってか、山に探しに行ったのか、男の子もいなくなった。父が、男の子の火遊びのせいでの火災、ということにした。自分の子だなどと公表していないから、出来ることである。責めを負って、下働きだった母親はSに帰された。(すで)に身寄りなど無いから、野垂れ死ぬだろう。




 ―そんな。




 火災の後から、小さい骨が出た。当たり前である。妹のものであろう、振袖の切れ端が出たので、周りが、その骨だろうと言う。夏に自分で振袖を着ている(わけ)はないのに、誰も疑わないのが腹立たしい。

 男の子が火付けをしたことになっていて、女の子もいなくなっているから、身分違いの心中(しんじゅう)か、などと言い出される。そんな年頃ではなかろうと俺が言っても、一度噂が立つと尾鰭(おひれ)がつく。




 ―嗚呼。




 近所で、小さい子を見た、という噂が立つようになる。男の子だとも、いいや女の子だとも、男女だった、とも言われて、はっきりしない。蔵や戸口の周りで、うろうろする姿を見るのだと言う。きっと、家に入れてほしいのだ、と、誰かが言い出した。




 男の子がまだ、生きているのでは、と思い、合間を縫って、山へ探しに行くが、見つからない。父は、男の子を探されるのを嫌がる。




 あまりも噂が立つと、父も、居心地が悪そうである。(ただ)さんが、提案してきたので、父が従う。他所(よそ)で、そういう絵馬を見たので、死んだ後で、あの世で結婚させてやったらいいと、(ただ)さんが、素描を元に、男の子と女の子が抱き合っている石像を彫った。仕事が早い。道祖神(どうそじん)に、そっくりである。新盆(にいぼん)の頃、出来上がって、蔵の前に置く。

 供養になるのだろうが、良い気持ちはしなかったようで、父は、妹が死んだ蔵の前に、それを置いているのを、余所者(よそもの)に見られるのを嫌がった。

 周りも、像が出来てから、家に入れてほしがる子どもが出なくなった、と言い出した。

 哀れに思ってか、像に話し掛ける人もいる。特にサトさん。

 男の子が死んだのではないか、と、気が気ではない。山へ探しに行く日を増やすが、成果は無い。骨なりと見付けてやらねば、と思うが、三ヶ月経った。




 ―『あの世で結婚させてやったらいい』?冥界婚(めいかいこん)みたいな発想か?『ムサカリ絵馬(えま)』みたいな。




 ―え、『双体(そうたい)祝言像(しゅうげんぞう)』?じゃ、ないじゃないか。()()()ではない。




 お香さん泣き伏す。父、火災で預かり物が焼けたから返せぬ、と、傍目(はため)にも明らかな嘘を言う。証文も焼いて、周りにも秘密だったから、()()()()()()というのに知られておらず、嘘八百。(かば)おうとして父に殴られる。




 返せぬ()(さま)になったのであれば、捨てるなりすれば、と思うが、(たた)りでもあると思ってか、仕舞い込んでいるばかり、ほとほと(あき)れる。




 ―()()()()()()




 サトさん、ずっと、泣いて、妹を懐かしむ。甲蔵さん、男の子を(かば)うが、皆、父を信じて、火付けと心中(しんじゅう)の犯人として扱う。




 ―ここからは、()()()()()()()話。




 ツネ、七月に死亡。

 (ふみ)()は賢くて、二ヶ月は山で生きていたが、『俺』に見つけられることなく死亡。

 十月、(ふみ)()を探して、山で『俺』は、滑落(かつらく)して『享年二十五歳』。

 本家の跡取りが二人共失踪。

 『父』は、分家の甲蔵さんに本家を継いでもらおうとしたが、父の冊緒(ふみを)の扱いに立腹していた甲蔵さんは、それを断って、Oを出てしまう。

 別の分家の人間が『降籏(ふるはた)家』を継いだ。


 『俺』は『降籏(ふるはた)(よし)()』。『享年二十五歳』。







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