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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
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郷土資料:Then unrolled the local materials, and read as follows.

 自室に戻ると、真っ暗な部屋の中で、ロフトの下のウォールライトだけが付いていて、そこに優将がいた。


 甚平姿だから、一瞬、着物の子かと思ったが、身長が全然違ったので、ホッとした。



 座敷童と似てるのに、やっぱり、優将は怖くないんだよな。



「あ、高良。エミちゃん、寝たぞ」


「エミちゃんって」


 優将の小声の報告に、思わず吹き出してしまいながら、俺も、ロフトの下に行って、優将の(そば)に座った。


「いや、エミー…ル?なんか、『エ』にアクセントあって『エ㍉ル』みたいな発音で…口が回らんから、結構頑張ったんだけど、…エミちゃんで承諾(しょうだく)してもらったわ…。高良にも笑われたー」


 高良()()、って。

 ちょっと可笑(おか)しい。


「優将、意外。そういうの苦手なんて」


「いや、お前。短時間でフランス語の人名の発音習得しろって。しかも夜中に。どんな無理ゲーよ。後は何か、ロフトでプロテインの話してたら、エミちゃんが寝ちゃったわ」


「…プロテインの話、してたの?」


 優将さんの話題の広さ、舌を巻くよね。

 感服(かんぷく)


「あー、聞いたらさ、通ってるジムが同じだったんよ。ここの駅から徒歩三分。ほら、俺、学校帰りに途中下車すれば、行きたい時を選んで通えるから。そんで、エミちゃん、グロング飲んでるって言うから」


「…待って待って。…ジム行ってるの?貴方(あなた)(たち)…」


 美形とイケメンの情報量多いな。


「俺は、ほら、あんま、家にいたくないからさ。今日も、泊めてもらって、マジ助かったんだけど。エミちゃんは、向こうだと、クラブとか行く前に、ジム行くのが習慣だったらしくて。嫌なことは運動で発散してるってさ。ほら、うち、強豪(きょうごう)の部活多過ぎて、運動系の部活に、逆に、気軽に入り(にく)いし。ジムなら、好きな時間に好きなだけ運動できるから」


 え?油物が苦手で、空き時間、ジムに行ってて、プロテイン飲んでるの?優将さん。


 …何それ、美形に美を足し算していくことにしかならない習慣じゃん…。『ウサギと亀』のウサギが寝なかった感じの努力じゃん…。


 Émile(エミール)もかー。

 いや、イケメンを()めてたわけではないですが。

 そんな努力を自然にされてたら、(うらや)(ほう)的外(まとはず)れ、って気がしてきた。


 (ねた)むなら、自分も、腹筋くらい習慣にしろってことかもな…。


 あと『向こうだと、クラブとか行く前に、ジム行くのが習慣だった』って言葉から受けたカルチャーショックがデカい。


 まず『向こうのクラブ』ってのと『クラブ行くんだ』ってのと、『ジム行ってからクラブ行くんだ』ってのが、もう。

 文節ごとに言葉が脳を殴ってくる感じ。

 パンチドランカーになりそう。


「あー、そだ、写真貰った」


「何の?」


「エミちゃんの自転車の。俺、充電ないから、高良の携帯に送ってもらった。見てみ?」


 友達の携帯の使い(かた)、どうなの?

 だから、充電器貸すって言ったのに。


「え…。ロード?…ビアンキ?これ。あー、白で、サイクルウェアと色揃ってるんだ」


 え、格好(かっこ)()


 マジかー、自転車乗りだったんですか、Émile(エミール)さん。


 意味分からんくらいスタイル良いな。


 …何で携帯に、『茉莉花さんの彼氏』の格好(かっこ)()い写真が送られてくるんだ…?

 格好(かっこ)()いのと同じ(ぶん)だけ意味分(いみわ)からんのだが。


「そうそう、ツール・ド・フランス見に行くくらいには好きなんだって。フランスのねーちゃんちに一台、黒のカーボンフレームのやつ置いてて。あと、アメリカの親のとこに一台と、普通の街乗り用のクロスバイク置いてきたんだって。だから、日本に来てから乗ってないって言ってた。で、エミちゃんが、自転車が好きだから、って、フランスのねーちゃんが、こっちの友達に連絡してくれて、余ってたフェラーリの折り畳み自転車を」


「…待って、金持ちエピソードが、雪崩(なだれ)みたいなんだけど…。ロード二台と?え?あー…そういう買い(かた)するから『自転車が余る』のか…?」


 日本語は分かるけど『自転車が余る』っていう言葉が、(すで)に、全然頭に入って来ない。


 『茉莉花さんの彼氏』のジムと自転車の情報が、全っ然処理できない。


 …優将さんって、『茉莉花さんの彼氏』とも、普通に接するの、ホント…偉いよな。


 二人きりでも、何か、共通の話題探して盛り上がって、どんなエピソード聞いても話を合わせて、(ねた)んでもないんでしょ?

 俺だって、Émile(エミール)冷遇(れいぐう)してるつもりも無いけれども。


「…優将って、あんまり…人と喧嘩しなくて、偉いよな」


「んー?どした?急に。親に思いっ切りババァとか言ってるとこ見てるのに、そう言ってくれるなんて、お前も偉いけど」


「…あれは、正当な怒りを感じたし。何て言うか。(あお)るようなこと言っても、キッチリ相手の怒りを収めてから引くし、自分からは突っかからないよな。そういうところ、良いと思う」


「あら、そー?…んー、飽きてんのかもね」


「飽き?」


「身内で一生分(いっしょうぶん)()めたから、もう、他所(よそ)ではいいや、って」


 …コメントし(づれ)ぇー。

 でも、達観(たっかん)してて偉い。


「いやー、良いんよ、家が嫌なんだったら、いなきゃいいし。嫌な場所にずっといて、不機嫌に暮らす必要もないし。世界が一個だとしんどいよ?ジム行ったら、ジムの知り合い出来て。行ってないけど、塾行きゃ、塾の知り合い出来て。なんか、小さい世界をいくつか持っといて、学校しんどくなったらジム行く、とか。なんか、乗り切れば良いじゃん。あとは時間が解決よ。強いフリして突っかかっても、疲れるだけで、フリは結局フリだから、強くもないし。ま、筋肉は裏切らないらしいから、(きた)えたきゃ(きた)えれば、得はしても、損はしないし?その時々(ときどき)で、気分が楽な(ほう)に行ってさ。わざわざ()めんでも、何とか生きていけるって」


「あー、…不機嫌に過ごさないようにする、ってのは、ホント、偉い…」


 結局、『この人間には不機嫌に接しても良い』という、甘えが、不機嫌ハラスメント(フキハラ)に繋がるんだろうしな。

 なるべく他人に、そういう甘え(かた)をしないようにするためにも、不機嫌に過ごさないようにする、っていうのは、偉いと思う。


 前、『俺が(つら)かった時に、コタツでテレビ観て、暢気(のんき)にミカン喰ってた奴、全員死ね』って、言ってたけどさ。他人のことを、『皆が自分と同じ痛みを味わえばいい』みたいな感じに、優将が傷付けてるところを、見たことは無いんだよな。


 結局、翻訳(ほんやく)とか、いろいろ、手伝ってもらっちゃって。


「そーそー、不機嫌に過ごさんでもいいし、わざわざ自分が不機嫌だって他人に示して、喧嘩せんでも。面白いことは、何かしらあるでしょ。今日だって、エミちゃんの自転車の話、聞けたじゃん。そういうのは、本当にオモロいと思ってるよ。…あんま、ツール・ド・フランス見に行った奴の話、とかも、実際には聞けん気がするし…」


 …そっか。


「やっぱ、偉いなって、思った…。自分を大きく見せようとしないし」


 この人、自分の善行(ぜんこう)を他人に(なす)り付けたりするからな。承認(しょうにん)欲求(よっきゅう)とか、どうなってんだろ。彼女いるとか、ジム行ってる、とかも、わざわざ、自分からは言わないもんな。


「そ?あ、そーいや、すげーな、かーちゃん。同じ顔だった」


「…よく言われる…」


 優将が、クスクス笑った。

 無表情でいる時間が少なくなったな、と思うと。

 ちょっと嬉しい気がした。


「で?…かーちゃんに聞いた?」


「うん…」


「…何で泣くん?」


 茉莉花さんのお父さんが、瑞月のお母さんを脅して。瑞月のお母さんが茉莉花さんのお父さんを刺した、って。


 …茉莉花さんには、言えないし。

 …出来たら、苧干原瑞月(おぼしばらみづき)にも、言いたくない。


「明日、言うから。…長くなっちゃうから、明日。…言うから」


「ん。…も、寝よ?高良」


「いや、郷土資料の確認とか、今日の分の翻訳(ほんやく)の確認したい…」


 来客と霊障で、今日の分の茉莉花さんの翻訳のチェックと清書と終わってないし、さっき母親から聞いたことの確認もしたいし。


「眼科には、睡眠不足で行かん(ほう)が良いと思うけどな…。明日、眼鏡も作るなら、寝よ?」


「うう…。ド正論(せいろん)…」


 俺の言葉を聞いて、優将は、静かに微笑んだ。

 暗いロフト下で、ウォールランプの光が当たって、輪のような光が、柔らかく、優将の髪の上で踊っている。

 反して、頬には、長い睫毛(まつげ)の影が落ちている。

 その、灯りに浮かぶ顔が、凄く優しく思えた。


「正論は正解じゃないから、やりたいようにやりな。手伝えることがあるか分からんけど、一緒に見よ?」


「…悪いよ。先に寝ていいし」


「でも、気になること残してたら、どうせ眠れんし、多分、布団で、また泣くよ?」


 ああ。


 何回も、一人で、布団で泣いたことのある人間の言葉なんだろうな、と思ったら。


 また泣いてしまった。


「おお。ダイジョブ?…疲れてるから、泣くんだと思うけどなー。よし、ほら、立って。机にあるん?」


「うん、資料は、机の上…」




 椅子に座って、デスクライトだけ()けて、郷土資料を開いた。


 何回か見たけど、蔵の前の石像の資料なんて、無かったんだよな。


 違うか。


 集落の外の人間には、基本『秘匿(ひとく)』されてるなら、調査の人間が入った時は、蔵に隠してるんじゃないか?じゃあ、載ってなくて当然だ。


 読み(かた)を変えないと。


 ああ、これも一つの『創造』かもしれない。

 一つの資料の読み(かた)を変えて、違う意味を見出すんだ。




 まず、降籏(ふるはた)家の資料から。…そんな項目、無いな。そりゃそうか。




 …そうか、家単位で載ってる訳はないから、何回か見ても、気づいてないし、分かってない、ってことなんだよな。


 今まで、関係無いかと思って、流し読みしてた部分は、どうだ?


 石工(いしく)柳澤(やなぎさわ)さん、はどうだ?石造物の資料。




「何か手伝う?」


「あー。石碑の碑文に、降籏(ふるはた)とか、柳澤(やなぎさわ)とか、書いてないかな、って。…石造物の項目とかに、分かれてないよなー。そりゃ、郷土資料であって、石造物専用の資料じゃないし」


 目次から読むと効率が良いんだけど、そもそも、項目自体が書かれてないとなると。


「お、貸してみ?あー、あるある」


(はや)っ?!」


「シーッ、エミちゃん、起きるって。ほら、見てみ、石造物は、写真と載ってるやん」


「ああ、まぁ、割と、そうね」


「バーッと(めく)って、写真資料があるページ見て、そこから石碑探して、碑文がある石碑は、同じ(ページ)か、別の(ページ)に碑文の内容が(まと)められてるんだから…。はい、ここ。資料の146(ページ)柳澤(やなぎさわ)。147(ページ)降籏(ふるはた)(まと)まってるやん。てか、資料だから、(まと)めた奴の(くせ)が分かれば、相当(ざつ)じゃない限りは、パターンがあるから。これで()い?」


 パターン処理かぁ…(こう)(そく)(しょ)()()(のう)()()(けい)が部屋にいるなんて、ラッキーだった。

 (こう)(そく)(しょ)()()(のう)()()(けい)…?何だそりゃ。

 …もう、今夜は(なん)にも意味分かんないけど、これで、資料は読める。


「ありがと…。俺、右脳でクラブとプロテインと自転車の情報を処理して、左脳で母親から聞いた話と資料を処理しようとして…頭が真ん中から割れそう」


 霊障も有ったし…。

 もう、ホント…。紅海(こうかい)並みに割れそう。


「そんな、絵本の桃太郎の桃みたいな割れ(かた)する頭を夜中に見るくらいだったら、手伝って良かったわ…。ほら、疲れてるって…。謎の単位と同じようなこと言ってるよ?はい、資料の146(ページ)を御参照ください」


「…いやいや、マジですげー、優将さん。もう、マトリクス図の上に要素の整理とか頼めちゃいそう…」


「できるとは思うけど…。まず、要素を出そうな?要素が分からんと、整理も(なに)も」


「そうですね…」


 すんません。


「ほら、敬語になってる…。疲れてんだって。パッパと終わらせよ?」


「道祖神、三体の内、双体(そうたい)握手像(あくしゅぞう) 文化8年(1811) (こう)砂岩(さがん)…。双体(そうたい)握手像(あくしゅぞう) 文化9年(1812) 細粒(さいりゅう)花崗岩(かこうがん)。お、(よう)(せき)型、年代不詳。ん?」


柳澤品緒(やなぎさわただつぐ)作、彫刻。双体(そうたい)祝言像(しゅうげんぞう)


 え?


 何だこれ。


 『道祖神、三体の内』なのに。…四体目?


 いや、一行開けて書いてあるし、これだけ、書かれ(かた)が違う。


 他は、石工(いしく)の名前なんて無くて、作られた年代や素材が書いてある。でも、これは、逆に、作られた年代や素材は書かれてないし、『道祖神』とも書かれていない。作者が書いてあるし、『彫刻』なのか。


 んん?写真資料も無い。


 …何だ?これ。




 まあいい。147(ページ)


 お、(ふで)(づか)


 柳澤品緒(やなぎさわただつぐ)作。明治24年(1891)建立(こんりゅう)


 じゃあ、双体(そうたい)祝言像(しゅうげんぞう)?ってのも、明治の作かな?


 ん?『明治34年(1901)、南の民家の火災の火焔を受け、損傷している。』




 あ。『いる』。


 優将に似た男の子が、俺と一緒に、郷土資料の本を覗き込んでいる。


 …いかん、ボーッとしてきた。…寝よ。




「ありがと、優将。やっぱ、残りは明日にするわ…」


「お、偉い。寝よ」


 傍らにいた優将の(ほう)を見て、男の子の(ほう)を、もう一度見ると。



 男の子は、消えていた。






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