盲点:It seems to be a letter, written by the Mother to her daughter.
そうだ。『O地区出身の人間』が、いた。
しかも、家に。
そう、苧干原弥朝の話を、俺に最初に聞かせてくれたのも、うちの母。
降籏貴子、旧姓、及木貴子だったのだ。
恐らく、十五歳で出産した苧干原弥朝の友達であり、O地区に多い小松姓であることを考えると、小松瑞月も、当時、苧干原弥朝くらいの年齢で、O地区に住んでいた可能性があるのではないだろうか。
年齢的に、県外、市外在住の人間と懇意である可能性より、近隣に住む、例えば、同じ学校の子、くらいの可能性が、高くないだろうか。
何しろ、妊娠の相談どころか、苧干原弥朝の手紙を読む限りでは、妊娠した私生児の父親のことまで相談する様な親密さなのである。
少なくとも、家が近かった可能性は、それほど低くはないのではなかろうか。
そうであれば、『O地区に所縁がある、当時自殺してしまった人物』の話を母が知っている可能性はある。
事実、苧干原弥朝の妊娠を、母は知っていた。
そういったことが噂になる土地柄なのだ。
伯母の千代子も、言っていた。
『弥朝ちゃんっていって、可愛い子だったんだけどねぇー。中学卒業するかしないかのうちに、妊娠しちゃってね。相手は分かんないけど。こんな狭いとこだからさぁ、すーぐ広まっちゃって。隣の三代前の爺さんの名前まで知ってるようなとこだしね。それが、堕ろすの堕ろさないのって言えないような時期に分かっちゃったらしくて。そのうち、お母さんが違うお兄さんが、弥朝ちゃんを引き取って、引っ越しちゃってね。どっかで産ませて。親戚は残ってるから、墓なんかは、まだこっちにあるけどね。子供はどうしたのかね?よく知らないけど、そのうち弥朝ちゃん、小さい子を庇って事故に遭ったかなんかで、体を駄目にして、亡くなったみたいよ。七回忌だったかしらねぇ。ちょうど葬式がお盆前の墓掃除と重なっちゃったから、ご先祖に引っ張られたねぇ、なんて言ったもんだけどね』
そう、『隣の三代前の爺さんの名前まで知ってるようなとこ』なのだ。『中学卒業するかしないか』の苧干原弥朝の妊娠が知れ渡っている。
もっと言えば、端折られてはいるが、苧干原弥朝の死因までもが語られている。
多分『小さい子を庇って事故に遭った』というのが、七年前のÉmileの交通事故なのだろう。
そこまでの詳細が、七年忌になっても語られているというのに、里帰り出産していた、うちの母親に、『自殺者が出た話』と『未成年の私生児出産の話』が語られない、ということがあるだろうか?
千代子伯母の話に対して、母は、何と言っていた?
『…苧干原弥朝ちゃんってね、頭の良い、可愛い子でね。私と、八つは離れてたかしら。苧干原の本家の、後妻さんの子だったんだけど。小さい時は、結構一緒に遊んでね。私は大学進学で、あそこを出ちゃって、弥朝ちゃんって聞いて思い出すのは、まだランドセル姿なんだけどね。帰省の度に見掛けたりはしてたんだけどね。大きくなったね、なんて言いながら。最後に会ったのって、いつだったかしら。あんたのお産で里帰りしたら、弥朝ちゃんの噂を聞いてね。その時はもう、弥朝ちゃん、お兄さんに引き取られて引っ越しちゃった後で。どうしたかしらって思ってたんだけど。亡くなったって知ったのは、ここ四、五年よ』
そう、『あんたのお産で里帰りしたら、弥朝ちゃんの噂を聞いてね』ということは、本来、俺より一つ学年が上のはずの苧干原瑞月が生まれてから、一年くらい後のはずだ。
『小松瑞月の自殺』は、更に、その前だが、苧干原弥朝の手紙を信じるなら、それは、苧干原弥朝の妊娠発覚後のはずだ。十月十日とは言うが、遡っても、そこから一年もない間の出来事だろう。
ならば、『自殺』と『未成年の私生児出産』は、狭いO地区においては、里帰り当時、ホットニュースだったのではなかろうか。
もっと言えば。
『私と、八つは離れてたかしら』と母が言う、苧干原弥朝の腹違いの十歳上の兄、というのは、母と二歳くらいしか違わない、ということになる。
…『苧干原弥朝の腹違いの兄』であり『名実ともに苧干原瑞月の父親』と、うちの母親が、知り合いの可能性すらある。
父は、母に、何と言っていた?
「この子、お母さんのお兄さんに引き取られて育てられてるらしいんだけどね。その、お兄さんが、石油関係の仕事で、海外在住が長くて、最近、インドネシアから帰国したらしいんだけど。何かねー、亡くなったお母さんの遺品なんだってさ、あの本が。御先祖の物らしいんだけど、弥朝さん経由で、その子に譲られたらしくて。で、内容を解読したくなったらしいんだけど、海外にいる時は、それこそ手段がなかったそうで」
そう、あの時も、思ったのだ。『ああいう本を、遺すか?』と。『いくら御先祖の物でも、自分で書いたのでもなかろうに』と。
その違和感は、優将によって、説明されてしまった。
そして実際、本の内容解読は、本来、苧干原弥朝が意図して残したものではなかった。
多分、優将は、俺から前聞いた話と、苧干原弥朝の手紙の内容を総合した時点で、うちの母親が何か知っているのではないか、と考えるに至ったのだろう。
母は言っていた。苧干原弥朝は『苧干原の本家の、後妻さんの子だったんだけど』と。
そして、あの和綴じの本は、苧干原弥朝の『実家の蔵』で発見され、苧干原弥朝の所有物になるに至ったのだ。
…うちの母親は、苧干原弥朝の『御先祖』についても、ある程度、知っている可能性も、ゼロではない?
そう。
もっと言えば。
O地区に、『座敷童』の定義は『座敷または倉に住む』『童形どうぎょうの』『神』若もしくは『妖怪』の伝承があるかどうかのヒントさえ、母は知らずとも、母に話を聞けば、何らかの片鱗があるかのしれないのである。
バイアスだ。
フィールドワーク『しないと』何も分からない、という、思い込みだ。
何をするんだった?フィールドワークで。
『地元に残る記述と、実地で話者さんに聞いた、伝承の比較研究』で、『それなら、伝承があってもなくても、一つの纏まとまりに出来る』はずなんだ、『論文』としては。
そう、『レポートどころか、卒論か修論か』というレベルの。
話者、いるじゃないか。
『家』に。
何なら、今、目の前の、煉獄にいる。
生まれてから大学進学までの十八年間の期間のO地区のことを知り、その後も、定期的に帰省して『実地』の情報を持っている、『話者』になれる人物が。
完全に盲点だった。
いや。…可変しい。
母は、知ってるはずなのに、今まで何も、自分から話してくれない。
何だか、あまり、良い予感がしない。
優将も立ち去り、リビングに、母と二人になった。
玄関にいる赤Tが、リビングのエアコンの恩恵に預かれるように開けられていたドアを、そっと閉めてみる。
「あら。どうしたの?高良。寝ないの?」
「母さん」
動悸がしてきた。
「…小松瑞月、って人、知ってる?」
母は、眉を顰めた。
「やっぱり、あの手紙、見つけちゃったのね、高良」