スポンサー:Everything's got a moral, if only you can find it.
リビングとの対面式キッチンの、キッチン部分にだけ電気を点けると、優将が、甚平のポケットに入れていた携帯電話を取り出して、「ヤベ」と言った。
「充電切れた」
「あ、携帯?充電器、貸そうか?彼女から連絡とか来るだろ?」
「…いーや。ダイジョブ」
…ちょっと、大丈夫?
良いなら、良いけど。
水戸が、暗いリビング側に立ち、対面式キッチンの縁に手を掛けながら、「良いなー」と言った。
「俺の方は、あんま、連絡、来ないし。結構充電、残ってる…」
…え?管理会社に連絡取ったりしまくったはずなのに?
充電がなくなるほどには、『彼女』から、連絡が来てない?
…コメントし難いなー。
「…そっか、先月から付き合ったばっかりなんだから、普通、もうちょっと…。楽だ、って、思ってたけど。…若しかして、俺…。相手に、あんまり…気にされてない?」
うわ。止めよ?Émile。
こんな夜中に、そんなこと、煉獄で発見しても、落ち込むだけだよ。
…うん、若しかしたらだけど。
彼女さんも、自覚が無いだけで。
…別の人の方を気にしてる可能性が…無きにしも非ず、と申しますか。
いや、分かんないですけどね、他人の気持ちなんて。
単純に、そんなに彼氏と連絡取らないタイプの子かもしれないし…。
…あー、バイトのこと、言ってないんだよな、水戸に。
業務用連絡アプリには、結構マメに、更新情報上がってるんだよな、あの子。真面目、と言うか、丁寧、と言うか。誠実に手伝ってくれている、と言うか。
…言えねー。
うん、言えないことばっかりだわ。
ホットサンドのこととか、アボカドジュースのことは、もう、消しゴムで消しといてほしいくらいだわ。隠滅したい。
おまけに…俺が持ち込んだバイトのせいで二人の時間が減ってる可能性もあるかもだし。
「水戸。夜中に、いろいろ考えるの、止めよ?ネガティブになるし。明日、管理会社と連絡が取れて、家の鍵が開いたら、気分変わるかもしれないし」
「Émile」
「…え?」
「Émileって、…呼んでくれない?距離感じて、ちょっと嫌だったんだ。あのグループ、皆、下の名前で呼び合ってるのに…」
…おおー。クラスメイトをÉmileって呼ぶハードル…。
うーん、でもまぁ、多少の罪悪感もあるし。
…それだけで気が済むんだったら。
「OK、Émile。そんなつもりはなかったけど、これからは、そう呼ぶから」
優将も「うん」と言った。
「単純に、名字の二文字が、めっちゃ呼び易かったから『水戸っち』って呼んでただけだから」
「俺も。『水戸』って、言い易いよなー」
「分かるー、『水戸っち』とか『水戸ちゃん』って、めっちゃ語呂良いよな。ぶっちゃけ、親しみの表現だったわ、『っち』とか付けるの」
水戸ことÉmileは、衝撃を受けた顔をして、「そんだけ?」と言った。
「だって、『たかひろ』、学年に五人いるし…どの『たかひろ』か分からんもん」
「分かる…。『たか』も『ひろ』も、結構いるんだよな…。『たか』とか呼んだら、三人くらい振り返りそうで。俺も『たから』だし…」
実際、小学校低学年くらいだったか忘れたが、『たかちゃん』とか呼ばれてた時期もあったから、呼ばれたら、うっかり振り返るかもしれんな。
優将が「渾名がつく、って、逆に人気者イメージだったんだけどな、『水戸っち』とか」と言うと、Émileは「マジかよ」と言った。
「名字が呼び易い、って?…だって、辻原とか秤田は、四文字の名字なのに普通に名字で呼ばれてて。あれは、言い易い、とかじゃないだろ?」
「あー、辻原とは、マジで距離置いてる」
元々、そんなに好きでもなかったが、学祭の時、サボられて、係を一人でやる羽目になった時、俺の中での辻原に対する信頼度がゼロになったんだよな。
俺の言葉に、優将も「俺も」と言った。
「秤田とは、あんま話したことないだけだけど。辻原とはマジで、連絡先の交換、しない方が良いって。テスト期間中、連絡ヤバいって有名。クラスメイトの何人かに着拒されたらしいわ。そういう意味じゃ、携帯禁止の学校で、連絡先教えてもらえてるってだけで、結構距離近いと思って良いと思うけど」
「えー…。そうだったんだ。名字呼びだから、どうこう、っていう基準じゃないんだ…」
あー、ファーストネーム呼びに慣れてたら、そう思ったのかもな。
意外なすれ違いだった。
こういう、小さな認識の違いが積み重ねると、意外に厄介なのかもしれん。
「あ。Émile、思い出した。俺の連絡先、教えておくわ」
「え、高良、携帯持ったの?」
「うん、塾の夏期講習始めた時に、親との連絡用に、って。これに、何か、名前、Émile、とかで登録しよう。な?」
Émileは、はにかんだ顔をして、「うん」と言った。
「おお、お揃いで」
夫婦の寝室から、灰色の甚平姿の父が、リビングに出てきた。
…こっちの甚平は、完全に室内用に見えるのは、不思議だよな。Émileと優将が特別なのかもしれないが。
変わった造りなのだが、リビングからしか入れない四畳半が一部屋あって、母の希望で、ベッドしか入っていない、純粋な寝室として使われているのである。
将来的に介護部屋にしたいらしいが、リビングに通じる部屋を父の書斎にしなかったのは正解としか言い様が無い。
書斎からの物で、リビングが侵食されていたに決まっている。
小学生の頃までは、俺も、家族揃って夫婦の寝室で寝ていたので、二階のトイレではなく、一階のトイレを使おうとして、玄関で眠る赤Tに遭遇するという悲劇に見舞われたのであるが。
「父さん…。お客さんが玄関で寝てるんだけど…。歴史さんは、今夜は外に繋いだからいいけど、あれじゃ…」
邪魔というか、踏む、というか、怖い、と言うか。
ヤバい。
父は、諦めたように「あー」と言った。
「リビングの隅に布団出してるんだけど。なんか、癖らしいよ、夏は板の間で寝るのが…。いいよもう、踏んじゃえば?寝かせてあげて。リビングでエアコン、つけっぱなしにしておいて、ドア、開けておこう」
おや。
…何か。自分の家に来たら玄関で寝ちゃう客なのに、結局泊めて、食事も与えるっていうのは。
それはそれとして、そのままの赤Tを受け入れてるんだな、諦めと共に、だけど。
そういう意味だと、学生のありのままを受け入れる、良い教員ではあるのかな。
ちょっと見方が変わったかも。
「まー、いっか。眠…」
俺が、眼鏡を取って目を擦ると、Émileと優将が、目を見開いた。
「高良、…そんな顔だったの?…ビックリした…。え、目ぇ、大きいんだね」
「…あー、中度近視で、乱視が強いんだよ。眼鏡掛けると、多少、目が小さく見えるかも」
だから、視力の割には視界が暈けるので、眼鏡を掛けないと、目が覚めた気がしない。
自分の顔も、鏡にかなり近づかないと、見えないもんな。
俺が眼鏡を掛け直すと、Émileは、「取った方が良いって」と、熱っぽく言った。
「絵にしてみたいくらい良い」
何だ何だ、やめてくれ。
しかし父は、「良いかもね」と言った。
「フィールドワークの場所によっては、ソフトコンタクトとか、アリかも」
「…何で?」
「フィールドワークついでに農作業の手伝いしてて眼鏡落として、コンバインで米に混ぜちゃった、とかさ、事故もあるから。眼鏡で目を守った方が良い現場もあるから、何とも言えないんだけど。場所や作業に合わせて、使い捨てコンタクトレンズ、持っておくのはアリかも。明日、買いに行けば?」
「コ、コンバイン?」
今、眼鏡を米に混ぜたって言いました?
「米と一緒に眼鏡、脱穀しちゃったんだってー。米にはガラス入るし、目は見えないし」
「…はぁ?」
「いや、あるのよ。メインはフィールドワークだから、作業と聞き取りの集中力が半々になっちゃって。作業中に畑に落として、土と一緒に耕しちゃった、とか。話を聞きたくて付き合いで川釣りを一緒にしてたら、釣り竿の針に眼鏡が引っ掛かって、どっかに飛んでったんだけど、何故かクーラーボックスの中で、魚と一緒に発見されたとか。泥が顔に着いたから、眼鏡を、農道に停めてあった車の上に置かせてもらって、顔拭いてたら、お年寄りが車を発進させちゃった、とか」
「…待て、過酷過ぎる。引き受ける前に言ってくれよ…」
電気を点けないまま、リビングを歩き、ダイニングテーブルの椅子に座った父は、ニヤッと笑って「止める?」と言った。
キッチンからの灯りの反射で、父の眼鏡が光って、目の表情は、伺い知ることが出来ない。
何だか癪に障ったので、「誰が」と言うと、「そう」と言って、父は、クスクス笑った。
「フィールドワークのスポンサーに、麦茶、出してくれない?いや、学費のスポンサーかな?何でもいいけど。そろそろ成人だね?」
あ。
…クソ親父。
ここから先は、このように、上下関係を持ち出されるのだ。
今から、この人間は、『親』ではなく、『フィールドワークのスポンサー』なのだ。
そう、院生と同じだ。
彼等が何故、教授の無茶を無償で手伝ってくれるかと言えば、それは彼等が、研究室の教授の門下生だから、なのだ。
学費というお金を払って師事し、教えを乞うているから、教授の方が、立場が上なのだ。
昨今は、パワハラなどという言葉が出来たが、元々は、師匠の家に住み込みで働きながら教えを乞うものであり、そこが就職とは違う点だ。
師弟関係なのだ。
門下に下ったからには、大昔なら、師匠が飲みに行くなら一緒に行くのが当たり前、味噌汁を作れと言われたら作るのが当たり前の世界だったのである。
就職すれば、働くとお金がもらえるが、学校に入れば、学費と言うお金を払って教えてもらい、更に雑用をも請け負うのだ。
金を払ってまで何をしているのだ、と言われればそれまでだが。
優将の言葉を借りれば「ドMだ」ということになりそうである。
そうして、研究職を選べば、顔を覚えてもらうために食事や飲みに一緒に行き、酌をし、最悪、教授の人柄によっては学閥に巻き込まれる。
そういう一面も、まだ残っている世界である。
代わりに、学生の飲食費を負担してくれたりはするが、それは、教授の人格によるもので、別段、当たり前の義務、というわけではないのだ。
だから、本気で研究職に残るなら、甘い世界ではない。
就職よりキツい一面も、いくらでもある。
研究に理解を得られなければ、『そんなに就職したくないのか』と嘲笑われることもある。実際、どれほど頑張っても、誰かの腹が膨れなければ『生産性が無い』という言い方をされる。酷い時は科学研究費の打ち切りだ。
誰かがやらなければ後世に残せないことだが、そこ何十年、文化や知識を残すために金を払うなら、明日のパンをくれと言われたら、一瞬で取り潰されるものでもあるのだ。
就職を選んでも金の為に地獄を見て、研究職を選んでも、金の無さや人間関係や研究の進まなさなどで地獄を見て、『楽』なことなど、この世には無いのだ、ということを実感させてくれる。
そんなエピソードはいくらでも転がっていて、見聞きしてはいたはずなのに。
そう、所詮それは、『実体験』ではなかったのだ。
これは、父からの問いだ。
『どうする?』という。
フィールドワークを続ける。大学進学する。論文を書くための資料を買う。これらは全部、親の金だ。何をしても、今までも、ここから先も、親は『スポンサー』なのだ。
そして父は『フィールドワーク』と『学費』と『成人』という言葉を持ち出した。
『お前は、どうしたい?』
『お前は、この先、進学する?しない?』
『お前は、何をしたい?』
そう、ここからは『主語』が『自分』だ。
スポンサー面されるのが嫌なら、フィールドワークも、進学も、何もかも諦めて、高校卒業したら就職するのがいい、ということだろう。わざわざ、金を払って地獄を見る必要はない。
そう、これは親切なのだ。『引き受ける前に』教えてくれるのだろう、最後に。
フィールドワークくらいでスポンサー面されて腹が立つなら、この先、進学も、研究職に就くことも、止めておけ、と。
無料でこき使われて、金も無く、体臭がフライドチキンになるまでバイトで苦しんでも、女に逃げられても、研究を止めない、研究室棟の妖怪になる覚悟はあるのか、と。
お前も、恥をさらして、他人の家の玄関で、疲労困憊で、昏倒しているかのように眠り、他人のことなど何も笑えなくなるかもしれないのだ、と。
大学進学の話も含められているとなると、「研究職には就かないと言っているではないか」と言っても無駄である。
第一、本来なら、学士も研究の徒のはずなのである。大学進学の意味が形骸化してしまっただけで、本来だったら、大学とは、学歴をつけるために入学するものではなく、そもそも研究をするための場所なのであって、その研究機関で「学」んだ「歴」が学歴なのである。学歴をつけるために入学するのではなく、入学して学ぶから学歴になるのだから、順番が逆なのだ。
さぁ、お前は今後、『フィールドワーク』と『学費』と『成人になってからの自分』を、どうしたい?と。
問われているのだ。
嫌に嫌なことを言われたくらいで、『フィールドワーク』を引き受けないのか、と。
何も、友達の目の前で問わなくても、いいようなものだが。
「…成る程ね。…麦茶を出すことを引き受けたら、どうなるわけ?」
『親』を『スポンサー』にすることを引き受けたら。
『親』が『スポンサー』の『フィールドワーク』を引き受けたら。
どうなるわけ?
父は笑顔で、スラスラと言った。
「この廢墟にはもう祈祷も呪咀もない、感激も怨嗟もない、雰圍氣を失つた死滅世界にどうして生命の草が生え得よう、若し敗壁斷礎の間、奇しくも何等かの發見があるとしたならば、それは固より發見者の創造であつて、廢滅そのものゝ再生ではない」
…『孔雀船』。
「…糞ったれ。そーかよ、何を発見しても、俺が、発見したものに何かを見出した創造であって、発見したからって、文化が再生できるわけじゃない、ってか?」
それでも、やるのか、と。
優将が、小声で「今ので何が分かったん?」と言ったのが聞こえたが、今は、そんなことは、どうでも良かった。
「俺だって、言ったろ、他人の墓の上で踊って、掘り起こしてるだけかもしれないのに。何の役に立つか、誰が喜ぶかも分かんないのに、過去のこと、調べて、ほじくり返して、記録して、検証して、比較して、研究して。…それだけのことが、今、すごくやってみたいって。こんなテーマに生産性なんて、見出せるか分からん。…無駄金払って、俺を憐れむがいいや。『雰圍氣を失つた死滅世界』に行ってやる。いくらでもスポンサー面するが良い。俺は…フィールドワークして、O地区の座敷童のことを調べる」
Émileと優将が「座敷童?」と言った。
そうだ。迷惑だよ。霊障も怖いよ。何をやっても解決しないし、フィールドワークやっても、何も分からないかも。文化財も、そりゃ、本当に出るのか興味あるけど。
これは『発見されなかった子ども』の話なんだ。
俺が、見てみない振りをして、悲しませることに加担している、他人に見て見ぬ振りされた子どもが。
見えないし、いないことになっていて。
でも、いると、家が豊かになったり、いなくなると家が傾いたりする、歴史や文化の残滓が。
飢饉なのか、何なのかは分からないけど、何かの、被害者が。
俺が発見して、書き留めないと、いつまでも、何処かを彷徨っている、夭折した存在が。
いる気がするんだ。
俺にしか見えないけど。
いつまでも、彷徨わせていては、駄目なんだ、と、そんな気がする。
親に金を出させても、研究と呼べるレベルまでいけるか分からん。
でも、調べて、知れることだけでも知らないと。
そう、知りたい。
そして、創造でも何でも、『発見』しないと。
何の役に立つか、誰が喜ぶかも分からなくても。何もしなかったら。
また見殺しにしてしまう。
…え?また?
…急に俺、どうしたんだろう。
いや、でも、これ以上、座敷童を放っておかない。
だから、俺は。
「O地区の座敷童のことを調べたいし、調べなければならない気がしているし。その為に、和綴じの本を全翻訳して、O区のフィールドワークをやる。研究職だ論文が何だって言えるほどの成果が出るかは分からんから、返事できることはこれだけだが。学部は不確定だが、将来を考えて、大学進学もする。金を出してよ」
これが半分、奴隷契約なのは分かってる。
この先、『親』ではなく『スポンサー』になってもらうのだから。
多少、関係性が変わる面は出てくるかもしれない。
でも、やる。
この夏に、フィールドワークをやる。
情けないが、全部親の金だ。
担保にできるものなんて、自分の将来性くらいしか無いから、『金を出してくれ』と頼んで、目の前の人間の脛を、骨が剝き出しになるまで齧るしかない。
でも、やる。
父は、笑顔で、静かに言った。
「われ微笑みにたへやらず。肩を叩いて童形の、神に翼を疑ひし、それもゆめとやいふべけん」
「…海の聲、か。長野に海なんかないけど…。夢かもしれなくても、童形の神様に会ってくる。ありがとう」
優将が、もう一度、小声で「今ので何が分かったん?」と言ったのが聞こえたが、何だか、それが可笑しくて、クスッと笑ってしまった。
流石に母が「騒がしいわね」と言って、寝室から出て来てしまった。
母がルームウェアにしている、黒い七分袖のカットソーと、黒い、コットンパンツが、母の形の黒い影をして、暗いリビングに、スッと入ってきた。
「電気ぐらい点けなさいよ」
母が、そう言って、リビングの電気を点けると、いつもの父の姿が、ダイニングテーブルの椅子の上に見えた。母も、いつもの母の姿だった。
父が「えへへ」と言った。
「貴子さん。高良が、O区にフィールドワークに行きたいから、コンタクト作ってってー」
「あらそう。…嬉しそうね?…パソコン作業用の眼鏡も、ついでに作りなさい、高良。明日、眼科にでも行けば?お金、あげるから」
「え?」
「最近、頭が痛い顔してるわよ。眼精疲労じゃない?外で使う眼鏡と、近くを見る用の眼鏡は、分けた方が良いわ」
…優将さんと、同じこと言うんだな。
ずっと、黙って親子のやり取りを聞いていたÉmileが、物凄く良い笑顔で、「一緒に行こう」と言った。
「俺、駅ビルの中の眼科、紹介するし」
「え?」
…Émile、何でそんな、俺をコンタクトレンズにすることに乗り気なの?
ふと、優将の方を見ると、こちらも、天使の笑顔をして、俺の方を見ていた。
えっ、何?どういうこと?今まで、俺に、その笑顔向けたこと、あった?
…あ、優将さんも明日、眼科に、一緒に来るつもりなの?
…貴方達、何でそんな、俺をコンタクトレンズにすることに乗り気なの?
母が「いいじゃない」と言った。
「お友達と行ったら?私、また、明日は遅いけど、午前休なの。朝御飯くらいは作ってあげてから出るから」
するとÉmileが「朝は俺、作りますよ。泊めていただいたお礼に」と言った。
母はアッサリ、「あらそう」と言った。
「じゃ、御相伴に預かろうかしら。キッチンの物も、冷蔵庫の中の物も、好きに使うと良いわ」
ここで『悪いわねー』とか言わないし、キッチンを他人に使われても平気なところが、うちの母親の凄いところだと思う。
父は、「俺、麦茶飲んだら寝るね」と言って、スタスタとキッチンに来て、自分で麦茶を出して、飲んだ。
あ。
やっぱり、あれは、ただ、今後の忠告をするためだけの態度だったんだ。
麦茶を飲み終えたコップをシンクに置くと、父は、寝室に戻っていった。
Émileも「そろそろ寝ます」と言って、キッチンから出て行った。
優将が、急に、俺に耳打ちした。
「高良、かーちゃんだ」
「え?」
「かーちゃんに、小松瑞月のことを聞くんだ」