Aujourd'hui, maman est morte:I'll tell you the French for it!
優将の視線の方を見ると、仰天するくらい容姿の良い男がいて、俺は、立ち上がりながら、二度見してしまった。
多少気温は下がってきたとはいえ、真夏の夕方なのに、青い、どこで買ったのかと思うような、良い革のライダースジャケットを着て、赤い、フェラーリマークの付いた折り畳み自転車を持つ長身の男は、今日は眼鏡を掛けていないが、紛れもなく、水戸大空だった。
…サドル、若しかして、蛇皮…なわけないよな?
でも、スッゲー、白っぽくて、自転車の色とマッチしてて、ハイセンス。
アジア系の顔の良い所の詰め合わせセットみたいなイケメンで、長身に、この着こなしだと、ちょっと、パリコレとか、そっちの雰囲気があって、日本の駅前の街並みとは微妙に浮いてる。
…でも、何か。
見知った顔ではあるので、非日常感はあるけど、ちょと、ホッとしたな。
「あ、二人共…」
「どうした?水戸。困った顔して」
「鍵、落としたっぽいんだけど…。住んでる部屋の管理会社が十七時までで。家に入れなくて…」
…えー?
聞けば、フランスに嫁いだ姉の知り合いが、こっちにいるので、余っている折り畳み自転車を無料で貰い受けられることになり、それを取りに行った帰りらしい。
…『フランスに嫁いだ姉』が、もう、分からんのだが。その友達が『フェラーリマークの折り畳み自転車』を『余らせていて』、『無料で貰える』、っていうのが。
…日本語は分かるけど意味は分からん感じだな。
しかし、実際に、恐ろしくハイセンスな自転車が目の前にある。
これに乗って帰ってきたから、風除けにライダースジャケットを羽織ったのだと考えると、ファッションとしても、本人の説明との整合性は取れている気はする。
…霊障よりは、訳分からん感じじゃ、ない…か?
何だかんだで昨日もカレーを分けたイケメンと、今日も駅前で会ってるのは、不思議は不思議だが。
水戸は、今まで見たこともないくらい、疲労困憊した様子で、溜息をつきながら、右手で、前髪を掻き上げた。
「…明日の朝まで、管理会社と連絡取れないし、鍵もないし。…自転車タダで貰えたって、これじゃ…」
うーん、一人暮らしかー。で、鍵を落とした、と。…それは、困ってるよな…。
…ちょっと、一人でいたくない気分だし。
「優将、水戸。うちに来るか?…泊ってけば?」
偶然なんですが、男子学生だったら、常時六人は泊められる構えがあるんですよ。
…今日もカレーで良かったら、いらっしゃいます?
父に連絡したところ、二つ返事でOKが出たので、優将と水戸を連れて、家に帰った。
母は、今日も遅くなるらしいので、優将と水戸に、歴史さんの相手を任せて、夕飯のカレーの準備に取り掛かった。
…変な話なんだが、水と餌を出したのに、歴史さんが、あまり、お腹を空かせていない。俺も、焼き蕎麦の後から、随分経過しているのに、そこまでの空腹感を感じていない。
何か、時間を、体だけが、飛び越えちゃったみたいな、変な感じ。
結局あれは、何だったのかな。
リビングには、既に、父と赤Tしか居らず、俺が夕飯の支度を始めると、二人して、嬉々として、リビングのダイニングテーブルの上を片付け始めた。
…作業は進みましたか?降籏教授。
「凄いッスね、高良君、お友達もイケメンなんすねー。イケメン、各種取り揃ってるじゃないスかー」
赤Tが、ニコニコしながら、そう言うのを、父が、珍しく、少しだけ複雑そうな顔で、チラリと見た。
うん、そいつ、高校生男子の料理目当てでうちに来てる、って、昼間、ハッキリ言ってたからな。家に招き入れた手前、複雑な気分にくらいは、なっといた方が良いぞ、保護者としては。
大体、イケメン、各種取り揃ってるって…そんな、携帯電話みたいな。
友達って別に、シルバーとブラックとシャンパンゴールドの三色展開とか、してないだろ、マゼンタの赤Tさん。
…何だ?シャンパンゴールドの友達って。水戸か?
あー、疲れたな、今日は。思考に纏まりがない。
…水戸って、瑞月の家のこと、どのくらい知ってるのかな。
他人の『家』の秘密を連日知ってしまった上に、かなりの霊障に遭って。
しかも今夜は、クラスメイト二人と赤Tを家に泊めるの?
…思考に纏まりが出るわけもなかったわ。
何だろうなー、優将さんも、霊障に巻き込んじゃったって考えた方が良いのかなー。
そもそも何で、座敷童、優将と茉莉花に似てるんだ?っていうのが。
…全然、分かんないし。
優将、霊障?どう思ったかな。
俺の家に泊まるの、アッサリOKしてたし。
…流石に、一人になりたくないのかな。
…茉莉花さんに…彼氏泊めるって…報告するのは…水戸の仕事かなー?
全然、よく分からないうちに、夏野菜のカレーが仕上がってしまった。
夏野菜を味噌炒めにした際の味噌は、赤Tの中では、風味付けとして解釈されたらしく、豪く感動された。
そして赤Tは、カレーを食べる前に、両目を閉じて、両手を合わせて握りしめ、カレー皿に向かって、長い祈りを捧げた。
流石、昼間、カレーに対する信仰告白をしただけはある。
青いライダースジャケットを脱いで、黒いTシャツ姿になった水戸は、感心した様に、ダイニングテーブルの隣の席に座る赤Tに向かって「敬虔な信徒さんなんですね」と言ったが、その場にいた誰も、一言も発せなかった。
うん、敬虔な信徒らしいよ。…カレーの。
上座に座る父の共感性羞恥心は絶好調で、自分の右側に座る赤Tから、赤い顔をして、目を背けた。
俺の位置から見ると、レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐の絵みたいな感じだったが、そういうことを言い出すと、誰がヨハネで、誰がペテロで、誰がユダか、みたいな議論になりそうだったので、考えただけで止めにした。
…こんな、共感性羞恥心を発揮する、珍しい父親を見るくらいだから、霊障くらいあるかもな、って、逆に思えてきた。
うん、…非日常が重なり過ぎて、一人で瑞月の母親の手紙のことや、霊障に対する不安を抱え込むより、この状況の方がいいかも、とか、思えてきたよ。
リビングが地獄の手前になるなら、家に、カレーに対する熱心な信仰を持つ信徒が泊ってても、変じゃないかもしれないし…。
…地獄より、煉獄の方が、マシ?天国にも地獄にも行けず、煉獄で彷徨う方が、地獄より、マシ?
それとも。
行き所もないまま。
罪も功績も定まらないまま。
死んだままの姿で、煉獄を彷徨う方が。
辛いのか。
…サッサと、風呂入って、寝よう。発想がもう、疲れてるな、っていうのは、謎の単位とか持ち出さなくても、自分でも分かるよ。
母親が適当に買い揃えた、黒系とか青系の甚平に、未開封の下着と歯ブラシセット、客用布団。まぁ、これを出せば、泊まれるでしょう、というわけで。
夕飯後は、父と赤Tが、作業を再開し始めたので、俺は、水戸と優将との三人で、客用布団を、俺の部屋のロフトに運び込み、今日は、三人で、ここで寝ることになった。
二人に、風呂を勧めたが、豪く遠慮されてしまったので、俺から入ることになった。
…何で、『茉莉花さんの彼氏』と『茉莉花さんの幼なじみ』と、三人で?
…でも、じゃあ、両親か、赤Tと寝るか、と聞かれるとね。
も、断然、この二人とだよね。
で、俺の部屋に『茉莉花さんの彼氏』と『茉莉花さんの幼なじみ』を寝かさないなら、母親の書斎か、赤Tとリビングに寝てもらうことになるし、…父親の書斎なんて、お見せしない方が得策だろうしな。母親にしてみれば、二人は、俺の客だろうし。…そりゃー、ロフトに泊めるのが自然か。
まただよ。選択肢があるようで、実際は一択なんだよな。
今年の十一月の修学旅行の予行演習みたいな感じと思えばいいか?
誰かの『家』に入って。
誰かを『家』に入れて。
だからって、相互理解が深まるかと言われれば、…まぁ、運が良ければ深まるかな、くらいの感じなんだが。
取り敢えず、優将と一緒にいるのは、苦痛ではないと思う。
前ほど、よく分からない、ってほどじゃなくなってきたし。
俺と入れ替わりで入浴する水戸を待つ間、俺の部屋で二人になったので、俺は、優将に尋ねてみた。
「…優将、さっきのこと…。駅前で…」
「…ああ、あれ。…何か、急に…時間、進んだ?気付いたら夕方で」
「…そう、思った?優将も」
「うん…。何だったんかな…。怖い感じはしなかったけど」
…俺は、腰抜かすくらい怖かったけど…。
「怖くなかった?」
「うん。何か…帰ってきたな、って、感じ。懐かしくて。可愛がられてた頃、みたいな」
それを聞いて、動悸が早くなる。
…怖い。
帰ったら駄目な気がする。
どうしよう。
…どうしたらいいんだ?
どうしたら、霊障は、治まる?
…取り敢えず、原因と思われる和綴じの本を全翻訳、しか、ないのか?
努力の方向性が定まらないのは、キツイな。
知りたいことがあるから、良いようなものの。
そう、出るはずのない文化財。
果たして、フィールドワークだけで、それを発見できるのか、というのも分からないし。
一介の高校生の自分に、全部が解決できるのか、と言われると。
本当に、よく分からないんだよな。
「でも、家に一人でいたい気分じゃなかったから、誘ってもらえて良かったわ。…で、結局、どうしたいん?」
「どう、って?」
「和綴じの本の翻訳したやつと、手紙渡して、終わり?依頼者に」
「…えっと。実は、いろいろと、興味が出て。依頼者に頼んで、和綴じの本が出てきた、O地区のフィールドワークをさせてもらおうと思ってるんだけど、御盆くらいに。あの辺のことが書いてある本らしいからさ。でも、何で、そんなこと、聞くの?」
「や…。なーんか、引っ掛かるんだわ。これで終わるんなら、って思ってたんだけど」
「引っ掛かる?」
「O地区出身の人間、もう一人いたろ。長野に行く前に、その人には、聞くことは無いん?」
「え…?」
「俺に話してないこと、まだ、無い?守秘義務とかで、言いたくない、とかだったら、アレだけど」
あるっちゃあるし、…どうしようかな。
霊障のことだって、あんな体験、一緒にしたんだから、今なら、信じてもらい易そうだけど。
逡巡していると、水戸が風呂から上がって、俺の部屋に来たので、優将が、代わりに、部屋を出て行った。
帰宅した母親が、スポーツドリンクを差し入れてくれたので、水戸と二人で、自分の部屋のフローリングの上のラグに胡坐を掻いて、一緒に、スポーツドリンクを飲んだ。
「今日は、ホント、ありがと。助かった。…綺麗にしてるねー、ロフトの下、物が無い」
「クローゼットの前が塞がっちゃうからさ。あんまり、置かないことにしてる」
「偉いよ、俺なら、画材とか、キャンバス置いちゃうし。描いたはいいものの、作品って、置き場所が無いよねー」
そっか、絵の具の匂いがするから、一つは、水戸に、歴史さんが懐き難いのかも。
「そうなんだ」
…作品を作らないから、『置き場所が無いよねー』と言われても、共感してやれないし、そうかと言って、他に、話題も無いなぁ。
目下のところ、地雷が多くて、何を話していいか、ってところなんで。
…カラオケの話も、登校日の話も、瑞月の話を出さざるを得ないし。
学祭の話も、彼女の話も、茉莉花さんの話を出さざるを得ないし。
そうなんだよ、『茉莉花さんの彼氏』なんですよ、この人。
…他意は無いんだけど。
…全然、詳しく聞きたくないんだよね、そんな話。
…いや、脚が長くてさー。黒っぽい縦縞の柄の甚平が、別の服みたいで。寝巻として貸したのに、これから縁日の撮影に行く人みたいなんだよね。
俺は、いつものTシャツに、ハーフパンツなわけですが。完全に部屋着なわけですが。
茉莉花さん…の周りさぁ、…イケメンが多くて。…何か、ホント…。
他意は無いんだけど。
うん、優将と一緒にいるのは、苦痛ではないと思うんだけども。…気分が落ち込んでくると言うか。
俺が黙ってスポーツドリンクを飲んでいると、水戸の方が口を開いた。
「ね、でっかい絵って描いたことある?」
「でっかい絵?」
「そう」
唐突な上に、サイズが曖昧過ぎる。
「どのくらいのサイズ?」
「とにかくでっかいんだ」
水戸は、指で、空中に大きな長方形を描いた。
「横に三つ並べたら、体育館の半分くらいだったから…体育館の六分の一くらい?」
「そりゃでかいな」
絵自体あんまり描いたことがないのに、描いたことがあるわけがなかった。
「描いたことないな」
「そっか」
水戸は、遠くを見るような目をした。俺の答え自体は、どうでも良さそうだった。
当たり障りのない会話への態度としては正解な気もする。
「体育祭の、色別に作る櫓にたてるパネルなんだ。クラスで絵が描ける奴が集められて、パネル係になるんだ。その絵は、更に板十二枚で出来てる」
「前の学校で、か?」
「そう。中二の時に、二ヶ月だけ九州の方の中学に通っててさ」
曰く、十二枚の板に、下絵を描く。描こうとしている絵を、十二分割して、各板に、それぞれの部分を拡大して描いていく。消しやすいようにチョークで描かれていく下絵。更に、塗る部分を、違う色のチョークで分けていく。赤は赤いチョーク、青は青いチョーク。チョークに無い色の箇所は、斜線を変えたり、番号を付けたりしていく。そこを更に、下絵に従って、分担して色を塗っていく。半月間、毎日放課後平均四時間、休日は自主的に登校して、八時間以上。疲れて、パネルの上で寝てしまう者まで出る、気の遠くなるような作業だったという。
水戸はボソリと、「でかいパズルみたいなもんかな」と言った。
青組なのに、人数分担的に、赤組と白組のパネルの両方を担当する破目になったそうだ。
一つならいざ知らず。
しかも、絵柄は三年生の応援団団長等の希望で決まる。
延々、好きで選んだわけでもない戦国武将や、想像上の生き物や、著作権はどうなっているのか聞きたくなるような漫画の登場人物を、残暑厳しい体育館で描き続ける。
下を向いて、床に敷かれた板に乗って。
「怖いんだよね、あれ」
「…確かに怖そうだな」
パネルの上で寝てしまった生徒の疲労を想像すると、なかなか凄まじい。
「段々さぁ、板が怖くなるんだよね」
「板?」
「そう。絵を描いてる板」
行事として盛り上がっている周囲。下絵の分割や色分けの指示をするリーダー的存在のクラスメイト。
描いても描いても終わらない巨大な絵。
「皆で絵を描くって、楽しかったし、そのお陰で、そこでも、すぐクラスに馴染めたけど、段々、変な気分になるんだ。『本当にそれが描きたいのか』とか、『描いて何になるんだ』って、板に責められてるような。そのうちね、浮かんでるような気分になる」
「浮かぶ?」
「今自分が色を塗ってる板と、自分だけしかそこにないような気がしてくるんだ。そんで、板が浮かんで、自分が、それに乗ってどこかを漂ってるんじゃないかって気になってくる。宇宙とか、海原とか」
遠くを見る水戸の目と、漂流のイメージが、不思議と、ぴったり合った。
「あれが初めてかな、絵が怖かったのって」
「絵が怖い?」
「それまで、絵は楽しいだけのものだったから。本当に、それが書きたいのかとか、描いて何になるとか、考えたことなかったから。怖かったよ。描けなくなるかと思った」
「描けなくなる?」
「そう。描くものと期間が決まってて、大勢でやったから出来たけど、一人だったら、畳一畳分だって描けなかったんじゃないかと思うよ。終わったら、一ヶ月ぐらい、絵が描けなかった。また絵を描くようになったら、今度は、三ヶ月ぐらい毎日、何かを描くのが止められなかった。楽しいんじゃなくて、そうせずにはいられなくて。描けなくなるのが怖かった。もしかしたら、今もそうなんじゃないかな。怖いから描いてるわけじゃないはずなのにね。…好きだから描いてるはずなのに」
「怖いから…」
さっきから、鸚鵡返しの相打ちしか出来ない。
絵が描けなくなる恐怖というのは、俺には、よく分からなかったが、荒廃してしまった神殿を見るような、変な寂寥感を覚えた。
答えを求めて漂流する木の板。絶望感と、焦燥感。
そこまで言うと、さっきまでの饒舌さは何処へやら、水戸は急に無口になって、スポーツドリンクを飲み始めた。
こいつも、何か情緒不安定な奴だよな。
優将と茉莉花を切り離して考えられなかったように、今や、水戸と瑞月は、俺の中でセットのイメージになっていた。
変な夢も見たし…。
「―――なぁ、お前、苧干原さんのことが好きなのか?」
俺は、遂に、それを聞いた。
水戸は、スポーツドリンクを飲むのを止めて、目を丸くした。
唐突だっただろうか。
でも、それは、お互い様だろう。
急に、絵についての、割と深い話をしてくれたんだから。
…核心に触れても、いいかなって。
「―――俺、茉莉花ちゃんと付き合ってんだよ」
水戸は、苦笑した。
「…だから聞いてるんだよ。答えになってない。お節介かもしれないが、内申点だってあるのに、校門で、ああいうことしたら…」
水戸は、キョトン、とした顔をした。
「…あー。だから、慧、怒ってたのか」
「慧、怒ってたのか?」
「うん、よく分からなかったんだけど」
…よく分からなかった?
「幼なじみと久しぶりに会ったら抱き合うでしょ?そりゃー、日本にいるから、キスはしないけど」
…あーーーーー!
優将さん!合ってた!
あれ、『広義の意味での挨拶』だったんだー!
スッゲー、優将さん。
水戸は、ハッとした顔をした。
「内申点?…先生からの評価、みたいな?あ、…あれ、駄目だった?うん、茉莉花ちゃんのことは好きだよ。―――あの子、面白いよね」
「まぁ、…個性的?だよな」
『面白い』って、どういう意味だろう。
「―――茉莉花ちゃんは聞いてくれるけど、瑞月は聞いてくれない。瑞月は投げつけてくるけど、茉莉花ちゃんは黙ってる。瑞月は見ようとしてくれないけど、茉莉花ちゃんは見透かしてる。…だから…、えっと、好きだよ、茉莉花ちゃん。可愛いしね」
茉莉花さんが水戸を見透かしてる―――って、なんか、分かるんだよなー。
…それ、関係性として、楽しいのか?
何だか、気の毒なカップルのような気がしてならないんだよな。
…何故か、水戸と茉莉花さんが仲の良い恋人同士のようにしているところが想像できないでいるし。
それに、それは、茉莉花さんが瑞月より優しい?から好き、という文脈の答えなのかもしれんが。
苧干原瑞月が『好き』かどうかの答えにはなっていないんだよな。
…まぁ、日本語って…難しいよな、と、俺も思うけれども。
待てよ?幼なじみと抱き合ってても、キスしてても、挨拶であって、浮気ではないのか。
文化的価値観の溝の深さ、エグいな…。
「えーと、そうだ、その。慧に、いろいろ言われたんだけど。あんまり分からなくて。…あー、浮気してるように、思われた、ってことか。でも、幼なじみの彼氏の話って、慧に関係ある?」
「ん?」
「仮に、俺が、浮気してたとして、慧に、何の関係があるの?茉莉花ちゃんには関係あると思うけど。…何か言ってくること自体が、意味が分かんない…。その、一応、内申点?に対する忠告は、俺に関係ある話だな、って思って、聞けるけど…」
…あー。分かりました。個人主義なんですね、水戸さん。
主語が『I』なんだな。
そりゃー、慧のことが理解出来ないはずですわ。
良くも悪くも、日本的な考え方じゃないんだわ。
I am.
I have.
I think.
I feel.
I create.
I will.
I analyze.
I balance.
I desire.
I explore.
I endure.
I solve.
I know.
I believe.
Iが何をするか、ってことの方が中心で、他人から何を言われるか、は、別に、行動する時の判断基準にしていない、というか。
『違う』んだろうな、多分。
行動における際の主語がハッキリしているというか。
考え方も、価値観も、優先順位も、ものを見る時の感じ方も、『違う』んだろう。
そこに、湯上りの優将が戻ってきた。
…こちらも、青系の甚平姿で、撮影用の衣装感がある。
…やっぱり、シルバーとシャンパンゴールドの友達だったのかな。何か、キラキラして見える。
優将が、俺の隣に胡坐を掻いたので、俺は、スポーツドリンクを手渡した。
水戸は、話を続けた。
「あ、カラオケの時、変な感じだったのって。そっか、ここが日本だからか。…引いただろ?フランスでは、十六歳から酒飲んで良いし。アメリカだと、もっと、全然、治安悪い所だと、Alcoholどころじゃなかったし。持ち物検査に、警察犬連れた警察がパトカーで来るような学校って普通だったし…。だから、なんか。…こっちの感覚が、あんまり、分かってないところがあって。本当に、ごめん」
警察犬!
AlcoholどころではなくDragですか。
学校の持ち物検査で。
高校生に、Drag所持の嫌疑が掛けられるのか…。
…治安が悪いなんてレベルじゃないですね。
…あー、そうだったんだ。…かなり、こっちの感覚と違うことで、困り事を抱えてたんだな。日本語が上手いから、気づかれ難いだけで。
「実は俺、フランス国籍なんだ」
「え?」
「本名は、大空・Émile・水戸。フランス生まれなんだ」
…L'Étrangerでしたか。
Aujourd'hui, maman est morte.
(旧約聖書続編 知恵の書14.8―10 偶像崇拝)
しかし、人の手で造られた偶像は、
その作者と共に呪われる。
作者はそれを造ったからであり、偶像は
朽ちるものなのに神と呼ばれたからである。
神は不信仰な人も、その不信仰な行為をも
同じく憎まれる。
造られた物も造った人も共に罰を受ける。
(旧約聖書続編 知恵の書15.13 偶像崇拝の愚かさ)
自分が罪を犯していることを、
彼は他のだれよりも知っている。
土を材料にして、器と偶像を造ったから。