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座敷童の恋  作者: 櫨山黎
第八章
47/93

降籏乙哉: The Rabbit Sends in a Little Bill.

 …午後は翻訳(ほんやく)作業に戻ろうと思ってたのに、家を追い出される(よう)な形になってしまった。


 暑いから気の毒だが、歴史(つねふみ)さんも連れてきた。

 日が沈んでから散歩に連れて行ってやろうと思っていたが、優将と散歩、ということもあってか、歴史(つねふみ)さんは、大乗り気だった。


 日影を選びながら、駅前まで出てきた。


 家を出たからと言って、何をするでもないし、歴史(つねふみ)さんが一緒だと、店にも入り(にく)いから、ちょっと失敗だったかもしれない。




「…何か、騒がしくて、ごめんな、優将」


(にぎ)やかで、ちょっとオモロかった。お客さん多い家」


「そんなに頻度(ひんど)は無いんだけど、来る時は千客万来(せんきゃくばんらい)状態なんだよな」


「寂しくはなさそう」


「…そう…ね?」


 寂しくは…ないか。小さい頃から、フィールドワークに引っ張り出されたり、親の職場に連れていかれたり、人が家に大勢来たり。


 来客の中に、悪人もいないと思ってるし。嫌いじゃないよ、…ただ、社会人とかに、あんまり向いてない人達なだけで。


 絆も来るし、愛犬もいるし、確かに、寂しい思いをして育った、という意識とは逆だと言える。


 …何だろ、この言い(かた)

 …羨ましがられているんだろうか。


 俺は…。()()()()()()()()()()()(ほう)が、羨ましい気が…、って。いや、そんなこと、ないけど。


 多分、()()()よりフィールドワークを選んじゃって、せっかく、気持ちを向けてもらっても…粗末(そまつ)にしちゃうんだろう。

 相手が、例えば、クリスマスとか誕生日に、どういう過ごし(かた)を、自分としたいと思ってるか、とか、考えられなくなって…。


 花の香りも何も、気に留めなくなるんだろう。




 ともあれ、目の前の美形を(うらや)んでも、何も始まらない。

 この美形も、欲しくても手に入らないものが沢山あるのだから。




 陽光が当たると、青みがかった灰色に光る髪が、白いシャツに映える美形は、いつもの無表情で、(つぶや)いた。


「…また、やっちゃった。他人の秘密なんか…気づかなきゃいいのに、俺」


「…気にしてんだ?俺は、気づくの、凄いな、って思ったけど」


「…俺しか気づいてないこと、みたいなのが、意外とあって。説明しても、分かってもらえなかったりする。何か、ムズカシーこと言ってるって、聞いてもらえなくて。(ふた)()けたら、『やっぱりそうじゃん、分かってたのに』ってなる。…分かる頃には、俺が指摘したことなんか忘れられてたり、…指摘しなくていいことを指摘しちゃってて、傷付けたり。…他人のかーちゃんの秘密なんて、気づかなきゃ良かったのに。誰も、気づかなかったのに、俺、…知っちゃって」


「それは違うぞ」


 ()しかしたら、優将さんの悩みは、高知能故に起きているかもしれない事柄(ことがら)だけれども。


「優将が気づかなかったら、誰も、手紙の存在に気づかなかった。翻訳(ほんやく)だけして返して、『結局、何で、この本だったんだろう』って、(そろ)って首を(かし)げて終わりだったかも。そりゃ、内容はアレだったけど、瑞月って子に、お母さんの手紙は渡せるじゃん。必要だから与えられてる能力だと思おう。誰しもが持ってる力じゃないかもしれないけど」


 優将が、驚いた顔で、俺を見詰めている。

 明るいところで見ると、本当に、小さい子の(よう)な目だと思った。


「変、高良って。…高良だけ、一回も、ムズカシーこと言ってるって、言わない。俺のこと」


「…あー。言わないけど。…誰かがムズカシーこと言ってるからって、何だ?『ムズカシーこと言ってる』って切り捨てて、何になる?自分が『ムズカシーこと』言われて、その内容を考えないことの、何が良いんだ?『ムズカシー』から自分には分からん、と思って、それ以上考えないで、『ムズカシー』から分からん、って本当に言っちゃうって。『ムズカシー』から分からん、って口に出すことに意味あるか?そりゃ、考えても分からんことの(ほう)が多いかもだが。そもそも、森羅万象(しんらばんしょう)のことが分かるはずもないだろう。『ムズカシーこと』考えてる奴が、何で、そう思ったのか、聞くだけでもいいじゃないか」


 …両親とも、ムズカシーこと言う人達だからな。育った環境のせいもあるかもしれんが。


 優将は「…矛盾(むじゅん)が見える」と言った。


「…ん?」


「偶然条件のはずなのに、相手が、それを前提条件として動いている時は、何かある。その時点で、それは、偶然じゃなくて、そいつがやったこと、()しくは、そいつが、偶然条件じゃないと知っていたこと、になる。だから、多分、そういうことを言う奴を、最初から疑っちゃう。…矛盾が最初に見えるから、相当気づかない振りをしないと、仲良くなれない」


 …それで、無表情のことが多いのかな。思ってることが全部相手に伝わっちゃうと、仲良くなれない、って。


 高知能故の、『優将にしか見えないこと』か。俺が、座敷童が見えること、と、同じに考えてはいけないのかもしれないが。『理解されない』という点では同じだし。…生き(にく)いだろうと思う。


 優将は「今回のことも」と言った。


「引き受けた時は分からなかったけど。『和綴(わと)じの本の翻訳』と『母親の遺品』。そもそも、本と、母親の年齢の時代が合わない。本を見た瞬間、分かった」


()()()()?」


()()()()()()、なんだよ。多分、そもそも母親の物ではない物が遺品として残されてる。『和綴(わと)じの本』自体には、母親を思い出せる、とか、母親の代わりに使用する、とかの、母親の形見の品としての『機能』が無い。じゃあ、あの和綴(わと)じの本()()()()()()()()理由があるはずなんだ。そうなると、それは、『和綴(わと)じの本』の『本体』か『内容』なんだ。で、内容は『フツーは誰にも読めない』もんだった、となると。『内容』が重要じゃないんだ、多分。…あの女、帰国子女だって?日本で育った俺が読めんのに、分かるか?母親なら分かってるだろ、英語の(ほう)が得意って。何で、他人の手を借りないといけない(よう)な無理難題を吹っ掛ける?『和綴(わと)じの本自体の構造』を俺が知らなかったから分からなかったけど、見たら分かった。『本体』が大事(だいじ)なんだって。…でも、結局、こんなの…。俺しか、分かってなくて。…説明しても、ムズカシーこと言ってるって…」


「言わない」


「え?」


「その説明で、俺には分かったし、凄いと思う。有難う、また教えてくれ」




 あ、『いる』。

 小さい、着物姿の男の子。と?




 おや、(たすき)掛けの着物の男の人。


 ちょと素浪人風(すろうにんふう)に見えないこともないけど、野良(のら)()と着流しの中間って感じの、結構若い男の人。


 …何か、親近感のある顔だな。

 ()(こん)のしっかりした、高い鼻。

 そうそう、俺も、そうだけど、年取ったら、鷲鼻(わしばな)になりそうで。ちょっと、母方の伯父をハンサムにしたような感じの。


 しかし今時、こんな、真夏に、しっかり着流しを着た人と、道端で会うなんてなー。


 優将が、ハッとした顔をした。


「おんちゃん」


「おー、優将かぁ」


「おんちゃん、友達」


 優将さんの知り合いかぁ。


「どうも、降籏(ふるはた)高良(たから)です」


 おんちゃん、と優将に呼ばれた人は、「え?」と言った。


「あらー、うちも降籏(ふるはた)です。旗が降る、って書くけど、旗は竹冠(たけかんむり)で」


「えっ?うちもです…」


「へー、偶然。降籏(ふるはた)(おと)()と言います。こっちで缶詰工場を経営しとりましたが、息子に譲って、今じゃあ七十過ぎの隠居です。だから、こんな、作業着で」




 え…?作業着?…隠居?

 三十前で、着流しに、(たすき)掛けだろ?この人。




 俺の困惑を他所(よそ)に、優将は「そんな名前だったん?」と、驚いた(よう)に言った。


「うん。『(おと)()』だから、『おんちゃん』よ。小学校の時から、友達は、そう呼ぶわ」


 優将は唖然(あぜん)としながら、「『おじちゃん』って意味だと思ってた」と言った。


「あらー、こっちで、初めて、同じ名字の人に会ったー」


「ああ、俺、両親が、長野出身のA市出身で」


「へー、うちも、長野市の栗田の出身です」



 …寒気がしてきた。



 偶然、長野出身の…同じ名字の人に会って。しかも…()しかして。俺にだけ、この人が、着物姿の若い男の人に見えてる?



「あの…A市に親戚はいらっしゃいますか?」


「さー、もう分かりません。祖先は、どっかの土地持ちの分家だったと聞きましたが、身を持ち崩して、水飲み百姓だったとか。うちも貧乏で、長男以外は実家を叩き出されて、長野を出てからも随分になりますし、会社(おこ)してからも、付き合いはありません。日雇いの仕事で金を貯めて、そりゃーあちこちで働きましたけども」


 優将が、「俺の親父も長野」と言った。


 (たすき)掛けの男性は、優しい笑みを浮かべて、言った。


「はー、そう、あんたたちゃ、お父さん達が長野の人だったの。随分、偶然ねぇ。そういや『柴野医院』ってあったなぁ。うちより、もっと千曲(ちくま)(がわ)寄りの所に」


 …偶然の一致が多過ぎて。

 …更に、寒気がしてきたな。


 真夏なのに。


「あの、A市の、O地区って、分かります?」


「…あー、知り合いは()りましたかね。…ああ、今思うと、ありゃ、親父の…知り合いだったんかな…。もう、分からんですが」




 グワン、と、空間が(ゆが)む。




 優将と、小さい男の子の姿が交錯(こうさく)する。


 この二人は、この『おんちゃん』が、大好きで。


 『おんちゃん』も、この二人を、ずっと心配していて。


 そういう、雰囲気とか、感情みたいなものが、流れ込んできて。


 優将の声と。変声前の男の子の声が、混ざって聞こえてきて。


 駅前じゃなくて。…どこか、緑が多いところにいるみたいで。



 ああ、分からない、と思ったところで、歴史(つねふみ)さんが、珍しく()えた。



 ()()()、と思った。



 いつもの駅前。

 『おんちゃん』という人は、いなくなっていた。




 でも。




 辺りは夕暮れだった。




 嘘だろ?

 昼に、焼き蕎麦喰って、片付けもせずに、家から駅前に出てきただけだぞ?


 『おんちゃん』と立ち話しただけじゃないか。


 どうなってるんだ、と思うと、恐ろしくなってきた。


 優将も、携帯電話を見て、不思議そうな顔をした。


「え?高良。今、十八時、だって…」


 俺は、その場に、ヘタヘタと座り込むと、歴史(つねふみ)さんを抱きながら、震えた。


 ()()()()()

 俺、多分『歴史(つねふみ)さんが吠えてくれた』から、()()()来られたんだ。

 いや、優将も、か?




 何が起きてるんだ。




 そう、結局、瑞月の『母親の本来の意図』を()んだところで。




 ()()()()()()()()()()



 …不味い気がする。


 自分の姿どころか、初対面の他人まで、着物姿の人間に見えて。




 しかも、今のは、なんだ。

 何で、時間が、こんなに進んでるんだ?




 優将が、「あれ?」と言った。


「水戸っち?」






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